スーパーCEO列伝
freee株式会社
CEO
佐々木 大輔
文/杉山 直隆 写真/宮下 潤 | 2020.02.10
freee株式会社 CEO 佐々木 大輔(ささき だいすけ)
1980年生まれ。一橋大学商学部卒。専攻はデータサイエンス。博報堂、投資ファンドのCLSAキャピタルパートナーズにて投資アナリストを経て、レコメンドエンジンのスタートアップであるALBERTにてCFOと新規レコメンドエンジンの開発を兼任。その後、Googleに転職し、日本およびアジア・パシフィック地域での中小企業向けのマーケティングチームを統括。2012年7月freee株式会社を設立。日経ビジネス 2013年日本のイノベーター30人/2014年日本の主役100人/Forbes JAPAN 「日本の起業家ランキング 2016」BEST10に選出。
複数のベンチャー企業が東証マザーズに新規上場した2019年12月。とりわけfreeeのIPOは大きな話題を呼んだ。2019年唯一の「グローバルオファリング」だったからだ。
グローバルオファリングとは、国内と同時に海外の投資家にも株式を売り出すこと。一般的に日本企業のIPOは国内だけに株式を売り出すことが多いが、freeeはあえて海外に、しかも株全体の7割を海外投資家に向けて売り出した。
海外からの評価が低ければ低調な結果に終わるリスクもあったが、賭けは成功した。初日の終値の時価総額は1259億円と、2019年のIPOで2番目の規模。株価は上がり続け、時価総額はマザーズ全体で4位の位置につける(2020年1月末現在)。
「賭け……というより合理的な判断でした。すでにSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)が活発な海外の方が当社のポテンシャルをしっかり評価いただけると読んだ。freeeはテクノロジーの活用が進んでいない日本において、差別化されたスモールビジネス向け業務アプリケーションを広めていこうとしています。その伸びしろを評価していただけた」とCEOの佐々木大輔氏は分析する。
クラウド会計「freee」について少し解説しよう。「freee」はダウンロードやインストールしなくても使える、クラウド型の業務アプリケーション(SaaS)だ。
2013年にリリースされたときは会計機能のみだったが、現在では人事労務や会社設立、マイナンバー管理などの機能もある。現在では16万社以上の有料ユーザーが利用し、クラウド会計ソフトにおいて国内シェアナンバーワンの座を獲得している。
ライバルも多いなか、なぜトップシェアを獲得できたのか。最大の理由は、経理の自動化・効率化を実現したことだ。
従来の経理業務は、帳簿を作成するときに、請求書や領収書を見ながら担当者が会計ソフトに手入力していた。非常に面倒な作業であり、特に人手の少ない中小企業では大きな悩みのタネだった。
しかし「freee」を使えば、その作業がほとんどなくなる。銀行口座やクレジットカードの出入金は自動でデータを取り込め、仕訳もAIが自動的にしてくれる。スマホアプリを使えば、領収証をカメラで撮るだけで自動的に帳簿へ。請求書も「freee」で作れば、そのまま帳簿に記録される。
「つまり『freee』を使って日々の業務を回すだけで、自動的に帳簿がつけられる。経理業務が劇的に効率化できます。実は世界的に見ればスタンダードな機能ですが、日本だとここまで自動でできるのは『freee』しかありません。そこがユーザーや投資家から高く評価いただけました」
佐々木代表が「freee」のアイデアを考案し、プロトタイプを自らつくり上げたのは起業する前、Googleに勤めていたときだ。Googleには2008年に入社。日本の中小企業向けのマーケティング業務を担当した後、アジア地域の統括責任者をしていた。
そこで中小企業と仕事するなかで、「日本のスモールビジネスにテクノロジーの導入が進んでいないこと」に危機感を持った。また、諸外国と比べて、日本の開業率の低さも課題に感じていたという。
「そうした現状を見ているうちに、『テクノロジーの力で、中小企業の経営者を応援する事業ができないか』と考えるようになりました。実家が祖父の代から続く美容院で、煩雑な雑務を見ていたことも中小企業を応援しようと思った理由のひとつです」
個性的なスモールビジネスがたくさん活躍するようになれば、日本のビジネスをアップデートできるという思いもあった。
「スモールビジネスは、大胆にスピード感を持ってアイデアを具現化できる。そのため、大企業よりもイノベーションを起こしやすいという強みがあるんです。創造性のあるスモールビジネスがたくさん生まれれば、大企業に刺激を与えることができ、世の中に新たなムーブメントを起こせるはず。
