スーパーCEO列伝

SHOWROOMヒットの法則

エンタメ業界の革命児が考えるファンビジネスの本質

SHOWROOM株式会社

代表取締役社長

前田 裕二

写真/宮下 潤 文/塚岡雄太 マンガ/株式会社M41 | 2017.12.11

通信環境やデバイスの進化に伴い、ますます勢いを増す動画市場。その中でも群を抜いた成長率、売上高を誇るのが「SHOWROOM」だ。

「仮想ライブ空間」を名乗る同サービスをのぞいてみると本当にライブ会場にいるような熱気、臨場感がそこにはある。画面の中央でライブが配信され演者の周囲を視聴者のアバターが埋め尽くし、思い思いの言葉や様々なアイテムが飛び交う。

演者もそれらに反応しながら視聴者に声をかけることでライブの醍醐味である「会場の一体感」が実現しているのだ。しかし、ひとつだけ実際のライブ空間とは違うことがある。

演者側の「空気のユルさ」、言い換えれば「不完全さ」である。SHOWROOMで展開される「ライブ」の多くは、演者が自分の部屋やお気に入りの場所からスマホを使ってストリーミングされるトークや弾き語りがほとんどなのだ。

SHOWROOM株式会社の代表取締役・前田裕二氏は、この「不完全さ」こそが同サービスの魅力だという。新たなファンビジネスの成長を牽引する若きリーダー前田氏の経営哲学に迫る。

SHOWROOM株式会社 代表取締役社長 前田 裕二(まえだ ゆうじ)

1987年東京生まれ。8歳で両親を亡くし、兄とともに親類の家で暮らす。自力で稼げるように、とギターの弾き語りを始めたことで「人は絆にお金を払う」という、その後のビジネスに繋がる原体験を得る。早稲田大学政治経済学部を卒業後、UBS証券に入社。若手としては異例の業績を上げ、24歳でニューヨークに赴任すると、そこでも大きな成果を叩き出す。そんななか、家族のように慕っていた親戚の死をきっかけに「ゼロから新しい価値を創り出したい」と同社を退職。南場智子氏に事業立ち上げの相談したことがきっかけで、2013年5月にDeNA入社。同年11月に仮想ライブ空間「SHOWROOM」をオープン、2015年8月に同事業を分社化したSHOWROOM株式会社を設立、代表取締役社長に就任する。

ヒットの裏には理由がある
前田裕二の6つのキーワード

SHOWROOMをのぞいてみると、常に100以上のライブ配信が行われ、数千人以上の視聴者がいるライブも少なくない。群雄割拠の動画配信市場で高い成長率と収益を誇る同サービスを支える前田氏の口から語られる経営理念は熱く、そして、理路整然とした冷静さがあった。

01スナック経営

僕はよくスナックに行き、ファンビジネスを考えるうえでのヒントをもらっています。

スナックには、最高の料理やサービスはありません。むしろ、料理はちょっとした乾き物くらいで、ママは客よりも先に酔いつぶれてしまったりするんです。

普通のレストランならすぐに閉店になってしまうでしょう。でも、多くのスナックは10年20年と商いが続きます。それは、ママが寝てしまえば自分たちでグラスを洗い、お店の経営を考えてボトルを1本多く入れるような、濃い常連客たちに支えられているからです。意外かもしれませんが、ここに、僕の考えるファンビジネスの真髄があります。

例えば、AKBグループのアイドルたちの多くは「完璧」ではありません。だからこそ、ファンが一体となって、一人のアイドルとして完成させようと応援します。

不完全さのあるスナックのママと、それを支えようとする常連客との関係に似ていますよね。そこに生まれる絆、一体感こそが、ファンビジネスの根幹なんです。

02制約の理論

僕は8歳で親を亡くして、兄と二人だけになりました。当然お金もなく、子ども2人でどう生きていけばいいかわからない。数々の逆境のなかを生きながら「お金がないこと」が強いコンプレックスになっていきました。今でも、この頃のコンプレックスが僕の原動力のひとつです。そんな環境で始めたのが、路上でのギター弾き語りでした。

でも、なかなかお金になりません。ビートルズのような天性の才能があれば良かったのかもしれませんが、そんなものは僕にはなかった。でも、この逆境をなんとか抜けたい、と努力を重ねました。演奏する街を変えてみる、リクエストを一生懸命に練習する、コミュニケーションを通じてファンを作る。そして、最終的には小学生ながら月に10万円を稼ぐようになったんです。

