スーパーCEO列伝

運用会社は運用の話をするな セゾン投信が『投資は自己責任で』という言葉を疑問視しているワケ

セゾン投信株式会社

代表取締役社長

中野晴啓

文/吉田祐基(ペロンパワークス) 写真/片桐 圭 | 2019.10.01

「僕らはお客様の投資姿勢にまで口を挟む。だから『投資は自己責任で』という言葉にも疑問を持っています」

こう話すセゾン投信代表の中野晴啓氏は、既存の金融業界のビジネスモデルに疑問を呈し、顧客ニーズに合った金融商品を提供すべく、2006年に同社を設立。当初はお金をたくさん持っていなくとも、30年〜40年かけて着実に資産を増やしていく「長期投資」を掲げ、投資信託の商品設計から販売・運用までを一手に担う(これを「直接販売」という)。

いわばファッション小売大手のユニクロのように、自社で作った製品を自前の店舗で販売する製造小売業のビジネスモデル(SPA)を、金融業界で体現しているといえる。

近年の金融業界では、不適切販売や不正融資が明るみとなるなど、ネガティブなニュースも多い。そのなかで同社はどのようにして企業利益だけに走らず、顧客利益も追求してきたのか。その秘密は、『投資は自己責任で』という言葉に疑問を呈する姿勢に隠されていた。

セゾン投信株式会社 代表取締役社長 中野晴啓(なかのはるひろ)

1963年東京生まれ。1987年明治大学商学部卒。同年西武クレジット(現クレディセゾン)入社。セゾングループのファイナンスカンパニーにて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、投資顧問事業を立ち上げ運用責任者としてグループ資金の運用のほか外国籍投資信託をはじめとした海外契約資産等の運用アドバイスを手がける。その後、(株)クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年セゾン投信(株)を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現させるなどにより、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。

企業利益のみを追求する姿勢に違和感

そもそも一般的な運用会社で行うのは、投資信託の商品設計(投資対象の選定や運用など)のみ。一般の人への販売は証券会社や銀行など、販売会社を通じて行う。しかし同社では、商品設計のみならず販売までを自社で行っている。

販売までを自社で行うことで、販売会社に支払う手数料が抑えられる。そのため販売手数料無料で、なおかつ投資信託を保有している間にかかる手数料が低い商品を提供できるわけだ。投資信託を購入する側は、販売会社に支払う分の余計な手数料を、支払う必要がなくなる。

投資信託の販売は販売会社を介すのが一般的であるのに対し、セゾン投信は運用会社と販売会社の2つの機能を有している。

一方でセゾン投信のようなビジネスモデルを展開する会社(運用会社のなかでも独立系と呼ばれる)は、2000年代当時はもちろん、現在でも日本ではまだまだ一般的ではないのが現状。

にも関わらず中野氏は、なぜセゾン投信を設立しようと考えたのか。

それは自身がセゾングループで資産運用業務を行うなかで、覚えた違和感がはじまりだった。

投資信託はこれまで既存の販売会社を経由して、売ってもらうことが当たり前でした。でも販売会社は『長期で増やしましょう』という売り方はしてくれない。私がセゾングループで資産運用業務を行っていた当時は、6ヵ月ごとに違う商品への乗り換えを進めて売るのが当たり前だったわけです。

そうすると販売会社は、余分に販売手数料を稼げますからね。つまり顧客の利益よりも企業側の利益を追求することが当たり前だったわけです。そういった環境で、じっくり腰を据えて資産形成を行うというのは、実質不可能でした(セゾン投信株式会社 中野晴啓氏、以下同)

販売会社が投資信託を売ると、顧客から販売手数料を受け取る。つまり販売会社が利益を上げるためには、可能な限り新しい商品に乗り換えてもらったほうが良いわけだ。運用会社からすると、自分たちが設計する商品を顧客に長く持っていてもらえない。それも、販売会社の都合で。

恩師の言葉が会社設立のエネルギーに

こうした既存の金融業界で感じた違和感を、セゾン投信設立へと向かわせるエネルギーに変えてくれたのが、さわかみ投信の創業者・澤上篤人社長(現会長)との出会いだった。さわかみ投信は、投資信託の商品設計から販売までを行う、独立系の先駆けともいわれる運用会社だ。中野氏は、澤上氏を「恩師」と呼ぶ。

「その当時抱えていた違和感を、澤上さんに相談しました。そしたら『今のやり方に納得できないならお前も俺と同じことをやればいいんだよ。自分たちで作って、自分たちでお客さんに手渡すしか、長期投資を実現させる方法はないんだよ』といわれたんです。この言葉に強く背中を押されましたね」

自分の違和感を拭うビジネスをすでに行っていた澤上氏からの言葉を受け、中野氏は会社設立を決めた。

社会的な意義と自分のやりたいことがマッチ

運用する側として、長期投資の有用性に気づいたのは早かった。しかし長期投資の社会的意義、つまりはどうして顧客のためになるのかという視点はもともと欠落していたという。

「今でこそ『年金が減る』『社会保障コストが増える』といわれるなかで、長期投資を通じて自助努力できる環境を作りたいという社会的な意義を認識しています。しかし最初からそう思っていたわけではありません。

もともとは自分が運用を行う側として納得できる方法でやりたいということで、販売会社を介さない長期投資を実現したかった。でもそれが生活者のためになって、世の中のためになるんだという実感を得られるようになったのは、澤上さんと対話するなかで気づけたことです」

澤上氏と対話するなかで、「直接販売を通じた長期投資」という自分がやりたいことと、世の中のニーズが重なる部分を認識できるようになった。恩師と繰り返し行った対話は、やりたいことをビジネスとして昇華させる意味でも大きかったわけだ。

