ヒラメキから突破への方程式

“ペダル付き車いす”を新常識に「人材」「資金」ゼロの壁を熱意で突破した東北の星

株式会社TESS

代表取締役

鈴木 堅之

写真/芹澤裕介 文/竹田明(ユータック) 動画/トップチャンネル | 2017.01.12

手動や電動が当たり前という車いすの常識を覆す“ペダル付き車いす”を開発、販売する株式会社TESS。“あきらめない人の車いす”と呼ばれるその製品は、リハビリ効果が望めるだけでなく機動性も高いため、高齢社会での活躍を大いに期待されている。しかし、量産化までには幾度も壁にぶつかった。それをことごとく突破してきた鈴木堅之代表の熱意に迫る。

株式会社TESS 代表取締役 鈴木 堅之(すずき けんじ)

1974年生まれ、静岡県伊豆市出身。盛岡大学文学部児童教育学科卒業後、知的障害者更生施設指導員、山形県公立学校教員を経て、2008年に東北大学発のベンチャー、株式会社TESSを創業。人間の反射を利用する世界初の“足こぎ車いす”「Profhand(プロファンド)」を製品化。障がい者も健常者も共に希望を見出せる社会の実現を目指して、途上国への展開にも力を入れている。※「Profhand」は「COGY(コギー)」の旧名称

東北大から生まれた車いすの常識を覆す発想

ヒトの新生児には、右足が前に出れば次に左足を出す「原始的歩行反射」という機能が備わっている。しかし、成長に伴い、脳が足を動かす指令を出すようになるため、ケガや病気で脳からの指令が届かなくなると、歩行に支障が出てくる場合があるという。

そういった人たちのためにある車いすは、“手でこぐ”“押してもらう”“電動式”というのが一般的だ。しかし、株式会社TESSが手がける「COGY(コギー)」はなんと“足でこぐ”。

「競輪用自転車と同じように車輪がペダルと直結した『COGY』は、左右どちらかの足でスタートを切ることさえできれば、あとは歩行反射を利用してペダルをこぐことができます。そうすることで脳に刺激が伝わり、子どもが歩行を覚えるように、足の使い方を再建していくことを促すのです」(鈴木代表)

「COGY」の原型となった「足こぎ車いす」は、90年代後半に東北大学で運動機能再建学の研究から生まれた。当時、教員だった鈴木代表は、テレビでそれを目にして興味を持ち、大学の研究室にコンタクトを取った。それがきっかけで、開発者である教授と連絡を取りあうように。その後、大学ベンチャーを設立する際に鈴木代表にも声がかかり、営業職として入社することになる。

「最初の『足こぎ車いす』は重さ80キロで、ものすごく大きかった。しかも、価格が300万円。いかにも研究用といったものを売ろうとしていました。ほかの製品を販売する傍らで、なんとか売ろうと走り回りましたが、結果は悲惨なもの……。話さえ聞いてもらえないありさまでした」

創業当初の80kgある製品(右)を改良してコンパクト化(左)。スタイリッシュな点も「COGY」の成功要因。

人材ゼロ、資金ゼロ、難航を極めた創業期

結局、大学ベンチャーは解散。しかし、どうしても「足こぎ車いす」を世の中に広めたかった鈴木代表は、大学と研究者にかけ合い、その知的財産権を譲ってもらって株式会社TESSを設立する。

当初は、知財はあるものの、製品を製造するための資金も無ければ、つくってくれるメーカーも知らない。人材も、事務所すらも無かった。

人材は、運良く、製品のコンセプトに共感した優秀な営業マンとコンサルタントをスカウトできた。

しかし、資金集めは予想以上に難航。必死につくった事業計画書を金融機関にもち込むも、結果は全敗。当時は大学ベンチャーの評判が悪く、どこの金融機関でも門前払いされてしまうのだった。そんななか、融資が受けられず困っていた鈴木代表のところに、知人から商工会議所を紹介される。

「商工会議所の相談員に『足こぎ車いす』の利用者が喜んでいる動画を見せたところ、感激して金融機関を紹介してくれました。一度断られた金融機関でしたが、ちょうど新しい融資制度が設けられるタイミングだったようで、商工会議所の口添えが功を奏したのか、融資を受けられることになりました」

なんとか「人材」と「資金」を集めることができた鈴木代表。いよいよ製品化へ向け、設計と製造を請け負ってくれるメーカーを探し始める。しかし、どのメーカーからも「無理だ!」と断られてしまう。

車いすメーカーは、足が動かない人は手こぎか電動の車いすが常識だと言い、どこも取り合ってもくれない。自転車メーカーにも声をかけたが、転倒してケガをされても責任が取れないと断られた。最後に残ったところが、パラリンピックの競技用車いすを手がけるオーエックスエンジニアリングだった。

「技術力は随一。職人集団といった感じの会社で、交渉は一筋縄ではいきませんでしたが、心意気でしょうか、最終的に請け負っていただけることになりました。

開発にあたっては、機動力を上げるため、フォークリフトや戦車のようにその場で回転できる“超信地旋回”を可能にするよう要望を出しました。設計者の方は、ゼロ戦にヒントを得て、前2輪・後1輪の逆三角形にし、後輪を操縦することで実現してくれました」

こうして、コンパクトで軽くスタイリッシュな“ペダル付き車いす”「Profhand(プロファンド、後にCOGYと名称変更)」が完成、量産化にこぎつける。

Googleマップと連動したリハビリ支援システム「COGY VRシステム」は、雨の日も外出気分が味わえる新サービス。

“ペダル付き車いす”がつくる「あきらめない人がカッコイイ社会」

2009年秋の発売以降、約6000台以上を販売。もともとはリハビリ用に開発されたが、優れた運動性能と操縦性の高さから、今は行動範囲を広げるために利用する人が多くなっているという。

「自分の足で前に進み、風を感じられる喜びは何ものにも代えがたい。自分で動けるという達成感と、行動範囲の広がりは、利用者の人生を豊かにするだけでなく、支える家族にとっても喜ばしいことだと思います。

今後、日本の高齢化が進むと、300万人以上の人が、車いすが必要になるといわれています。そんな時代のなか、『COGY』が“あきらめない人”が増えるきっかけになればうれしいです」

「人材」「資金」「製造」という事業におけるいくつもの壁を、類まれな行動力で突破してきた鈴木代表。それを支えていたのは、製品を喜ぶ人たちの笑顔と、「あきらめない人がカッコイイと思われる世の中にしたい」という熱意だった。しかし、鈴木代表の挑戦は、まだ終わらない。“ペダル付き車いす”を新たな常識とする課題がある。

「2016年6月に、『Profhand』の名称を『COGY』へと変更し、ブランディングの強化に向けて動き始めました。“ペダル付き車いす”を必要としている人に、少しでも早く届けたいという思いがあり、そのためには一人でも多くの人に存在を知ってもらわなければなりません。車いすといえば『手こぎ』『電動』『足こぎ』の3タイプ、というのが常識と言われるようになるまで走り続けます」

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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