スーパーCEO列伝

「0次流通」から始まる商流のイノベーション “買う”行為は拡張する

株式会社マクアケ

代表取締役社長

中山 亮太郎

文/菅原沙妃 写真/宮下 潤 | 2022.01.11

「0次流通」とは、1次(小売)でも2次(中古)でもない、製品が一般市場に出る前のテストマーケティングの場のことを指す。新しい商品や体験の応援購入サービス「Makuake」は、この0次流通に特化し四半期あたり1000万人(UU)が利用するプラットフォームを構築。開発資金や初期のPR力を求める小規模事業者だけでなく、すでに実力のある大手企業まで巻き込んだ一大市場をつくり出している。既存の商流に大きな影響を与え得る事業はいかにして生まれたのか、マクアケの中山代表に背景を伺った。

株式会社マクアケ 代表取締役社長 中山 亮太郎(なかやま りょうたろう)

1982年4月11日生まれ、東京都出身。慶応義塾大学卒。2006年、サイバーエージェントに入社、藤田社長のアシスタントやメディア事業の立ち上げ等を経て、2013年、サイバーエージェント・クラウドファンディング(現マクアケ)を設立、代表取締役社長に就任。同年8月、応援購入体験を提供するオンラインプラットフォーム「Makuake」をリリース。2017年に社名をマクアケに変更。2019年12月、東証マザース上場。アニメオタクを自称。

一般市場の“前”に広がるMakuake生態系

新しい商品や体験の応援購入サービス「Makuake」の勢いが止まらない。運営会社のマクアケは2021年9月期決算において、応援購入総額およびユニークユーザー数は共に前期比約5割増、重要指数であるプロジェクト開始数は7割増の伸びを見せた。これまでに掲載したプロジェクトは約2万件に及び、購入総額(GMV)は215億円(2021年9月期)を超える。

Makuakeのサイトでは、実行者(オーナー)が設定したプロジェクトに対し、サポーター(消費者)が応援購入することで対価としてモノやサービスの提供を受ける。マクアケは実行者から応援購入総額の20%の手数料をもらうビジネスモデルで、形式としてはクラウドファンディングに分類されがちだが実態はECソリューションに近い。

そう言えるのはプロジェクトの“前後”に位置するサービスの独自性にある。“前”では、大企業を中心に製品の開発支援を行うMakuake Incubation Studio(MIS)を実施。“後”では、商品を出品できるショッピングサイト「Makuakeストア」や実店舗で商品を展示・販売できる「Makuake SHOP」、グローバル展開支援の「Makuake Global」、百貨店やセレクトショップ等のバイヤーの商品仕入れをサポートする「応援仕入れサービス」を展開する。いずれも近年の成長ドライバーとなっているサービスだ。

このようにマクアケは、これまでになかったものを「プロデュース」し「デビュー」させ、一般に流通させる「グロース」を一気通貫で展開する“Makuake生態系”を構築することで、「0次流通」という名の新たなマーケットをつくりだしている。

<Makuake生態系>

●プロデュース
Makuake Incubation Studio(MIS):開発支援
Makuake データ Lab(2022年12月~)

●デビュー
Makuake
Makuake Global:海外展開

●グロース
Makuakeストア:EC
Makuake SHOP:実店舗
応援仕入れサービス:バイヤー向け

「0次流通」はマクアケの中山亮太郎社長が自ら生み出した言葉で、1次(小売)・2次(中古)流通に対して“ものが一般市場に流通する前の場所”を指す。当初は一般的なクラウドファンディングサイトだったMakuakeだが、次第に0次流通におけるテストマーケティングの実態が色濃くなるなかで自身のサービスを「アタラシイものや体験の応援購入サービス」と定義するようになる。

独自の世界観を持つこれらのサービスは、どのようにして生まれたのだろうか。

Makuakeを一躍有名にした映画『この世界の片隅に』の公開実現に向けて応援する「制作支援メンバー」を募集したプロジェクト

展示会のオンライン化によって生まれた新たな市場

「無在庫で商品を売り出せる場所が欲しかった」

サービスローンチから1年たった頃、Makuakeを使う事業者は口を揃えてこう言ったという。当時、クラウドファンディング事業を手がける経営者として資金調達の場を提供することこそが使命だと考えていた中山社長にとって、まさに青天の霹靂だった。

