スーパーCEO列伝

ハートドリブンって何? 尖ったコンテンツを生み出すエモい組織づくり

株式会社アカツキ

共同創業者 代表取締役CEO

塩田元規

文/杉山直隆 写真/宮下 潤、アカツキ | 2019.04.10

塩田元規のポートレート
モバイルゲームを次から次へとヒットさせ、2018年3月期には、前年115億円だった年商が219億円にほぼ倍増と驚異の高成長をしている企業が、アカツキだ。創業からわずか9年足らずで躍進した秘密は何だろうか。塩田元規代表が、いの一番に挙げるのが「ハートドリブンな世界へ」というビジョンだ。それ無しには、ユーザーが熱狂するゲームも、社員が自発的に働く組織もつくり出せなかったという。一見、ピュアで概念的なビジョン、ミッションが、どのようにビジネスとつながっているのだろうか?

株式会社アカツキ 共同創業者 代表取締役CEO 塩田元規(しおた げんき)

1983年、島根県出雲市生まれ。横浜国立大学電子情報工学科を経て、一橋大学大学院MBAコース卒業。2008年、株式会社ディー・エヌ・エーに新卒入社。アフィリエイト営業マネージャー、広告事業本部ディレクターに就く。2010年に退社し、共同創業者の香田哲朗氏とともにアカツキを創業。モバイルゲームで数々のヒットを生み、2016年3月、東証マザーズ上場。2017年9月には東証1部へ市場変更を果たす。

9年前に3人で始めた企業が、破竹のヒットメーカーに

女子野球選手を育成し甲子園を目指す「八月のシンデレラナイン」(ハチナイ)、そのサッカー版の「シンデレライレブン」などのオリジナルタイトル。さらに日本のみならず世界各国で人気の共同開発のタイトルまで――。毎年のようにヒットゲームを世に送り出している気鋭のエンターテインメント企業が、アカツキだ。

創業は2010年。社員3人、マンションの一室でのスタートから短期間で成長を遂げ、2017年には東証1部にスピード上場した。業績は右肩上がりで、2018年3月期は年商が115億円(2017年3月期)から219億円にほぼ倍増。

2016年からは、ゲーム事業に続き、リアルな体験を提供するライブエクスペリエンス事業にも参入。アウトドアレジャーの予約サービスやサバイバルゲーム場運営なども手掛け、今年3月には横浜駅直結のビル1棟に、飲食、イベント、スポーツ、ハンドメイド体験ができる複合型エンターテインメント施設「アソビル」をオープンさせた。さらに、昨年末にプロサッカークラブ・東京ヴェルディの株式も取得し運営に乗り出すなど、猛スピードで新たなフィールドに活躍の場を広げている。

アソビルのイメージ

それまでのライブエクスペリエンス事業で培ったノウハウを注ぎ込んだ複合型エンターテインメント施設「アソビル」

急成長の秘密は何か? そう尋ねられたとき、塩田元規代表は必ずビジョンとミッションの話から始めるという。

「経営者の仕事は何かといえば『言葉づくり』です。その言葉の中でも最も重要なのが、ビジョンとミッションです。あれこれと説明をしなくても、僕たちが大切にしていることが、お客様や社員、取引先に届く。そんな言葉をつくることが、会社を経営する上で最も大切だと考えています」(株式会社アカツキ代表取締役CEO 塩田元規氏、以下同)

塩田元規のインタビュー写真

そのビジョンは、「A Heart Driven World ~ハートドリブンな世界へ~」

ミッションは、「Make The World Colorful ~世界をカラフルに輝かせよう~」だ。

「事業が多角化、グローバル化しているので、昨年アップデートしたのですが、根底にある考え方は創業1年目から変わっていません」

すべてはビジョンとミッションから始まる

まずビジョンは、昨年まで掲げていた「感情を報酬に発展する社会」から「ハートドリブンな世界へ」という言葉に変えた。

「どういう会社をつくりたいかにとどまらず、どんな理想の世界をつくりたいのか。そう考え行き着いたのが、『感情を報酬に発展する社会』です。人間の幸せを決めるのは『お金』ではなく『心』。お金やモノをもらったとしても、そこに感情の報酬があるかないかで、その価値は100万倍変わります。感情を何よりも大切にする社会になれば、世界は変わるのではないか、と」

