スーパーCEO列伝

衰えた(?)好奇心を掘り起こす 体験型エンタメ発信基地「アソビル」

株式会社アカツキライブエンターテインメント

代表取締役 CPO

小林 肇

文/和久井 香菜子 写真・画像/鶴田真実、アカツキ | 2019.04.10

小林 肇のポートレート
アカツキのグループ会社であるアカツキライブエンターテインメントがプロデュースした複合型体験エンタメビル「アソビル」。デジタルコンテンツで業績を伸ばしてきたアカツキがエクスペリエンス(体験)事業へと進出し、リアルの場での“体験”に重点を置く狙いについて、プロデューサーの小林肇氏に話を聞いた。

株式会社アカツキライブエンターテインメント 代表取締役 CPO 小林 肇(こばやし はじめ)

1982年生まれ、千葉県出身。外食産業企業・専門商社を経た後、コンサルティング会社を創業。また、数々の飲食店のプロデュース・経営も行う。2013年に株式会社ASOBIBAの代表取締役CEOに就任。また、ブライダルやプライベートパーティ会場を運営、プロデュースする株式会社APTなど複数の会社にて役員、相談役を兼任する。2017年よりALEのChief Product Officerに就任。

“体感すること”を軸にしたわくわくドキドキが生まれる場所

横浜駅みなみ東口通路直通、横浜駅東口より徒歩2分のところに「アソビル」はある。2019年3月15日にオープンした、1フロア600坪、地下1階から4階までと屋上の計6フロアすべてをアカツキライブエンターテインメント(ALE)がプロデュースした、複合型体験エンターテインメントビルだ。

地下1階は個室やビリヤード、ダーツを備えたバーラウンジ、1階は飲食店街、2階は謎解きやVRといったエンタメフロア、3階はワークショップフロア、4階はキッズスペース(2019年5月オープン)、屋上はバスケットボールやフットサルのコートがあるスポーツスペースだ。

子どもから大人まで、インドア派からアウトドア派まで、老若男女すべての多様な趣味を持つ人たちが楽しめる。ひとつのビル内に、これほど多様なコンテンツが用意されるのは珍しいだろう。

アソビルの外観

横浜中央郵便局別館を丸ごとリノベーションしてつくった

「アソビル」が目指すもの。それは、デジタル化が進み、ビジネスのやり取りや仲間とのコミュニケーションも対面を必要とせず、多くのことを自宅にいながら、人に会わずにオンラインで済ませられるようになった現代において“リアルに体感すること”だという。体験型エンターテインメントには“今ここでしか得られない価値”がある。共に体験するのが例え家族や友人同士だとしても、1年後、2年後に訪れる際にはまた違った体験になるはずだ。

ALEのCEO・香田哲朗氏は「アソビル」のプロジェクトスタート時の思いを、「これだけスマートフォンが普及し、インターネットが便利になってくると、大抵のことが手元や画面上で済ますことができます。そんななか、『リアルでしかできないことってなんだっけ』を突き詰めていきました。そしてそれは体験によって得られる、言葉にできない心の動きのようなものだと考えたんです」と語る。

香田哲朗のポートレート

アカツキのCOOも務める、ALE代表取締役CEO・香田哲朗氏。2019年3月14日に行われたプレス発表会より

「アソビル」は立地条件が良く、人の集まりやすい場所だ。ここで人々の新しい出会いやコミュニケーションが生まれることを願っているという。

“何度も来たくなる”仕掛けを随所にちりばめてリピーター獲得のステップに

ショッピングであれエンタメであれ、商業施設はどれだけのリピーターを確保できるかが成功の鍵だ。この点について、「アソビル」には「何度も来たい」と思わせる仕掛けがいくつもあるという。ALEのCPOで「アソビル」の総合プロデューサーである小林肇氏は、こう語る。

「興味のあるフロアは人によって全然違うでしょう。例えばご家族連れのお母さん。4階のキッズ向けスペースに興味を持って来てみたらその途中にあった3階が目に入り、次はそこへワークショップをしに行ってみようかと思うかもしれません。

また、同じフロアであっても、3階には多様なワークショップが用意されていますし、1階にはフードコートのように飲食店が並びますから、次はここに行こう、あそこに行こうと興味がつながっていくはずです。リピートしていただくことを通して、本来なら見つけられなかった好奇心の扉を開けられたらいいなと思っています」

小林肇のインタビュー写真

ALEのCPO(Chief Produce Officer)小林肇氏

「アソビル」は築約50年の横浜中央郵便局の別館をリノベーションしてつくられており、各所にその名残が見られる。駐車場だった地下1階の床には車止めのラインがそのまま残されているし、トラックの荷受け場だった1階にある段差は舞台のステージとして生かされている。天井には、使われていないダクトがそのまま残っている個所も。屋上にあるスポーツコートも郵便職員用のレクリエーション施設だったものを改造した。

