スーパーCEO列伝

【ココロオドル働く仲間の集め方】会社訪問サービス「Wantedly Visit」がミレニアル世代の価値観に刺さる理由

ウォンテッドリー株式会社

代表取締役CEO

仲 暁子

文/田嶋章博 写真/宮下 潤 | 2019.02.12

仲暁子のポートレート
求人情報の紹介に使われるビジネスSNSだが、雇用条件の記載はほぼない。そんな斬新なフォーマットを引っさげ、利用者数を大きく伸ばしている会社訪問サービス「Wantedly Visit(ウォンテッドリー ビジット)」。これを手がけるウォンテッドリー株式会社のCEO・仲暁子氏は、1984年生まれのいわゆるミレニアル世代だ。そして個人登録者も、約8割がミレニアル世代。同サービス成功の軌跡をたどることで、ミレニアル人材獲得のコツに迫った。

ウォンテッドリー株式会社 代表取締役CEO 仲 暁子(なか あきこ)

1984年生まれ。京都大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。退職後、Facebook Japanに初期メンバーとして参画。2010年9月、現ウォンテッドリーを設立。ビジネスSNS「Wantedly」を開発し、2012年2月にサービスを公式リリース。2017年マザーズ上場。現在は、シンガポール、ドイツなど海外でも展開する。

今の求人情報には報酬条件よりも
共感できる価値観の方が重要

会社訪問サービス「Wantedly Visit」は“Facebookなどと連携し個人のつながりを生かしながら、求人する企業と、仕事を探す人をマッチングするSNS”だ。仕事を探す人は無料で利用ができ、求人情報を掲載する企業はSaaS(ユーザー側がカスタマイズして使うソフトウェア)として活用。自社の情報やコンテンツを発信し、定額の料金を払う(オプションプランもあり)というビジネスモデルである。

このサービスを運営するウォンテッドリー社がミッションとして掲げるのが、以下の言葉だ。そしてこの言葉こそが、価値観の違いなどからいま多くの企業が採用に苦労している「ミレニアル人材」獲得の大きなカギともなってくる。

「シゴトでココロオドル人をふやす」  

この言葉を象徴するサービス設計がある。求人情報を紹介するページに、報酬などの条件がほぼ書かれていないのだ。従来であれば、「月給◯◯万円〜□□万円」「賞与/あり 昇給/あり」「完全週休2日制」などと給与や福利厚生などが明記されている。しかし「Wantedly Visit」にはそれらを書く欄があえて設けられていない。

「ミレニアル世代の特徴のひとつが、お金が仕事を選ぶ動機になりにくいことです。それは生まれたときからお金やモノに満たされている、平均所得の高い国の若者によく見られる傾向。まさに日本もそうなっていますよね。無論報酬も大事ですが、もはやそれだけが仕事選びの決定要因にはならないのかなと考え、あえて外しました」

そう答えるのは、ウォンテッドリー社を率いる気鋭の起業家・仲暁子氏。では、ミレニアル世代は何を重視するのか? それは仕事の意義や企業のビジョン、価値観に共感できるか、だと彼女は言う。

「要は“心の充足”の部分です」


◆ミレニアル世代とは?

ミレニアルとは「千年紀の」という意味。そこから転じてミレニアル世代は、2000年代に成人になった世代のことを指す。諸説あるが、1982年以降に生まれた、現在の20~30代がこれにあたる。そもそもアメリカで言われ始めた世代区分で、日本だと「ゆとり世代」「さとり世代」とニュアンスが近い。デジタルネイティブとも重なり、「所有よりシェアを好む」「コスパ重視」「『何のために』を気にする」などの特徴があるとされる。


 

“結婚前のデート”で
採用活動のミスマッチを防ぐ

「Wantedly Visit」では、雇用条件の欄を設けないかわりに、「なぜやるのか」(Why)、「どうやっているのか」(How)、「何をやるのか」(What)を、企業側が明確に記すのがルールになっている。企業の理念や思い、考え方を求職者にしっかり伝え、根っこの部分で「共感」を図れるように設計されているのだ。

そしてもうひとつ「Wantedly Visit」の大きな特徴が、人と企業がカジュアルに出会える仕組みが設定されていることだろう。ユーザーは企業の募集ページを見て興味を持ったら「話を聞きに行きたい」ボタンを押すことができ、それを企業が受諾することで、面接よりもずっとカジュアルなミーティングが実現する。

「従来のようにエントリーしてすぐ面接という形では互いを理解し合うのが難しく、長い目で見ると互いに不幸せな採用も生まれがちです。だからこそ、その前の段階で“一度気軽に会う”というプロセスがとても大切だなと。これによりビジョンや価値観に共感できる相手と、逆に価値観を共有できない相手の両方が見つけやすくなります。いうなれば、結婚する前のデートですね(笑)」