これをさらにアップデートさせたのが、「A Heart Driven World ~ハートドリブンな世界へ~」だ。

「ドリブンとは『身体の内側から出てくる原動力』という意味。さまざまな感情を内包する『ハート』と組み合わせることで、『一人ひとりが自分のワクワクする感情に突き動かされて行動する社会をつくろう』ということを表現しています」

一方、ミッションは、創業1年目に掲げた「ゲームの力で世界を幸せにする」から、「Make The World Colorful ~世界をカラフルに輝かせよう~」に変更した。

「僕たちの言う『ゲーム』とは、単純にゲームではなく『人の心を動かす力』と定義していたのですが、日本だといわゆる“コンピュータゲーム”のイメージが強いので、言葉を変えました。どちらも、目指しているのは『一人ひとりの心にアカツキがタッチすることで、その人の可能性を開く』こと。

ゲームなどのエンターテインメントで心の内面を動かすことによって、その人の見ている景色が色づき始めます。景色が変わると行動が変わり、人格も変わって人生も変わる。すると世界はずっと良くなる。こうしたことを目指しているのです。『カラフル』と言っているのは、人生は一人ひとりが自分らしい色で輝いてくれればいい、と考えているからです」

ビジョンとミッションをお題目では終わらせない仕組み

一見、いかにも理想的で美しすぎるビジョン、ミッションに思えるかもしれない。しかし、言葉にひもづけて改めてアカツキの事業を見ると,ビジョンとミッションが出発点になり、密接につながっていることに気づく。

例えば、創業時にモバイルゲームを選んだのは、ゲームこそが「心を動かす力をエンターテインメントに使った、最高の感情報酬プロダクト」と考えているからだ。

「ゲームは客観的に見ると、『お金を払って、ワクワクしたりハラハラしたり、ときには苦労をしたりして、感情を動かしている』んですよ。例えばロールプレイングゲームは、キャラクターがお互いに協力し合い、試練を乗り越えゴールを目指しますよね」

では、なぜユーザーは、お金を払ってまでハラハラ、ドキドキしたいと思うのか? それは、お金ではなく、仲間との連携、キャラクターを育てる喜び、目的の達成感など、感動のような心の報酬が得られるからだ。

例えば、アカツキの看板タイトル「ハチナイ」のテーマは“青春カムバック”だ。現実のルールでは、どんなに野球がうまくても、女性である限り甲子園に出場することはできない。しかし、このゲームの中では、女子選手が球児として甲子園を目指せる。プレイヤーは監督となって選手集めからスタート。個性的な選手一人ひとりを育て上げることで並み居る強豪との激戦を繰り広げ、最終的には甲子園出場の夢を実現できるのである。

「『女性は甲子園に行けない』という絶対的な壁に対して立ち向かい、成長を重ねることで、最終的に夢を叶える。そんなワクワクする体験をゲーム上でしてもらうことで、『世の中に不可能なことなどない。何でもできるんだ』と気づいてほしい。このゲームには、そんなメッセージが込められています」

アカツキのゲーム「ハチナイ」のイメージ

この4月からアニメ化もされている「ハチナイ」

このようにアカツキが開発しているゲームは、すべてが“感情報酬が得られるプロダクト”であり、ゲームを通じてユーザーのハートを動かすことがテーマになっている。そのため、新たにゲームをつくったり、事業を立ち上げたりするときは、必ず「なぜアカツキがこのゲームをやるのか」を、メンバー同士で徹底的に議論するという。

「具体的には、全プロジェクトを始める前に答えなければならない9つの質問があって、それに答えられなければ、やりません。プロジェクトを立ち上げるときにはチーム名を決めるのですが、それも『どのような思いを込めたプロジェクトなのか』をメンバー皆で議論します」

市場の成熟期は“尖った”商品が求められる

ビジョンやミッションをベースに、コンセプトをとことん話し合うことが、「明らかにゲームの人気につながっている」と塩田代表。

「今のスマホゲーム業界は、商品ライフサイクルでいえば、成熟期にあります。そのマーケットの特徴は、あいまいなゲームに見向きもしなくなることです。皆がゲームに慣れているので、万人受けするゲームより、“尖った”ゲームを求めるようになるんですね。その点、アカツキのゲームはコンセプトが明確なので、どれも尖っている。好き嫌いは分かれますが、コアなファンも付きやすいのです」

