スーパーCEO列伝

老舗出版社のKADOKAWAがDX推進を成功できたワケ

株式会社KADOKAWA Connected

代表取締役社長

各務茂雄

文/吉田祐基(ペロンパワークス) | 2020.08.03

電子書籍配信サービス「BOOK☆WALKER」の立ち上げや、「ニコニコ動画」を展開するドワンゴとの経営統合(現在は完全子会社化)など、出版業界に先駆けてDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んできたKADOKAWA。コロナ禍においても最終的には9割の従業員がリモートワークに移行し、経営会議や採用面接もオンラインで行うなど、社内の働き方改革も着実に進んでいる。

こういった取り組みの裏には、KADOKAWAへICTツールの提供や働き方改革の支援を行う、IT関連戦略子会社のKADOKAWA Connctedが関係していることはご存じだろうか。

同社の代表である各務茂雄氏は、ドワンゴでICTサービス本部長として、フリーアドレスの導入やリモートワーク環境の整備などITインフラ改革を1年で実現した実績の持ち主。KADOKAWA Conncted設立後は、代表としてKADOKAWAグループのDX推進を先導している。そんな各務氏に、KADOKAWAの例も交えながら「どうすれば企業のDXは進むのか」を聞いた。

株式会社KADOKAWA Connected 代表取締役社長 各務茂雄(かがみしげお)

EMC Corporation(現Dell EMC)やVMware、マイクロソフトなどでエンジニアやプロダクトマネージャー、クラウド技術部部長などを歴任。楽天ではプロダクトマネージャーとして楽天優勝セールを支えるインフラの構築、アマゾン ウェブ サービス ジャパンではコンサルティングチームの責任者として顧客企業のクラウド導入・移行支援を統括した。ドワンゴではICTサービス本部長として、同社のインフラ改革を1年で実現した実績を持つ。

先ずはコミュニケーションの方法を統一することから

各務氏によると、そもそもDXには「守りのDX」と「攻めのDX」があるという。守りのDXとは、デジタル技術を使って既存の業務プロセスを効率化しながら、“生産性を高めていく”こと。一方、攻めのDXとは、電子書籍などのデジタルをベースとした事業を推進することで、“売上を高めていく”施策だ。

「守りのDX」を実現するゴールまでの取り組みイメージ

ただ守り・攻め問わずDXを進めていくためにも、まず大切なことは「社内の風通しを良くすること」だという。それは、なぜか。

「部署間の垣根を越えて従業員同士が連携しやすくなったり、上司・部下という壁を取り払うことができたりすると、会社のなかで連帯感が生まれます。すると『このビジネスとこのデジタル技術を掛け合わせたらどうなるか』という柔軟な発想を従業員も持ちやすくなる。

一部のデジタル戦略チームが勝手に進めるというやり方では、DXは社内に浸透しません。そのためにも、さまざまな部署間が交流できる仕組みを最初に整えることが大切だといえます」

とはいえ、そもそもどうやって風通しを良くすれば良いのか、頭を悩ませる方も多いだろう。その手段として各務氏は「みんなのコミュニケーションの方法を統一することから始めると良いのではないでしょうか」と提案する。

KADOKAWAのDX推進としても、まず始めに取り組んだのは自分の予定をオンライン上で他者に共有できる「Google カレンダー」の導入だった。要するに全従業員が同じカレンダーツールを通じて、自分の予定を入れる、それをみんなに共有することからスタートしたわけだ。

また、社内でのやり取りはすべてビジネスチャット「Slack」に置き換えた。ドワンゴはエンジニアのチームのためSlackの使用に慣れていたが、KADOKAWAはもともと紙がルーツのため電話やメールでの連絡が主流だった。しかし、Slackに置き換えることで、ドワンゴのエンジニアとKADOKAWAの編集者とのやり取りもスムーズにいくようになったという。

「コミュニケーション方法を揃えることで、組織をまたいだプロジェクトの推進など、異なる部署間の交流が生まれます。すると、新たなビジネスが生まれるきっかけもつくり出せるのではないでしょうか」

「ICTツール徹底活用マンガ」の一例 © KADOKAWA Connected Inc.

さらにSlackの導入によって、通常10営業日かかる重版が営業日2日で実現されたエピソードも話してくれた。

2019年10月にノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏は、受賞決定会見のなかでKADOKAWAから発行されている「ロウソクの科学」が、自身の研究の原点であるとコメントした。すると、その直後から書店に注文が殺到。急な需要に対応するために、すぐさまKADOKAWAの社員はSlackのチャンネルにて、組織をまたいだ対策本部を発足した。

営業・物流・生産といった各部署の全100名以上の従業員が、同じSlackチャンネル内でやり取りできたことで、素早い意思決定を実現。前述の通り、通常10営業日かかる重版は2営業日で行われ、「ロウソクの科学」はほぼ欠品なく読者の手元に届けられたという。