企業と個人の根っこの部分を擦り合わせつつ、気軽に出会いのチャンスを増やす――。この絶妙な掛け合わせが、「Wantedly Visit」成功のカギで、ミレニアル世代に“刺さる”マッチングサービスになっている、といえそうだ。

事実、登録企業数2万4000社、月間利用者数170万人という規模にまで成長した2017年9月、ウォンテッドリーは東証マザーズに上場を果たす 。そして2018年11月には、登録企業数は3万社を突破し、月間利用者数も約240万人にまで伸びている。 

ゴールデンサークル理論を説明する画像

アメリカのプレゼンテーションプログラム「TED」にて、マーケティングの権威で、世界的な影響力を持つソートリーダー(思想的リーダー) として知られるサイモン・シネック氏が提唱したのが「ゴールデンサークル理論」だ。人は「何をするのか(What)」から先に説明されるより、「なぜそうするのか(Why)」→「どうやってするのか(How)」→「何をするのか(What)」という順番で説明される方が、心が動かされやすいという理論。「Wantedly Visit」の求人は、その順番で伝える仕様になっている。

仲代表のユニークな経歴
ゴールドマン・サックスから漫画家へ

このように事業を急成長させてきた仲代表自身も、1984年生まれのミレニアル世代である。その経歴はなかなかユニークだ。

「両親が研究者で、小さい頃からパソコンは身近にあったものの、自宅にゲーム機は置かれず、代わりに画材や工作道具を与えられていたんです。おかげで絵を描くことと、モノをつくることが好きになりましたね」

高校時代にニュージーランドへの留学を経験した後、京都大学に進学。そこで友人と小さな会社をつくり、学生向けフリーペーパーや、中小企業向けにホームページの制作を行う。卒業後はゴールドマン・サックス証券に就職。しかし、「優秀な方が多くてとても鍛えられた」ものの、1→10よりは0→1に携わりたいと、約2年で退職する。

ユニークなのは、その後、幼い頃からの夢だった「マンガ家」を目指して約1年間の修業生活に入ったこと。しかし、いくつもの賞に応募するものの、デビューには至らなかった。

ただ、「入賞しなかったマンガでも海外でなら、チャンスがあるのでは」と考え、イラスト投稿サイトを立ち上げた。

「ちょうどFacebookが日本法人を立ち上げるタイミングでした。そしてイラスト投稿サイトをつくっていたきっかけで参加したあるIT系のカンファレンスで、Facebook Japanの代表と知り合い、入社を誘われたのです」

今に続く起業のヒントはFacebookで得たものだ。ソーシャルグラフ(インターネット上での人と人との相関関係)の仕組みに、感動した。「オフラインの知り合いと、オンラインで実名でつながっていける」という信頼感を担保に、より信頼性の高い情報の流通ができる。それまでにない新しいサービスづくり、モノづくりの可能性がある、と考えたからだ。

そこでFacebook Japanを半年ほどで辞め、2010年9月に現ウォンテッドリー社を設立。そして2012年2月にビジネスSNS「Wantedly」を晴れてリリースした。

「Facebookは、人と人のつながりの情報をベースに、各ユーザーに対してログイン時に最適化された情報を表示するというサービスを提供していました。このアイデアをベースに、試行錯誤の末、現在の“つながりを生かして新しい人と出会う”という形をサービスのコアに決めました。

人づてに本やレストランの情報を紹介するのもいいけど、それ以上に人づてに人を紹介する方がより人間らしくて面白いかなと思ったのが主な理由です」

中小、地方、無名な企業にこそ
人材発掘のチャンスが

ではここからは、先に述べた「Wantedly Visit」の仕組みを通して、実際どのようにミレニアル人材にアプローチすればいいのか、仲代表の言葉を通してそのポイントを紹介する。まず重要なのが“ビジョンの言語化”だ。

「心の充足を大切にするミレニアル世代の共感を得るには、企業のビジョンや事業内容をきちんと言語化する必要があります。彼らの情報収集は多くがネット上で完結します。だからこそ、しっかり言語化したものをネットで発信する。まずはこれが前提になります」

加えて、その発信方法も大切になってくるという。

「企業のビジョンを求人情報上に一度発信するだけでは、なかなかユーザーに見てもらえません。もし見てもらっても、単発では共感を得にくいでしょう。だからこそ、ブログやSNSで自社のことを継続発信し、それを日々積み重ねておく。

ユーザーがある日ネットで検索したときに、そうしたコンテンツがちゃんと見られるというのが共感につなげる大きなポイント。情報を発信するというより、いろいろな情報をあらかじめネット上に“置いておく”イメージです」

