スーパーCEO列伝

「マジ価値」のもとではみんなが対等。freeeはなぜカルチャーを大切にするのか?

freee株式会社

経営管理本部カルチャー推進部部長

辻本祐佳

文/藤堂真衣 写真/松木宏祐 | 2020.02.07

メンバーが同じ方向を向いて事業に取り組み、会社を成長させていくために欠かせないミッションやビジョン。スタートアップやベンチャーにおいても、採用時から繰り返し自社のミッションやビジョンを伝え、自社へのカルチャーフィットを重視している企業は多いだろう。
クラウド会計ソフトを提供するfreeeがカルチャーの軸に据えているのは「マジ価値」。
「マジ価値」とは、「本質的(マジ)で価値ある」の略で、ユーザーにとって本質的な価値があると自信を持って言えることをする、という思いが込められた言葉。そしてこの「マジ価値」を“届けきる”までがfreeeのコミットメントだ。
freeeカルチャー推進部部長の辻本祐佳さんは「freeeは“マジ価値”のもとで全てのメンバーが平等。誰もがマジ価値を追求し、『それは本当に“マジ価値”?』『他にも方法があるのでは?』と議論できる空気があります」と、あくまでも「マジ価値」を追求し続けるカルチャーについて語る。
freeeはなぜこれほど「マジ価値」を追求する空気が浸透しているのか。カルチャー推進担当者の役割はどのようなところにあるのだろうか。

freee株式会社 経営管理本部カルチャー推進部部長 辻本祐佳(つじもとゆか)

1985年生まれ、和歌山県出身。東京大学法学部を卒業後、楽天株式会社に入社し、法務を担当。2017年8月にキャリア2社目となるfreeeに入社。PRやカルチャーの再定義プロジェクトに関わり、2018年7月からはカルチャー推進として人事総務機能を通じたカルチャー浸透・組織での体現に取り組む。

freeeの根幹に息づく「マジ価値」とは

――「マジ価値」がfreeeにとってなぜ大切なのかを教えていただけますか。

辻本 2012年のfreee創業時から代表の佐々木をはじめとするメンバー間で共有されてきた考え方で、freeeのミッションである「スモールビジネスを、世界の主役に。」を実現するために欠かせないものだからです。創業当時は「スモールビジネスに携わるすべての人が、創造的な活動にフォーカスできるように」というより具体的なミッションを掲げていました。

私がfreeeへの入社を決めたのも、このミッションの存在によるところが大きいです。私は和歌山県の、コンビニでの買い物すら隣町まで行かなければできない町で育ちました。もちろんそこにも仕事をしている人はいるし、高い志やスキルのある人もいます。ですがどうしても都市部との機会格差は生じてしまうし、バックオフィス業務に時間を奪われて本来の仕事でパフォーマンスを発揮できないとしたら、もったいないなと感じていました。

その格差をfreeeのサービスならなくせる。思い返すと、前職の楽天へも「オンラインショップ上では、山奥にある個人経営の店舗でも、都心部にあるセレクトショップも、同じ条件で商売ができる」というコンセプトに惹かれ入社を決めました。今振り返ると、一貫して、スモールビジネスの経営を後押しする会社に自然と身を置くようになっていますね。
 

――「マジ価値」が意味する“本質的な価値”とはどういうことですか?

辻本 重要なのは“ユーザーにとって本質的である”ということです。例えば、個人でうどん店を営むオーナーがいたとします。個人経営なので、うどんの提供以外にも会計や経理作業といった関連業務にリソースを割かれている。そこで「入力が楽になる」というプロダクトを提供することもできるのですが、私たちが考えたいのはそれよりも一歩踏み込んだ「そもそも入力をしなくてよい」というプロダクトの提供です。

うどん店のオーナーは、おいしいうどんを作ってお客さんに食べてもらうのが本分のはず。であれば、バックオフィス業務を「楽にする」よりも「なくす」ことのほうが、オーナーにとって本質的な価値があるはずです。私たちは常にこうした「ユーザーが求めているもの」の先にあるかもしれない、より本質的な価値を求めているのです。

