スーパーCEO列伝

未来のためのスクワット 飲食業界の革命児がポストコロナに考えること

株式会社DDホールディングス

代表取締役社長グループCEO

松村厚久

文/長谷川 敦 写真/宮下 潤(インタビュー) | 2020.10.12

2020年2月期決算、飲食大手DDホールディングスは史上最高益を達成した。東京五輪が開催され、大いにインバウンド来店が期待できる2020年は同社にとってさらなる躍進の年になる――。そのはずだった。

周知のとおり、新型コロナウイルスの感染拡大によって、状況は暗転。多くの産業が打撃を受けるなか、飲食業界はその中心にいた。

業界全体が打つ手無し。この苦境にあって、これまで業界のさまざまな常識を打ち破ってきたDDホールディングス代表取締役社長の松村厚久氏は、何を考えているのだろうか? コロナ禍において同社がどう守りを固め、また、攻めようとしているのか。

株式会社DDホールディングス 代表取締役社長グループCEO 松村厚久(まつむら あつひさ)

1967年3月29日生まれ、高知県出身。日本大学理工学部卒業。89年、日拓エンタープライズ入社。95年、独立して日焼けサロン経営。96年、エイアンドワイビューティサプライを設立。2001年に飲食業に初参入し、銀座で「VAMPIRE CAFE」をオープン。以降も独自の発想によるコンセプトレストランを次々と打ち出し、02年に株式会社ダイヤモンドダイニングに社名変更。07年、大証ヘラクレス上場。2011年「100店舗100業態」を達成。2015年に東証1部上場。2017年9月に持株会社体制に移行したのに伴いDDホールディングスに社名変更。直営店は国内外で約480店舗展開(2020年5月)。
2015年に発売された『熱狂宣言』(著・小松成美、幻冬舎刊)の中で、自らが若年性パーキンソン病であることを公表。2020年11月4日、自身主演のドキュメンタリー映画『熱狂宣言』がDVD発売。

「2020年は最高の年のはずだった」

「ヤバい年になる!」

松村厚久氏とDDホールディングスにとって、2020年はこれまでにない飛躍の年になることが確定していた。

松村氏が2001年に創業したダイヤモンドダイニングは、「100店舗100業態」を目標に掲げ、2010年にこれを実現。従来、飲食業界で事業拡大したいなら、核となる業態を一つつくり、それをチェーン展開するのがセオリーだ。しかし松村氏は常識を覆し、一店舗ごとに違う業態の店づくりを行いながら、多店舗展開をしていくスタイルを採用した。多彩でエンタメ感あふれる「100店舗100業態」スタイルは熱狂をもって受け入れられた。その結果、2007年には大証ヘラクレス(現ジャスダック)、2015年には東証1部上場を果たす。

2017年には、飲食業界で独自の個性を放ってきたゼットンと商業藝術という2つの企業をM&Aで連結子会社化。会社を持株会社体制に移行させ、社名をDDホールディングス(以下DDHD)に変更させる。

»投資先としての観点からDDホールディングスを分析 「100店舗100業態」を実現した価値

2017年9月、DDホールディングスは世界に誇る「オープンイノベーション企業」を目指すとしてコングロマリットへと舵を切った

それまでゼットンを率いてきた稲本健一氏と商業藝術の貞廣一鑑氏というカリスマ的な存在感を持つ2人の経営者を、同社の中核に迎え入れた完全な友好的M&Aだったことは、業界を知る多くの人を驚かせた。“一国一城の主”という意識が強い飲食業界のトップたちが、一つのホールディングスのもとに集まる、アクロバティックな組織をつくりあげた。

»松村厚久の盟友・稲本健一が語るゼットンがDDホールディングスの仲間入りをした本当の理由

さらに松村氏は、飲食業界以外の接客業にも目を向け、M&Aによってウエディング事業やホテル事業にも参入していった。松村氏とDDHDの打つ手はこうして次々に成功、同社は2020年2月期の決算において、通期営業利益28.4億円という過去最高益を記録する。

「まさにヤバいくらいの成功が見えていた」と松村氏は語る。

「しかも夏には東京五輪が開催され、都内には国内外から多くの人たちが集まってくるはずだった。当社は山手線内に集中的に出店するというドミナント戦略を採用しており、直営店舗に占める山手線沿線内出店数は60%近くに達します(2020年2月)。

オリンピック観戦で都心に集まってきた人たちの多くが、店舗に来店してくださることが期待できた。投資家からも『オリンピック銘柄』と言われるぐらいに当社は注目されていました。

実は僕自身も、オリンピックでは聖火ランナーを務める予定だったんです。公私ともにワクワクしながら、年の初めを迎えたものです」(松村厚久氏・以下同)