またネットリテラシーが高いミレニアル世代にとって、表面だけ完璧につくり上げられた情報より、実態を伴った情報の方が共感はわきやすい。だから“こんなビジョンを持っています”とただ書くのではなく、具体的な施策や活動報告、社員の声などを交えて発信していくことが大切だという。

「Wantedly Visit」の募集要項ページは、上記のようなポイントをカバーした設計となっており、企業のことをしっかり言語化し、アウトプットできるようになっている。また、ブログ機能も付いており、そこで自社の様々なストーリーや働くメンバーを紹介することができる。

そしてもう一点、「Wantedly Visit」を使う際にぜひ念頭に置いておきたいことがある。それは、中小企業や知名度の無い企業にも大きなチャンスがあるということだ。

「従来の求人媒体であれば、基本的に企業が持っている予算や知名度によって“見られる量”も決まりました。しかし、『Wantedly Visit』には“応援”という機能があり、ユーザーが企業の募集要件に共感して“応援”ボタンを押すほど、その募集要件のランキングが高まり、露出度が上がります。だからあまり知られていないマイナーな企業であっても、募集の内容によっては大きな認知を得られます。そこは他のソーシャルメディアで起こることと同じです」

実際に、「Wantedly Visit」に登録する企業は、従業員数100人以下が約7割 を占める。また、条件よりも共感が重視される同SNSのカルチャーも踏まえると、一見都市部在住やITスキルに長けたミレニアル人材とはマッチングが難しそうな、地方企業や非IT企業にもチャンスはありそうだ。

「例えば募集要項に書かれた“地方創生”や“少子高齢化対策”という理念を見て、それならぜひ地方に移り住んでお手伝いしたいです、という人が現れるかもしれません。同じように先進的なエンジニアが、そういった理念であればと、非IT企業に活躍の場を求めるかもしれません。そこは本当に切り口次第だと思います」

登録企業の業種に関しては、比較的IT系が多いが大きく突出しているわけではない。メディア、介護サービス、飲食、教育・研究、流通、小売などの企業も多く利用している。NPOや地方自治体、会計事務所、地方の製造業の募集に対するマッチング事例もある。

地方企業や中小企業が「Wantedly Visit」を通してミレニアル人材を採用し、彼らの革新的な技術や考え方と掛け合わさることで大きなイノベーションが生まれる。そんなワクワクするような展開もあり得るのだ。

仕事は面白くないと意味がない!

仲暁子のインタビュー写真

このようにミレニアル人材の獲得には、「企業のビジョンに共感してもらうこと」が大きなキモとなるが、実は仲代表がウォンテッドリー社で人員を採用する際も、この点を最も重視しているという。

「採用の際の評価項目は『スマート(頭の良さ)』『ハンブル(謙虚さ)』などいくつかありますが、中でも一番大切だと考えているのが、『ビジョンへの共感度』です。なぜなら、そこが高い人ほど、仕事へのコミット度も高く、スキルや業務の習熟が早いから。当然、成果も上がりやすいです。たとえ完璧には共感できなくても、認識している課題意識が似ているとか、同じ方向に向かって一緒に走っていけるというのが重要になります」

現在、旗艦サービスである「Wantedly Visit」だけでなく、つながり管理アプリ「Wantedly People」の方でも大きく利用者を伸ばしている。今後は両者の連携を強化し、さらなるシナジーを目指していくという。

また、地方や海外にも目を向けていて、既に国内では大阪と福岡に、海外では香港、シンガポール、ベルリンに拠点がある。ゆくゆくは月間利用者数を1億人にのせ、FacebookやTwitterのような存在にしたいという目標を仲代表は持っている。

とはいえ、「決して売上至上主義にはならない」と言う。

「短期的に売上を向上させるより、着実に良いモノをつくる方を優先しようというカルチャーが弊社には浸透しています。凄いプロダクトができれば、あとからすべてついてくる。そんな思想が強いんです。長期的な目線で、着実に世の中にインパクトを生んでいければと思っています」

そうした同社の考え方のベースにあるものこそが、冒頭で紹介した当社のミッション「シゴトでココロオドル人をふやす」だ。

「やっぱり仕事は面白くないとね、という思いが常にあります。そしてその根底にあるのが、幼い頃のモノづくりです。企業を経営するのも、私にとってはあの大好きだったモノづくりの延長なんです。だから儲かれば何でもやるというふうには私はなれない。でもつくったモノを大きく広めたい気持ちはある。だから、そこはバランスだと考えています」

ミレニアル世代の価値観をそのまま体現したような同社。この先、世界中で「シゴトでココロオドル人」をどれだけ増やしていくのだろうか。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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