スーパーCEO列伝

【セラシオ上陸】今が瀬戸際?日本の消費財のポテンシャル

セラシオ・ジャパン

文/志田彩香 写真/宮下 潤 | 2021.10.11

アメリカ史上最速の創業2年でユニコーンになった消費財ベンチャーのセラシオが、日本に上陸する。セラシオ・ジャパンのトップに立つのは、代表の二宮一央氏と最高協業責任者の小澤良介氏だ。将来性のあるEC企業を買収して成長させグローバルに展開させる事業――。そう聞くと一見エクイティファンドのようだが、実態は全く異なる。彼らが目指しているのは、日本の消費財が本来持っているポテンシャルを最大限に引き出し世界に知らしめることだ。セラシオ・ジャパンが見据える“日本の消費財”の未来を語る。

セラシオ・ジャパン  

●日本法人代表
二宮一央(にのみや かずひろ)
マサチューセッツ工科大学卒業後、ゴールドマンサックスの投資部門に在籍。その後スタンフォード大学大学院で博士課程修了の後、米マッキンゼー・アンド・カンパニーに在籍、アメリカや中東等、世界で金融コンサルティングを行ったあと同社投資部門を統括。2020年から本格的に米セラシオ社に参画、日本およびアジア戦略の指揮を執る。

●最高協業責任者
小澤良介(おざわ りょうすけ)
1978年生まれ。明治大学在学中に起業し、内装やインテリア事業を手がける。2004年、インテリア家具のECサイトを展開するリグナ株式会社を創業。2020年10月、東証一部上場企業の綿半グループにリグナの全株式を売却。2020年12月にセラシオ社にジョイン。著書に『100%好きを仕事にする人生』『なぜデンマーク人は初任給でイスを買うのか』『ライフスタイルデザイン』等。

創業2年でユニコーン 米ベンチャー企業セラシオとは

アメリカに本社を置くセラシオ社(共同創業者:カルロス・キャッシュマン/ジョシュア・シルバースタイン)は、Amazonマーケットプレイスに出店する中小企業を中心に買収し世界規模のブランドへと成長させる消費財ベンチャーだ。2年で100件以上を買収し5億ドルを売り上げたそのスピード感と成長性が評価され、創業約2年にして米市場最速の黒字ユニコーン(設立10年以内で評価額1000億円以上の非上場企業)となった。

エクイティファンドと違うのが、イグジットを狙って買収するのではなく、あくまでその企業やブランドのポテンシャルを引き出した消費財の販売を通した、ECブランド事業としての成功を目的としていること。買収の際には、オーナーの気持ちを第一に考えたディールを提案する革新性にも注目が集まっている。

米セラシオが始動し始めた2年半前のアメリカでは、同社のような中小企業を対象とした譲渡・承継ビジネスはメジャーではなかった。あるとしてももっと大規模か、プライベートエクイティ投資においてのみ。大手ECプラットフォームとの共存を前提にした譲渡・承継はありそうでなかったビジネスで、創業2年でユニコーン企業となったことからも、目の付け所が絶妙だったことがわかる。

そのセラシオが2020年3月に日本法人を設立。満を持して日本市場に参入する。日本においては270億円の買収資金が用意され、Amazonマーケットプレイスのみならず、今後は楽天市場やYahoo!ショッピングに出店するブランドも対象としていく予定だという。

「2018年に創業した米セラシオがある程度の企業に成長し、アメリカでの事業が安定軌道に乗りつつあったことで、世界への進出を考えるようになりました。その重要な一角が日本だよね、と具体的に行動し始めたタイミングが2020年の頭です」

こう語るのは、2020年から米セラシオ社に在籍し、セラシオ・ジャパンの代表として準備を進めてきた二宮一央氏だ。日本法人は、代表の二宮氏と、彼が見出したパートナーの小澤良介氏が指揮を執る。

「コロナ禍によって世界的にEC産業が潤いましたが、日本進出の計画はそれ以前からのものです」(二宮氏)

セラシオ・ジャパン、2人の経営者

これまで金融コンサルティングや金融企業の投資部門を統括する等、あまり表に出ることのない仕事を担ってきた二宮氏と、大学在学中に起業し、のちにリグナ株式会社の創業者となった小澤氏。

