スーパーCEO列伝

モノづくりは、どれだけ原体験を積めるかがカギ

株式会社アカツキ

共同創業者 取締役COO

香田哲朗

文/長谷川 敦 写真・画像/高橋郁子、アカツキ | 2019.04.10

香田哲朗のインタビュー写真
香田哲朗氏は、塩田元規代表と2人でアカツキを立ち上げた共同創業者。塩田代表が会社のビジョンやミッションを語るなら、香田氏はそれを具現化する役割を担う。クリエイティブ全般に目を配り、今は子会社のライブエクスペリエンス事業を軌道に乗せることに注力する。アカツキのコンテンツはモバイルからリアルまで幅広いが、一体何を重視しながらモノづくりに取り組んでいるのか?

株式会社アカツキ 共同創業者 取締役COO 香田哲朗(こうだ てつろう)

1985年生まれ、長崎県佐世保市出身。佐世保高専卒業後、筑波大学工学システム学類へ編入学。学生インターン先で塩田元規氏と出会い、意気投合。2008年、アクセンチュア株式会社に新卒入社(経営コンサルティング本部)、大手電機メーカー等、通信ハイテク業界の戦略、マーケティング、IT領域のコンサルティングに従事。2010年6月、退職後に塩田氏とともにアカツキを創業。現在は子会社の株式会社アカツキライブエンターテインメントの代表取締役CEOも務める。

モノづくりを「枠」にはめて考えない

――アカツキはモバイルゲーム事業に続いて、ライブエクスペリエンス事業にも本格参入しました。ゲームだけではなくて、リアルな体験を提供する事業についても展開したいという思いは、以前から持っていたのでしょうか。

香田 はい、ありました。何も戦略的な話だけではなく、原体験がまずある。

子どもって、遊びにジャンルや境界線を求めず、楽しければ何でもやるじゃないですか? 実際、僕が小学生だったときの休日の過ごし方を振り返っても、朝はファミコンに夢中になって、昼は友達とサッカーや野球をして、夕方からはみんなでカードゲームをやるというように遊びのフルコースみたいな一日を送っていた。

あの感覚って、実は大人になっても変わらないし、今の時代も変わらないと思っているんです。

ゲーム業界も草創期の頃は、マンガや音楽といった別の世界からどんどん人が入ってきたから、新しいものが生み出されていきました。でも「ゲーム」というジャンルが確立されて、業界が成熟していくと、その枠組みの中だけでモノを考える人が出てきた。するとタコツボ化していって、面白いものが生まれづらくなりました。

本当は子どもの遊びと同じで、ジャンルなんか気にせずに自由にモノづくりをした方が、もっとワクワクするものが生み出されるはずです。だから、「アカツキはゲームの会社」というふうに、自分たちの事業に制限をかけたくなかったんですよ。

香田哲朗のインタビュー写真

――「ワクワクするものを、ユーザーに提供する」という点では、ゲームもリアルも同じですしね。

香田 ええ。アカツキが一番大切にしているのは、ゲームであることやリアルであることではなく、「自分たちの心が動かされるかどうか」です。自分たちが「こういうものができたら楽しいよね」とか「すごいよね」というところから出発します。そして、そこからどうやって皆さんに受け入れてもらえる商品やサービスに高めていくかを考えていきます。

世の中には、「今はやっているこれとこれを組み合わせて……」というように、パッチワーク的な発想でモノづくりをしているところも多いと思います。アカツキのモノづくりは、それとは対極ですね。

あとは「枠にはまらない」ことも大事にしています。例えばこれまでモバイルゲームの開発では、「手軽に遊んでもらうために、短い時間で達成感が味わえるものをつくること」が常識とされてきました。でもアカツキでは、「このゲームに関しては、少し難易度が高い方が絶対にやり応えがある」と判断したら、あえてその常識を踏み外して、新しいことにチャレンジしてきました。

