スーパーCEO列伝

Jリーガーとしての挫折と失敗が成長を支える原動力に

株式会社SOU

代表取締役社長

嵜本晋輔

文/長谷川 敦 写真/大澤 誠 | 2019.11.29

ブランドリユース企業である株式会社SOUを経営する嵜本晋輔氏は、かつてガンバ大阪に所属していたJリーガーだった。しかしJリーグ時代は目立った活躍はできず、3年で戦力外通告を受ける。スパイクを脱いだ嵜本氏はビジネスの世界に転身。そこでめきめきと頭角を現し、SOUを東証マザーズ上場企業にまで押し上げた。「サッカーでの失敗があったから、今の自分がある」という嵜本氏に、Jリーグでの経験から学んだことと、今のビジネスに対する思いを語ってもらった。

株式会社SOU 代表取締役社長 嵜本晋輔(さきもと しんすけ)

1982年に大阪府で生まれる。小学4年生からサッカーをはじめ、サッカー推薦で関西大学第一高校に入学。高校在学中にスカウトの目に留まり、卒業後、Jリーグ「ガンバ大阪」へ入団。同時に関西大学に進学。2001年~2003年まで、ガンバ大阪に在籍。その後、JFL佐川急便SCを経て引退。父が経営していたリサイクルショップで経営のノウハウを学び、2007年には関西でブランド買取専門店「なんぼや」をオープン。2011年株式会社SOUを設立し、同社代表取締役に就任。2018年3月東証マザーズ上場。2019年2月1日に初の著書『戦力外Jリーガー経営で勝ちにいく』(株式会社KADOKAWA)が出版され、帯には戦力外通告をした西野朗氏の推薦文が書かれた。

失敗から学ぶことができれば、失敗は失敗ではなくなる

2018年3月、ある一つの企業がマザーズ上場を果たした。ブランド品買取専門店「なんぼや」を運営するSOUである。この企業の上場が話題を呼んだのは、CtoBtoBビジネスという独自のビジネスモデルを構築し、2011年の創業からわずか7年でのスピード上場であったことだけが理由ではない。社長を務める嵜本晋輔氏のユニークな経歴にも注目が集まったのだ。
 

嵜本氏は現在37歳。かつてはガンバ大阪でプレーをしていた元Jリーガーだ。残念ながらサッカー選手としては活躍できず、3年で戦力外通告を受けてチームを退団。その後1年間ほど社会人チームでプレーをしたのちに、父親が経営していた家電や家具を扱うリサイクルショップを手伝い始める。そこで経営のノウハウを学び、独立したという経歴の持ち主である。

元Jリーガーの中で、会社を創業して上場企業にまで成長させたケースは、今のところ嵜本氏以外にはいない。多くのアスリートが引退後のセカンドキャリアの構築に苦しむなかで、嵜本氏は自らの力で新しい世界に挑み、切り拓いていった。

嵜本氏はJリーガーだった当時を振り返って、「あの頃の自分は、練習に臨む姿勢にしても、オフの過ごし方にしても、プロとしての意識が欠如していた。3年で戦力外通告を受けたのは当然のことだった」と語る。嵜本氏のJリーガーとしての経歴を見ると、公式戦に出場したのは1年目のわずか3試合に過ぎない。

ガンバ大阪時代の嵜本氏。

ではJリーガーとしての3年間はムダな日々であり、キャリアとしては回り道だったのかというと、嵜本氏はそうはとらえていない。なぜなら、その挫折があったからこそ、「ビジネスの世界では今度は絶対に活躍したい。これまでのような甘い意識で生きていくようなことはしたくない」と強く思える原動力になっているからだ。