「それまでは、善意による寄付によって前へ進んでいく世界をつくるべきなんだと信じて疑わなかったんです。自分たちのことを『クラウドファンディングという神様から遣わされた使者』だと勘違いしていたんですね(笑)。当時はいろいろなところから『いいね』と言われたため、現場で起きている本当のニーズから目を逸らしていました」(マクアケ・中山亮太郎社長、以下同)

マクアケ 代表取締役社長・中山 亮太郎氏

ソーシャルゲームやSNSをはじめ、インターネット業界は“在庫”の概念が無いビジネスが当たり前。長らくネット業界を主戦場としてきた中山社長は、事業者の在庫を抱えるリスクに、逆を言うと在庫を持ちたくないという潜在ニーズがあることに気づけなかったのだ。

「ネットではすでに1次・2次流通はAmazonやメルカリ等によってレッドオーシャン化していましたが、この言葉に目覚めさせられ、“それ以前の場所”に目をつけたことで僕らの前にブルーオーシャンが広がりました。

結果的にMakuakeは『展示会』をネットに持ち込んだともいえます。事業者が新商品を披露する場所としては昔から展示会が使われており、現在も主流です。しかし、全くオンライン化されていなかった。事業者の言葉を通じて、世界的にも盲点だったマーケットに気づけたのは非常にラッキーでした」

消費者のサイト上での行為も投資や寄付とは異なり、中山社長曰く「シンプルな“買う”という行為の拡張概念」といえるものだった。かくしてMakuakeの扉を開けてみれば、「売る・買う」という実にプリミティブな行為が広がっていたのだった。

6億円を超える応援購入(最高額)を集めたチェーンレス電動アシスト自転車「Honbike」

大企業に眠る研究開発技術をサルベージ

「プロデュース」「デビュー」「グロース」からなるMakuake生態系の中でも注目すべきはプロデュースだろう。このフェーズでは、主に大企業の研究開発部門に対して、それまで日の目を見ることがなかった技術を製品化させるべく、R&D(Research and development)プロデューサーと呼ばれるコンサルティングのプロが伴走する。

「Makuake Incubation Studio (MIS)は現場の声をきっかけに始まりました。当初は大企業にも企画した商品のレビューを得る場としてMakuakeを使ってほしいなと思っていたのですが、実はそもそも研究技術を製品化すること自体がうまくいってなかったんですね」

大企業にとっては商品化=量産化。規模がなければ意味のある売上高にはならず、スケールメリットも働かない。ゆえにリーンスタートアップ的な仕組みは無いに等しかった。結果、量産化を見通せない斬新な企画やアイデアほどお蔵入り……という課題があったのだ。

「官民の科学技術研究費が19兆円といわれるなかで、製品になっていく率がとても低い実情があります。これは日本の最大の課題の一つと言ってもいい。そんななかで、僕らのマーケットプレイスには、未来に何がトレンドになっていくか予想するデータベースが蓄積され、それを分析するノウハウもありました」

MISはそれらデータやノウハウを基に、研究開発技術を活用した新製品の企画立案、Makuakeでの販売・分析をサポートする。消費者データを熟知するR&Dプロデューサーのアドバイスの切り口は非常にシャープだ。量産化の前段階でマーケットからフィードバックを受け、軌道修正できる仕組みを提供したことで、資生堂や東洋紡、NECといった名だたる企業とのコラボレーションが次々と実現する。

ベンチャーキャピタルのWiLとソニーのコラボで生まれた「Qrio Smart Lock」

実行者に寄り添う最強のコンサル軍団

MISを支えるのがR&Dプロデューサーだとすれば、Makuakeにおけるデビュー、その後のグロースを支えるのがキュレーターだ。彼らのミッションはプロジェクトの全体設計。

実行者はいざMakuakeでデビューしたとしても、すぐにアクセスやサポーターを集められるわけではない。そこでキュレーターは実行者からのヒアリングを基に、ページのつくり方からプロモーション、クリエイティブ等のアドバイスを行い、商品の特徴や技術をいかにわかりやすく魅力的に伝えていけばいいか、徹底的なアドバイスを行う。また、応援購入が集まるようにフォローもする。応援購入総額の20%を手数料にもらうのには、そんな手厚いサポートの実態がある。

「キュレーターは、孤独なチャレンジの伴走者であり、コーチングパートナーです。

マスメディアしかなかった時代、人の趣味嗜好はすごくバリエーションが少なかった。でも、もう今は何が流行っているなんて誰にも言えないですし、“流行りなき時代”においてニーズというのは極端な話、70億人いれば70億通りあるわけですよ。

