スーパーCEO列伝

世界を狙う組織のつくり方~ユーザベース崩壊の危機を救った「7つのルール」~

株式会社ユーザベース

代表取締役Co-CEO

稲垣裕介

写真/宮下潤 文/杉山直隆(カデナクリエイト) | 2018.10.10

稲垣裕介のポートレート
「経済情報で、世界を変える」ことをミッションに掲げるユーザベースは、2008年に3人の若者たちによって起業。BtoB向けの企業・業界情報プラットフォーム「SPEEDA(スピーダ)」やソーシャル経済メディア「NewsPicks(ニューズピックス)」などの経済情報サービスを展開する。創業5年目には海外でのサービス提供に乗り出し、2016年には東証マザーズへの上場も果たした。

この快進撃の背景には何があるのか。創業メンバーの1人であり、現社長を務める稲垣裕介氏に話を聞くと、「7つのルール」を軸とした組織マネジメントが浮かび上がってきた。

株式会社ユーザベース 代表取締役Co-CEO 稲垣裕介(いながきゆうすけ)

アビームコンサルティングに入社し、テクノロジーインテグレーション事業部にて、プロジェクト責任者として全社システム戦略の立案、構築、金融機関の大規模データベースの設計、構築等に従事。豊富なシステム技術の知識・経験を基に、2008年に梅田優介と新野良介と共に株式会社ユーザベースを創業。2017年よりユーザベースの代表取締役に就任。

「創業から飛躍まで10年の道のり」
2つの経済情報プラットフォームは基幹事業として大きく成長

「なぜ、企業情報の収集はこんなに非効率なのだろうか……」

ユーザベースが誕生したきっかけは、共同創業者である梅田優祐氏(現・代表取締役社長(共同経営者))が、そんな問題意識を抱いたことだ。

外資系証券会社に中途入社し、ビジネス情報の収集を主に手がけていた。そのとき、企業の与信データや決算情報、国の統計データなどの入手先がバラバラであることに効率の悪さを感じていたという。

そこで、梅田氏は「自分たちで、BtoBの経済情報へのアクセスをスムーズにしよう」と、ビジネスに必要な多様な情報がワンストップで集まるシステムを考案。当時、同じ問題意識を持っていた同期の新野良介氏と、梅田氏の高校の同級生で、コンサルティング会社でエンジニアをしていた現・代表取締役社長(共同経営者)の稲垣裕介氏を巻き込み、2008年に3人でユーザベースを創業した。

ちなみに、社名は、ユーザー視点を意味する「USER」と、経済情報のインフラを意味する「BASE」を混ぜ合わせた造語だ。

システム開発が難航し、資金が尽きかけるなか、やっとの思いで2009年にリリースしたのが、企業・業界情報プラットフォームの「SPEEDA」だ。これが投資銀行やコンサルティングファームの他、金融業以外の事業会社でも高く評価され、徐々に導入企業が増加。

さらに2013年には、「海外でも必要とされるはず」と上海や香港、シンガポールなどアジアに拠点を広げ、英語版の提供も開始した。現在では国内外合わせて1000社以上と契約している。

同じく2013年にはBtoC向けのソーシャル経済メディア「NewsPicks」を立ち上げると、スタートから2年3か月でユーザー数が100万人を突破した。月額課金の有料会員サービスも始め、有料課金会員数は2018年6月の時点で7万3570人に達している。

2016年に東証マザーズに上場した後は、ジャパンベンチャーリサーチ社を買収し、日本最大級のスタートアップデータベース「entrepedia(アントレペディア)」の提供を開始。BtoBマーケティングプラットフォーム「FORCAS(フォーカス)」など新サービスも次々と立ち上げるなど、業績は右肩上がりで伸びている。2017年度の売上高は45億6589万円、さらに2018年度は88億5000万円を超える見込みだ。

会社が目指す方向の言語化を後回しにした創業期

創業からわずか10年で、ユーザベースが急成長できたのはなぜか。同社の歩んできた道のりをたどっていくと、「会社と従業員がミッションやバリューを共有する」組織マネジメントに力を注いできたことが見えてくる。

稲垣裕介のインタビュー写真

稲垣氏をはじめとした3人の共同創業者は、創業する前から、会社が目指すべき「ミッション」や、どのような価値観を大切にしていくかという「バリュー」をどうするか、話をしていたという。稲垣氏はこう説明する。

「たとえば、経済情報のプラットフォームをつくるにあたって、日本だけでなく、グローバルに価値を提供していきたいということは初期の段階から話していましたし、『人とテクノロジーの両輪でものをつくろう』みたいなことも話し合っていました」