原体験が自信の裏づけになる

――でも常識外のことをやるのは、怖くはないですか。

香田 「こっちの方が良い」と思って何かをやるときには、原体験が自信の裏づけになってくれます。例えばあるゲームの最新版を開発する際には、メンバーは徹底的にそのゲームをやり尽くしてみます。「このゲームの楽しさ、本質を知っているのは自分たちだ」という自信があるから、思い切ったことができるのです。

「アソビル」の施設開発にあたっては、僕らのチームはこの1年半の間にニューヨークやロサンゼルス、ラスベガス、ロンドン、バルセロナといった世界中のエンターテインメント施設や美術館、博物館、歴史的建造物を見て回りました。そのときに感じた感動や興奮を「アソビル」に注ぎ込んでいます。

アソビルの地下1階

「アソビル」の地下1階はアートと最新テクノロジーが融合する大人の遊び場「PITCH CLUB」。インタビューもここで行われた

●アソビル

2019年3月15日にオープンした横浜駅直通の複合型エンタメ施設。リアル脱出ゲームなどのエンタメや、モノづくり体験マーケット、フットサルコートのほか、横浜の名店が並ぶグルメストリートや話題の「うんこミュージアム YOKOHAMA」など、地下1階~地上4階建てのビルで、屋上まで入れると6フロアごとテーマが違う体験型の“遊び”が楽しめる。

ちなみに社長の塩田とは台湾に一緒に行ったのですが、その際に誠品書店といって、ワークショップや体験型のイベントを数多く開催しており、書籍と共に雑貨も数多く扱っているショップにも足を運びました。すると、普段はまったくモノを買わない塩田が、夢中になって雑貨やおもちゃを物色していたんですね。ワークショップでいろいろな人がモノづくりをしている様子を見て、テンションが上がったみたいなんです(笑)。

「どうして塩田はそうなったんだろう?」と考えたときに、誠品書店という「場所」が人の好奇心をかき立てるということではないだろうか、と気づきました。僕も蔦屋書店に行くと、つい知的なことがしたくなって、読みそうにないアートの本を買ったりしますが、これも“場”の力ですよね。

「アソビル」もそういう“場”にしたいと思いました。「アソビル」の3階は「MONOTORY」といって、様々なワークショップが毎日行われる場になっていますが、これは塩田との誠品書店での原体験をヒントにしたものです。

香田哲朗のインタビュー写真

既視感のあるものには人は心を動かされない

――常識にとらわれないからこそ、ユーザーを感動させるモノができるという言い方もできますよね。

香田 そう。既視感のあるものには人は心を動かされないですからね。「すごいけど、まだよくわからないもの」に僕たちの好奇心は揺さぶられます。

ただし「これはすごい、面白い」と自分たちが思って提供したものが、必ずしも多くの人に共感してもらえるとは限りません。むしろ失敗することの方が多いかもしれない。僕たちの役割はファーストペンギンなのではないかと考えています。もし僕たちのチャレンジが成功して新しい価値を皆さんに受け入れてもらったときには、金銭以上の大きな報酬を僕たちにもたらしてくれます。

――なるほど。ところで、いくら世界中のエンタメ施設や観光施設を視察して、体験したとしても、多くの人は「良かったね、と感動して終わり」になる気がします。体験で得た気づきを、自分たちのモノづくりにつなげていくのは、実は大変なことだと思いますが、なぜアカツキはそれができるのでしょう。

香田 いや、大変ですよ。お客様に「お金を払ってでも行きたい。やってみたい」と思っていただけるものをつくるのは本当に大変です。

正直に言うと、アカツキはゼロからイチをつくることが得意な会社だとはあまり思っていません。アカツキが得意としているのは、アーティストやクリエイターが何も無いところから生み出した新しい価値を、より多くの人に受け入れてもらうためにプロデュースしていくことです。僕らが“気づき”を“モノづくり”につなげられるのは、プロデュース力を磨いてきたからです。

「アソビル」の2階にオープンさせた「THE STORY HOTEL」なんかもそうですね。「映像作家が手がけたショートフィルムを、より多くの観客に楽しんでもらうためにはどうすればいいか。イマーシブシアター(体験型演劇作品)のようなかたちをとってみたらどうだろう?」という発想でプロデュースをしていきました。