内装にも様々な仕掛けがある。「アートによる遊び心の解放」というコンセプトの下、天井や壁など作品が至る所に展示されている。アーティストのmagma、松村和典氏、清水久和氏、キム・ソンヘ氏、若佐慎一氏らが「アソビル」をオブジェや壁画で飾った。

このように「アソビル」は、お目当てのコンテンツだけではなく、好奇心を持って視野を広げれば広げるほど発見があり、楽しめる仕組みになっている。

壁画の前に立つ小林肇

エントランスを進むと若佐慎一氏によるド派手な壁画が出迎える

真面目すぎる大人にこそ楽しんでもらいたい

日本人は、数的処理能力は高いけれども好奇心が低いというデータがある。人の好奇心は加齢とともに衰えるといわれているが、OECD(経済協力開発機構)の調査によると、20歳の日本人の好奇心の高さは65歳のスウェーデン人と同程度だったという。

「人生をより豊かにするには好奇心が必要です。遊びを通して面白いものに出会い、豊かな人生へとつなげてほしい。働くこと、遊ぶこと、学ぶことが、これまでは断絶しがちでした。学校で学んで、職場で働いて、プライベートは遊ぶといったように意識がはっきり分かれていたんです」(香田氏)

さらに香田氏は「しかしこれからの時代は、人の心を動かさないと仕事にならない。そのために、大人になっても、どう自分自身の感性をアップデートしていくかが求められていると言えるでしょう」と続ける。

ただ、好奇心を持って前向きに何かを楽しむには、“アイスブレーク”が必要だ。心を固く閉ざしたままでは、楽しむものも本気で楽しめないし、体験の面白さや感動も見えてこない。そのために「アソビル」ではスタッフへの教育を徹底した。

「スタッフに『君たちの仕事は、単にトイレの場所を教えるとか、案内をすることじゃないよ』と言っているんです。『君たちの仕事は、お客様を笑わせること、ちゃんと笑顔をつくりなさい』と。お客様をご案内するのは単なる“作業”で、そこに意味はありません。でも、笑顔でお客様をお出迎えしたら、お客様は安心しますよね。そうした“自分のテリトリー(領域)感”があると、人は安心してワクワクドキドキできるんです」(小林氏)

小林肇のインタビュー写真

利益至上主義ではない 新しいスペース活用方法を模索していく

次に、ビジネスとしての「アソビル」を見てみたい。

既存の商業施設が単純に坪単価の利益のみを追い求めると、アパレルショップやオフィスとして貸し出すのが「一番正解に近い」というのは小林氏も同意見だ。ただ、小林氏の話を聞くと、「アソビル」が追い求めるのは施設の最大利益ではなさそうだ。

「事業として利益を出すなら、貸し出すことが最適解。そうした傾向があるなかで、ビル全体を体験コンテンツ一色にしたのは、ALEによる“実験”でもあります」(小林氏)

全国展開している「PARCO」の閉店にも見られるように、坪単価の高い立地にある大規模ファッションビルでも業績が伸び悩んでいる。経済が成熟し、モノに満たされた消費者の動向が「モノ」から「コト(体験)」に変わりつつある。訪日観光客によるインバウンド消費も同様に、一時期に見られた“爆買い”のようなモノ消費から、日本の文化を楽しむコト消費へとシフトしている。

「どこの施設もアパレルやオフィス……ということでは、街の彩りが少なくなってしまいます。ですから『アソビル』は、このビルを中心に人が集まり、横浜というエリアを盛り上げることを大きな目標にしています」(小林氏)

街全体を見渡したときに、あらゆるビルがオフィスなどの特定の人だけのテリトリーとして使われている光景を想像してほしい。関係のない人はそのビルに入ることがなく、偶発的な出会いは生まれにくい。そうした状況を打破する新しい価値提供の方法を考えていきたい、と小林氏は続ける。

「『今はコト消費の時代だ』とも言われていますが、コト消費に重点を置いたビジネスで成功するための方程式を見つけている企業はまだないでしょう。この“新しい方程式”を見つけられたら、もっと街のありようは変わるんじゃないかと思うんです。『アソビル』はその実験をしていく場所でもあります」(小林氏)

小林肇のインタビュー写真

「アソビル」の初年度来館者数は200万人を見込んでいる。多くは神奈川県をはじめとする関東エリアからの来場だが、もちろん海外からの観光客も視野に入れている。また、フロアごとに個性の異なる「アソビル」ならではの試みとして、特定のフロアだけで横浜以外のエリアへ今後出店することも考えているという。

横浜という街に生まれた「アソビル」を皮切りとしたALEの“実験”は、これからの日本の街づくりを大きく変えることになるかもしれない。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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