しかし、創業からしばらくは、ミッションもバリューも、はっきりと言語化してはいなかったそうだ。

「新野は当初からミッションやバリューがすごく大事だと主張していたのですが、僕や梅田は、そんなことよりも、まず目の前の作業だろう、と思っていた。さらに僕自身は、『部下には背中で見せるほうが重要なんじゃないか?』などと思っていました。だから、改めて言語化する機会がなかなかなかったのです」

会社崩壊の危機によってバリューの重要性に気づく

しかし、創業から4年が過ぎた2012年頃、稲垣氏や梅田氏は、ミッションやバリューの重要性に気づかされる。

当時、同社は事業内容を拡大しつつあり、社員が30~40人ほどに増えていた。新野氏が体調不良で休養するなか、稲垣氏は英語版「SPEEDA」の開発に追われ、梅田氏は資金調達に走り回り、マネジメントまで手が回らなくなっていた。そんなとき、稲垣氏は社員との飲み会で、異変を感じたという。

「皆が、マネジメント批判に近いことを話していたのですが、そこに、今までにはないネガティブさを感じたのです。皆が同じような言葉を使っていたので、裏でかなり話し合っている可能性が高いと思いました」

稲垣氏の勘は的中し、不協和音は日に日に高まっていった。このままでは内部崩壊する……。稲垣氏はそんな危機感を覚えたそうだ。

「どうすればこの危機を脱することができるか? 梅田、新野の3人で話し合ったときに、『バリューをちゃんとつくるべきでは』という結論に至ったのです」

社員から「日々どんな言葉を話しているか」、アンケートを取り、その結果を見ながら、3人の創業者が話し合い、ライターにまとめてもらった。それが「7つのルール」だ。

7つのルール図解

具体的には、「自由主義で行こう」「創造性がなければ意味がない」「ユーザーの理想から始める」「スピードで驚かす」「迷ったら挑戦する道を選ぶ」「渦中の友を助ける」「異能は才能」の7つ。“ルール”という名前はついているが、規則というより、行動指針だ。

この「7つのルール」を全社ミーティングで発表した当日の夜、会社のメンバーで飲み会が開かれた。そのとき、稲垣氏は、バリューを言語化することの重要性を肌で感じたという。

「『このルールはどういう意味なのか』『この言葉は入らないのか』と、皆が驚くほど“7つのルール”について話をしていたのです。真正面からこのバリューを理解しようとしていました。その様子を見て、普段の会話を通して、僕たちが考えていることは皆に伝わっていると思っていたけれども、そうではなかった。完全に僕たちの発信力不足だった。ちゃんと形にして伝えなきゃいけなかったんだと強く反省しました」

それ以来、社内の不協和音はウソのように消えていったという。バリューによって、経営陣が社員に求める行動や姿勢が明確になったことで、社員にも迷いがなくなったのだろう。

「7つのルール」に加えて「4つのやらないこと」を明確に

「7つのルール」によって危機を脱すると、稲垣氏をはじめとした経営陣は、ミッションやバリューを重要視するようになった。2013年には、改めてミッションも言語化され、最終的には「経済情報で、世界を変える」に決まった。

ミッション図解

「『SPEEDA』に続き、2013年に『NewsPicks』を立ち上げるにあたって、ミッションを考え直しました。『世界一の経済メディアになる』『世界中の意思決定を支える』と言っていた時期もあったのですが、何かしっくりこないので、ちょっとずつ変えて、今に至っています」

ミッションを補完する意味で、「4つのやらないこと」も定められた。具体的には「経済情報でなければやらない」「世界を変えるプロダクトでなければやらない」「人とテクノロジーの力を使ったものでなければやらない」「プラットフォームでなければやらない」だ。定めた理由を稲垣氏はこう説明する。

「何をやりたいかが曖昧だと、あれこれやりたくなって軸がブレます。『何で尖るか』『どのニッチ領域を攻めるのか』ということは創業当初からよく話していたので、それを言語化した形ですね。やらないことを明確にすることで、何をすべきかがより明確になり、個人の目標にも落とし込みやすくなると考えました」

4つのやらないこと図解

方針を浸透させるために専任のカルチャーチームを組織

ユーザベースでは,ミッションやバリューを言語化するだけでなく、社員の間で浸透させるために、様々な手段を講じている。毎年末に発行される「Year Book」はそのひとつだ。

「ユーザーの理想を実現するために、○○○なことをしていた」「□□□なピンチに陥った渦中の友を助けていた」というように、その年に最も「7つのルール」を体現していた人のエピソードをアンケートで集め、顔写真入りで紹介する小冊子を、社員や社員の家族に配っている。

「この小冊子を読めば、新入社員も、『7つのルール』を体現するとはどういうことなのかがわかりますし、先輩社員の顔も覚えられます」

「31の約束」という小冊子も作成した。これは、「7つのルール」を、31の良い行動と悪い行動にブレイクダウンし、イラストとともに示した小冊子だ。日本語だけでなく、英語版もある。