プライベートにおいても二宮氏はSNS等で発信することはなく、一方小澤氏は多くの著書を出版、YouTubeやclubhouse等でも積極的に発信を続けている。

一見正反対な性質を有する2人の日本人が、米ユニコーン企業の日本法人の2トップとなるに至った経緯はどういったものだろうか。

小澤「二宮とは友人を介して出会いました。その前からセラシオの話は聞いていましたが、まあアメリカの会社だし、よくわかんないなと話半分で聞いていました。それでいざ会ってみたら、お互い面白そうだねとなって。最初は外部委託のような形を想定していましたが、何カ月かかけて話を進めていくうちに今のような形で正式にジョインすることになりました」

セラシオ・ジャパン 最高協業責任者 小澤良介氏

二宮「私はセラシオ社の人間として小澤に会いましたが、そのときからこうなるだろうなと感じていました。最初から意気投合したのは、お互いにひとつ大きな仕事をやり遂げて身軽になったタイミングだったことも大きいと思います。小澤はリグナを売却した直後だったし、私も割とお堅い仕事をやり切った後でした。

お互いそれまで色々な“鎧”を着ていたと思うんですけど、それを取り払って出会うことができた。この感覚はセラシオ・ジャパンを立ち上げるときの共通認識にもつながっています。できれば本質だけで、余計なものはできるだけなくしてやっていこうと」

こうして方向性が決まり、2人が創業メンバーとしてセラシオ・ジャパンを立ち上げたのが2021年3月のこと。その後、2021年5月に小澤氏が最高協業責任者として参画することが正式に発表される。

セラシオは黒船か?救世主か?

アメリカでは1世紀以上前から買収・M&Aが行われており、現在のビジネスシーンでも事業推進・拡大の常套手段だ。一般的にも会社の売却は祝福されるべきこととして受け取られる。一方、日本で買収・M&Aが定着したのはここ30年程で、イメージ的にも「経営不振・責任放棄と思われる」「転売される」等、あまり良い印象でないものも多い。日本のM&Aの件数や取引額は年々増えてはいるものの、ビジネスシーンにおいてこのイメージの違いは思いのほか大きい。

そんな日本で譲渡・事業承継ビジネスを行うことは難しいのではないかと感じてしまうが、セラシオ・ジャパン最高協業責任者の小澤氏はセラシオ独自のビジネスモデルを「みんながうれしくなる、誰も嫌な思いをしないスタイル」と表現する。

二宮「まず、日本でのビジネスにおいて、日本のM&Aに対する考え方や過去の歴史を鑑みたときに、単に“買収”という考え方では測りきれないところがあると2人で話をしました。アメリカのやり方をそのままスライドさせるのではなく、日本では“協業”を第一の目標に掲げて、そのなかでの買収を考える方がいいのではないかと。その上で小澤がやることはなんだろうと考えた結果、『最高協業責任者(partnership officer)』というポジションが良いね、ということになりました」

「最高協業責任者」はセラシオでも日本法人にしかない特別な役職だ。小澤氏の役割は文字通り“協業”を前提に、企業やブランドをどうするかについてセラー(出店者)と話し合うこと。立ち位置としては米セラシオでも同じようなことをする場合はあるが、それはあくまでM&Aの後にこれからどうするかを話すということであって、日本法人のそれとは異なる。

小澤氏は起業や経営の経験があり、自身もバイアウトも経験。このバックグラウンドもこの役職を定めた大きな理由だという。

二宮「このような背景を持っている人物が相手であれば日本のセラーさんにとってはすごく話しやすいだろうし、小澤も実体験として理解・共感し寄り添うことができる。場合によっては彼自身の経験からアドバイスできることもあるかもしれない。こんな人なかなかいません」

小澤「自分がバイアウトの経験をし、今は逆の立場になったからわかるのですが、事業譲渡・承継はセラーさんやその周りの人の人生を少なからず変えることになります。バイアウトは自分の子どもを手放すようなことですからね。責任は小さくありません。でも、だからこそ新しい景色が見られるということも知っているので、セラーさんにも本心でお話しできるんです」

自身の経験から、セラーが育ててきたブランドや商品に対してはもちろん、彼らのこれからの生き方にプラスになるようなディールにすべきだという思いは大きい。

小澤「僕たちも事業なので利益は求めますが、マネーゲームが目的ではないので、譲渡していただく先の企業さんやブランドが最優先です。ライフステージだったり金銭面も含めてどうしていきたいか、どうなっていきたいか、彼らの要望にできる限り応えるディールの形を設計していきます。オーダーメイドのように毎回条件や内容を考えていくので大変ですが、結果的にセラーさんが納得、満足してくれないとこのビジネスは続きませんので」

セラシオ・ジャパンのビジネスモデルは投資案件としての買収ではないため「安く買って、高く売る」という考え方は最初から存在しない。むしろ買いたたくことはセラーからの信頼を得られなくなるため、その点は入念にセラーと話し合い、全力を尽くすという。

