スーパーCEO列伝

起業家の情熱が時代を動かす

株式会社ネクシィーズグループ

代表取締役社長兼グループ代表

近藤 太香巳

写真/宮下 潤 文/薮下佳代 マンガ/シンフィールド | 2013.04.10

波瀾万丈な起業家人生を歩んできた近藤太香巳社長。彼のその愚直なまでの“情熱”こそが、人を、時代を動かし自らをも前へ前へと奮い立たせてきた力だった。そして2011年3月11日の東日本大震災。起業家を集め立ち上がった近藤社長の思いとは…?

株式会社ネクシィーズグループ 代表取締役社長兼グループ代表 近藤 太香巳(こんどう たかみ)

1967年11月1日生まれ。19歳の時、50万円を元手に会社を創業。34歳でナスダック・ジャパン(現ジャスダック)へ株式上場し、37歳で2004年当時最年少創業社長として東証一部に上場を果たす。プロモーション&マーケティングを駆使したビジネスモデルでグループ10社にまで成長させ、LED照明レンタル事業、電子雑誌出版事業、経営者交流会「パッションリーダーズ」のいずれも日本一の規模を誇る。2015年9月、電子雑誌出版の(株)ブランジスタがグループ2社目となる株式上場を果たす。常に新たな分野へ挑戦し続け、早稲田大学や東京大学、一橋大学などで講演活動も積極的に行い、若者の心を持ち前の情熱でリードしている。JAPAN VENTURE AWARD 2006 最高位経済産業大臣賞受賞。

近藤太香巳のドリームヒストリー

1987年、高校中退後の19歳の時、日本電機通信(現・株式会社ネクシィーズ)を創業。月々2,000円で回線が引ける画期的な電話加入サービス「テルミ―システム」を発案。そのシステムを応用し、携帯電話販売店をスタートしたところ、若者を中心に携帯電話が爆発的に普及。

その後大阪から拠点を東京に移転。「フェラーリ」や「X JAPAN」、「リカちゃん」などのブランド携帯電話を手がけ好評を博す。「Yahoo! BB」販売代理店No.1の顧客獲得数を誇り、インターネット黎明期を支える。

1999年、マザーズ株式上場を試みるが、ITバブルが崩壊し、上場2週間前に株式上場中止。社名を株式会社ネクシィ―ズに改め、2002年、ナスダック・ジャパン(現JASDAQ)、2004年、当時最年少創業社長として、東証一部に上場を果たす。JAPAN VENTURE AWARD 2006 最高位 経済産業大臣賞受賞。

以降、様々な事業をグループで展開するなか、2007年、先駆けて電子雑誌事業をスタートさせ、『旅色』、『GOODA』など5誌を発行。2013年4月10日、6誌目にあたる『SUPER CEO』創刊。

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vol.40

「人とは真っ当に付き合え!」なぜ、幻冬舎・見城徹は圧勝し続けられるのか

株式会社 幻冬舎

代表取締役社長

見城徹

五木寛之の『大河の一滴』、石原慎太郎の『天才』。そして直近の浜崎あゆみをモデルにした『M 愛すべき人がいて』に至るまで――。数々のミリオンセラーやベストセラーを世に送り出し続けてきた幻冬舎の見城徹社長。 独特の“熱い言葉”が世の中に響き過ぎることもあるが、「圧倒的な結果」を残してきた背景には、見城社長が血のにじむような努力によって作家やアーティストとの関係を丁寧に築きあげ、彼らから絶大な信頼を得ていることが大きい。 人とのつながりをどう作り、強固なものにするのか? あらゆるプロたちに響く、人と仕事に熱狂するためのスピリットを伺った。
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