スーパーCEO列伝
株式式会社アースホールディングス
代表取締役CEO
國分利治
文/長谷川 敦 写真/宮下 潤、アースHD | 2019.06.14
株式式会社アースホールディングス 代表取締役CEO 國分利治(こくぶん としはる)
1958年生まれ、福島県出身。1976年、工業高校電気科卒。新宿の美容室に就職、休みを惜しんで働き、5年後に17店舗を管理するマネージャーとなる。1989年にビックモア株式会社を設立、「EARTH」の前身となる「BE BORN」をオープン。1995年、アメリカ美容サロン視察を機に大型店舗展開へと出店戦略を切り替え大きく業績を伸ばす。1998年、葛飾区・青砥にヘアサロン「EARTH」1号店をオープン。東日本大震災をきっかけに始めた継続的な被災地へのチャリティ活動や、病気やケガで髪に悩みを抱える子どもに向けての「ヘアドネーション」など、美容室ならではの社会貢献活動にも注力。著書に『成功を引き寄せる 地道力』(扶桑社)。
アースホールディングス(アースHD)の國分利治代表といえば、フェラーリを所有し、プール付きの10億円の豪邸に住む成功経営者としてメディアで取り上げられる機会が多い人物だ。年収については「3億円」と自身が公言している。
ところがその派手なイメージとは裏腹に、実際の暮らしぶりは質素なようだ。
「僕はフェラーリを持っているけどめったに乗らないし、オフィスには毎日電車で通勤しています。タバコは50歳でやめましたし、お酒もほとんど飲みません。食事は一日1食で、缶ジュース1本すら買わず、飲み物は会社のお茶で済ましています。だから社内にいるときには、一銭も使わないんですよ。
自宅のプールだってほとんど入らないから、本当は、あそこまでやる必要はありません。それでも高級車を持ち、豪邸を建てたのは、若いスタッフに『自分もがんばって成功すれば、こんなプール付きの家に住めるかもしれない』という夢を抱いてほしかったから」(アースホールディングス國分利治代表取締役CEO、以下同)
國分代表が社会的な成功を収めながらも、意外にも質素な生活を続けている理由。それは、「これで一安心」という安堵感を一度も持ったことがないからだ。それどころか、「いつ会社が潰れてもおかしくない」という危機感は駆け出し経営者の頃と変わらず持っている。だからライフスタイルが若いときと変わらないのだという。
アースHDがフランチャイズ展開をしている美容室「EARTH(アース)」は、全国で247店舗(2019年5月)を展開、年商は180億円を超える。國分代表が目標としてきた経営者(フランチャイズオーナー)100人も、2018年に達成した。ただ、ワンブランドでは日本最大規模を誇っているが、必ずしも規模が経営の安定につながらないのが美容室業界なのだという。
「美容室業界は『人』で成り立っている世界です。お客さんは『アース』ではなく、『アース』で働く美容師についている。銀座のクラブに例えて説明するとわかりやすいでしょう。売れっ子のホステスがいたとします。その人が隣のクラブに移ったら、お客さんもみんなそちらに移りますよね。つまりお客さんは店に愛着があるわけではなくて、ホステス個人に愛着を抱いている。美容室もこれと同じです。スタッフが他店に移れば、お客さんもついていきます」
「店ではなく人に愛着を抱いている」のは、客だけではなくスタッフも同様だ。尊敬できる先輩スタッフが勤めていた店舗をやめれば、下で働いていた若いスタッフがこぞって退職するといったこともしばしば起きる。
「どんなビジネスでも『人』が要ですが、特に美容室業界では、その傾向が強い。だから、会社がどれだけ大きくなっても“安定”することはないんです」
そんななかでアースHDが1989年の創業以来、安定した成長を続けているのは、美容師が「アースで働きたい」「アースの制度を使って独立したい」と考えるような組織づくりを心がけてきたからだ。魅力的な美容師がアースに集まっていれば、自ずと、客も「アース」に集まってくる。
「統一を目指さず、個性を伸ばす」というアースHDの経営コンセプトも、それを支える理念のひとつ。
美容室チェーン店では一般に、どの店舗も来店客に同じ価格で同質のサービスを提供することを重視している。どのハサミを使って、どの部分から切っていくといった切り方にまで細かいルールがある店も少なくない。
しかし、多くの人は、自分のセンスや個性を発揮したいから美容師を目指したはずだ。もちろん駆け出しの間は、武道でいえば「型」をつくる時期にあたるので、基本に忠実なことが大切だが、一定の「型」を習得したら、今度は「型」を破って個性を打ち出したくなるだろう。とりわけ将来独立を目指している美容師ほど、そうした傾向が強い。自分の力を試したいという思いが止められなくなったときに独立することになる。
「ところが独立した瞬間から劣化が始まる場合もある。個性というのは、ひとつ間違えれば『独りよがり』や『好き勝手』になります。特に個人店の場合は、周りに注意してくれる人がいないし、ほかの人から学ぶことも難しい。