これは他業界の商品・サービス開発をする上でも大いに参考になる話だろう。現在の日本では、ゲームに限らず、スマホや家電、自動車など、多くの商品やサービスが成熟期を迎えているからだ。こうした環境下では、大きなパイを狙って、没個性的で無難な商品をリリースするよりも、アクの強い尖った商品を打ち出す方が、結果的に、多くの顧客を獲得することにつながる。そのことを、アカツキの例は教えてくれる。

2016年にライブエクスペリエンス事業に参入したことも、ビジョンやミッションから出発している。同社が提供したいのは「心がワクワクするような体験」であり、それはゲームのみにとどまらずリアルなエンターテインメントも幅広く含まれる。むしろモノよりコト消費、体験消費が求められるようになった時代には、そちらにこそ高いニーズがありそうだ。

「東京ヴェルディのスポンサーを始めたのにも、ビジョンやミッションに照らし合わせた理由があります。Jリーグ開幕時にはトップオブトップだったチームが、今はJ2で沈んでいる。それを再び強く魅力的なチームにしていく“かつて輝いていたモノの復活”というストーリーが、僕らの提供する“ワクワクする体験”と合致していると考えたのです。

ゲームでもサッカーチームでも、バーチャルもリアルも含めて“ハートドリブン”を提供するブランドがアカツキ。そう、僕たちのやっていることは、一種のブランド事業と言ってもいいかもしれません」

塩田元規のインタビュー写真

昨年、有望なスタートアップ企業や個人に投資する「ハートドリブンファンド」を立ち上げたが、もちろん、投資の基準はビジョンやミッションと合致しているかどうかだ。軸はどこまでもブレていない。

ビジョンと利益、両方合わせて一つ

ところで、なぜ塩田代表は、ビジョンやミッションを大切にするようになったのか。それは、大学時代に学生団体を立ち上げて、「幸せと経営」というテーマで多くの経営者をインタビューして回ったことに端を発している。

「そのなかで、多くの方が口を揃えて言っていたことがあります。それは、良い会社とは『ビジネスモデルがすごい』とか『売上が大きい』といったことではなく、会社の『哲学』や『思い』がはっきりしていて、社員がそれを理解していて、会社の雰囲気が良いこと。それを聞いて、感動し、『そういう会社をつくりたい!』と創業時から言っていたのです」

ただ一方で、「思い」だけではダメだということも、塩田代表は学んだという。

「『義利合一(ぎりごういつ)』という言葉があるんですけれども、これは『ビジョン』と『利益』、片方だけではダメで、両方合わせて一つだという意味です。確かに、いくら素晴らしい理念の事業でも、経済合理性がなければ、何かを成し遂げるのは不可能です。そのバランスはとても大事にしています」

塩田元規のインタビュー写真

「人間の心の動きを理解していないと、絶対に良いモノは生まれません」

「ハートドリブンとは何か?」を、事あるごとに考えさせる

言うまでもなく、「A Heart Driven World ~ハートドリブンな世界へ~」というビジョンと、「Make The World Colorful ~世界をカラフルに輝かせよう~」というミッションを実現するためには、社員にその文化を浸透させていくことが不可欠だ。

「社員が自分のハートをドリブンさせて行動していなければ、また自分自身のハートがドリブンするとはどういうことかが分かっていないと、お客様のハートをドリブンさせることなどできません。結局、すべてのサービスで大切なことは、人間に対するインサイト。人間の心の動きというものをメンバーが理解していないと、絶対に良いモノは生まれません」

そこで、アカツキでは、社員一人ひとりに、「ハートがドリブンするとは何か」、ひいては「人生とは何か」を考えさせるような取り組みを数多く用意している。

ビジョンやミッションを折に触れて塩田代表が話すのはもちろんのこと、「アカツキハート」と呼ばれる小冊子や「アカツキのコトノハ」というストーリーブックを配布。また、ビジョンやミッションをビジュアルで見せる工夫もしている。例えば、本社の会議室は、すべての部屋が、「HEART」「KIZUNA」「CLAP」と、ビジョンやミッション、アカツキの哲学、カルチャーにまつわる名前がつけられていて、そのコンセプトに合った絵が描かれている。

