スーパーCEO列伝

YouTubeに製菓、映画制作まで 苦境を逆手に取る銚子電鉄のPR戦術

銚子電気鉄道株式会社

代表取締役社長

竹本勝紀

文/笠木渉太(ペロンパワークス) 写真/谷本 恵 | 2021.03.04

千葉県最東端を走る、全長約6.9kmのローカル線、銚子電気鉄道(以下、銚子電鉄)。東日本大震災や運転資金を賄う補助金打ち切りなど数々の苦難に直面しながらも、その度に「ぬれ煎餅を買ってください。電車修理代を稼がなくちゃいけないんです」といった独特なPRを実施し、副業の食品販売によって赤字の鉄道事業を支えてきた。
現在では主力の食品事業で培ったPR技術を活かし、お化け屋敷電車を走らせるイベントや自主制作映画の公開など、様々な切り口で「日本一のエンタメ鉄道」を目指している銚子電鉄。鉄道会社にもかかわらず、なぜ副業やPRに力を入れるのか。代表取締役社長の竹本勝紀氏(以下、竹本氏)に話を聞いた。

銚子電気鉄道株式会社 代表取締役社長 竹本勝紀(たけもとかつのり)

1962年、千葉県木更津市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。千葉県内の税理士事務所に勤務の後、2009年に竹本税務会計事務所を開設。税理士として約500社以上のクライアント企業の税務申告や経営指導を行う。2005年より銚子電気鉄道株式会社の顧問税理士となり、2012年12月代表取締役に就任。以来、約20名の社員と共に経営再建に向けて奔走を続けている。

本業の「鉄道事業」ではなく副業の「食品販売」が経営を支える

「ぬれ煎餅を買ってください。電車修理代を稼がなくちゃいけないんです」といったHPへの書き込みをきっかけにヒット商品となった「ぬれ煎餅」や、自社の経営難を題材にした「(経営が)まずい棒」や「鯖威張る(サバイバル)カレー」など、本業の鉄道事業以外にも副業として数多くの商品を販売する銚子電鉄。2017年度の鉄道事業の営業収益は約1億2000万円だったが、一方で食品事業を含む副業の営業収益はなんと約3億6000万円にもなる。

「ぬれ煎餅の売上げが2億円を記録する一大ブームとなった1998年から、弊社はほぼぬれ煎餅屋なんです」と竹本氏が言うように、総収益の約7割を占める副業が今や事業の柱となっている状況にあるわけだ。

とはいえ、副業だけに力を入れているわけではない。銚子電鉄では本業のメインターゲットである観光客を呼び込むため、電車を使ったイベントも頻繁に行っている。特に2015年に行われた「走るお化け屋敷電車」は好評で、2019年まで5年連続で開催された。また、同年には自主制作映画『電車を止めるな! 〜のろいの6.4km〜』を公開。2020年にはYouTubeチャンネルの本格始動など、新領域への挑戦を繰り返しながら自社のPRを続けている。

映画『電車を止めるな!』は2021年2月時点も関東を中心に公開中。

「生き残るためにとにかく『売れる物は何でも売る』『やれることは全てやる』というビジネスモデルは、オンリーワンともいえるのではないでしょうか。銚子電鉄にとって観光客は乗客の7割程度を占める大きな存在ですが、それは地元の方々の支えがあってこそ。経営は厳しいですが、ローカル線は存続すること自体が地域貢献になると考えているので、何か新しい道はないか日々探しています」

自身をサービス業だと考える“銚電イズム”

様々な事業を手掛けていく上で、鉄道という自社の事業ドメインにこだわらないことが大切だという竹本氏。銚子電鉄の事業展開の基礎となる考え方は、ミスター銚電として社員から親しまれ続けた、綿谷岩雄元専務から受け継いだのだという。

「私が大きく影響を受けた綿谷さんは、どんなビジネスもサービス業だと考えている方でした。鉄道会社として、単にお客様を乗せているだけでは企業は続かない。お客様に喜んでもらうためなら、普通の鉄道会社がやらないようなこともする。現在の副業が本業を支えるという流れをつくったのも、綿谷さんなんです」

