スーパーCEO列伝

EC界の巨人 北の達人に学ぶ不況に強い会社の条件

株式会社北の達人コーポレーション

代表取締役社長

木下勝寿

文/吉田祐基(ペロンパワークス) | 2020.09.30

コロナ不況下で、事業者の8割が今後の経済活動に不安を抱えているなどの調査結果が出ているなかで、不況とは無縁かのように5年で売上高19億円を100億円まで伸ばし、営業利益率約30%を維持しながら成長を続ける企業がある。それが、オリジナルの健康食品・化粧品ブランド『北の快適工房』を主軸に、ネット通販事業を展開する北の達人コーポレーション(以下、北の達人)だ。
同社は、2015年に東証一部に上場。代表の木下勝寿氏(以下、木下氏)は、北海道で起業し、一代で会社を東証一部に育てた現役社長120人のうちの一人である。コロナ禍の業績が反映された2021年2月期第一四半期の決算においては、売上高は前期比でマイナス5%とわずかに縮小したものの、営業利益に関しては前期比+1.4%と急激な落ち込みを免れた。
今回はそんな北の達人代表の木下氏に、不況に強い会社をテーマに話を聞いた。

株式会社北の達人コーポレーション 代表取締役社長 木下勝寿(きのしたかつひさ)

大学在学中に学生起業を経験し、卒業後は株式会社リクルートに勤務。その後独立し、2000年には北海道特産品のインターネット販売を開始する。2年後に拠点を北海道へ移し、2007年には規格外の食品販売サイトを新設。「ワケありグルメ」ブームの先駆けとして多数のメディアに取り上げられる。2009年、株式会社北の達人コーポレーションに社名変更。健康美容の分野へ本格参入し、以降、「お客様のご満足」をテーマに北海道の素材を生かした自社商品の開発に力を入れる。日本国政府より紺綬褒章を4回受章。

リーマンショックなどBtoBの市場で起こる不況は“回避できる”

過去、ITバブルの崩壊やリーマンショックをきっかけに一定の周期で不況は訪れている。しかし木下氏によると、コロナ不況はこれまでとは種類が違うという。

「今回の不況はBtoBの市場ではなくBtoCの市場で起きています。リーマンショックなどのBtoBの市場で起こる不況は、実体経済よりも過剰に価格が上がった結果として発生するため、ある程度予測がつくこともあります。しかしコロナウイルス感染拡大にともなう経済活動自粛のように、BtoCの市場で起こる不況はまったく予想ができません」

ご存じの通り、消費者向けに経済活動が行われているBtoCの市場は、小売・飲食・旅行業などから成る。一方で、BtoCの市場を支えるBtoBは企業が企業にモノやサービスを売ることで成り立つ市場であり、例えば製造と販売の中間に位置する卸売業などが当てはまる。それぞれ異なる性格を持つ市場ではあるが、木下氏は両者の関係性について「地続きであって決して切り離すことができない」と指摘する。

「基本的に経済は、BtoCの市場を中心に発展してきました。例えば果物をつくって消費者に売るというのが主体なわけです。ただBtoCの市場が拡大してくると、果物をつくって売るための『道具』を提供する人も出てきます。これがいわゆるBtoBの市場。つまり果物が売れるから道具も売れるのであって、原則としてBtoBは、BtoCという消費者とつながる出口がなければ成り立たないわけです」

しかし、経済の仕組み上、BtoCの市場とかけ離れてBtoBの市場だけが先行して成長してしまうこともある。これがしばらく続くと、あるとき我に返ったように一気に落ち込む。サブプライムローンの過剰供給で起きたリーマンショックは、実体とかけ離れてBtoBの市場が拡大し過ぎてしまった結果だといえる。

「土地を欲しい人が多いと、だんだん土地の値段は上がっていきますよね。例えばもともと1000万円だった土地も、欲しい人が増えると、2000万円でも買ってくれる人が出てくる。ただ、そこにこれから土地の値段がさらに上がることを予想して、2000万円で買った土地を3000万円で売るビジネスを始める人が出てくる。でも消費者からしたら、2500万円までは出せても『3000万円は高すぎ!』となって買わないかもしれない。あまりにも消費者が求めている価格と離れてしまったときに、バブルは崩壊するわけです」

土地の売買を仲介する人のように、売りたい人と買いたい人の間に第三者が入ることでビジネスは複雑になり、消費者が本当に求めている価格がわからなくなる。しかし消費者との距離感が近ければ、BtoBの市場で上がり過ぎてしまった価格はいずれ急落するというのも予想できる。

