スーパーCEO列伝
SBIホールディングス株式会社
代表取締役社長(CEO)
北尾吉孝
写真/宮下潤 文/杉山直隆(カデナクリエイト) | 2018.06.11
SBIホールディングス株式会社 代表取締役社長(CEO) 北尾吉孝(きたおよしたか)
1951年生まれ、兵庫県出身。74年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部を卒業。89年、ワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社(ロンドン)常務取締役。91年、野村企業情報取締役。92年、野村證券事業法人三部長。95年、孫正義氏の招聘により、ソフトバンク常務取締役に就任。99年、ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)の代表取締役CEOとなり、現在に至る。主な著書に『成功企業に学ぶ 実践フィンテック』(日本経済新聞出版社)、『古教心を照らす』(経済界)、『何のために働くのか』(致知出版社)、『進化し続ける経営』(東洋経済新報社)、『実践版 安岡正篤』(プレジデント社)など多数。
1999年に産声をあげ、いまや、インターネット金融業界のトップランナーとして君臨しているのが、SBIグループだ。
証券、銀行、生保、損保など、傘下のグループ企業は230社(※)。そのうち、コアビジネスのひとつであるSBI証券は口座数が426万口座を突破し、野村證券等大手証券会社の口座数の年平均成長率は1%台で推移するなか、SBI証券は年間約10%の成長率で顧客基盤を拡大している(※)。住信SBIネット銀行も預金残高で、ネット専業銀行首位を快走し、外国為替証拠金取引のSBI リクイディティ・マーケットも、口座数や預かり資産で業界トップの座にある。(※2018年3月末時点)
この一大グループを一から育て上げたのが、代表取締役執行役員社長の北尾吉孝氏だ。その成功要因は、なんといっても北尾氏の先見性にある。
もともと北尾氏は野村證券の出身。将来の社長候補と目されるほどの辣腕で、業界にその名を轟かせていたが、ITの知識に秀でていたわけではなかった。そんな北尾氏がインターネット金融サービスの可能性に気づいたのは、1995年に、孫正義氏にスカウトされ、ソフトバンクに入社したのがきっかけだ。
「ソフトバンクの仕事で、シリコンバレーなどのインターネット企業と接するようになり、インターネットの破壊力を実感しました。そのときに感じたのが、インターネットは金融と親和性が高いということ。この技術を活用すれば、日本の金融業界のいびつな秩序やシステムを根底から是正できるのではないか、と考えるようになったのです」
当時の日本のインターネット環境といえば、ブロードバンド回線が普及しておらず、1メガバイト程度のファイルを送るのにも一苦労する状況。そんななかでも、北尾氏はインターネットの可能性を見抜いた。
1999年に、ソフトバンクの金融事業部門の事業統括会社としてソフトバンク・ファイナンスを設立すると、様々な金融分野の子会社を立ち上げ、インターネットを活用した最先端のサービスを提供し始めた。
最初に取り組んだのは、インターネット上での証券業だ。旧来の対面式の証券会社では、株式を売買するたびに、1回あたり数千円単位の手数料がかかっていた。それに対し、北尾氏は、イー・トレード証券(現・SBI証券)の手数料をなんと10分の1以下の数百円に値下げした。
営業マンの人件費がかからないとはいえ、他のネット証券もここまでの値下げはしていなかった。失敗したら大赤字の可能性もあったが、「このビジネスで成功するには、圧倒的に手数料を安くすることが必要。儲けはあとからついてくる」と思い切って実行したところ、これが的中。個人投資家の支持を集め、またたく間にオンライン証券業界のトップに上り詰めたのである。
さらに、SBIグループの成長を加速させたのは、他のライバル企業が取り組んでいなかった、「企業生態系」を生かしたサービスを提供し始めたことだ。
「企業生態系」とは、北尾氏が創業時から構想していた、銀行や証券、保険など、あらゆる金融サービスを網羅するグループのことである。北尾氏は短期間のうちに、様々な分野の金融子会社を設立したり、買収したりして、グループを急ピッチで拡大していった。
「企業生態系は、一時期アメリカで流行したコングロマリット(多様な業種の企業を集めた巨大な企業集団)と異なり、単一の企業では成しえない相乗効果と相互進化による高い成長ポテンシャルを実現し、お客様に新たな価値を提供することができます」
その価値のひとつが、面倒な資金の移動なしに、銀行や証券、保険など、グループ内の様々なサービスを利用できることだ。例えば、住信SBIネット銀行の口座を持つと、「SBIハイブリッド預金」が利用できるようになる。ここにお金を預けておけば、SBI証券にわざわざ資金を送金しなくても、株式売買などの取引にシームレスに利用できる。また、銀行のページから生命保険の申し込みも可能だ。
ちょっとした工夫ではあるが、こうした仕組みがあると、「定期預金が満期になったから、一部を投資に充てよう」「投資信託だけでなく、株式投資もしよう」というように、ポートフォリオの中身を簡単に変えられるので、資金を有効活用しやすくなるわけだ。
