ヒラメキから突破への方程式
株式会社千葉ジェッツふなばし
代表取締役社長
島田慎二
2018.05.24
株式会社千葉ジェッツふなばし 代表取締役社長 島田慎二(しまだ しんじ)
プロバスケットボールチーム・千葉ジェッツふなばし クラブ代表。1970年生まれ、新潟県出身。日本大学法学部卒。1992年、マップインターナショナル(現エイチ・アンド・エス)入社。1995年に独立、複数の旅行会社を立ち上げ、2012年、株式会社ASPE(現千葉ジェッツふなばし)代表取締役に就任。公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ理事、一般社団法人日本トップリーグ連携機構理事などを歴任。
千葉ジェッツの代表になるまでに数社の企業を経営していた島田慎二氏は、300~400人の従業員を雇用してきた経験がある。その中で気づいたのが、“忙しい人ほど仕事が早い”ということだった。
仕事が早いことで周囲から多くの依頼をされ、それに対応するために生産性を上げる様々な工夫をする。また、相手が急いでいることを想像し、期待に応えようという意志を持っているために、より仕事が早くなるというわけだ。島田氏が実践する“働き方改革”は、この考えが根底にある。
島田氏はもともと旅行会社に勤めていた。旅行が好きな人たちが集まったその会社では、好きだからこそ頑張り、安月給でも長時間働くというブラックな労働が日常茶飯事になっていたという。
そういった環境では、優秀な人材が残らず、収益性も上がらず、給与も上がらず、会社は成長していかない。いわゆる“やりがい搾取”の環境だ。それを改善するため、島田氏は政府が「働き方改革」を掲げる前から自ら労働環境の改善に取り組んでいた。
「“やりがい搾取”は負のスパイラルに陥ります。それでは誰も幸せになりません。何のために会社を運営しているのかもよくわからない。誰も幸せにならない会社なら、ないほうがいいのではないか?という思いでした」(島田氏、以下「」はすべて島田氏の発言)
1995年、独立して旅行会社を起こした島田氏は、そこで、本格的に短い時間で生産性を上げるトライアルをし始める。時間になったら電気を落とし、PCの電源も落とすようなやり方は、当初、「なぜ時間を切るのか」と多くの従業員の反発を招いた。従業員は、頑張ろうとしている意思を削がれていたように感じたのだ。
しかし、いつか結果が出ると信じていた島田氏は改革を貫き、その結果、同じ内容を数時間短い労働時間で達成できるようになった。そして、旅行業界一労働時間が短く、給与の高い会社を実現する。
「朝、会社に来て、23時、24時に帰ることが前提になっていると、そういう仕事のやり方になります。しかし、不思議ですが、普段残業していても、飲み会があるときは早く帰りますよね? 上限を区切れば、それに合わせた仕事の進め方をするようになると感じていました」
今現在、島田氏はプロバスケットボールチーム・千葉ジェッツふなばしの運営会社の代表取締役社長を務めているが、同社とのかかわりは、2011年に経営コンサルティングをしたのが最初だった。スポーツに関しては素人だったが、スポーツ業界と旅行業界に類似性を感じたという。それは、好きな人たちが集まっているということ。つまり、“やりがい搾取”が発生する環境だ。
「皆、バスケが大好き、千葉ジェッツが大好き。当たり前ですがそういう人しかいませんでした。だからこそ、時間を無視して頑張ることを厭いません。しかし、そこが逆に経営がルーズになる要因にもなり得ます」
環境が似ているのであれば、これまのアプローチが効くかもしれないと、島田氏は同社でも労働改革を実践。その改革の一部を挙げてみよう。
まずは“サーチングの整理”。ビジネスマンは、ネット検索、ファイルを漁る、人を探すなど、仕事中の30%は何かをサーチしているという。それらを徹底的に整理するだけでも一日数時間は変わる。また、会議を禁止にしたこと。好きだからこそ話が脱線するわけで、そうならないように立ち話で済ますようにした。
さらに、労働時間が短くなることで、逆に質が上がるということも実証している。例えばメールの返信も、同社では即レスがルール。速さは労働時間の短縮につながり、リアクションの早さは顧客満足につながる。考えれば当然のことだが、日々の仕事に追われるなかでは、忘れてつい……という方も少なくないのではないか。
2017-2018年シーズンの東地区優勝を果たし、天皇杯も連覇している千葉ジェッツは、ホームの船橋アリーナ(千葉、キャパ約5000人)を満員にするのは当たり前。日本のアリーナスポーツでは日本一観客が入っているという。
創設7年目と歴史は浅いが、7期連続で増収増益。千葉ジェッツによる2016-2017シーズンの千葉県内の経済波及効果は年間15億円と試算されている(ちばぎん総合研究所)。
しかし、2011年~2013年のbjリーグに所属していた頃、観客動員は年間平均1000人を超えるのがやっとだった。島田氏が行った、労働改革をベースにした経営改革による影響はすさまじい。
運営会社の再建にあたって島田氏が最初に取り組んだのは、ビジネスとして当たり前のことを当たり前にすることだった。つまり、経営者がリーダーシップを発揮することと、社員がプロフェッショナルな仕事をすること。
「当たり前のことをできない組織は意外と多い。しかし、それが肝でありすべてです。そのように組織風土を変えていくことが大事です」
軸にしたのは、[1]組織改革、[2]ブランディング、[3]マーケティングの3つ。まず、千葉ジェッツの経営理念を決め、選手の契約書にも盛り込んだ。理念に共感できなければ契約しないくらいの心構えだ。
目的は、優勝することでも、勝つことでも、儲けることでもない。ファンやスポンサーや地域が喜ぶから、千葉ジェッツは試合に勝つのだ。
「すべての事業における経営判断は、ハッピーかどうかだけでしています。経営理念とは存在意義です。魂が入ってないといけません。形骸化してしまうなら、(会社を)なくしてしまった方がいいくらいに思います」
短期的にはファンや、スポンサーにとってネガティブなこともあるかもしれないが、長期的には皆がハッピーになる方向に向かっている。その方向性を示し、ときに批判を浴びることになっても、「己を信じて」貫くことが大事だと島田氏は言う。
同様に、ブランディングやマーケティングについても、シンプルな理念・目的を決め、それにアジャストさせていく手法をとっていった。
島田氏は、勝てなかった「千葉ジェッツふなばし」というチームについても2年前に理念を掲げた。ただ良い監督、良い選手を揃えるのではなく、理念が示すベクトルにフィットする監督を呼び、選手を揃え、皆が同じ方向を向くようにした。その結果は、2017年の天皇杯優勝という形ですぐ表れる。
「天皇杯で優勝できた理由は、100%、理念によるものです。良い選手がいても、共通理解をもってプレーしなかったら絶対結果は出ません」
では、理念さえあれば何でもうまくいくのか?
「経営理念を実現するための計画があり、部門の目標があり、個人目標があります。会社が目指すものと社員の考え方が一気通貫している状況をつくることが、成果を収める大事なことだと思います。その中で、一番重要なのが人事マネジメントです」
個人の成長がなければ、部門の目標も経営理念も達成できないということ。それは人事マネジメントの難しさであるとともに、醍醐味ともいえそうだ。
vol.56
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