「逆に自分はサッカー選手として大きな失敗をすることができて、恵まれているなと思います。もし私がプロのチームから声がかからず、普通に大学に進学して、無難に大学生活を送って卒業していたとしたら、たぶん起業なんかせずに、今ごろは親父のリサイクルショップを継いでいたことでしょう。失敗を失敗のままに終わらせたら、それは単なる失敗ですが、失敗から学んでそれを成長に生かすことができれば、失敗は失敗ではなく、自分がワンランクアップするための必要なステップになります」(株式会社SOU 嵜本晋輔代表、以下同)

『戦力外Jリーガー経営で勝ちにいく』(株式会社KADOKAWA)

嵜本氏は2019年に『戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく』という本を上梓した。この書籍の表紙の帯には、嵜本氏がガンバ大阪に在籍していたときの監督であり、元サッカー日本代表監督でもある西野朗氏による次のような推薦のコメントが載せられている。

「戦力外からこれほどの学びを得られる選手はいない」

失敗から学ぶ力。それが嵜本氏と、嵜本氏が経営するSOUの成長を支えるエンジンとなっている。

ブランド品のリユース業界においてトップを追走する存在に

ではここで、嵜本氏が経営するSOUがどのような会社かを見ておくことにしよう。

SOUは、ラグジュアリーブランド品の買取専門店「なんぼや」等、グループ全体で全国約70店舗展開(2019年11月末現在)。店舗などで個人から買い取った品物を、リユースのブランド品を扱っている同業他社にオークション形式で販売するCtoBtoB型のビジネスで、急成長を遂げている。今やブランド品のリユース業界において、トップを走る老舗のコメ兵に次ぐ存在となっている。

嵜本氏が「なんぼや」1号店をオープンさせたのは、まだ父親の会社で修行をしていた2007年のこと。当時のリユース業界の知名度アップの方法は、繁華街の一等地に路面店を出すという昔ながらの集客手法が中心で、IT化への対応は遅れていた。そんななかで嵜本氏は、各ブランドの各モデルの買取相場価格を具体的に提示するなど、「なんぼや」のウェブサイトを顧客目線で徹底的に細かくつくり込んでいった。

ウェブサイトを通じて、「なんぼや」の買取相場を把握した顧客の多くは、同店を目指してくるので、一等地の路面店に店舗を構える必要はなくなり、そのぶんコストを抑えることができる。こうしてSOUでは、インターネットで集客してリアル店舗へと送客する仕組みをまず確立した。

ラグジュアリーブランド品の買取専門店「なんぼや」。

次に必要となったのが、仕入れた商品を安定した価格で売却できる仕組みの構築だ。

ブランド品は毎シーズン新しいモデルが登場するので、一般に古いモデルの価格は時間が経つとどんどん下落していく。そのため買取ったブランド品の販売においては、仕入れた後、いかに早く売却するかが、利益を確保するうえでのカギとなる。そう考えると個人向けの販売は、売れるまでに時間がかかる。一方BtoB向けのオークションであれば、仕入れた大量の品物を一気に売ることが可能だ。

一般にリユース品のBtoBオークションは、オークション専門の会社によって主催されていることが多く、リユース業者はその会社に手数料を払って出品する。しかし嵜本氏はこれを自社で主催することにした。

「オークション会社主催のオークションに出品する場合、出品できる点数に制限があります。でも自社開催であれば、買い取ったものすべてを出品できるというメリットがあります。自社でオークション会場を持つことはコストがかかりますが、そのコストを上回るリターンが得られると判断したのです」

SOUはオークションを自社開催にすることで、仕入れた商品を素早く効率的に売却する仕組みも手に入れたわけだ。

日々のビジネスの場面での仮説検証を大切にする

嵜本氏がこうした独自のビジネススタイルを思いつき、経営の中に取り入れることができているのは、「日々の仮説検証を大切にしているから」だという。日々ビジネスにかかわる中から、顧客が何を求めているか、市場はどう変わろうとしているかを感じとり、仮説を立て、実践の中で検証していく。そんな中から、自分たちがやるべきことが見えてくるというのだ。検証の速さと実行の速さはサッカーで鍛えられた技なのかもしれない。

