スーパーCEO列伝

情報を流通させて市場を活性化 ITで不動産業界を変えるハウスマート

株式会社Housmart(ハウスマート)

代表取締役

針山昌幸

文/長谷川 敦 写真/大澤 誠 | 2019.11.25

不動産業界は役所での手続きをはじめ事務作業が多く、手書きの書類も少なくない。FAXの利用も盛んで、IT化が最も遅れている業界のひとつだといわれている。そのしわ寄せは“情報不足”というカタチで顧客に跳ね返り、不動産会社の営業担当はいつまでたっても忙しい。

そんななか、不動産仲介会社のハウスマートが手掛ける個人用の中古マンション提案アプリ「カウル」は、リリースから3年半で登録会員数4万人を突破。ハウスマートはさらに今年3月、不動産仲介業者用の見込み客への情報提供ツール「プロポクラウド」をローンチし、不動産業界に着々とITを浸透させている。その先に何を見ているのか? ハウスマートの針山昌幸代表に聞いた。

株式会社Housmart(ハウスマート) 代表取締役 針山昌幸(はりやま まさゆき)

一橋大学卒業後、大手不動産企業に入社。不動産仲介、用地の仕入、住宅の企画など幅広く担当するなかで不動産業界の非効率な慣習や仕組みを知る。産業をIT化していくためのノウハウを学ぶために2011年、楽天に入社。大企業を中心に、ビッグデータを使ったマーケティング、インターネットビジネスについてのコンサルティングを担当し、トップの売上を達成。2014年9月、株式会社Housmartを設立。AIを駆使した一般客向けのサービス「カウル」や不動産業者向けの「プロポクラウド」を展開。著書に「中古マンション本当にかしこい買い方・選び方」(日本実業出版社)がある。

中古住宅市場はチャンスの宝庫

欧米では家族構成が変わると、新しい構成に合わせて家を買い替えることがポピュラーだ。それに対して、日本はリフォームや建て替えで乗り切ろうとするケースが多いので、ある意味、非効率。そうした差が生まれる原因は、中古住宅市場が確立しているかどうか。

日本の不動産業界には「REINS(レインズ)」という不動産情報のデータベースがあるが、消費者は通常見ることができない。家の購入・売却を検討しているときだけ、不動産会社を通じて「REINS」での価格を教えてもらえるが、中古物件の価格は売主の売りたい価格で設定しているため、その価格には日当たりや階数や周辺環境などは換算されず、実際の相場とは異なるケースも多い。

消費者は情報を不動産仲介会社の担当者に問い合わせないと知ることのできない情報が多く、情報の非対称性が業界の課題になっている。

仮に、消費者も不動産会社と対等の情報を持つ透明性が高い中古物件の市場が誕生すれば、必要に応じて中古物件を販売しようと考える人は増えるだろう。商品がたくさん出てくれば、買いたい人も増え、中古市場は活況を帯びてくるはずだ。

そんな状況を背景に、近年は不動産会社の中にも現状を変えるべきだと考えるところが増えてきた。一括見積サイト、売買情報サイトをはじめ、新しいサービスが次々と登場。中古物件市場は今、激戦の様相を呈している。首都圏のマンション市場では、2016年~2018年にかけて、3年連続で中古物件の成約件数が新築物件を上回った。

AIで35年先の売却価格を推定

こうしたなかで、近年会員数を大きく伸ばしているのが、不動産テック企業のハウスマートが運営する中古マンション提案アプリ「カウル」だ。

「カウル」は、AIを使って売買事例や賃貸事例、新築時の分譲価格、最寄り駅、築年数、間取りなどのビッグデータを分析し、物件ごとの適正価格を出している。人気の機能は35年先までの推定価格の算出だ。

東京都23区、武蔵野市、三鷹市、西東京市、横浜市、川崎市で現在売りに出されている中古マンションの99%をカバーしている。その他、購入と賃貸のどちらがお得かを判断する「カウル鑑定」、公立小中学校の学区単位で物件を検索できる機能等、様々なこだわり検索ができる。

「カウル」は2016年1月にサービスを開始し、2017年12月に会員数1万人を突破。2018年8月に2万人、2019年2月に3万人、そして2019年8月には4万人を突破した。

ハウスマートの針山昌幸代表は、「カウル」の技術面での仕組みについて次のように語る。

「ウェブ上には様々な物件データがあります。『カウル』ではウェブ上のデータを網羅的に集めてきます。ただしこれらの物件データは重複しているものが多く、そのままでは使えません。

例えば同じ物件なのに、あるものは物件名がアルファベットで書かれていたり、あるものはカタカナだったりというように、表記が不統一なものもたくさんあります。一つの物件なのに違う物件としてカウントされることもあります。

そこで『カウル』では、こうしたデータの重複や誤りをデータクレンジングしてキレイなデータにした上で会員の皆さまに提供しています。さらに適正価格や将来の推定価格についても算出。いずれもAIを利用することで可能になりました」(針山代表、以下同)

ITの知識が不動産業界を制す

針山代表が居住用の中古マンション提案アプリ「カウル」の開発に乗り出すことになったきっかけは、不動産会社に就職したことだ。将来は起業したいと考えていた針山代表は学生時代、毎年のように最先端のベンチャー企業でインターンシップとして働いていた。いずれの企業も、作業効率を上げるためにIT化を進めていくことは当たり前という環境だった。

そんな針山代表が卒業後に入ったのは、不動産業界。子どもの頃に体験した広い家への引っ越しの楽しさが志望のきっかけだ。業界に入ってわかったことは、明らかなIT化の遅れ。いったん不動産業界を離れて、IT業界で勉強する必要性を感じたという。