「Year Book」の表紙 「Year Book」の中ページ

「英語版は海外のメンバーが増えてきたタイミングで作成しました。外国人は日本人とは価値観が違いますから、『7つのルール』だけでは理解できないと考えた。『ボスは偉そうにふるまうのではなく、皆を引っ張っていくような人だ』というように、一つひとつかみ砕いていったのです。やはり、それぐらい書かないと伝わらないと感じています」

さらに、2015年には、「カルチャーチーム」という組織を設立した。国内外の採用とカルチャーの浸透を専任で行う部署だ。当初は稲垣社長の下、3人でスタートし、現在では6人が所属している。

「特に海外事業を本格的に展開する上で、ミッションやバリューをこれまでと同じレベルで維持し続けるためには、専属チームがあるべきではないか、と考えて組織にしました。具体的には、採用面接をするときに、『7つのルール』に照らし合わせることで、採用すべきかどうかを判断する。また、カルチャーチームが先頭に立って、ミッションやバリューを浸透させるための合宿や研修なども行っています」

「性善説」で動く会社へ変貌できたときのメリット

こうした動きのなかで、ユーザベースは「性善説で動いている会社になった」、と稲垣氏は言う。

「人は周囲から“信じられている”と力を発揮するものですが、実際にはなかなかうまくいかないもの。たとえば、自由主義といって、会社に来なかったりすると『サボっているんじゃないか』『仕事は終わったのか』と性悪説で見られてしまい、モチベーションを下げてしまうことが少なくないと思うのです。しかし、弊社は、“7つのルール”を浸透させることで、『同じ価値観で動いている仲間が集まっている』という認識があるので、周囲の人たちを性善説で見られるようになっている。だから、自由主義や『異能は才能』といったことが、本当に実現しているのだと思います」

ユーザベースは、会社に来るかどうかは本人の自由に委ねられているし、社外で副業を行っていたり、育休をとったり、といった働き方をしている人も少なくない。最近は同様の会社も少なくないが、本当にこうしたことが成り立つのは、価値観を共有できているから、というわけだ。また、経営陣は、新規事業や海外事業など、それぞれの事業部のやり方に対して、ほとんど口を挟まないという。

「年初に、目標の数字に関しては“本当にコミットできるのか”という話はしますけど、どのように実現していくかは、責任者を信じて任せます。オープンなコミュニケーションさえとってくれればOKです」

稲垣裕介のインタビュー写真

これも、ミッションやバリューを共有しているからできることだろう。ただし、バリューを浸透させる上では、注意しなければならないこともある、と稲垣氏は言う。

「社員を70人から一気に140人に増やした時期があるのですが、実はそのときに、皆が『7つのルール』に盲目的に縛られるようになったのです。『7つのルールにこう書いてあるから、こうしなきゃいけないんだ』という人や、『7つのルールに反しているような気がして、意見を言えなくなってしまった』という人が出てきてしまった。そこで全社ミーティングを開き、私を含めた3人の共同創業者で『7つのルールは原理主義ではないので、新しい意見を押しつぶすものではない。迷ったら立ち返る行動指針と考えてもらえばいい』という話をして、少し和らげました」

価値観の共有には、こういったマイナス面もあるということを、知っておいたほうが良いだろう。

海外進出こそミッションとバリューが問われる

日本での事業基盤が確立したことで、ここ数年は海外展開に力を入れているユーザベース。前述したように、2013年には英語版の「SPEEDA」を立ち上げ、2017年には米国版「NewsPicks」をリリース。そして、2018年7月には、アメリカの新興経済メディア「Quartz(クオーツ)」を買収した。

拠点も、ニューヨークや上海、香港、シンガポール、スリランカなどに広がってきている。今後、海外進出を成功させるためには、ローカルのマネジャーを育てることが不可欠だ、と稲垣氏は語る。

「海外のお客様に受け入れられるためには、一か国一か国それぞれの国のお客様がどのようなニーズを持っているのか、現地に根を張り、しっかりと見ていく必要があります。また、国の文化・商習慣を理解して、地道に道を切り開いていかなければなりません。そのためには、任期付きで日本人が代わる代わるトップとして派遣されるような経営スタイルではなく、その国に骨を埋める覚悟で何があっても成し遂げるという強い思いを持ったメンバーを採用して、経営を任せていくことが重要だと考えています」

そうした人材を採用するときには、やはり、ミッションとバリューが重要になる、と稲垣氏は考えている。

「採用ではありませんが、『Quartz』を買収したときも、ミッションとバリューが合うかどうかは、かなり重視していました。海外の人たちとやっていくときにこそ、価値観のすり合わせが大きな鍵を握ると考えています」

ユーザベースのミッションとバリューに共感したメンバーを世界中に増やせたとき、「経済情報で、世界を変える」は現実のものになるだろう。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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