スーパーCEO列伝

【特集】株式会社一家ダイニングプロジェクト Key person

「率先垂範」と「サイエンス」で現場から「一家」を支え続ける

写真/高橋郁子 文/長谷川 敦 | 2018.04.10

2017年で20周年を迎えた、外食・ブライダル事業を手がける一家ダイニングプロジェクトは、2003年に初めて新卒社員を5人採用した。うち2人が今も幹部社員として残る。「一家」を支え続けるその2人に、奮闘の歴史を伺った。

経営危機に瀕していたときに現れた2人のキーパーソン

一家ダイニングプロジェクトにとって2003年は転機の年だった。初の新卒採用で5人の新入社員が入社してきたからだ。

もっとも、この時期会社は、売上の低迷によって深刻な経営危機に直面していた。採用準備を始めた2001年までは飛ぶ鳥を落とす勢い。だからこそ、新卒採用に踏み切ったのだが、2002年夏の日韓ワールドカップを境に客足が遠のき、売上利益が大幅に下がっていた。

当時20代半ばだった武長社長は、苦渋の決断をする。売上を少しでも確保するため、店舗の週末の営業時間を朝5時にまで延長。一方で支出を抑えるために社会保険から脱退することにしたのだ。

こうした労務環境の悪化により、5人いた新入社員は、1年半後にはそのうちの3人が会社を去っていた。

残ったのは、現在、執行役員 店舗開発部長を務めている渡邉桂一氏と、執行役員 ブライダル事業部長を務める鈴木大輔氏だけ。そしてこの2人が、その後の会社の成長を支えるキーパーソンとなる――。

執行役員 店舗開発部長
渡邊桂一(わたなべ けいいち)

1979年、千葉市生まれ。2003年、杏林大学社会科学部卒業。一家ダイニングプロジェクト入社。「こだわりもん一家津田沼店」ホールに配属。04年、「こだわりもん一家本八幡店」主任就任。05年「こだわりもん一家柏店」店長就任。07年新業態「大漁一家」開発。13年営業開発部・店舗開発担当就任などを経て、15年、執行役員 店舗開発部長となり、現職。

執行役員 ブライダル事業部長
鈴木大輔(すずき だいすけ)

1981年、栃木県宇都宮市生まれ。2003年、日本大学生物資源科学部卒業。一家ダイニングプロジェクト入社。「こだわりもん一家柏店」キッチン配属。04年、料理長に。2006年4月、スーパーバイザー兼フードプロデューサー就任。12年、「The Place of Tokyo」グランシェフ就任・15年、執行役員 ブライダル事業部長となり、「The Place of Tokyo」ゼネラルマネージャー就任(現任)。

「第二の我が家」を徹底して追求した

「入社直後から『早く先輩たちを抜き、自分たちで店を切り盛りしたい』。いつもそう考えていましたね」と渡邉氏は振り返る。

渡邉氏も鈴木氏も初めて、しっかりとした経営理念を打ち出した上で採用されたメンバー。つまり、会社の経営理念や「第二の我が家」という「こだわりもん一家」のコンセプトに初めから強く共感して入社した最初の人材だ。裏返すと、すでにいた先輩社員との間には、大いに温度差があったわけだ。

先輩たちの多くは、旧来の外食産業のスタイルのまま働いていた。これまで勤めてきた店舗でのやり方を通すことにこだわり、武長社長の言葉に対しても「そんなことをやっても意味が無い」「俺はそういう料理はつくりたくない」と平気で逆らう。勤務態度も決して良好とはいえなかった。

鈴木氏は「一家にはせっかく良いコンセプトがあるのに、徹底できていないから何とかしたい」と感じていた。加えて渡邉氏は「そもそも自分も大輔も、熱い思いを持っていてギラギラしていたから、改革の機運に燃えていましたしね」と語る。

武長社長もそんな2人に期待を寄せた。入社2年目にして柏店の店長に渡邉氏を、料理長に鈴木氏を抜擢したのだ。

当時柏店は、5店舗あった「こだわりもん一家」の中でも、ことさら売上が落ち込んでいた。挽回を図るために、渡邉氏が講じた方策は特別なことではない。前述したように、「第二の我が家」というコンセプトを徹底させることにした。

どうやるか。手法は明解だった。
自ら先頭に立つ「率先垂範(そっせんすいはん)」だ。

共鳴した人間だけが残っていけばいい

客にとって「第二の我が家」とは、また帰って来たくなるお店ということだ。そこで渡邉氏は頻繁にフロアに出て、次に来た時に、必ず気づけるように、まずはお客様の顔と名前も覚えることに力を注いだ。

そして客のことをよく知り、「○○さんはお魚が好きですよね。今日は活きのいい魚が入っていますよ」などと言える関係をつくっていった。味の好みや会話の好みを理解した渡邊氏のスタイルに、じわじわと常連客がついた。

同じことをアルバイトスタッフ、すべてにも浸透させる必要があった。背中を見せれば、見よう見まねで覚えるものだ。ホスピタリティのあるアルバイトは、客との接点が増え、喜んでもらう機会が増えた。

「もっとお客様に楽しんでもらうためには……」。自分の頭でサーブを考え、仕事に楽しさとやりがいを感じるようになった。すると、定着率が自然と高まっていった。

「もちろん、このやり方に合わないアルバイトの人は離れていきました。けれど、それが自然だと思う。本心でおもてなしができない人に、無理強いしたら、お互いに不幸だし、お客様にも伝わりますからね」(渡邉氏)