不動産会社を退職した針山代表は楽天に入社。ちょうど、楽天市場の年間流通総額が1兆円を超えた頃だ。ユーザーフレンドリーなサイトが印象的だった。様々なビジネスをIT化していくマーケティングリサーチの部門に配属され、社内人脈を広げていった針山代表は、ITビジネスを学ぶ傍ら、優秀なエンジニアとのネットワークも築いていった。

ITビジネスの勘所もつかんだ針山代表は、2014年10月に念願の中古マンションに特化したメディア事業の柱とするハウスマートを立ち上げた。

新たなビジネスのヒントは失敗の中に

ハウスマートでは、定量データや定性データを基に仮説を立てた上でビジネスを回し、その結果をまた検証し、改善していくというプロセスを非常に重視している。検証の結果、「このサービスでは顧客のニーズを満たせない」と判断した場合には、早期の撤退も躊躇しない。実際に同社として初めて提供した不動産のCtoC取引プラットフォームである不動産フリーマーケットサービスも、ローンチしてからわずか半年で撤退を決断している。

「利用者の方にヒアリングをしてみた結果わかったのは、お客様は『よりたくさんの物件の中から、最適な物件を見つけ出したい』という思いと、『物件ごとの適正価格を知りたい。人生の中でもっとも高い買い物をするのだから、変な物件をつかんで損をしたくない』という思いを強くお持ちだということでした。

当時のサービスの場合、売り手の登録者数を増やさないと、紹介物件を増やすことはできません。『よりたくさんの物件の中から、最適な物件を見つけ出したい』というお客様のニーズを満たせるだけの物件数を揃えるのは、現実的に考えて難しい。また、物件ごとの適正価格がわかる機能もありませんでした。そこで撤退を決めたのです」

あと少し撤退が遅ければ、会社は“もたなかった”という。データを分析したから、変な期待は無くなり、スッパリ撤退できたという。では同社では、次にどんなビジネスを新たに立ち上げることにしたのか。「その答えは、失敗した理由の中にありました」と針山代表は語る。

「よりたくさんの物件の中から、最適な物件を見つけ出したい」というニーズと、「物件ごとの適正価格を知りたい」というニーズに応えられていないことが失敗の理由であるとするならば、そのニーズを満たしたサービスを始めればいい。こうして生まれたのが、中古マンション提案アプリ「カウル」だった。

不動産仲介会社の営業を支援する「プロポクラウド」を市場に投入

2019年3月からは、不動産仲介会社向けの営業支援ツールとして「プロポクラウド」の提供も開始した。これも、ビジネスのヒントは「カウル」の運営の中にあった。

「カウル」では、会員が興味のある物件を見つけ、見学申請すると、不動産仲介会社に会員を紹介するという仕組みになっている。ところがせっかく見込み客を紹介しても、仲介会社がフォローしきれないというケースがしばしば見られた。

中古マンションの購入には、通常、半年~1年半くらいかかる。新築か中古か、周辺環境、価格、駅からの距離、広さなど、限られた予算で何を優先させ、何をあきらめるかを悩むからだ。

だから仲介会社は、条件に近い物件が見つかった都度、見込み客にこまめに情報を提供することが重要になる。ところが同社がヒアリングをしたところ、情報提供する期間は、顧客から最初の問い合わせがあってからせいぜい1週間~10日程度だった。

一方、東京都と神奈川県では、新たな中古マンションが毎日200件~300件程度出てくる。見込み客に情報を提供するためには、スタッフが見込み客の条件に合わせて物件情報を整理する必要がある。数十人の見込み客に対して、そこまでするのは難しい。

加えて仲介会社は忙しい。売買が決まった客の契約書を作成したり、住宅ローンの手続き、役所に出向いて調査するなど様々な業務に追われているので、見込み客へのフォローはどうしても後回しになる。

「私たちは当初、ウェブ上にある物件情報を整理して、誰でも使えるようにしておけば、お客様だけではなく仲介会社もハッピーになると考えていました。でもそれだけではまだ不十分だったのです」

そこで新たに仲介会社向けの「プロポクラウド」を立ち上げた。仲介業者が顧客の名前やメールアドレス、物件に関する希望条件を登録しておけば、条件に見合った物件が出てきたときに、自動で顧客にメールが送信される。営業担当者が1か⽉に送れるメールの数は約160通のところ、「プロポクラウド」を使うと6000通に増加。メールを読んだ顧客が興味を抱いて「見学申請ボタン」を押せば、その通知が担当者に届く仕組みだ。

追客(ついきゃく)を自動化することで、仲介会社側は見込み客に対してずっとフォローができるようになり、見込み客は、希望条件に合致した最新の物件情報を得られるようになった。

経営の柱は「消費者向け」と「事業者向け」のサービス

「プロポクラウド」はサービス開始後の約8か月間で、約60店舗が導入。導入した店舗からは、「営業担当者がこれまで対応し切れていなかった顧客にも対応できるようになった」「『プロポクラウド』で紹介した物件に対して、すぐに見学申請の連絡があり、短期間で成約に至った」といった声が寄せられているという。今年は「プロポクラウド」が経済産業省「IT導入補助金」の対象に認定され、不動産会社が導入する際には最大150万円の補助金がつくことが決まった。これを機に、「プロポクラウド」の利用企業の急増が期待できる。

「当社は現在、消費者向けの『カウル』と、仲介会社向けの『プロポクラウド』の2つの事業を大きな柱にしようとしています。どんなビジネスも、サービスを提供される側と提供する側の双方がハッピーにならないと継続性のあるものにはなりません。不動産業界において、消費者と事業会社がWin‐Winになれる仕組みを作っていくことが、当社の今後の役割になってくるのではないかと思っています」

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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