「だから弊社は小売業者に卸すことなく、自社商品を自社のECサイトを通じて消費者に直接販売する、BtoCのビジネスを基本としています。とくに物販であれば、消費者が求める商品をつくりさえすれば、売れますからね。10年から20年という長い単位で考えると、顧客から離れたBtoBの事業はコントロールが効かなくなる恐れがあります」

「北の快適工房」というオリジナル商品を、あくまでも自社ECサイトを通じて消費者に直接届けている。

BtoCのビジネスは、常に消費者という実体と近い位置にある。そのため、過剰な価格高騰が引き起こすBtoBの市場で発生する不況を回避する方法であるともいえる。

社員を守るための手元資金は確保しておく

ただ、今回の不況は前述した通り、外出自粛による消費落ち込みなどBtoCの市場で起きている。

BtoCの市場で発生する不況を避ける方法はあるのだろうか。

「やはり借入に頼らず、手元資金で事業を行い、万が一の場合に備えて現金を確保しておくことが大切です」

例えば、売上がまったくない状態になったとしても、手元資金だけで何カ月間生き延びられるのかを考えておくことが必要だと木下氏は話す。同社では、24カ月間売上が全くなくとも、その間は社員の生活を保障できる程度の手元資金を常に確保しているという。

仮に飲食店であれば今回のコロナウイルス感染拡大に限らず、常に食中毒というリスクがある。食中毒が原因で営業停止期間が発生してしまう可能性は、どれだけ気をつけていてもゼロにはならない。そのため、経営者としては万が一売上がゼロになってしまう事態に備えて、日頃から財務基盤を整えておく必要がある。

固定資産を持ち過ぎない

さらに、木下氏は不況を回避する方法として「固定資産を持ちすぎない」ことも挙げる。過去、ダイエーが経営破綻寸前にまで追い込まれた状況を見て、学んだことだという。

「もともとプライベートブランドを先駆けて展開し、スーパーのなかで最も勢いがあったダイエーですが、その後、経営破綻寸前になってイオンの子会社になりました。業績が悪化した理由はいくつかありますが、最も大きかったのは『資産を固定しすぎたこと』。ダイエーの店舗は土地ごと自社で保有していたため、売れない店でも撤退しづらかった。ここから、リアルの店舗にこだわって固定費がかさんでしまうと、変化に弱くなってしまうことを学びましたね」

北の達人では商品開発を自社で行っているが、製造は他社工場に委託しており、自社工場を持たないファブレスタイプ。固定資産を持ちすぎないというのも理由のひとつだが、自社工場の稼働率ありきでの商品開発を避ける狙いもある。

「例えば美容クリームを製造する工場をつくったものの、製品が売れなくなってしまい、生産ラインに空きが出たとします。すると、この空きを埋めるために、次も美容クリーム関連の商品を開発しようと考えてしまう。自社工場の都合ありきで商品開発を行うと、消費者のニーズから遠ざかってしまう恐れがありますからね」

98%ボツにしても納得できるものしか商品化しない

北の達人には、売上高の約7割を定期購入が占めるという大きな特徴もある。つまり提供する商品の多くがリピートされているわけだ。その秘訣は、徹底的に商品の質を追求する姿勢にあるといえる。

「私たちが商品をつくる際にはモニター調査を必ず行っていて、試作品が完成したら社名や商品名を隠した状態で、当社を知らない人に2〜3カ月間使ってもらいます。使っていただいて、ある一定の効果を感じてもらった場合にしか商品化はしません」

北の達人では、何度もモニター調査を行い、結果が「ビックリするほど」良かった場合しか商品化しない。

そのほか、750項目から成る独自の商品開発基準を設けており、基準を満たして販売できる商品は開発案件の2%程度だという。一般的にはマーケティング手法として「改良前提である程度の完成度で市場に出して手応えをみる」というやり方もあるが、彼らはまるで違う。購入してもらう消費者に試作品レベルのものは提供せず、「販売するからには最大限高品質なもの」という徹底したクオリティ追求の姿勢が、リピーターの多さからうかがえる。

コロナ不況も乗り越えようとする北の達人がこれまで取り組んできたことは、消費者にできるだけ低価格かつ高品質な商品を届けることだったり、手元資金で着実に事業を拡大してきたりと、決して突飛で目新しいことではない。むしろ、BtoC企業として「当たり前にやるべきこと」を実直に取り組んできたようにも考えられる。そしてもちろん、活動の土台には強固な消費者との信頼関係がある。BtoC市場で成長し続ける企業の在り方として、彼らの実直な姿勢に学ぶところは大いにありそうだ。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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