もちろんあれが完成形だとは思っていません。僕はスタートの時点では、そのコンセプトの本質を外していないものであれば、60点でも構わないと思っています。あとはお客様の反応を見ながら、少しずつアップデートを重ねて完成度を上げていく。ゲームと同じですね。だから半年後にもう一度「アソビル」に来ていただくと、今とはまた違った空間になっていると思います。

アソビル「THE STORY HOTEL」のイメージ

映画の中に入り込んだかのような世界観を持つ空間「THE STORY HOTEL」は、ゲストのアクションによって物語が進行

「アソビル」を新しい価値観との出合いの場にしたい

――「アソビル」は、6つあるフロアごとにコンセプトがまったく異なります。この狙いは何でしょうか。

香田 今後「アソビル」は、他地域にも横展開していきたいと考えています。その際には横浜の「アソビル」と同じように、ビル単位で横展開していくというやり方もありますし、3階の「MONOTORY」だけを切り出して、フロア単位で出店するというやり方もあります。今後の横展開を考えて、あえてフロアごとの志向性を変えました。

もう一つの狙いとしては、「アソビル」を新しい気づきを得てもらうための“場”にしたいという思いがあります。フラワーアレンジメントをするために3階の「MONOTORY」を訪れた女性が、帰り際に2階の「うんこミュージアム」に寄り道して、きゃあきゃあ叫んでから帰るって、何だかすごくないですか(笑)。

「普段なら行かないけど、近くにあるから寄ってみようか」とふと立ち寄った場所で、新しい価値観との出合いが生まれるという空間にしていきたいんです。

そのためには、本質的な価値を提供できる場になっていることが大切ですよね。「行ってみたけど、つまらなかった」では、もう二度と新しい体験をしようとは思ってもらえませんから……。先ほど「最初は60点で構わない」と話しましたが、それぞれのフロアや施設は、60点でも本質は外していないものにできていると思います。

アソビル3階

「アソビル」3階は1フロア600坪すべてがハンドメイド体験関連。計20ジャンル200種類以上の「ものづくりワークショップ」が予定

――最後の質問です。アカツキにおける香田さんの役割って何だと思っていますか。

香田 今は「アントニオ・ガウディみたいな存在になりたい」と思っています。僕、ガウディに対する嫉妬がすごいんですよ(笑)。彼が手がけたサグラダ・ファミリアは、キリスト教的な世界観を具現化するために造られたものですが、訪れた人を圧倒しますよね。僕もそうでした。これから100年後も200年後も、人を感動させる力を有しています。

僕もアカツキにおけるガウディでありたい。アカツキはビジョンやミッションを非常に大切にする会社ですが、そのビジョンやミッションを、ガウディのように「ほら、こういうものだよ」と具現化していくのが僕の役割だと思っています。

――塩田社長がアカツキのビジョン、ミッションの提唱者で、香田さんがその具現者。そんな役割分担ですか。

香田 あえて言えば、そうかもしれません。でも実際には僕だってビジョン、ミッションづくりに携わりますし、塩田も具現化にかかわりますけどね。

会社における僕の役割や、僕と塩田との関係性は、会社の成長とともに変わってきました。ただ一つだけ変わらないのは、僕も塩田も、この会社をずっと続けていきたいと思っていること。「今後うまくいかないときがあったとしても、ぎりぎりまであきらめずに、どうやったらうまくいくようになるかを考えながらやっていこう」と2人で話しています。

塩田元規代表と香田氏の共同創業者ツーショット

塩田元規代表(右)と香田氏の共同創業者ツーショット。塩田代表は香田氏との関係を「僕がピッチャーで香田がキャッチャー。価値観は一緒ですがタイプは真逆」と

――何だか最後まで添い遂げることを誓った夫婦みたいですね。

香田 でも私生活は2人とも独身なんですよ。そこは大きな課題です(笑)。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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