「どの業界でも、インターネットが登場する前は、個別企業が価値を競い合うのが主でしたが、インターネットが登場してからは、複数の企業のシナジーから生まれる『ネットワークの価値』で競い合うようになる。そう予測していました。だから、企業生態系を意識的につくりあげていったのです」
北尾氏の思惑通り、このようなネットワーク価値に魅力を感じる人は多く、SBI証券のユーザーが、住信SBIネット銀行を利用し始めるというように、ユーザーが拡大していった。その結果、短期間のうちに、金融業界を席巻する一大勢力へと成長できたのである。
「現在はインターネット金融サービスの『企業生態系』が完成しましたが、これはまだ『フィンテック1.0』の状態です。今後は、既存の仕組みに、ブロックチェーンやAI、ロボティクスのような最新テクノロジーを導入した『フィンテック1.5』、さらにそれを発展させた『フィンテック2.0』へと移行していきます。
2.0をもう少し具体的にいうと、ブロックチェーンを、仮想通貨のみならず、債券取引や商品取引などありとあらゆる金融取引に活用し、新たなサービスを提供する『ブロックチェーン金融生態系』をつくりあげるということです。すでに実証実験が終了したプロジェクトもありますので、2018年は実用化に向けた取り組みを一層加速させていきます」
こうして、インターネット金融サービスの世界で成功を収めてきた北尾氏。「先見性」は実業家にとって必要欠くべからざるものと語る。
「経営者が、これからの時流に乗る事業を見いだせなければ、いくら従業員が頑張っても、成功しません。お客様のデマンドはどこにあるのか、それに応える事業とは何か。それを判断する目が、実業家には求められます」
先見性をもう少しひもとくと、「3つのキ」というキーワードで表現できるという。「3つのキ」とは、中国の四書五経のひとつ である『易経』の教え。幾何学の「幾」、期間の「期」、機会の「機」の3つを表す。
「1つ目の幾何学の『幾』は、物事が変化する兆しのこと。物事はある日突然、変化するのではなく、必ず、何か兆しがあります。その兆しをとらえられるかどうかが、先を見通す上で大切です。
2つ目の期間の『期』は、物事を始めるタイミングのこと。新しいサービスを始めるタイミングが遅すぎてもいけませんが、早すぎてもお客様には受け入れてもらえません。ちょうど良いタイミングを見極めることが重要です。
3つ目の機会の『機』は、勘所やツボのこと。鍼や灸をする場合、ツボを正確に把握していないと効かないように、ビジネスでも、『このビジネスの本質はここだ』とツボを見極めることが非常に大事です」
先述したSBIグループの例でいえば、インターネットの登場や金融ビッグバンによる規制緩和といった「幾」をとらえ、1990年代後半に、他のライバル会社に後れをとることなく、「期」を逃さずに、ネット証券に参入した。
「さらに、株式の売買手数料を圧倒的に下げることが、このビジネスのツボであり、『機』でした。以上のように、『3つのキ』をとらえることで初めて、将来を正確に見通し、的確な手を打つことができます」
一体、どうすれば、「3つのキ」をとらえ、未来を見通すことができるのだろうか。北尾氏は、どんなことでも、物事の本質を見るように努めているという。
「本質を見抜くために、僕は次の3つを意識しています。1つ目は、『その物事の根本を突き止める』。それを突き詰めると、だいたいの本質が見えてきます。2つ目は『多角的に見る』。様々な人の意見を聞くことで、一面的ではない、様々な角度から物事を眺めるわけですね。
そして、3つ目は、『長期的に見る』。本質は中・長期にあらわれてきますから、長期で見たらどうなるかを考えなければなりません。そうした見方を積み重ねていき、経験を通じて物を見る目をブラッシュアップしていくことで、物事の本質がつかめるようになります」
膨大な量の読書も、北尾氏の先見の明を養うことにつながっている。中国古典のみならず、偉大な経営者や思想家などが著した書物や小説、実用書まで、幅広いジャンルの書籍に目を通す。多忙なスケジュールの合間を縫って、平日でも1日2~3時間は本を読むという。
「本を読むときには、漫然と読むのではなく、次の2つの視点を持って主体的に読むようにしています。ひとつは、『何かビジネスに使えることはないか』。もうひとつは、『自分がこの物語の主人公だったら、どう行動するか』ということです。
そんな疑似体験を数多く積むことによっても、判断力が養われていき、先を見通せるようになる。そうした蓄積が現実でもモノをいうと考えています」
北尾氏率いるSBIグループが、他社の先をいくサービスを提供できている要因として、もうひとつ欠かせないことがある。それは、「『顧客中心主義』を貫き通していること」だ。
「インターネットの世界には『Winner Takes All』、つまり、勝者がすべてを取っていくという言葉があります。インターネットの金融サービスの世界で勝者になるには何が必要かといえば、『お客様を味方にする』こと。
そのためには、『お客様が求めていることは何か』『もっとお客様のためになることはないか』と顧客を中心に考え、全力で期待に応えていくことが大切だと考えています。赤字のリスクを背負って、圧倒的に手数料を下げたのも、顧客中心主義で考えれば当然のことです」