例えば「なんぼや」では、店舗で査定をするときには、その品物の市場価格だけで買取金額を決めるのではなく、顧客のその品物への“思い”に耳を傾けたうえで、金額を提示するというスタイルを採用している。これはまだ「なんぼや」をオープンさせたばかりの頃、嵜本氏自身がコンシェルジュ(査定士)として顧客と接していたときの気づきをもとに取り入れていったものだ。

「お客様の中には、商談が成立しても、浮かない顔のままお帰りになる方がいる。そんなときは『私の接客態度の何がまずかったのだろう』と、改善点を探し出していく作業を繰り返しました。そんななかで気づいたのが、『お客様が求めているのは、お金だけじゃないんだな』ということだったんです。

お客様にとって大切な品物を手放すことは、思い出を一緒に手放すことでもあります。その思いをしっかりと受け止めて接客ができたとき、お客様は私たちに信頼感を抱いてくださる。毎日お客様と接しながら、『なぜだろう?』『どうすれば?』と考えるなかから、その気づきを得ることができました」

また日々のニュースを、自分事としてとらえることも大切にしているという。

例えば他業界のある企業が、ある新しい事業を始めたというニュースに接したとする。そんなときは他人事として、そのニュースをとらえるのではなく、「その企業は、今の社会背景や市場環境を、何年前に、どのように分析し、何を狙ってその事業を始めたのか」「その事業は、今後社会をどのように変える可能性を秘めているか」について思いを馳せてみる。そのうえで、「その事業を自分たちの業界に応用するとしたら、どんなことができるか」を考えてみる。そうした中から新たなビジネスのヒントを得ていくのだという。

「経営でもっとも大切なことは先見性。その事業やビジネスモデルが、今の時点では市場環境にマッチしていたとしても、2年後や3年後も同じとは限らない。適切なタイミングで次の一手を打てるように、常に時代の流れを読むことを怠らないようにしている」

多くの課題に直面するほど、早く理想に近づける

だから嵜本氏は変わること、捨てることを恐れない。

「実は私たちの強みの一つである自社開催によるBtoBオークションについても、抜本的な見直しを予定しています。オークションは現在、当社の本社に併設されたオークション会場で毎月開催していますが、今後1年の間にこれを閉鎖し、完全にデジタルな場でのオークションに移行したいと考えています」

といっても、今のやり方に問題が起きているわけではない。オークションでの販売額も順調に伸びている。

「けれども3年後、5年後の成長を考えると、リアルなBtoBオークションについては今手放すべきだと判断したのです。デジタルでのオークションなら、国や地域を問わず世界各国のリユース事業会社が参加できます。SOUが世界を相手にビジネスができる企業へと成長するために、これは必要なチャレンジです」

もちろんこの新たな挑戦は、失敗するリスクも十分にはらんでいる。何しろSOUがやろうとしていることは、まだ世界中のどこの企業も試みていないことなのだ。

だが嵜本氏は、「もし失敗したとしても、むしろその失敗を歓迎する」と語る。失敗から学ぶことができれば、その失敗は自分たちがワンランクアップするための必要なステップになるからだ。まさに嵜本氏がJリーグでの失敗を力に変えて、その後の成長を手に入れていったように。

「実際にBtoBオークションをリアルな場からデジタルな場に移すプロセスでは、さまざまな予期せぬ課題が降りかかってくることでしょう。でも私は『もっと降りかかってこい』と思っています。なぜなら多くの課題に直面するほど、多くの課題解決が生まれ、他社よりも間違いなく速いスピードで目指すべき理想に近づくことができるからです。多くの課題が出るということは、それだけチャレンジをしているという証であり、むしろ企業として健全な姿だと思います」

SOUと嵜本氏は、降りかかる課題と失敗を前へと進む力に変えることで、今後も成長を遂げようとしている。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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