二宮「うちのアナリストの評価で、ある買収金額が決まったとしても、もしかしたらセラーさんだけが予想できる未来があるかもしれません。例えば、セラーさんの予想でアップサイド(より利益が上がるケース)があるのならば、ディールの成功報酬のところを厚めにとっておいて、実際にアップサイドがきたらちゃんとフェアな評価額が保てるようにしておく。いわゆるアーンアウトも少なくありません」

セラシオ・ジャパンがセラーと共に描く事業承継の形に定型はない。初期に手掛けるいくつかの案件では、少なくとも1年間はオーナーが残り、協働しながら次のステップやバイアウトの形を話し合っていく予定だ。ただ、この1年という期間も絶対的なものではなく、「例えば家族との時間を大切にしたいと言われたらバイアウトの時期をもっと早く設定して、協働が半年になることもあるだろうし、何らかの形でずっとかかわることを希望されるのならほかの最善策を考えます」(二宮氏)。

バイアウト、一定期間の協働、商品開発に携わる……等、事業承継のメニューは実に多彩。数年前に買収したロープ型LEDランタンのブランド『ルミヌードル』 の創業者は現在、米セラシオの新商品開発部門の責任者だ(写真:Power Practical)

日本は小規模でファンがいるケースが多い

セラシオの拠点はすでに世界中の至るところに存在している。その中でも日本は「規模でいえばアメリカやEU、中国に継いで3~4番目ほどだが、カルロスは将来的に世界のブランドの一角を成すと考えていて、私が入社する前から計画を立て始めていたくらい」(二宮氏)の存在感のある国だと重要視されていたという。セラシオ・ジャパンの2人はそんな日本をどう見ているのだろうか。

小澤「消費財には適切な“サイズ感”があると思っています。大量生産されるようなものもある一方で、日本の職人“匠”の手作りで、一日10個くらいしか作れないものもある。この場合はスケールしてしまうと本来のブランドの味が失われてしまう可能性もあると思うんです。そういう小さな規模でファンがいるケースが多いことは日本の特徴でもあります」

スケールメリットがなければセラシオとしては対象にはしづらい?

小澤「いえ、例えば匠の力で作りつつ、マスマーケット向けのサブブランドを作ることができれば我々のターゲットになり得ます」

また、小規模のブランドや企業はオーナーの思い入れが強い場合が多く、「アメリカとの大きな違いとして、日本のセラーさんはバイアウト後も何らかの形でかかわっていたいと思っていることが多い」(二宮氏)という。

二宮「ただ、商材に対する思いや知識があっても、オーナーさんがすべての決断をできる立場で残ることが良いことなのであればたぶん我々に話は来ていないと思うんです。米セラシオでも、オーナーとして未来永劫残るという形は今までありません。

でも、おそらく日本はそうではない。このあたりの関係性の構築がうまくできれば、セラシオ・ジャパンもどんどん仲間が増えていくことになるので、ここもケースバイケースで考えていきたい」

小澤「短期的な視点では、製造原価を下げて儲けを伸ばすテクニカルな方法もあると思うのですが、我々がやるべきはそれではない。実績のあるセラーさんの、本来もっと売れてもいい商品の“もったいない部分”を改善し、さらに成長させるということが重要なんです。

先日もあるブランドさんと商品の素材がいまいちだという話になり、そこを改良していこうとなった。そういう細かい部分も含めて全体的に改善していくことが、ひいてはそのブランドを底上げしていくことにつながっていきます」

それまでは時間・能力の制約や資金的な理由などで改善したくてもできない部分があったセラーを買収し、フォローすることによって商品や流通は大きく改善。さらに、オーナーに余裕ができることで新商品を一緒に考えていく可能性等も出てくる。

二宮「マーケットに出て然るべき商品や改善版がどんどんマーケットに出ていくことは消費者の皆さんが利益を得られることにつながる。それが我々の“ノーススター”なんです」

大勢は2~5年以内に?日本のモノづくりが直面している危機

世界中で評価されてきた“日本のモノづくり”の技術だが、昨今はコモディティ化によって価格が安い中国製品があらゆるジャンルで台頭し国際競争力は低下、その立場は今、危ぶまれていると言わざるを得ない。その原因は日本における“モノづくり”と“売ること”のギャップにあると2人は分析する。

小澤「日本の大半のセラーさんはまだ世界を視野にイメージできていないように感じます。思いはあっても具体的な策は持っていないといいますか。そんなセラーさんに対して、僕らは承継の形をとることで世界に向けて目線を変えることができます。