銚子電鉄が食品事業に乗り出したのは1976年と、今から40年以上も前だ。当時、自家用車の普及や銚子市の人口減少により鉄道事業は赤字。厳しい経営が続くなかで綿谷氏が思いついたのが、たい焼きの販売だった。

銚子電気鉄道線観音駅で開業を始めたたい焼き屋。現在は老朽化により同線犬吠駅に移転した。

「私が銚子電鉄に籍を置くずっと前の話になりますが、綿谷さんは当時流行していた童謡『およげ!たいやきくん』の人気にあやかれると考え、たい焼き屋を始めたそうです。銚子市に他のたい焼きのお店がなかったことも要因の一つなのでしょうが、いざ開業してみると、200mの大行列ができるほど人気になったんですね」

たい焼きがヒットしたことをきっかけに、銚子電鉄は様々な副業を手掛けていく。たい焼き用の餡子(あんこ)が入っていた空き缶を加工してつくったちりとりや、駅舎の池に浮いている「ホテイ草」の販売。そして、たい焼き屋を始めた20年後の1995年、綿谷氏の発案で、現在の銚子電鉄を支えるぬれ煎餅の製造販売を開始した。

今では銚子電鉄の経営を支えるぬれ煎餅。左から甘口味、濃い口味、うす口味、ごまぬれ煎餅と並ぶ。

「もちろん経営状況が厳しかったという背景もあるのですが、やはり根底にはお客様に幸せになって欲しいという考えがあったのだと思います。そのために美味しい食品を売ることが、結果的に鉄道会社として生き残ることにつながると信じていたのでしょう」

鉄道会社として存続すれば、銚子電鉄を日常的に使ってくれるお客も幸せにできる。幸せを追求しているから、鉄道以外の事業にも臆せず挑戦できる。今の銚子電鉄は、綿谷氏のお客に対する姿勢抜きには考えられないそうだ。

“自ギャグ”こそヒットの秘訣

本業とはまったく関係のない食品事業に、これまで培ってきたノウハウが活かせるわけではない。にもかかわらず、銚子電鉄が次々とヒット商品を連発している理由は何か。その秘訣の一つは驚くことに「ギャグ」だという。

「新しい市場では、まず自分たちの存在を知ってもらうことが大切です。そこで、注目を集めるためにギャグを使うんです。それもただの駄洒落や言葉遊びだけではなく、『経営が厳しい』『電車に年季が入っている』といった自虐を笑ってもらえるような表現を使う。私は自虐とギャグを合わせて『自ギャグ』と呼んでいます」

銚子電鉄の商品は冒頭で触れた「(経営が)まずい棒」やサングラスが封入された「お先真っ暗セット」など厳しい経営状況をあえて全面に押し出したものが多い。新しい商品やイベントはギャグから着想を得る場合もあるそうだ。まずい棒のわさび味も竹本氏が自社の鉄道を点検して「わ、錆……」と驚いたことがきっかけで生まれたと話す。

「自ギャグの良いところは、自虐だから他人を傷つけていないことです。お客様も気兼ねなく笑ってくれる。その上、扱っている商品も変わり種ばかりだから、『また銚子電鉄が変なことをしている。でも頑張っているみたいだから応援してみよう』という気持ちになって購入してくださっているのだと思います」

例えば、今でこそ比較的一般化したぬれ煎餅も、販売を始めた当時はまだ銚子発祥のローカルフードという位置づけ。1996年にテレビで取り上げられ、売上げ2億円となるブームを呼んだが、2004年に経営トップによる横領が発覚、銚子電鉄は約1億円の債務を負うこととなってしまう。公的補助も打ち切られ、資金繰りはひっ迫、2006年には存続不能の危機に陥る。

頭を抱えた当時の経理課長が「ぬれ煎餅を買ってください。電車修理代を稼がなくちゃいけないんです」と自社のホームページに書き込んだところ、ネット上で話題に。数日後には1万件以上の注文があり、年間売上げは4億円に到達したという。「ぬれ煎餅」という聞き慣れないフレーズ、そして「電車修理代を稼がなくちゃ」という必死の訴えかけが世間の耳目を集め、再びのぬれ煎餅ブームに沸いたが、なりふり構わぬ自虐的な表現がブームの呼び水になったのではないかと竹本氏は分析する。