一方、柏店の料理長を任されていた鈴木氏は、ホールとキッチンの“壁”を取り払うことに心を砕いていた。

多くの飲食店でよくあることだが、「こだわりもん一家」でもベテランの調理人が顔を利かせた。ホールで客と直接接するスタッフより、キッチンにいる調理人の方が偉くなってしまい、結果、サービスの質が低下していたのだ。

「ホールスタッフがお客様からの要望を受けて、『このメニューを3つに切り分けてほしいとオーダーが入ってます』とキッチンに伝えても、『無理だ』『メニューに無い』と突っぱねられたり(苦笑)。しかしホールとキッチンが一体となっていなければ、お客様をおもてなしすることなんてできないんですよ」(鈴木氏)

最も重視する指標は「リピート数」

ここでも武器は率先垂範だった。

鈴木氏自らが料理長になってからは、ホールのスタッフと協力しながら、できる限り客の要望に応えることにした。例えば客が『卵料理は無いのかな?』と話しているのをホールがキャッチしたら、メニューには無くても、すぐに出汁巻き卵をつくって提供する。『お客様が望むもの、食べたいと思うものをつくる』を、キッチン部隊のポリシーにしたのだ。

こうして客にとって「こだわりもん一家柏店」は、自分のことをよく知っているスタッフが、食べたいものをいつでも提供してくれる居心地の空間になっていった。売上も急回復。売上・利益で他店を圧倒する存在になっていた。

しかし、渡邉氏がこの当時から意識していのはリピート数だった。すでに導入されながら廃れていた会員制ポイントカードを積極的に展開。少しでもリピーターを増やす呼び水にすると同時に、明確なリピーター数を“見える化”することを店のKPI(重要業績評価指標)とした。

渡邉氏は、「うちは会員ビジネスなんです」と言い切る。会員になってもらえば、客は「じゃあ、もう1回あの店にいってみようかな」と思う。そして再来店したときに、期待を裏切らないサービスを提供することで、リピーター客として定着する。

「“帰ってきたくなる我が家”ということですからね。これが『こだわりもん一家』であれ、『博多劇場』であれ、業態が変わっても私たちの根っこなんですよ。つまり理念とつながった私たちの現場のスタイル」(渡邉氏)

渡邉氏はいま経営幹部として、スタッフに対して「月々の売上に一喜一憂することよりも、会員の増加数のほうが大事」と徹底して教育しているという。

明確に、力強く語る渡邊氏。武長社長がマザーズ上場を目指すことを最初に打ち明けたのも彼だった。

居酒屋出身だからこそできるサービスとは何か

一家ダイニングプロジェクトは、2012年にブライダル事業に進出。東京都港区にブライダル施設「The Place of Tokyo」をオープンさせた。

この時、グランシェフ(総料理長)に任命されたのは渡邉氏の同期で、「こだわりもん一家柏店」で料理長を経験、その後、同社の居酒屋部門のフードプロデューサーを務めていた鈴木氏だった。

居酒屋の料理長だった人物を、ブライダル施設のグランシェフに据える。かなり異例の人事といえる。通常はブライダルの経験者を新たに外部から招くという選択をするものだが武長社長は、自社スタッフでやり抜くことにこだわった。

結論から言えば、その選択は大正解だった。鈴木氏は、まずは三重県や長野県のブライダル施設で、婚礼料理のメニューや調理方法、現場のオペレーションなどを短期間で徹底的に学んだ。

その上で考えたのは「居酒屋を運営してきた自分たちだからこそ提供できる空間、料理とは何だろう?」ということ。答えはひとつしかなかった。柏店の料理長時代から大切にしてきた「お客様が望むもの、本当に食べたいと思えるものを、リラックスした雰囲気の中で食べていただこう」ということだった。

例えば結婚式には高齢の参列者も多い。そこで彼らが普段から慣れ親しんでいる和の調味料を中心に用い、フォークやナイフではなく、箸でも食べられる料理をつくることにした。披露宴の食事で「アツアツのものを出す」というのも居酒屋時代のおもてなしの感覚から採用されたものだ。

「そしてもちろん、キッチンもホールもスタッフの関係はフラット。ホールのスタッフがお客様のニーズやウォンツを拾ったら、キッチンでできるだけ対応するのも居酒屋と変わりません。サービスやおもてなしの根っこは同じです」(鈴木氏)

理系の感覚でクリエイティブな料理を創出する鈴木氏。

ただし、ブライダルという居酒屋とは違う条件を踏まえて、鈴木氏が「The Place of Tokyo」の食事取り入れたコンセプトがある。「サイエンス」だ。

15種もの食感を楽しめる料理を前菜に出す理由

結婚式の料理は、普段の食事時間とは異なる時間帯に出され、参列者はあまり食欲が無い中で食べることも多い。そこで前菜には、食感の異なる15種類の食材を取り入れることにした。様々な食感の食材を口の中に入れることで食欲中枢を刺激し、食欲が起きてきたなかでおいしく食べてもらうのが狙いだという。

「実は大学時代、食品科学や生物の勉強をしていました。その経験を生かし、少し大げさにいえばサイエンスの知見も取り入れました(笑)」(鈴木氏)

また「The Place of Tokyo」では、料理の塩分濃度を基本的にすべて0.8%に設定している。人間の体内の塩分濃度がちょうど0.8%なので、この濃度が一番食材をおいしく味わえるとされているからだ。

同社がブライダル事業に進出した頃、「居酒屋に結婚式ができるわけがない」という声も多く聞かれた。「でもそれは違う」と鈴木氏は話す。

「居酒屋もブライダル事業も、大切にすべきことは同じです。むしろ居酒屋出身者の私たちだからこそ、お客様に対して細かい心配りやおもてなしができる部分があると思っています」(鈴木氏)

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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