起業家はクリエイティブな人が多いですよね。僕もそうでしたが、0→1が好きな人は、1→10とか100というのはそんなにやりたいわけではないんですよ。また、クリエイティブに長けている人たちはなぜかマーケティングが苦手なことが多く、海外を相手にするとなるとさらにハードルが上がる。

日本はまさにこの点が課題です。だからセラシオ・ジャパンが日本の素晴らしいモノを発掘して、我々のマーケティングに乗せて“日本のモノづくり”を世界へ印象づけていくことが必要だと考えています」

二宮「これからセラシオ・ジャパンがどのようにセラーさんとの関係性を作っていけるのかによって、日本の消費財の将来は変わっていくと思っています。我々が思い描いているように進むことができたら、日本のアイデアや日本製のブランド・商品を全世界に対してアピールできるはず。今がちょうどティッピングポイント(転換点)ですから、おそらくあと2~5年程度で大勢は決まってしまうのかなという感じがしています」

セラシオ・ジャパンとしては、日本の消費財は本来、世界のマーケットの1~2割程度のシェアを獲得するポテンシャルがあるとにらんでいる。その可能性を失いかねない瀬戸際にある今、二宮氏は「この状況をなんとかするために私も小澤も今セラシオにいます」と熱を込める。

»「冗談のような靴下もちゃんと売れる」知られざる消費財のECの世界

“次世代の消費財メーカー”に向けたポートフォリオ

セラシオが思い描く将来像の一つに、“次世代の消費財メーカー”という形がある。言うからには匠レベルの商品からコスパ重視の消耗品まで、ポートフォリオを充実させていくことが欠かせない。そのためにいまセラシオ・ジャパンがやるべきだと考えているのは、おそらく日本各地に点在しているであろう、知られざる商品やブランドを探し当て、それらをビジネスとして回していける仕組みを作ることだ。

「将来的にすごいインパクトがありそうなのは、今現在、ECをやっていないところかもしれません」(二宮氏)

しかし、セラシオ・ジャパンの拠点は東京だが、セラーの拠点も東京近郊にあるとは限らない。もしそれらを東京のオフィスビルに収容し、一極集中させようとすれば買収するブランドの数も限られてしまうだろう。この点を解決するヒントはセラシオ独自の人材の考え方にある。

二宮「面白い商品を扱っていたり、ブランドを展開しているセラーさんは日本各地にいて、地方である場合も多い。これはまだ設計図の段階ですが、そういったブランドを譲渡していただいた場合は譲渡・承継後もできればそのままそこに拠点を置いておきたいと思っています。その場所に根ざしたものをどんどん伸ばしてもらいたいんです。一個所にまとめて効率を追おうとしても、それが理由でブランドが死んでしまったり、勢いを失ってしまっては元も子もありません。

そもそも、どちらかというと分散型のビジネスモデルを作っていくという考え方をするのがセラシオなので、そこまで場所は問わないんですよ。物流のレイヤーではそれぞれの場所に倉庫のスタッフが必要だということはありますが、それを回していくブランドマネージャーやサポートする立場の人間は基本的にどこにいてもいい。

オンラインビジネスの良いところは基本的に毎日、毎時間、毎分で明確なデータが入ってくるために管理がしやすい点です。データを確認できる場所であればどこでも仕事をすることは可能ですから、毎日オフィスに来て働くことを強要する必要はない。そんな仕事のやり方は、私なら途中で“まいって”しまいます」

個人のライフスタイルを重視しながらも、オンラインをうまく活用して効率的に仕事を進めていく。ワークライフバランスが自然と保てるやり方をしていくことが重要で、そうすることで仕事を持続していくことが可能という考え方だ。

セラシオの考え方はオンラインのコミュニケーションが進む今の時代にマッチしたものだが、時勢を意識して考えられたものというわけではない。これらはすべて“必要”から紡ぎ出されたやり方だ。

二宮「米セラシオでもセラシオ・ジャパンでも、譲渡していただくビジネスは世界各国の色々な場所にあります。当然、働く場所も色々な場所にある必要がある。すべてはセラーさんたちのことを最優先して考えているところから始まっています」

コロナ禍でデジタル化が10年進んだといわれるなか、世界的に企業も変化することが求められている。そんななかで時代にマッチしたビジネスモデル・社内システムを推進するセラシオは時代の寵児たり得るか。日本のモノづくりの将来を担うセラシオ・ジャパンは今、ノーススターを目指して歩き始めたばかりだ。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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