「ビジネスというのは『正しい』とか『やりたい』という意識だけではなく、成立するもの(顧客に求められるもの)を作らなければビジネスたりえないという当たり前のことに気づきました。良い運用に焦点を当てるのは運用会社として当然ですが、さらに本当に世の中に求められる運用会社とは何かを考えたうえで出来たのが、いまのセゾン投信だと考えています」

セゾン投信は、2006年に設立して以来、2015年3月には黒字化を達成。運用資産総額は、2012年の500億円から2019年には2500億円と、世の中から受け入れられている証拠は数値としても表れている。

同社に集まる運用資産は、着実に右肩上がりの成長を続けている。

根底にある「主役は生活者」という意識

小売業やサービス業など、消費に関わる産業では当たり前にいわれる「ライフスタイルの提案」だが、金融業界からこの言葉を聞くのは珍しい。しかし中野氏によれば、セゾン投信でもセミナーなどを通じて、長期投資を実現することで人生がどう豊かになるのかというライフスタイルの提案まで行っている。

この考えに至る理由は、中野氏がもともとセゾングループにいたことを思えば納得できる。

無印良品、パルコ、西武百貨店、さらにはファミリーマートなど、これらはもともと同じグループに属していたことは知っているだろうか。

そのグループというのが、セゾングループだ。

創業者の堤清二氏は、今でこそ当たり前に語られている「商品を売るのではなく、ライフスタイルを売る」という方向性を、早くから示していた人として知られる。

そして前述した一連の企業群が、事業や広告を通じて世の中に発信していた文化は「セゾン文化」とも呼ばれている。

同グループで築き上げられてきた文化は、セゾン投信にも受け継がれていた。

「僕はセゾングループの創業者でもある堤清二さんと、直接働いていた最後の世代なんです。それでセゾン投信を創業した直後も、『このたび設立した会社はこういうビジネスモデルで、生活者はこういう恩恵を受けられる』ということを説明しに行きました。すると一言、『中野くん、本当にセゾングループらしい会社を作ってくれたね』といわれたんです。

セゾングループらしい会社とは、『主役は生活者』を体現している会社です。消費者の豊かな生活が実現されることで、結果的にその消費者が先導する社会が豊かになる。これを徹底して支えていくというのが、セゾングループの使命でした。なので、セゾングループらしいと言われたときに感動したことは、今でも思い出します」

セゾングループらしさを体現させている手段の1つが、冒頭で説明した直接販売だろう。さらに顧客が資産を増やして豊かな生活を手に入れるために、金融機関に行くと必ずいわれる「投資は自己責任で」という言葉にも疑問を呈している。

「自己責任という言葉で突き放している限り、お客様は自分の持っている投資信託がちょっと値上がりしたり、値下がりしたりしてしまったら売ってしまう。それだと、私たちが本当に実現してもらいたい長期投資は難しくなります。なのでとことん長く保有してもらって、自分が納得できる資産運用の成果を享受していただくためにも、お客様の投資姿勢に踏み込んだ話をします」

こういった同社の姿勢は、セゾングループから来ている部分もあるが、澤上氏からの教えも大きい。

「澤上さんからよくいわれたのが『お前は、運用の話をするなよ』ということ。ものすごく不思議ですよね。『運用会社の人間が運用を語るな』って。

つまり運用を語ってしまうと、その話に食いついてきたお客様は、運用にしか興味がなくなるわけです。あの会社は運用が上手いとか、下手だというふうに。でもお客様にとって本来の目的は、運用の上手い下手を見極めることではありません。最終的に、自分の人生を豊かにするための資産を育むことですよね。

なので普通の運用会社は商品の良さを伝えるところを、僕たちはお客様の投資に対する姿勢にも口を挟ませていただきます。一般的な金融機関が、『こんな商品があって、これぐらい値上がりしますよ』といったことを提案するやり方とは、違うわけです」

現在でも、中野氏自らが全国を回り、投資やお金との向き合い方に関するセミナーを精力的に開催している。

セゾン投信の公式サイトでは、各都道府県で開催されるセミナーの日程を公開。さらに遠方で足が運べない人のために、オンラインセミナーも定期的に実施している。

信頼されるメディアに代弁してもらう

セゾン投信では、長期投資をはじめとした投資やお金との向き合い方を一般の人に広く知ってもらうために、メディアの活用にも力を入れている。

ラジオ局のJ-WAVEが開局から深く関わるなど、ネットでの発信が一般的ではない時代から、情報発信を大切にしてきたセゾングループの戦略とも似ている。

 

「僕1人が語るには、届く範囲に限界があります。しかし当然ですがメディアを通すと、多くの人に伝わります。

今だとネットで発信するのが当たり前です。ただ情報に触れる手段はネットになりつつありますが、やはり信頼の元となっているのは、各メディアなんです。ネットで発信することが大事なのではなくて、信頼のおけるメディアに代弁してもらうこと。すると、自分たちの伝えたいことはより一般の方に伝わりやすくなるのではないかと思いますね。

なので実際に伝える役目を担うメディアの記者さんに対しても、私たちの姿勢に共感していただくために、質問される以上のことを伝えることは心がけてきました」

既存の金融業界の在り方に疑問を感じ、世の中にとって正しいアプローチを進めるセゾン投信。直接販売を行う運用会社は、まだまだ業界全体におけるシェアは少ない。しかし5年、10年後とお金の流れが変わってきたときに、セゾン投信を信じてついてきたことを誇りに思う人は多いのだろう。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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