「『HEART』の部屋には、弾けんばかりの笑顔やピンクや赤のハートが描かれています。この部屋に入ると、温かい気持ちになってホッとするんです。アカツキは『成長とつながり』を大事にしているのですが、『KIZUNA』という部屋には手と手をつないで踊る人が描かれています。また、アカツキには拍手し合う文化があるので、拍手をモチーフにした『CLAP』という部屋もありますね。一つひとつに会社の哲学が込められているんです。オフィス全体のコンセプトは、様々な色があっていいということで、『カラフルガーデン』という名がついています」

なるほど。このような環境の中で働いていれば、自然とビジョンやミッションが染み込んでいくわけだ。

塩田元規のインタビュー写真

インタビューは「HEART」の部屋で行われた。

感情を会社に持ち込むことで、ハートを理解する

ビジョンやミッションを浸透させる一方で、もう一つ力を入れているのは、社内のスタッフが「互いのハートを理解する」という取り組みだ。

アカツキでは毎週、本社のSHINE LOUNGEで行われる全社ミーティングの際、塩田代表が「GENちゃんズトーク」というコーナーで最近気になっていること、考えていることなどを社員に共有する時間がある。その後に、スタッフが周りにいる5~6人で輪になり、トークの内容について感じたことを話す時間「分かち合い」を設けている。その特徴は「何を言ってもいい」ということだ。

「例えば、『塩田さんはああいうこと言っているけど、うちの現場はこんな感じで大変なんだ』というグチでもいいし、『つまんなかった、塩田さんの話』でもOK(笑)。別に真面目なことなんて話さなくていいんです。

なぜそうしているかというと、皆が、素の自分が思っていることを自由に話すと、お互いのことを分かち合えるようになるんですね。お互いがお互いのハートを理解するようになるので、お互いのことを好きになる。人が苦しんでいるのも分かるので、『助けてあげよう』という場の雰囲気が出来あがるのです。『感情を会社に持ち込んではいけない』とよく言いますが、アカツキは真逆。『感情を会社に持ち込んでもらう』ようにしています」

もちろん、感情にはポジティブな面だけではなく、ネガティブな面もある。しかし、それも持ち込んでいいと塩田代表は考えている。

「ハートにネガティブな部分が無いのは不自然ですからね。ネガティブな感情も出していったほうが、実はお互いの理解も深まるし、ハートそのものの理解も深まるのではないかと思っています」

社員同士が互いの本心に触れる機会をつくる効果は、社内の活性化だけにとどまらない。人間はどんなときに心が動くのか、ワクワクするのか。そういったエモーションの本質をつかむトレーニングにもなる。それは、ワクワクを提供するアカツキの事業の血肉になるわけだ。

アカツキ「インスパイア朝会」の風景

ゲストと塩田代表がトークする「インスパイア朝会」の様子

このように、アカツキでは自分や他人のハートを意識する仕掛けを数多く打ち出しているが、社員同様に塩田代表自身もハートに敏感である必要がある。それについて、「幸せと経営を統合している経営者でありたい」と塩田代表は言う。

「経営者はよく幸せと経営が分離するんですよ。自分が我慢することで、経営を成り立たせようとするんです。でも、僕自身がワクワクしないで、苦しそうにしていても、世界はワクワクしないと思うんですよね。だから、僕自身がワクワクして楽しみながら、経営をしていく。そうやって幸せと経営を統合する経営者でいられれば、同じ思いを持つ人が集まってくるし、大きなことを言えば、日本が良くなることにつながると考えています」

自分や他人の「ハート」を大切にするアカツキのビジョンやミッション。それを理解し体現する人が増えれば、一企業の繁栄を超えてより大きなムーブメントが起こるかもしれない。塩田代表と話していると、そう期待せずにはいられない。

アカツキの図書室 アカツキのオフィス風景

アカツキの本社には図書室が2つある。技術書から、マンガ、ゲームの攻略書まで、成長やモノづくりに必要な書籍は制限なく会社負担で購入でき、購入した本は図書室に献本される

アカツキのオフィスでは靴を脱いで仕事をする。少しでも楽でいられるようにすることで、自由な発想を生み出そうという意図だ。その象徴が、この広場。車座になって話し合う社員もいれば、寝転んでいる社員も

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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