ミッションを実現するための「マジ価値2原則」と5つの「マジ価値指針」

――「マジ価値」をもとにした「マジ価値2原則」などもありますね。これらが決まった経緯を教えてください。

辻本 現在、freeeは従業員数500名以上にまで成長し、さらなる拡大を目指す中で「このままの価値基準だけでよいのか」「freeeの価値観を再定義しよう」という意見があり、2018年からカルチャーの再定義プロジェクトが動くことになりました。「マジ価値2原則」と「5つのマジ価値指針」は、そのプロジェクトの集大成として、freeeのメンバーに共通する価値観を言語化したものです。

2019年に再定義したコミットメントと「マジ価値2原則」および「マジ価値指針」。全てはfreeeの思想の根幹にある「マジ価値」を軸に決められている。

「社会の進化を担う責任感」と「ムーブメント型チーム」。この2原則は、freeeのメンバーとしてマジ価値をユーザーへ届けるために絶対に必要なマインドです。これまでのfreeeが大切にしてきたことやfreeeの根幹にあるもの、これからも絶対にブレさせたくないもの……。社員からも意見を募りつつ、代表の佐々木が本当に重要な要素として抽出したものが、この2原則です。

2つの原則は互いに深く関わりあっていて、佐々木も「社会を変えるのは“ムーブメント”だ」と話しています。freeeのミッションである「スモールビジネスを、世界の主役に。」も、社会を変えるムーブメントとして取り組んでいるんです。ムーブメントに参加しているメンバーに上下関係はなく、あるのは共通した課題感を持ち、望むべき価値の実現を求めて連帯しているということ。freeeは会社という形ではありますが、この「ムーブメント型チーム」の考え方があるからこそ、メンバー全員が「マジ価値」のもとに平等でいられるのだと思っています。

――その下に続く「マジ価値指針」についても教えてください。

5つのマジ価値指針は、freeeらしさを意識してこれも社員から意見を集め、いろいろな要素から「これはfreeeっぽい」「これは違和感がある」とブラッシュアップしていったものです。

【freeeのマジ価値指針】
1、 理想ドリブン…理想から考える。現在のリソースやスキルにとらわれず挑戦しつづける。
2、アウトプット→思考…まず、アウトプットする。そして考え、改善する。
3、 Hack Everything★…取り組んでいることや持っているリソースの性質を深く理解する。その上で枠を超えて発想する。
4、ジブンゴーストバスター…自分が今向き合いたいジブンゴーストを言語化し、それに対するフィードバックを貪欲に求め、立ち向かっていく。
5、あえて、共有する…人とチームを知る。知られるように共有する。オープンにフィードバックしあうことで一緒に成長する。

――こうした原則や価値指針を定義したことで、社員に何か変化はありましたか?

辻本 ありました! と言いたいところですが、これらはfreeeにもともとあった価値観なので、定義したからといって急に何かが変わった、というようなことはないんですよ(笑)。

freeeのいいところでもあるのですが、マジ価値を考え抜くという文化が根づいているので、「これに決めました」と言われても「わかりました」と鵜呑みにするのではなく、「それは本当に“マジ価値”なのか?」と問い続ける姿勢があって。今回定義した「マジ価値」指針も、全員が100%同意するステップを踏んで決まったものではありませんし、これから社員がこれらの指針を口にしたり、誰かと共有したりといったアウトプットを経てなじんでいくものだと思っています。

来客に出されるボトル水にも、「マジ価値」のラベルが。くり返し目にしたり、来客との間で話題になったりすることでカルチャーの浸透を促す。

一方で、言葉にしたことでお互いの認識を同じところに向けるのが容易になったと感じます。例えばfreeeは「マジ価値」を「届ける」のではなく「届けきる」としたことで、「じゃあ、届けきるってどういうこと?」という問いが生まれ、社員が能動的に考え行動するようになりました。