松村厚久社長

だがDDHDの期初にあたる2020年3月頃から、状況は一変する。新型コロナウイルス感染症の流行拡大――。良い意味で使った「ヤバい」の意味が変わった。

「これまでオレが見てきた逆境とは違う」

2021年2月期第1四半期(2020年3月~5月)、DDHDの売上高は前年同月比の約3分の1にまで落ち込み、営業利益も赤字に転落した。第2四半期に入ってやや持ち直したが、完全復調にはまだほど遠い。

リスクヘッジには万全を期してきたつもりだった。DDHDには「土佐料理 桂浜」のような客単価2万円前後の高級店もあれば、若い人たちでも気軽に楽しめる客単価5000円未満の業態もある。100店舗100業態を達成したあとは、「九州熱中屋」のように多店舗展開を最初から目指した業態の開発にも力を注いだ。

バラエティに富んだ事業ポートフォリオを構築することで、たとえ飲食業界のトレンドがどの方向に転ぼうとも、それに柔軟に対応できる体制を整えていったのだ。

完全紹介制の懐石料理の店、東京・麻布十番「土佐料理 桂浜」

活気あふれる雰囲気が魅力の「九州熱中屋」

しかし、新型コロナウイルス感染症は、客層や価格帯の高低、業態に関係なく、そもそもあらゆる接客業から客足を根こそぎ奪ってしまった。しかも長期に渡って……。まさか2020年がこんな年になるとは、年初には誰も想像すらしていなかったはずだ。

「先日も新橋にある、同業他社の繁盛店を訪ねてみたら、普段だったら夜の21時という一番盛り上がっている時間帯なのに、お客様は1組しかいませんでした。『この状況はすさまじいな』ということを改めて実感しました」

もちろん松村氏と同社は、これまでにも何度か逆境に直面してきた。

松村氏個人のことで言えば、やはり大きいのは2006年、パーキンソン病の発病を医師から告げられたときだろう。医師からは「薬によって症状の進行を遅らせることはできるが、薬を飲み始めてから5年ぐらい経つと、効果が出にくくなる」と言われた。

しかし松村氏は、この逆境を「何としても5年以内に100店舗100業態を実現する」というエネルギーへと変えていった。そして松村氏は今も通院や治療薬を服用しながら、この病と闘い続けている。

»『熱狂宣言2』は若年性パーキンソン病との闘いを/ノンフィクション作家 小松成美

2008年に世界経済を襲ったリーマン・ショックのときには、むしろこれを飛躍のチャンスととらえた。当時、多くの企業は守りに入り、M&Aを控えるようになっていた。逆にいえばライバルが少ないこの時期は、通常よりも安く企業を買収できる絶好の機会といえた。そこで松村氏は、当時ダイヤモンドダイニングと売上高がほぼ同規模だったフードスコープ社のM&Aに乗り出し、これを成功させる。こうして手に入れた比内地鶏専門店「今井屋」やファインダイニング「MAIMON」「美食米門」は、その後同社の収益を支える主要業態の一つとなった。

裏路地に佇む大人の隠れ家「四ツ谷 今井屋本店」

銀座コリドー街の異空間ダイニング「MAIMON GINZA」

2011年の東日本大震災のときには、自粛ムードのなかで、飲食業界は同社に限らず深刻な不況に陥った。松村氏はそれまで「出店した店は必ず黒字にさせる。業態変更を行ってでも黒字化するまでは閉店はしない」という主義を貫き通してきたが、このときばかりは外的要因の影響の大きさにより、不採算店を閉店するという決断を下さざるを得なかった。それでも比較的短期で客足を取り戻すことができ、そこまで大きな深手は負わずに済んだ。

「しかし今回は、これまで経験してきた逆境とはかなり違う」

はじめての“守りの経営”

松村氏は自身のことを「攻めの経営者、“攻めダルマ”」だと言う。何しろ「Dynamic & Dramatic(大胆かつ劇的に行動する)」をDDHDの行動指針に掲げているほどだ。

DDHDのファン客も投資家も、同社の大胆で劇的な行動を熱狂的に支持してきた。新しいコンセプトの業態が誕生するたび「DDがまたこんなお店をつくっちゃったよ」とファン客は喜び、ゼットンや商業藝術を子会社化したときには、投資家たちは「あのライバル会社を買収するなんて、すごいね」と驚嘆の声を上げた。そんな大胆で劇的な行動がDDHDの成長のエンジンとなってきた。

1967年生まれのクリエーター3人によって六本木につくられた、伝説の店「1967」。近隣の再開発工事に伴い2020年3月に惜しまれつつも閉店

「大胆かつ劇的に行動してきたのは、逆境のときも同じです。僕は逆境のときこそ、攻撃は最大の防御とばかりに、果敢に攻めることで局面を打開してきました。攻めるためのアイデアなら、いくつもわいてきます。ところが今回ばかりは、積極的に打って出ることが難しい。下手に動くと、かえって傷が深くなってしまいます。いわばDDHDらしく戦うための武器の使用を封じられている状況です。そこがこれまでの逆境とは大きく違うところですね」

