ヒラメキから突破への方程式
株式会社千葉ジェッツふなばし
代表取締役社長
島田慎二
写真/芹澤裕介 文/竹田 明(ユータック) | 2018.07.12
株式会社千葉ジェッツふなばし 代表取締役社長 島田慎二(しまだ しんじ)
プロバスケットボールチーム・千葉ジェッツふなばし クラブ代表。1970年生まれ、新潟県出身。日本大学法学部卒。1992年、マップインターナショナル(現エイチ・アンド・エス)入社。1995年に独立、複数の旅行会社を立ち上げ、2012年、株式会社ASPE(現千葉ジェッツふなばし)代表取締役に就任。公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ理事、一般社団法人日本トップリーグ連携機構理事などを歴任。
2018年5月26日、横浜アリーナで行われたBリーグチャンピオンシップ2017-18のファイナル。対戦カードは、「千葉ジェッツふなばし VS アルバルク東京」。B1東地区同士のライバル対決だった。
千葉県船橋市に拠点を置く千葉ジェッツふなばし(千葉ジェッツ)は、地元の人々に支えられながらクラブを運営する“市民チーム”だ。一方のアルバルク東京は、トヨタ自動車男子バスケットボール部を母体とする名門チーム。実業団リーグ時代に計17回の全国タイトルを手中に収めている強豪だ。
対照的なチームだが、千葉ジェッツはBリーグの発足前から「打倒トヨタ」を旗印にチームづくりを進めてきた。今回のファイナルはいわば因縁の対決だった。
千葉ジェッツとアルバルク東京の関係を語るため、少し時計の針を戻そう。
2011年、バスケットボール好きの有志が集まり千葉ジェッツは設立され、bjリーグに参入した。しかし、成績はイースタン・カンファレンス10チーム中の9位。惨憺たるものであった。チームの立て直しへ向けて、まずはクラブの経営再建が検討される。そのとき、白羽の矢が立ったのが、現社長の島田慎二氏だった。
「オーナーの一人が昔からの知人で、クラブの経営再建にあたり、アドバイザーを頼まれました。ちょうど自分の会社をバイアウトした直後で、特に忙しい身ではなかったこともあり、『アドバイザーぐらいなら』という軽い気持ちで引き受けました。それが気づけば社長に就任して、今ではジェッツの経営にどっぷり浸かっています」(株式会社千葉ジェッツふなばし代表取締役社長・島田慎二氏)
海外出張専門の旅行会社を育てバイアウトした経営のプロである島田氏は、社員の働き方改革を断行し、「好きだから働く」というプロ意識の欠如にメスを入れる。その結果、社員のモチベーションは変化を見せ、組織改革の甲斐もありクラブは成長軌道に乗りはじめた。
»プロバスケ・千葉ジェッツが勝てるようになったのは“働き方改革”のおかげ
千葉ジェッツの経営再建に携わった当初から、島田氏には強いチームをつくる方法がわかっていた。資金を投入することだ。身も蓋もない言い方をすれば、チームを強くするにはお金かけること。単純な公式だ。
「強いチームをつくるためには、運営会社が稼ぐ力をつけなければいけません。実業団系のチームなら予算がありますが、市民チームにはありません。寄付のようなスポンサードに頼っていたら、チームの運営も成績も不安定になるだけです。
私の経営再建はすべて“稼ぐ力”の一点に集約できます。2013年のナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)への所属変更は、稼ぐ力をつけるための起爆剤でした」
NBLは、2013年に日本バスケットボール協会が中心となって立ち上げられたバスケットボールトップリーグ。千葉ジェッツは、市民チームで構成されているbjリーグを抜けて、実業団チーム主体で構成されているNBLへの参加を決める。
「当時は、各方面から『無謀だ』といわれました。しかし、会社が稼ぐ力をつけるためには過酷な状況に身を置く必要があったし、もし数年後に2つのリーグが統一されることになるなら、NBLのレギュレーションが採用されるはず。そうなれば、bjリーグの他のチームに対して先行できるとの読みもありました」
NBL参戦初年度は、20連敗を喫するなど力の差を見せつけられ、18勝36敗でイースタン・カンファレンスの6チーム中最下位。周囲は「それ見たことか」とささやいたという。しかし、千葉ジェッツの快進撃はそこから始まった。
NBLの最終シーズンとなった2015-16シーズンには、NBAへの挑戦で知られていた富樫勇樹選手を獲得。人気プレーヤーを得たことで観客動員数は堅調な伸びを示し、この年、シーズンを通したホームゲーム観戦者数が累計10万92人となり、日本のバスケットボールチームで初めてシーズン観客数10万人突破を達成した。
Bリーグのナンバーワン・ポイントガードとも評される富樫勇樹選手。「FIBAバスケットボールワールドカップ2019」の日本代表に選出。 写真/©CHIBAJETS FUNABASHI/Take-1
「富樫選手の獲得が第2の転機でした。富樫選手がケガのためにセリエA(イタリア)のチームを解雇され、帰国したのはリーグ戦が始まる1週間前でした。どのチームもシーズンを戦う布陣はすでに決まっており、千葉ジェッツにも富樫選手の居場所はありませんでした。
しかし、それでも稼げる魅力的なチームにするには、人気プレーヤーの富樫選手が必要。悩みに悩み抜いた挙句、富樫選手獲得という苦渋の決断をしました。チームの選手たちが戸惑う姿を想像して後ろめたい気持ちもありましたね……。こう見えても人情派なので私は(笑)」