この経験から「制約があったからこそ、努力の絶対量を上げることができ、そしてそれは必ず報われる」と信じるようになりました。そして、その理論が「努力している人が報われる社会を実現する」というSHOWROOMのビジョンに発展したのです。

03胆力を鍛える

大学を卒業してUBS証券に入った僕が、最初に目標にした人が宇田川さんという先輩でした。社内でトップの成果をあげている方で、どうしたらこの人を超えられるだろうと考えて観察してみると、当たり前のことを当たり前にこなす人だとわかったんです。

でも、僕はまだ質で勝てないと思い、量で勝負しようと考えました。朝の4時に出社して、株式市場の開く9時まで、複数の新聞の隅々まで目を通し、資料をまとめ、徹底的に準備をしました。そして、市場が開いたらお客さんとのコミュニケーションに徹する。夜は接待に繰り出す。睡眠時間は2~3時間ほど、という生活を続けました。

今の時代、ハードワークは必ずしも美談ではないかもしれません。でも、この「自分の体力の限界までやってみた」経験が今の僕を支え、可能性には限界がないという、仕事に打ち込む胆力をつけてくれたと思っています。

04仮説思考力

僕が幼い頃、両親がいないという強い制約のもとで生きていかなければならなかった頃、僕の人生において重要なスキルを身に着けました。仮説思考力です。

小学生がギター1本でなんとか稼ぐためには、ただ近所で歌っているだけではダメなんですね。どこで何を、誰に向かって歌えば少しでも儲けられるかと子どもながらに仮説を組み立て、実行していく必要がありました。

SHOWROOMを立ち上げたころも、制約だらけでした。知名度もありませんでしたし、システムトラブルも多かった。でも、僕は子ども時代と同じように「世界一のサービス」を目指していました。だからこそ、その制約を乗り越えるために仮説思考力が発揮され、立ち止まらずに問題解決に取り組めます。

もし僕に子どもができたら、例えば自分で稼ぐための原資を渡して「このお金をもとにして自分のお小遣いを稼いでごらん」なんて言ってみたいですね。5歳くらいから始めたら、すごいビジネスマンが育つんじゃないかと思っています(笑)。

05仕組みをつくる

UBS証券時代、アメリカに赴任して感じたことなのですが、アメリカ人は「仕組みをつくる」ことに長けているんです。まず自分でルールブックを書き、そのうえでビジネスを始めます。だから、世界で勝負できるプロダクトを生み出すことができるんです。

僕は、それをSHOWROOMで実現したいと思っています。ルールはシンプルです。「努力を積み重ねた人が報われる世界を実現する」こと。そのために僕が作った仕組みの代表的なものが、たとえば可視化されたオーディエンスからの「アイテムギフト」です。

これまで、努力を重ねても評価を得られなかった人たちに、ビジュアルと金額で評価を可視化する仕組みを提供したんです。

人に降りかかる困難や制約は、自分の努力で乗り越えられるものと、社会構造などが理由で、どうしても乗り越えられないものがあります。しかし、だからこそ人間には構造を変え、仕組みを作り上げる能力が与えられているんです。そのことを、SHOWROOMというプラットフォームを通じて証明してみせます。

06人生のコンパスを持つブレないこと

人生でも仕事でも、自分にとってもっとも大切なもの、目指すべきビジョンをもつことが重要です。僕はそれを「人生のコンパス」と呼んでいます。コンパスがないと、進むべき道が分からず行動や判断にブレが出てしまいます。限られた人生のなかで、道を誤るのは悲しいことですよね。

僕の10歳年上の兄の話をしましょう。彼は、僕が幼い頃も、親を亡くしてからも、そして今も、ずっと「仕事より遊びより、家族が1番」という人です。そして実際、兄よりも幸せな家庭を築いた人を僕は知りません。これは、兄が「家族を最優先にする」というコンパスを持って生きているからです。

一方僕は、SHOWROOMで実現したい「努力をした人が報われる世界を実現する」というビジョンが「人生のコンパス」です。だから、誰よりも仕事に没頭することができるし、そのことに迷いはありません。

自分のコンパスを見つけるには、まず、自分のことをよく知ることです。みなさんも、人生のコンパスを持って生きていってほしいと願っています。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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