ではDDHDは、どのようにしてこの難局を乗り切ろうとしているのか? 松村氏に向けると、これまでならば絶対に言わなかったであろう言葉を口にした。

「これからは凡事徹底でやっていきます。当たり前のことを徹底的にやりきる」

ワクチンや治療薬が開発されれば、やがて新型コロナウイルス感染症の流行も終息するときが来るだろう。だが感染拡大をきっかけに始まったリモートワークや都心のオフィスの縮小の動きは、今後も止まることはないと予想される。前述のように、DDHDの店舗は都心に集中している。つまりたとえ新型コロナが終息したとしても、都心から人が離れていけば、以前のような売上は期待できないことになる。

「今われわれがやらなくてはいけないのは、仮に売上がこれまでの70%に留まったとしても利益を上げられる仕組みをつくることです。具体的に何をするかといえば、凡事徹底しかないわけです」

「凡事徹底(ぼんじてってい)」とは、当たり前のことを努めてやっていく、ということ。例えば、店舗ごとの感染予防の遵守、コースやアラカルトメニューの見直しと新たな商品開発、適正な原価管理の徹底、曜日や時間帯別の来店者数を細かく分析し、客数が少ないときにはスタッフの人数を絞り込むことで、ムダな人件費の発生をとことんまで抑えていく。

また、各店舗の店長は、集客のためには例えば店前で道行く人にビラを配るほうが有効か、それともデリバリーを強化したほうが売上と利益の向上につながるか、エリアの特性や自店の業態の特徴を注意深く見極めながら、最適な方法を選択して実行に移していく。

そして本社機能においても、部署、部門の再編成、業務プロセスの徹底的な見直しを行い、一般管理費の大幅な削減を図っていく。あわせて店舗を借りている賃貸オーナーと賃料減額交渉を粘り強く続けていく。

DDHDは今、こうした「大胆かつ劇的な行動」の対極ともいえる減量経営を徹底しようとしている。初めてともいえる守りの経営。しかし、松村氏の視線の先は、あるチャンスを見据えていた。

次に攻めに転じるためにスクワットをしている状態

これまでDDHDは、立地とコンセプトで勝負してきた。その街、そのエリア、そのビルの立地であれば、どんなコンセプトの店が合うかを徹底的に考え、店づくりに取り組んでいった。企業によっては、流通やオペレーションのやりやすさ優先で業態を決めるところも多いが、松村氏は「まず面白い店をつくるのが第一で、流通やオペレーションを整えるのはそのあと」という方針を採り続けてきた。だからこそ人々を感動させる個性豊かな業態を、次々に世に送り出すことができたわけだ。

ただし、立地とコンセプト優先で店づくりをしてきてからこそ「流通やオペレーションの合理化を図ることで、いかにコストを抑えていくか」という合理的な経営、オペレーションについては若干甘い面もあった。裏を返せば改善の余地が、“のびしろ”があったのだ。

「もしDDHDが凡事を徹底してムダな贅肉を削ぎ落とすことができれば、筋肉質の強い会社に生まれ変わることができます。するとある程度のお客様が街に戻ってきて、再び攻めの姿勢に転じることができたときには、今まで培ってきた店舗力の強さと相まって、ものすごいジャンプを遂げることができるはずです。

今はそのジャンプを十分に行うために、体を縮めてしゃがんでいる状態です。いや、単にしゃがんでいるだけではないですね。スクワットを繰り返すことで、下半身の筋肉を鍛えている感じです」

松村氏は「今期の新入社員たちには本当にかわいそうなことをしている」と話す。彼らは、創造力を発揮しながら楽しく働けることを期待して同社に入社してきたはずなのに、大事なスタートアップの研鑽時期を営業自粛により奪われてしまった。だがここは次の飛躍に備え、凡事徹底し、どうにか踏ん張ってスクワットを続けるべき時期だ。

誰かと一緒に楽しい場所でおいしいものを口にしたいというのは、人間の本能的な欲求だ。だからこの国から飲食業が無くなることは絶対にない。

現在はインバウンドが激減しているが、日本政策投資銀行と日本交通公社がアジアや欧米豪の12カ国に住む人々に行った調査では、新型コロナウイルス終息後に行きたい国として日本が第1位になった。また、日本に行きたい理由として半数近くの人が「食事がおいしいから」をあげている。やがてインバウンドが戻ってくるときは必ず来る。

松村氏の頭の中には、今は考える時間が豊富にある分、次に攻めに転じたときのアイデアがすでにいくつも浮かんでいるという。

「本当の勝負はこれからだという意識が存分にあります。もっと簡単にいえば、『こんなもんじゃねえぞ! こんなもんで終わらないぞ、オレたちは』って気持ちがね」

簡単ではない。しかし日常は続く。だからスクワットを続ける。約束された、未来のジャンプのために。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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