ヒラメキから突破への方程式
株式会社PR TIMES
代表取締役社長
山口拓己
写真/芹澤裕介 文/竹田 明(ユータック) | 2017.12.11
株式会社PR TIMES 代表取締役社長 山口拓己(やまぐち たくみ)
1974年1月12日生まれ、愛知県豊橋市出身。1996年4月、新卒で山一證券入社後、1997年4月ガルフネットコミュニケーション、1999年、デロイトトーマツコンサルティングを経て、2006年3月、ベクトルに入社。取締役に就任し、上場準備責任者としてIPOへ向けて指揮を執る。2009年5月、PR TIMES代表取締役就任。2016年3月、東証マザーズへ上場を果たす。
プレスリリースの歴史は、1906年にアメリカで起きた列車事故にまでさかのぼる。事故の悲惨な事実を伝えるために鉄道会社によって発行された世界最初のプレスリリースは、「ニューヨーク・タイムズ」に原文のまま取り上げられたという。プレスリリースには「メディア」を通して「企業」と「生活者」をつなぎ、情報を届けるコミュニケーションツールとしての役割があった。
翻って昨今のプレスリリースといえば、企業や自治体が広報活動の一環としてプロダクトやサービスの情報をメディアに届けるために利用するというのが一般的な印象。日々メディアが受け取るリリースは大量でとてもすべてを見切れる量ではなく、結果的に“使えないもの”と認識される面もあった。そんななか、プレスリリース配信サービス「PR TIMES」は、意義を失いつつあったプレスリリースを復活させるべく、2007年4月にローンチされる。
メディアとしての機能も果たす「PR TIMES」。ページビューは月間730万PV超(11月現在)。
「PR TIMES」は、「企業」「メディア」「生活者」の3者のコミュニケーションを地道に取り持った結果、10年たった現在では、利用企業数は2万社に達し、国内上場企業の約30%が利用する国内大手のプレスリリース配信サービスへと成長。代表取締役社長の山口拓己氏は、それまでの経緯をこう語る。
「『PR TIMES』は、ローンチした当初から、プレスリリースをメディアに配信すると同時に『PR TIMES』の自社サイトにも掲載することで、企業から生活者へダイレクトに情報が届くようにしました。順調に成長した背景には、社会情勢の変化も大きくかかわっています。2010年~2011年頃にかけて、東日本大震災の影響もありFacebookやTwitterが注目され、多くの人が世の中で起こっている出来事を広くシェアするようになったのです。企業の広報担当者も社会の変化に合わせるように、プレスリリースの重要性を再認識し、話題となるように画像や動画を活用した新しい形のプレスリリースを制作するようになりました」(山口氏)
プレスリリースは情報がただ並んでいるだけで文章も味気なく、あまり読み物として楽しめるようなものではなかったが、『PR TIMES』を介すことによって情報価値やコンテンツ価値が徐々に高められていった。
企業がプレスリリースに求めているのは、自社のプロダクトやサービスを世の中に認知させるというマーケティング上の課題の解決が主だ。加えて山口氏は、プレスリリースのもうひとつの可能性として、企業で働く従業員のモチベーションを上げる効果に注目する。
「『PR TIMES』の10周年を記念して、“世界最小のプレスリリース”を作った際に協力いただいた新潟県の板垣金属は、日本有数の技術力を持つ会社。でも、最終消費財の一部の部品・技術として参画しているため、以前は板垣金属の名が大きく世に出ることは滅多にありませんでした。これは非常にもったいないと思いました。世界に誇れる技術を持っていながらもなかなか日が当たらない方たちが、今回のようにプレスリリースを通して表に出ることができれば、そこで働く人やその家族のニュースに対する価値観、場合によっては働き方も変わる可能性があると思います」(山口氏)
今年10月、“世界最小のプレスリリース”として米粒に70文字を記載してメディアに配布した。
2020年度までに利用企業数5万社を目指すなか、山口氏は、PR TIMESが拡大するためには、より幅広い規模や業種の企業が同サービスを利用し、価値ある情報を発信することが必要だと言う。つまりは潜在顧客の掘り起こし。そこでPR TIMESは最近、地方自治体や地方企業との業務提携に注力している。
一例を挙げると、自治体が所有する遊休スペースを有料広告化するビジネスを手がけるホープ(福岡、2016年11月に提携)、モノ作り系企業のマッチングを手がけるリンカーズ(東京、2017年4月)、資金面から地元企業を支援する京都銀行(京都、2017年5月)や北陸銀行(富山、2017年11月)など。ベンチャーキャピタルやクラウドファンディングの会社、あるいは地方の金融機関や地方自治体といった、その土地の企業と多くのつながりを持つ組織と提携することで、多種多様なプレスリリースが集まるように動いているのだ。
「地方の多くの自治体や企業は、自分たちが価値ある情報を発信するというイメージを持てていません。自分たちがニュースになるという実感、ニュースになりたいという願望、ニュースになる充実感……。そんな感覚を知ってもらい想起してもらうことが、PR TIMESの発展、ひいては地方活性化につながると考えています」(山口氏)
PRの業界では、「広告」と「PR」の違いを対比させて語ることが多い。「広告」は、企業が主語となりメディアに有料で掲載されるもの。対する「PR」は、第3者であるメディアが主語になり無料で記事にされるもの。いわゆるパブリシティだ。しかし、山口氏はその分け方は間違っていると指摘する。
「『PR』すなわち“Public Relations”はもっと上位概念なんです。企業とステークホルダーが相互利益になるような戦略的なコミュニケーションのプロセスを指しています。こう言うとすごく難しいのですが、“大切な人たち”とより良い関係を築くために対話しましょうということ。これは伝えるだけではなく、聞くことも必要です。社会の反応を聞いて、次の策にすることもPRのプロセスとしては重要です」(山口氏)
現代において、社会の反応を即座に知るにはSNSから情報を得ることが欠かせない。新しい“発信者”として、「PR TIMES」はいわゆるインフルエンサーの存在をどうとらえているのだろうか。
「私たちは広告サービスではないので、インスタグラマーやブロガーなどのインフルエンサーたちと良好な関係を築けるかどうかがひとつキーになると思います。私たちは情報の提供はしますが、彼らと金銭的なやり取りはありません。情報源として活用してもらうサービスにならなければならないということです」
プレスリリース自体が魅力的なコンテンツに進化する一方、一次資料としての信頼性も再び着目されている。その価値を再定義したPR TIMESが考えるプレスリリースとは、「企業」と「メディア」と「生活者」の3者を有機的につなぎ合わせるもの。今後も社会や時代の変化によって形を変えていくことが考えられるが、その先には3者がより高度にコミュニケーションできる世界が訪れるはずだ。
Twitter:@PRTIMES_JP
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