ヒラメキから突破への方程式

印刷業界に起こしたインターネット革命、“愚直さ”がその突破口

ラクスル株式会社

代表取締役社長CEO

松本恭攝

写真/宮下 潤、動画/トップチャンネル、文/福富大介 | 2015.04.10

旧態依然とした、印刷業界のひずみに気付き、インターネットの力でイノベーションを起こし続けるラクスル。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。大小いくつもの壁が目の前に立ちはだかったときに松本氏がいつも心がけていたのは、当たり前のことを当たり前にやること。その愚直さが、印刷業界に新たな波を起こしている。

ラクスル株式会社 代表取締役社長CEO 松本恭攝(まつもと やすかね)

1984年富山県生まれ。2008年に慶應義塾大学商学部卒業後、外資系コンサルティングファームのA.T.カーニーに入社。コスト削減などのプロジェクトに従事する。2009年9月にラクスル株式会社を設立、代表取締役に就任。印刷会社の非稼働時間を活用した印刷のEコマース事業で売上を伸ばし、現在は中小企業のオフラインでの集客活動を支援する「集客支援プラットフォーム」事業の展開を加速させている。

2008年、当時外資系コンサルティング会社の一年目コンサルタントとして働いていた松本氏は、コスト削減プロジェクトに携わる中で、印刷費のコスト規模が膨大で、かつ削減率も非常に高いことに気付く。さらに詳しく調べてみると、他の業界にはないいびつな構造が浮き彫りになった。

「印刷業界は6兆円という大きな市場ですが、上位2社でその半分の売上を占有しており、残り半分を約3万社ある中小の印刷会社が分け合っていました。つまり、非常に巨大で、非効率で、いびつな業界。しかし、だからこそ変化の可能性と、変化によってもたらされるインパクトは大きいと感じました」

2009年9月、「印刷業界にイノベーションを起こして、世界をもっと良く変えたい」とラクスル株式会社を設立。しかし、決して順風満帆な船出とは言えなかった。印刷業界の変革にはインターネットというツールが有効だという確信はあったが、まずは業界を支える中小の印刷会社の協力を仰がなければ前に進めない。

「印刷とインターネットをつなぎたい、という思いをいろんな印刷会社の方々にぶつけました。しかし、反応は冷めたものでした」

多くの印刷業界の住人にとって、この業界は特殊で、難しくて、簡単には変えられないものという固定概念があった。何も知らない若造に何ができるんだ、という思いもあったかも知れない。

CMYKで塗られた円の中に世界初の活版印刷機で用いられたRの文字を配したロゴマーク。印刷業界に軸足を置いていくという意思の表れ。

「でも、中には印刷業界の今後に対して高い危機意識を持っていて、変わらなきゃいけないと思っている経営者の方々もいました。そういう、私の思いに共感して応援してくれる方々を少しずつ増やしていったのです」

決して中小の印刷会社を束ねるといった、上から目線のスタンスではない。人対人のアナログな付き合いの中で思いを伝えて、応援してもらうというスタンス。紹介を頼りに1社1社アポイントを取り付け、実際に足を運んで、直接会って、飲んで、人間関係をつくっていった。そこではインターネットの力を借りないことを特別意識した。時間はかかったが、この地道なやり方が実を結び、創業から半年後、何とかサービスを提供できるくらいの協力会社が集まる。

やっとのことでサービスをスタートさせたラクスルが当初目指したのは“印刷業界のオープン化”。そのために、価格比較や一括見積依頼のサービスを提供し、発注者と印刷会社とをマッチングするというビジネスモデルを採用した。

幾度かの増資を経て、このビジネスは拡大。ようやく軌道に乗ったと思った矢先、松本氏は新たな壁にぶつかる。

「件数が増えるにつれ、発注者からは品質に対するクレームが、印刷会社からはきちんと入金されないといった決済面での苦情が発生するようになりました」

インターネットでは発注者も印刷会社もお互いの顔が見えづらい。だからこそ、価格以上に信頼が重要だったのだ。

「この課題を解決するためには、単純なマッチングでは駄目。私たちがお客様と印刷会社の双方に安心して利用していただける環境を提供しなければと思いましたね」

そこで、これまでのビジネスモデルを進化させて、自らオーダーを受け、品質保証と決済を行うことを決意。サイトにEコマース機能を追加して、印刷通販事業に進出することにした。以前より一歩踏み込んだ形で印刷とインターネットの融合を図ったのだ。

組織づくりも大きな課題だったラクスル。ダイレクトリクルーティングを活用することで、求める人材をピンポイントで採用していった。


その印刷通販事業も最初は苦難の連続。サービス開始月の月商は、わずか8万円だった。しかしお客様のニーズに耳を傾け、ひとつひとつ改善を加えていったところ、各種プロモーションや口コミの効果も加わり、認知度と売上は飛躍的に向上。ここでも焦らず地道にのスタンスが功を奏した。今はさらに一歩踏み込んで、印刷通販会社から中小企業の集客支援プラットフォームへと進化しようとしている。

「私たちのお客様のほとんどが中小企業。そして売上全体の8割が、チラシやカタログなど販促ツールの印刷です。ラクスルは印刷を安価に提供していますが、お客様が本当に求めているものは販促ツールの印刷・配布によって得られる効果、つまり集客なのだと思い至りました。そこで、これからは印刷に軸足を置きながら、その川上である効果的なデザインの提案や、川下にあたる配布サービスについても力を入れていきます」

昔ながらの業界に飛び込み、大小さまざまな壁にぶつかりながらも、“仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる”というビジョンを掲げ、コミュニケーションによって道を切り開いてきた松本氏。これからも、決して奢らず愚直に前を見つめながら、業界の古い構造にくさびを打ち込んでいく。

SUPER CEO Back Number img/backnumber/Vol_56_1649338847.jpg

vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
コンテンツ広告のご案内
BtoBビジネスサポート
経営サポート
SUPER SELECTION Passion Leaders