「急な注文増加にも関わらず対応できた要因は、KADOKAWAが自社内で印刷まで完結できる仕組みを持っていたこと。さらに、部署関係なく数百名の従業員が一堂に集まるSlackのなかで、コミュニケーションできたのは大きいといえます」

「私は手帳派なんで」を跳ね返す推進力

DXの推進においては、社内周知にバラツキがあったり腰の重いスタッフの説得が生じたりと、人が障害となるケースもたびたび耳にする。こういった問題にはどのように向き合えばいいのか。

「やっぱり最初にDXの取り組みをかたちにする、つまりは実行しさえすれば、たとえ当初は渋々だったとしても人は取り入れてくれます。そのためにも当たり前の話ですが、ツールの導入や浸透、そして運用の部分まで実行できる『人』がいるかどうかが鍵だといえます。『DXをやりたい』は誰でも言えること。しかし実現まで持っていける人がいないことが、企業のDXが進まない最大の原因ですね」

KADOKAWAにおいてもGoogle カレンダーを導入する際は「私は手帳派なんで」という反発もあった。ドワンゴでも「既存のカレンダーツールがあるのに、なぜ変えるんだ」という議論も起こったそうだ。しかし、実際に取り入れてみると『意外と使いやすい』という声が多く聞かれたという。

ただ、社内にDXの取り組みをかたちにできる人がいれば良いが、そうでないケースも多いだろう。各務氏も「社内の人材だけでDXを推進するのは難しい」と話す。

「社内の文化を分かっている人が、DXを推進するチームにいたほうが良いのは確かです。ただ、内部の政治的圧力に負けてしまう側面もある。そのためにも社内の文化に染まりきっていない、例えば他社から転職してきたばかりの人などと手を組んで進めていくことが大切だと感じています」

KADOKAWAでも社内の人間だけでなく、ドワンゴのエンジニアや外資系コンサル会社、事業会社のITチームから転職してきた人たちがチームとなってDXを進めている。

「高度かつ異なる職能を持つ彼らがいるからこそ、KADOKAWAではDXを推進できているのだと思います。外部から来た人は『ここはこういうふうにすべきだ』と、合理的な意見を伝えてくれます。そして古くからKADOKAWAのことを知っている人間が、その意見と社内文化との落としどころを見つけてくれる。そうやって最終的に固まったアイデアをドワンゴのエンジニアたちがかたちにすることで、どんどんDXが加速していくわけです」

社会的にようやくDXの導入が各所で始まっているなか、早くから社内検討を進めていたKADOKAWA。しかし成功の裏側にあったのは、その早さだけでなく「実際に行動を取ってかたちにしてみる」という積極的な社内方針があったようだ。そして彼らが最初に手をつけた「コミュニケーション方法を統一する」というアクションは、基本的なことでありながら、今後DX推進において重要なヒントになりそうだ。

「デジタル技術」×「コンテンツ」で楽しみ方の“選択肢”を提供する

最後に、各務氏にKADOKAWAが持っているコンテンツとDXを掛け合わせることで、どのような化学反応が起きると考えているのか、聞いてみた。

「コンテンツは作つくって終わりではなく、それを視たり読んだりする人がなんらかのかたちで関与していくことで、育っていくものです。例えばニコニコ動画の場合だと、放送にコメントを入れることで投稿者と視聴者がコミニケーションできる。この双方向性が、コンテンツをより面白くしていると思います。そして、プラットフォームを通じて、この双方向の仕組みを支えるのがデジタル技術の役目。デジタル技術の導入で、1つのコンテンツにいろいろな人が関与できるようになるわけです。これこそがコンテンツとデジタルを掛け合わせたときに生まれる、最も基本的な相乗効果だと考えています」

コンテンツとデジタル技術を掛け合わせた例でいうと、KADOKAWAでは株式会社はてなと共同開発をした「カクヨム」という小説投稿サイトを運営している。投稿された小説には、読者がコメントを入れられるのはもちろん、プロの作家から返信が来ることもある。

「そもそも人間がつくったコンテンツは、その人独自の主張や考え方が反映されているため、不完全な状態で世の中に出る。ただ欠陥があって、突っ込みどころがあるからこそ、一つのコンテンツに対して角度の異なるさまざまな意見も生まれる。それをデジタル技術によって見える化してあげると、意見に対する『意見』も出てくる。こうやって一つのコンテンツをきっかけに広がりが生じる体験を、デジタル技術が支えているといえます」

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vol.45

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ライフスタイルアクセント株式会社

代表取締役

山田敏夫

「世界に誇れるメイド・イン・ジャパンの一流ブランドを生み出したい」。そんな思いから、代表の山田敏夫氏が2012年にファクトリーブランド「ファクトリエ」を旗揚げ。優れた技術を持った日本国内の工場を開拓し、コロナ渦でも好調な売上を保っている。その原動力となっている山田氏の「熱狂」に迫る。
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