その70億のニーズに対して応えられている事業者はごくわずかです。なぜかというと、細分化したニーズに対してマッチングさせていくデータや分析できるノウハウが無いからなんですね。

逆に言えば、それができる事業者は次の時代の勝者になれる。そこのデータやノウハウを提供していくのがMakuakeのキュレーターなのです」

現在約50人いるキュレーターは将来的に数百人規模まで増やす予定だという。この人材資産の活用・強化がMakuake生態系の根幹を支えていくことになりそうだ。

岐阜県関市の刃物職人によるプロジェクトは、他の実行者の成功がきっかけで実施。本プロジェクトを通して実行者はその後Makuakeのリピーターに

“買う”行為はすでに拡張し始めている

マクアケが手がける0次流通のマーケットにおいては、従来のネットが目指してきた「必要なものをピンポイントでインスタントに買う」といった目的買い(Purpose コマース)とは異なる事象が起きている。Makuakeのサイト回遊率は非常に高く、「そうそう、こんなものが欲しかった」という発見のある購入体験(Discovery コマース)が頻繁に起こるのだ。

「皆さん普段買い物をする際、目的のモノ以外を買っていることって結構多いと思います。そういう気づきのある買い物体験は昔からあったのですが、ネットでは表現できていませんでした。Makuakeはその再現に成功したといえます」

日常的でありきたりな行為なのでなかなか意識されないが、“買う”行為は、実は非常に力を持ったものだと中山社長は言う。

「買う行為にはポテンシャルがあります。小学生ですらお小遣いをもらってお菓子を買えば、『その商品を良いと思った』という意思表示ができるわけですから。

人々は今後、買う行為を通じて自分が賛同したものにかかわっていきます。あらゆる人が買う力を存分に発揮できるようにすべく、Makuakeは次の展開を試みています」

そのひとつが2021年7月にリリースした「応援仕入れサービス」だ。このバイヤー向け支援事業の対象にはセレクトショップ等があり、直接的に買わなくても第三者の“買う”を後押しする仕組みだといえる。また、同年8月から開始した海外展開支援事業「Makuake Global」の強化も買う力を行使できる人を増やすことにつながる。

図らずもここ数年のコロナ禍によって事業者や消費者の目線はオンラインに大きくシフトした。モノが売れない時代と言われるようになって久しいが、それは旧商流においての話。0次流通が本格化した商流においては、今以上に買う行為は拡張していくことになるだろう。

中山社長が「残るべきものが残ることへのひとつの解だと思う」と語る、伝統技術と現代技術が融合して生まれた雪駄×スニーカー「unda-雲駄-」

Makuake生態系がつくるフェアな世界

マクアケは2025年に現在の5倍、2020年代中に5000億円規模のGMVを目指す。さらにその先を見据える中山社長は現時点をどうとらえるか。

「買う行為が持つ力の可能性を証明したことには自信を持ちたい。現在は応援購入や応援仕入れを通して製品への賛同を形にできていますが、個人も法人もまだまだ眠っている力があると思います。製造力や資金力、拡散力といった世の中にあるさまざまなリソースを投入しやすい仕組みをつくっていきたい。とはいえ、サクラダ・ファミリアのごとく壮大なプロジェクトであり、正直まだ序盤です」

大量生産時代においては、店に並んだ画一的な商品から選んで買うのが当たり前だった。ネットが発達した今日においては、自分が欲しいものをピンポイントに検索して買えるようになった。そしてMakuakeが推進する0次流通社会においては、潜在的なものを含めて、より趣味嗜好に合ったものに出合える機会は増え、また、欲しいものをつくってくれる人に対して意思表示できるようになった。いずれは、欲しいものを自らつくることすら可能になるかもしれない。そこにあるのは、今よりも確実に民主化された世界だと中山社長は説く。

「望むものがある未来をどうつくるかだと思います。ただ待つのではなく、積極的にかかわっていくことができる社会の方がフェアだという信念を持って僕たちはやっています。これからも『つくりたい』『買いたい』といったMakuakeを使ってくださる方々の想いやアクションに、たくさんコネクトしにいきたい」

生まれるべきものが生まれ 広がるべきものが広がり 残るべきものが残る世界の実現――。

マクアケが掲げるビジョンの先にあるのは、あらゆるものがあらゆる人によってフェアにジャッジされる世界だといえそうだ。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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