最初は4人ぐらいスタッフを雇って始めたものの、店主の魅力が薄れるとともに、1人抜け、また1人が抜けて……というふうにスタッフが減っていく。最後は1人でお店を経営することになるという、ある意味、独立したときが、その人のピークだったという結果に陥る人は少なくないですね」
こうした美容師が陥りがちな「やり方を強制される」→「自分の個性を生かしたいと思う」→「独立する」→「劣化が始まる」といった悪循環をどう断ち切るか。國分社長が導き出した答えが、「統一を目指さず、個性を伸ばす」というコンセプトだった。
アースHDでは、グループとしてのやり方を各店舗に必要以上には強制せず、各店舗に対して自分たちの個性を発揮できる環境を与えている。料金については全店舗でベースは統一しているが、割引の設定は自由にしている。
その上で導入しているのが、「アース」の看板で独立ができる暖簾分け型のフランチャイズ制だ。
これによりスタッフは、修業時代は各店舗で「型」を学び、自分の個性を押し出したくなったときには、「アース」の中で独立することが可能になる。「アース」にはフランチャイズオーナーが数多くいるから、お互いに情報交換をし、刺激を受け合うことで、独立後も「独りよがり」や「好き勝手」に陥らずに済む。
このようにアースHDでは、「統一を目指さず、個性を伸ばす」組織にしたことで、多くの優れた人材が独立後も「アース」の中にとどまりながら、経営の腕を磨いている。美容室業界は「人」が経営のカギを握っており、人材の流出が会社の経営を傾かせる要因になりかねないからこそ、國分代表は組織の中で「人」が生かされる仕組みをつくったわけだ。
“大箱”“スタイリッシュ”“ナチュラル”など、店構えのスタイルはさまざま。
國分代表によれば、フランチャイズオーナーとして独立した経営者の中には、「独立した途端に安心してしまい、成長が止まる者も少なくない」という。そこで100人いる経営者に高い意識を持って経営に取り組んでもらうために重視しているのが、200人が収容可能な國分代表の自宅の大ホールで年9回実施するオーナー会議だ。
各オーナーは、「こうしたら店舗経営がうまくいった」という成功体験や、「こんなことをしたら顧客が離れていった」といった失敗体験を持っている。そこでオーナー会議では、それぞれの成功体験、失敗体験をケーススタディとして持ち寄り、共有化していく。
「うちでは今100人の経営者が、計247店舗を経営しています。大体どこの店舗も、1か月に1回ぐらいの頻度で、『髪を切られすぎた』『美容師の笑顔が少ない』といった類のクレームがあります。個人が1軒でやっていると、1か月に1回のクレームなので、大した問題ではないと受け止めがち。
ところがオーナー会議では計247店舗分のクレームが集まります。『うちが受けたクレームと同様のクレームが、ほかの店舗でも起きているのか』『うちでも同じクレームが起きるリスクがあるな』といった危機感を経営者に持たせることが可能になります」
また、アースHDでは、退職したスタッフに手紙を出し、退職した理由は何か、店長や店舗の運営、ほかのスタッフの人間関係、給料などに不満があったかどうかについてアンケート調査を実施している。オーナー会議の場では、その結果も報告。これにより経営者は、「スタッフは店舗に対して何を求めており、どんな不満や不安を抱いたときに退職するのか」を理解できるようになる。
さらに國分代表は、全国の全店舗を毎年必ず1回は抜き打ちで訪問。そこで何か気づいたことがあれば、良い情報も悪い情報も含めて、LINEで100人の経営者に一斉に発信している。
特に國分代表が重視しているのは、会社の経営を傾かせかねない“悪い芽”を、情報共有によっていかに早く摘んでいくかということだ。
「大きな事故にはならなかったけれども、ヒヤリとさせられたり、ハッとさせられたりするような出来事を“ヒヤリ・ハット”と言いますよね。大したことにはならなかったからといって、このヒヤリ・ハットを軽視していると、いつか大きな事故を招くことになります。そうならないためには、いかに細かい問題の段階で潰すかが大事。僕が小さなクレームやほころびを見過ごさないようにしているのもそのためです」
チェーン展開の怖さは、1店舗から起きた不祥事が、全店舗の経営に悪影響を及ぼしかねないことだ。そのためフランチャイズ制を導入している多くの企業では、管理体制を強化することで不祥事の発生を防止しようとする。
一方、あくまでも「統一を目指さず、個性を伸ばす」ことを重視するアースHDでは、小さなクレームやほころびに関する情報共有を徹底し、経営者らの意識を高めることで、大きな事故の発生を防ごうとしている。「がちがちに管理すれば事故や不祥事がなくなるかというと、そんなことはない」と國分代表は語る。
フランチャイズ制を敷く以上、スタッフが独立を希望した際に、その人物が経営者としてやっているだけの資質があるのか、適性を見極めることも重要になる。
アースHDでは、オーナー会議の場で8割以上の経営者から承認を得られた場合に独立が認められる仕組みになっている。その審査にあたって重視しているのは、まずは「お客さんの方を向いて仕事をしているか」だ。