社員に新たな気づきがあった例としては、「ジブンゴーストバスター」にあたる事例があります。今の自分を形作っているこれまでの体験は、時には考えを凝り固まらせ、思考停止の原因にもなります。これをfreeeでは「ジブンゴースト」と呼ぶのですが、昨年、社内のジャーマネ(マネージャー)向けに「ジブンゴーストバスター」をテーマとしたコーチングを4か月に渡って行いました。

その際「自分の経験を年下のメンバーに教えてあげたい」という志向を持つジャーマネがいました。しかし、マジ価値のもとで全員が平等であることを第一とするfreeeでは時にフィットしにくい場面があります。コーチングでの対話を通して、自分が目指すものやなりたいもの、今の考え方で乗り越えられるのかなど、改めて自分自身と向き合ってもらったことで、そのジャーマネは「今のスタンスを変える必要がある」という考えにたどり着きました。

「マジ価値」を求め続けるカルチャーが、freeeの成長を支えてきた

――カルチャーフィットを重視する企業も多いですが、カルチャーとはどのようなものだと思いますか?

辻本 私は、社内にある価値基準にもとづいてメンバーがとる行動と、その結果に生まれるものがカルチャーだと考えています。freeeとして「“マジ価値”を届けきる」ために必要なのは2原則に基づくマインドと5つの指針。それに基づいてメンバーが行動していくことで醸成される「マジ価値」への真摯さこそがfreeeのカルチャーであり、成長の原動力であるはずです。

――会社の成長には、カルチャーの浸透が大きな役割を果たしているのですね。

辻本 そうですね。マジで価値ある=本質的な価値がある、そのためには先ほどもお話ししたように、今まさに顕在化しているユーザーニーズのさらに奥にある“目的”を考えることも必要です。今はまだ存在しないものを見つける必要もあり、「マジ価値」を考え抜くのはとてもハードな作業。

でも「難しいから他の誰かに任せよう」という考え方を決して許さないのがfreeeです。入社1年目の社員も、代表の佐々木も、「マジ価値」のために同じ立場で向き合うことを求めるんです。freeeは「マジ価値」を追求してきたからこそ、ここまで成長しました。だからこれからも、「マジ価値」を届けきる集団としてそれぞれが仕事に向き合う必要があるのです。

インプットとアウトプットのくり返しで、自社のカルチャーを“自分ゴト”にする

――こうしたカルチャーや行動指針に関する言葉を新たに言語化した場合、形骸化してしまうケースもありますが、freeeではどのように浸透させているのでしょうか。

辻本 価値基準などの言葉を設定しただけで満足してしまうと、社員に浸透せずに形骸化してしまう可能性が高いと考えています。私たちカルチャー推進部が心がけているのは、インプットとアウトプットを続けること。

インプットは想像しやすいかもしれません。代表がミーティングや節目のイベントでくり返し口にしたり、オフィスに貼り出して毎日目にするようにしたりといったものです。でも本当に大事にしたいのはアウトプットなんです。

軽食やドリンクがフリーのカウンタースペースも。偶然顔を合わせた社員同士からも、自然とコミュニケーションが生まれている。

――freeeではどのように行われていますか?

辻本 「ムーブメント型チーム」を例にすると、その言葉を見ただけでは「どういうこと?」と疑問を感じるか、なんとなく意味だけを理解して「そういうことね」とわかったつもりになってしまうことが多いでしょう。

freeeでは、2018年から2019年にかけて取り組んできたカルチャー再定義プロジェクトの集大成として、全社員を集めて6人ずつのチームを作り、「今までの経験で、ムーブメントだなと感じたこと」をテーマにメンバー間で話し合い、そのムーブメントをなぜムーブメントだと感じたのか、freeeとしてどのようなムーブメントを起こしていくべきかなど、自分の言葉で表現してもらいました。そこには正解も不正解もなく、各々のメンバーが考えることを重視しています。

こうしたきっかけによって、言葉をより深く考え、自分の言葉として発信できるようになっていきます。組織全体でカルチャーを体現するために、インプットとアウトプットはとても大事な取り組みだと考えています。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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