しかし今の日本では、スモールビジネスではなく大企業がビジネスの主役にいます。世の中を変えるには、そうしたパワーバランスを変えなくてはならない。そのためにもスモールビジネスの労働環境を魅力的にしなくては、と考えました」
では、どうすればスモールビジネスを支援できるのか? 効率化のセンターピンは? 探るなかで目をつけたのが、会計ソフトだった。
佐々木氏は、Googleに入る前に、レコメンドエンジンを手がけるALBERT(アルベルト)でCFO(最高財務責任者)をしていた。当時、領収書や請求書などを経理担当者が手入力をするのを見て、その効率の悪さに愕然としていたという。ここにヒントを見出した。コストをかけず、この手間を無くせれば、スモールビジネスの現場を大幅に効率化できるはず――。
「そこで行き着いたのが、自動で記帳できる会計ソフトを中小企業に導入できれば、人間にしかできない創造的な仕事に時間をかけられる、という着想でした。スモールビジネスの根幹を大きく変えられると確信しました」
ところが……。
『新しいソフトなんていらない。今のままでいい』
『会計ソフト業界は30年も変わっていないから、いきなり新しいものをつくるのは無謀だ』
クラウド会計ソフトの構想を周囲に話すと、当初は否定的な声ばかり浴びせられた。しかし佐々木代表は「必ず受け入れられる」と信じ、開発を続けたという。
結果は周知のとおりだ。2013年にリリースすると、社員3人でつくったソフトがわずか2カ月で4400社に導入された。「こういうサービスを待っていた!」と使ったユーザーがSNSで発信し、多くの賛同者が集まったのだ。その後も右肩上がりにユーザーが増加。佐々木代表の考えは間違っていなかったと証明されたのである。
『スモールビジネスを、世界の主役に。』
このミッションを実現するために、佐々木代表は早い段階から、会計ソフトだけにとどまらない、次の展開を見据えていた。freeeが目指すビジョンとはどんなものか。
「それは、『アイデアやパッションやスキルがあればだれでも、ビジネスを強くスマートに育てられるプラットフォーム』を構築することです」
そうなるためには、3段階のステップが必要だと、佐々木代表は考える。
まず第1のステップは「社内のバックオフィス業務を効率化する」ことだ。バックオフィス業務は、会計以外にも、勤怠管理や給与計算、総務など、さまざまな仕事がある。「freee」はすでに会計分野以外のバックオフィス業務を効率化するサービスを提供している。給与計算や勤怠管理などができる「人事労務freee」や、会社設立登記をする際に必要な書類を無料で作成できる「会社設立freee」などは、その例だ。
第2ステップは「会社間の取引を効率化する」こと。
「例えば、商品の購入や原材料の仕入れをするとき。見積書や発注書、請求書などを作成して、取引先に送り、承認を待って……というのは非常に手間と時間がかかります。これをクラウド上ですべて作成し、取引先はワンクリックでこれを承認できる。そんな仕組みを始めています。将来的には、さらに自動発注なども考えられます。『freee』のプラットフォームを使うと、こうしたやり取りが簡単になるのです」
さらに第3のステップは「経営の意思決定をサポートする」ことだ。
「単に意思決定に関するデータを提供するのではありません。『人工知能CFO』が会計データを分析し、次はどのような手を打つべきかを、経営陣に提案するのです」
現時点でも「資金繰り改善ナビ」という機能があり、近い将来の資金の残高予測や、それを踏まえた資金調達手段の提案は行っている。「人工知能CFO」はこうした機能をより高度化した存在と考えればいい。
こうして「freee」のプラットフォームを数十万社に及ぶユーザーが利用すれば、膨大な会計データが蓄積されていく。そのデータを基に提案を積み重ねていけば、それが正しかったかどうか、実戦で得た知見も蓄積され、提案の精度はどんどん高まっていくだろう。スモールビジネスの経営者にとっては、非常に頼りになる存在になるはずだ。
「スモールビジネスで優秀な管理部門を揃えるのは難しいことですが、このようなプラットフォームをつくることができれば、ほとんどの管理部門の業務はソフトウェアとAIでカバーできます。そうすれば、人間は人間にしかできない仕事に注力でき、誰でも自分が思い描いたビジネスをつくっていけるはずです」
究極は高い精度で経営判断をする「人工知能CFO」の誕生か。いちいち指示しなくても、自分で判断し、必要なときに必要なだけの資金を調達してくれる……。そんなことが可能になれば、スモールビジネスに挑戦したいと考える人は飛躍的に増えるだろう。日本の経済、社会は間違いなくアップデートされる。