「美容室の役割は、お客さんをキレイにして、喜んで帰っていただくことです。そこが経営のベースになります。ところが経営者になった途端に、利益を上げることが最優先になってしまう人がどうしても出てきます。お客さんが望んでいない過剰なサービスを押しつけたり、人気美容師の予約を過剰に入れることで、売上を上げようしたり……。そうした姿勢はお客さんにすぐ伝わり、店からお客さんが離れていきます」
利益を最優先する経営者に対しては、スタッフもついてこなくなる。いくら一人の美容師としては優秀だとしても、自分に続く人材を育てることができないと、店舗を拡大させていくことはできない。「ナンバー2、ナンバー3を育てることができる人であるかどうか」も、審査の際には重視される。
だからといって、もちろん利益を度外視していいわけではない。コンスタントに利益を上げ続けることができるお金の管理能力も必要となる。
國分代表は、お金の管理能力があるかどうかを測るためのバロメーターとして、「自力で資金を用意することができるか」を挙げる。
アースHDでは、700万円の自己資金を用意することをオーナーになるための条件の一つとしている。これまでは自分で700万円分の貯金がなくても、家族などから資金を調達できればOKとしてきた。中にはフランチャイズオーナーが、部下の独立を支援するために自身のポケットマネーから700万円を貸すケースもあったという。
「けれども昨年、一昨年あたりから強く感じるようになったのは、自力で700万円を用意できないような人は、経営を始めても失敗するケースが多いということです。事実、昨年全額を借りて独立した人は、わずか1年で経営を下りることになりました。彼が経営した店舗は、1年間ずっと赤字でした。
うちの場合、新たに独立する人に対しては黒字店を譲ることにしていますから、本来なら赤字になるわけがないはずです。きちんと計画を立てて自分のお金を貯められないような人が、店舗のお金を管理できるわけがないということかもしれません」
「100人の経営者を育てる」という目標を達成した今、國分代表は次にどのような目標を抱いているのだろうか。
「数字的な目標は、自分の胸の中にはあります。けれどもそれは必要以上には公表しないようにしています。具体的な数字を掲げると、数字を達成することが最優先事項になりかねないからです。これからは数字よりも質の方を追求していきたい。唯一の数字的な目標があるとすれば、フェラーリを持っている経営者をアースHDの中で10人つくることかな。今は7人まで来ました」
國分代表には、「美容師という仕事をもっと夢のある職業にしたい」という思いがある。今この業界は、美容師志望の若者が激減しており、専門学校の中には定員の確保に汲々としているところが少なくない。その要因として、國分代表は「美容師になった後の、その先が見えないからではないか」と語る。
「美容師になっても、そんなに多くの収入は期待できそうもないし、休みも少なく仕事も忙しそう。『これじゃ割に合わない』と考える若者が多いということではないでしょうか」
だから國分代表は、「フェラーリを持っている経営者を10人つくる」という目標を掲げているわけだ。
「ホールディングスの60歳の社長が、フェラーリに乗ってプール付きの家に住んでいたとしても、普通といえば普通ですよね。でも30代半ばぐらいで僕と同じことを実現している経営者がグループの中に10人いれば、20代前半の若い人たちも『自分だって頑張れば、手が届くのではないか』という夢を抱くことができる。今の若い人は物欲がなくなってきているとはいうけれども、こうした夢の抱かせ方はまだある程度は有効なはずです」
國分代表と愛車の「Ferrari 488 SPIDER」
また、アースHDでは働き方改革にも着手している。美容室は週末がかき入れ時であるために、これまでは美容師が土日に休みをとるのは困難だった。しかしアースHDでは2018年から月に1回は土日に休みを取得できる制度を導入している。
こうして國分代表は「収入も少なく、仕事も忙しい」という美容業界のイメージを変えることにチャレンジしているのだ。
國分代表には、もう一つ大きな仕事が残っている。現在60歳の國分代表は、5年後の65歳で社長の座を退き、後進に譲ることを計画している。今後の5年間はそのための準備期間にあたる。
「僕の場合は創業者で、フランチャイズオーナーたちはみんな僕の部下にあたります。だから上下関係がはっきりしています。けれども次の社長は、100人のオーナーの中から選ぶため、今はほかのオーナーとは横並びの関係にあります。そのため一つ間違えると、後継者に事業をバトンタッチした後に、『何であいつから指示を受けなくてはいけないんだ』といった不協和音がオーナーの中から生じることになりかねません。
そうならないための仕組みづくりを、今後整えていくつもりです。65歳で社長を退いてからも、経営が安定軌道に乗るまでは、しばらくは会長職として会社を見守っていかなくてはいけないでしょうね」
創業社長の誰もが直面する事業承継という大きな課題に対しても、國分社長は果敢にチャレンジしようとしている。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美