「メディア戦略と言うほど大げさなものではありませんが、インターネットの世界は面白いキーワードがあると瞬く間に広がってくれます。今年も新型コロナウイルス感染症の影響で売上げが落ち込んだのですが、 “賞味期限迫る、早い者勝ち”という文句と共にSNS上で宣伝をしたら注文が一気に殺到しまして、無事1年を乗り切ることができました」

実際にTwitterの公式アカウントにてつぶやかれた投稿。その後、なんと3日で1700袋が完売した。

また、話題となったアイデアの中には竹本氏が考案したものだけではなく、外部の人間から持ちかけられた企画も多い。銚子電鉄や竹本氏自身の度重なるメディア出演により知名度が向上した結果、一般の方から新商品のアイデアが送られてくることもあるという。

「ビジネスの成功は一人の力で生まれているわけではないと常に感じています。YouTubeのチャンネルの本格始動も、以前テレビ出演した際に知り合った方からアイデアをいただいたのがきっかけです。町内会の方のご子息から、映画に使用する楽曲を提供していただいたこともあります。

ぬれ煎餅事業でも、工場をつくって大量生産する案が出たとき、ぬれ煎餅の発案者である綿谷さんは規模拡大に懐疑的でした。しかしそれを押し切って進めてくれた当時の社長がいたおかげで、今では事業の主軸となりました。色々な方の存在やつながりも、事業拡大を後押ししてくれたと思います」

地域復興がローカル線の利益につながる

地域の交通インフラの一つを担うローカル線。最後に地域の一員として、銚子電鉄の役割を聞いた。

すると竹本氏から「地域住民の足」「観光のシンボル」「地域の情報発信基地」の3つが大事だという言葉が返ってきた。

「地域が廃れると鉄道も廃れてしまう。その逆も当然あります。ローカル線とその地域とは、共存関係にあるんです。

ローカル線は地域住民の移動手段としてだけでなく、外から観光客を呼び込むシンボル、そして地元企業をPRする広告塔としての役割。この3つを果たしてこそ、ローカル線としての存在意義があると思っています」

最盛期には人口9万人を超えていた銚子市も、現在は年々減少傾向にある。2016年の時点では約6万人。10年後には4万人を下回るという試算もでている。これは、同県の県庁所在地である千葉市のわずか4%ほどだ。

「このような状況で鉄道を続けていく意義があるのかどうかは正直難しいところです。しかし、地域の小学生や免許を返納した高齢者の方はまだまだ使ってくれています。住民のために鉄道を存続させるのはもちろん、これからは地域活性化にも貢献したいんです」

銚子電鉄では自社の知名度を活用し、地元企業をPRする企画も数多く行っている。2020年には沿線でキャベツを栽培する農家とコラボレーションし、「ぬれ餃子」の販売も開始した。さらに、駅の命名権を販売するネーミングライツを実施。各駅に企業の名前を入れることで、銚子電鉄が話題になるほどその企業の宣伝にもなる仕組みだ。電車内で新鮮な鯛や鮪を堪能できるイベントを地元企業の協力のもと行うなど、持ちつ持たれつの関係をつくっている。

銚子電鉄の各駅に企業の名前が入っている。地元企業だけではなく、2016年には検索ポータルサイト「goo」を運営する「NTTレゾナント」が購入していたことも。

銚子電鉄が日本一のエンタメ鉄道を目標に掲げるのも、地域活性化のためだ。

「エンタメというのは、おもてなしということなんです。私たちは日本一のおもてなし企業を目指しています。銚子は千葉の玄関口であり出口。路線に魅力はあまりないですが、それを逆手に取って楽しいイベントを企画して新たな需要をつくる。何度でも観光に来てもらって銚子にお金を落としてもらえば、地域復興にもつながります。目指すのは地域にとって必要だと、皆にも思ってもらう企業です」

お客の幸せを追求する銚子電鉄のサービスは、利用客だけでなく銚子という地域全体に及ぶ。今後は教育をテーマにしたイベントなどで、地方創生にも携わっていきたいという同社。多くの人に親しまれるPRを続けるには、地域住民を心から思いやる気持ちも大切なのかもしれない。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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