このような「誰でも、ビジネスを強くスマートに育てられるプラットフォーム」を構築するには、多くの企業にプラットフォームを活用してもらうことが欠かせない。
すでに行っているのは、異業種とパートナーシップを組み、新しいサービスを提供することだ。その一例が、地方銀行との業務提携。銀行の顧客企業が「freee」を利用することで、業務効率の改善が図られるだけでなく、融資を求める際に銀行へデータを簡単に送れるようになり、手続きの簡略化や審査のスピード化が図られる。「freee」を通して業績を共有することで迅速な経営支援も実現できる。
「金融機関がスモールビジネスへの融資に消極的だった理由は、融資額が小さい割に審査や手続きが煩雑だったから。しかし『freee』を介することでリスクも手間もぐっと減り、少額融資に積極的になるはずです。今まで埋められていなかった需要と供給のギャップが埋められます」
沖縄銀行との創業支援を目的とした業務提携(2017年8月)
鳥取銀行とのIT導入支援コンサルティングチーム立ち上げ(2018年5月)
サードパーティに、freeeのプラットフォームを使ったアプリを開発してもらうことも視野に入れている。2013年1月に会計ソフトでは国内初となるパブリックAPIを公開したのは、それを狙っているからだ。
「流通や物流などがfreeeのプラットフォームに乗ってアプリを開発すれば、『資金や在庫をチェックして、原料を自動的に発注する』ような、大企業では当たり前に自動化されていることが、スモールビジネスでもできるようになる。近い将来は、そこまでオープンなAPIとして進化させていきたい」
そうなれば、CFOどころかAIが経営判断を下すところまでフォローするSaaSが生まれるかもしれない。スモールビジネスはさらに強固になり、ポテンシャルは無限大に広がっていく。それでいて人間は、人間にしかできない創造的な仕事にますます専念できるようになる。佐々木代表が描くのは、そんな未来像だ。
当初3人で始まったfreeeは、現在では社員が400人を超える大所帯になった。前述のミッションやビジョンを実現するためには、佐々木代表のカリスマ性に頼るだけでなく、チームビルディングも不可欠だ。佐々木代表はどのような施策をしているのだろうか。
「ミッションの実現に向かうためには、当社のカルチャーに対して、矛盾の無い仕事の進め方をしていくことが大切だと考えています。そこで、会社のカルチャーを社員全員で議論することに多くのコストと時間を割いています」
【合わせて読みたい】»「マジ価値」のもとではみんなが対等。freeeはなぜカルチャーを大切にするのか?
同社には「マジ価値」や「理想ドリブン」といった独特な価値基準がある。このような抽象的な考えに対し、徹底的に話し合う時間を設けている。小グループに分けて全員で議論するので、非常に時間がかかるという。
「社外の人から見れば、『ムダなことをしている』と感じるかもしれません。しかし、このようなカルチャーの部分をないがしろにしていては、自分たちの本質を見失いかねません。売上が伸びているときほど、そうなりがちです。それではチームは成果を出す前にバラバラになってしまいますから」
ユーザーに「効率化できる業務は効率化して、人間にしかできない仕事をしよう」と提案しているが、「freeeは、そのことを最も体現している会社でありたい」と佐々木代表は語る。
「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションを掲げているが、当面は日本市場に注力していくと佐々木代表。日本におけるクラウド会計ソフトの利用率は、主要な「弥生会計 オンライン」「マネーフォワード クラウド会計」等の他社製品を含めても14%。伸びしろしかない。
「少し前までは、スモールビジネスの現場では『手作業で何とかしよう』という風潮が主流でしたが、労働人口が本格的に減少し始めたことで、『手作業なんて言っていたら皆やめてしまう。人がやるべきことだけに集中しないと、良い会社はつくれない』というように変わってきているようです。当社にとっては追い風が吹いていると感じます」
人口減少や製造業の競争力の低下によって、日本経済の先行きが不安視されている。しかし、業務効率化によって日本のスモールビジネスが思う存分、独創性を発揮できる環境を生み出せば、逆転のチャンスが見出せるかもしれない。
「freee」のプラットフォームは、その逆転劇を支える日本の命綱になり得る。日本の伸びしろは、まだまだ大きくできる。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美