業界の新参者にとって避けては通れないのが、既得権益を持つ勢力との闘いだ。金融業界は、90年代後半の金融ビッグバンによって規制緩和が進められたとはいえ、既得権益を守ろうとする動きはいまだにある。しかし、そうした権力と闘うときにも、「顧客中心主義」は最大の武器になるという。
「例えば、現在、FX(外国為替証拠金取引)のレバレッジは最大で25倍と決められていますが、金融庁は、最近まで『レバレッジを最大10倍にする』ことを検討していました。個人投資家の保護を目的と説明していましたが、こうした例は、実際には業界の一部の人たちの既得権益を守るための流れと言えるでしょう。
『顧客中心主義』に反する潮流とは徹底的に闘わなければなりません。一方、『顧客中心主義』を貫いていれば、自然と、世論、お客様、投資家が味方となり、闘いを後押ししてくれます。
事実、SBI証券が、株式売買手数料を従来よりも大幅に下げても、既得権益を持つ勢力に負けなかったのは、大勢のお客様が味方になり、SBI証券を選んでくださったからです。逆にいえば、『天下を取りたい』『大儲けをしたい』というような自分中心の考えが少しでも見え隠れすれば、誰も味方になってはくれないでしょう」
先見性をもってスピーディーに事業を展開することも大切だが、その一方で肝に銘じなければいけないことがある、と北尾氏は言う。それは、「『正しい倫理的価値観』をもって、事業に臨むこと」だ。
SBIグループの経営理念でも、「法律に触れないか」「儲かるか」ではなく、それをすることが社会正義に照らして正しいかどうかを判断基準として事業を行うことを、いの一番に述べている。
「先見性といっても、『自分が儲けるための先見性』では、他人に迷惑をかけることがあります。『世のため人のためになる先見性』でなければいけません。『こんなことをしたら、こんな悪いことが起こる』ということが想像できなければいけないのです」
しかし、金融の世界には、残念ながら、自分さえ儲けたら良いという、倫理的価値観の欠如した人が少なくない、と北尾氏は言う。
「そんな人たちの巣窟といえるのが、昨今の仮想通貨の業界といえるでしょう。仮想通貨や中核技術のブロックチェーン自体は、大きな可能性を秘めており、決して害悪をもたらすものではありません。儲けることしか考えていない企業が多いから、不祥事が起きるのです。
約580憶円相当の仮想通貨が流出したコインチェックの事件も、儲けや集客を重視し、セキュリティ対策をないがしろにした結果として、起こるべくして起こった事件だといえるでしょう。また、取引所大手で、本人確認が完全には済んでいないのに、仮想通貨の売買取引ができることが判明した事例もありましたが、これも言語道断です。マネーロンダリングなどの犯罪に悪用されてもおかしくありません。
『春秋左氏伝』に『義は利の本なり』という言葉があります。これは、利益は正しいことをした結果として伴うという意味ですが、仮想通貨の業界においてもこういった精神を重要視していかなければなりません」
SBIグループも、2018年6月からSBIバーチャル・カレンシーズにおいて一部の顧客を対象に仮想通貨の現物取引サービス「VCTRADE」の提供を開始した。
警備サービスで国内首位のセコムのグループ会社であるセコムトラストシステムズとウォレットのセキュリティに関して提携し、万全の安全対策を講じると同時に、SBIジャパンネクスト証券で運用実績がある米NASDAQの取引システムを利用し、世界最高水準の取引環境を整えた。しかも、スプレッド(買値と売値の差額)は「業界最低水準」をうたう。
「ただ、自社のサービスだけきちんとしたものを提供すればいいというものではありません。他の会社のサービスで損をする人が続出すれば、投資家も離散してしまうし、政府の規制がかかって、業界全体の成長の芽を摘んでしまうことになります。
弊社は、以前、外国為替証拠金取引でも自主規制団体の立ち上げに尽力しましたが、仮想通貨でも、業界全体を立て直すことをしなければならないと考えています。僕ももう67歳ですから、世直しをしていく年齢ですよ」
北尾氏は、このような経営者の「志念」を、社員と共有することが重要だと考えている。
「『志念』とは単に志といってもよいでしょう。僕が死んだら、次の世代の人がその志をもって頑張る。そして、さらに次の世代へと志を受け継いでいく。そうすることで、この会社は未来につながっていきます。野心だけでは、一代で終わってしまいます」
志念を全社員に伝えるために、北尾氏は、会社が大きくなった今でも、欠かさないことがある。それは、新入社員を採用する際に、必ず自身で面接を行うことだ。SBIホールディングスで一括して人材を採用し、グループ会社に配属する形を取るという。
「さらに、採用した新入社員には、1年間にわたって、倫理的価値観、経営や経済、そして新技術などをテーマにした様々な小論文を課しています。そうやって、SBIの企業文化に慣らしていくわけです。
弊社は中途採用の従業員も多いため、企業文化の担い手となる人がいないと、てんでバラバラになってしまいます。だからこそ、一括で採用をして、志念を共にする社員を育てています」
北尾氏の志念を受け継ぐ人材は着実に育っているようだ。彼らと共に、北尾氏は、「フィンテック2.0」の未来へと邁進している。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美