NBLに移籍を決めたとき、千葉ジェッツは「打倒トヨタ」を旗印として掲げた。それは、地元の人々に支えられている市民チームが、企業のバックアップの下で運営される実業団チームに挑む構図をわかりやすく表現するのが狙い。多くの企業の支援を得るため、島田氏は日本で初めて経常利益1兆円を達成したグローバル企業「トヨタ」をターゲットにしたのだ。
「アリがゾウを倒すストーリーは、わかりやすいですからね。千葉ジェッツは、常にチームのカラーを意識して動いています。いつも『やんちゃなジェッツ』でいたいんです。ファンに『何をしでかすかわからないジェッツ』と思われていると、注目されるでしょ」
チームのブランディングを考えて「打倒トヨタ」を掲げた千葉ジェッツと島田氏だが、“大風呂敷”という世間の評価とは裏腹に、それはただの掛け声ではなく、実際に倒せると計算しての行動だった。千葉ジェッツが「トヨタ」に勝つためのポイントとなるのが、選手獲得競争が不当に激化しないよう、リーグがチームの選手年俸の上限を決めている「サラリーキャップ」と呼ばれる制度。当時、bjリーグのサラリーキャップは6800万円、NBLは1億5000万円だった。
「bjリーグとNBBのサラリーキャップの差額は約8000万円です。これを8000万円余計に必要ととらえるか、8000万円を集められれば、『トヨタ』と同じ条件で戦えるととらえるかです。もちろん千葉ジェッツは、戦う道を選びました。
もし、現在のBリーグのようにサラリーキャップがなければ、『打倒トヨタ戦略』が成立せず、NBLへの挑戦もなかったかもしれません。選手獲得に無制限の資金を使える状態であれば、世界屈指の資金力がある『トヨタ』に勝てるわけがありません」
“あと8000万円”。この考え方は、スポンサー集めのときにも有効だった。
「だた漠然と『トヨタ』に勝ちたいから資金を提供してくださいと話をするよりも、『あと8000万円あれば“トヨタ”と同じ条件で戦えます』と説明したほうが、可能性をリアルに感じられます。そうすれば地元のスポンサー企業は『自分たちのチームが世界のトヨタを倒す』という夢を共有することができますから」
こうして集めた資金で、富樫選手をはじめ、優秀なプレーヤーを集めた千葉ジェッツは、2017年1月に行われた「第92回天皇杯バスケットボール選手権」で優勝の栄冠を手に入れる。経営再建から5年で、千葉ジェッツは強豪チームの仲間入りを果たしたのだった。
2016年9月に開幕したBリーグの初年度、千葉ジェッツはトヨタが全面バックアップするアルバルク東京を相手に、3勝3敗の互角の戦いを演じ、両チームとも44勝16敗の成績でリーグ戦を終えた。
同率でB1東地区2位に並んだが、得失点差でわずかに上回ったアルバルクが2位、千葉ジェッツが3位となった。その結果、チャンピオンシップでのホームアドバンテージを得られなかった千葉ジェッツは、初代Bリーグ王者に輝いた栃木ブレックスにクォーターファイナルで負け、Bリーグ初年度を終えた。
翌年のBリーグ2017-18シーズン。レギュラーシーズンで46勝14敗の成績を収めた千葉ジェッツはゲーム差2でアルバルク東京をおさえてカンファレンス優勝を勝ち取る。そうして迎えたチャンピオンシップファイナル、因縁の『トヨタ』と王者の座をかけて戦った千葉ジェッツだったが、85対60で敗れBリーグ王者の座と「打倒トヨタ」にはあと一歩届かなかった。
「千葉ジェッツの『打倒トヨタ』はまだ続きます。魅力的なチームをつくることができているのか、観客動員数もリーグ1位を保持しています。今後もファンを楽しませるバスケットボールができるチームづくりを継続し、地元である船橋の街とバスケットボール界全体に好影響を与えられるチームを目指して、今までと同じくコツコツと自分たちのやるべきことを実践するだけです」
弱小チームだった千葉ジェッツが、天皇杯を連覇する強豪チーム、観客動員数ナンバーワンの人気チームに大変身した姿を“千葉ジェッツの奇跡”と呼ぶ人もいる。しかし、島田氏のしたたかな戦略は、すべてを見通した緻密な計算の上に組み立てられている。
「打倒トヨタ戦略」も、注目を集めるために大風呂敷を広げたのではなく、戦略を駆使すれば“世界のトヨタ”を相手にしても「勝算がある」と踏んだからだ。“千葉ジェッツの奇跡”は偶然ではなく、島田氏の「戦略」が生み出しているのだ。
「“千葉ジェッツの奇跡”といわれるのは光栄なことですが、何もしていないのに突然チームが強くなり、その結果、観客動員が増えるなんて奇跡はありえません。私はビジネスマンですから、常に勝つ可能性を最大限にするのが仕事です。すべての施策は、勝つための稼ぐ力をつける戦略なんです」
バスケットボールは、全世界の競技人口がサッカーよりも多い人気スポーツ。プロスポーツビジネスとしてのポテンシャルは高く、日本においては発展の余地がまだまだある。千葉ジェッツふなばしと同じように、稼ぐ力を身につけた魅力的なチームが増えれば、Bリーグはますます盛り上がりを見せるだろう。戦略的なクラブ経営でより多くのファンの心をつかむのが、バスケットボール界全体の発展にも必要不可欠だ。
vol.56
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