スーパーCEO列伝

米Quartz買収でさらに加速 UB流 世界の“とり方”

5年後に世界で最も影響力のある経済メディアをつくる

株式会社ユーザベース

執行役員 兼 Quartz Media LLC CFO

太田 智之

文/杉山直隆(カデナクリエイト) 写真/高橋郁子 | 2018.10.10

株式会社ユーザベース 執行役員 兼 Quartz Media LLC CFO 太田 智之(おおた ともゆき)

1977年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了。UBS証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券にて、テクノロジー分野の企業を対象に、M&Aアドバイザリー、エクイティ・デットファイナンス等、約14年にわたり投資銀行業務に従事。案件のオリジネーションから実行までサポート、クロスボーダーを中心に広範な地域でM&A案件を数多く成約に導く。シリコンバレーオフィスでの勤務経験も持つ。2017年1月より、ユーザベースに参画し、当初はSPEEDA事業の責任者を務める。Quartz買収の案件を手掛け、2018年8月よりQuartz Media LLCのCFOに就任。

2つのアプローチで世界進出の最短ルートを開拓

経済情報で、世界を変える――。そうミッションを掲げるユーザベースは、2008年の創業当初から世界でサービスを展開することを目指していた。現在は、大きく分けて2つのアプローチで海外展開に取り組んでいる。

ひとつは「SPEEDA」のアジア展開だ。2013年に英語版「SPEEDA」の提供を開始すると、それを引っさげ、中国・上海に拠点を開設。同年、シンガポールと香港にもオフィスを構え、2016年にはスリランカにグローバル・リサーチ拠点を開設した。海外企業の契約数は右肩上がりで増えており、2018年6月時点で274件。日本国内も含めた全契約数の1割を超えた。

もうひとつは「NewsPicks」のアメリカ展開だ。2017年3月にダウ・ジョーンズ社と合弁で現地法人を設立すると、11月にアメリカ版「NewsPicks」をローンチ。さらに2018年7月には、モバイル技術とジャーナリズムを組み合わせたアメリカの新興経済メディア「Quartz」を買収した。

「『SPEEDA』をアジアから始めたのは、アジアへの進出を図っている日本企業が多い上、現地情報の取得が難しく、参入する余地があると踏んだから。『NewsPicks』をアメリカからスタートしたのは、世界のメディアの中心がアメリカにあるから。いずれも、世界に進出するための最短の道は何かと考えた上での選択です。それぞれがナンバーワンの地位を確立することで、さらにグローバルな展開ができると考えています」(Quartz Media LLC CFO・太田智之氏)

初年度から日本版の反応を大きく上回る

「NewsPicks」初の海外版として、2017年11月にサービスが開始されたアメリカ版「NewsPicks」。様々なメディアがしのぎを削るアメリカで、新興メディアに勝算はあるのか。今年7月のQuartz社買収を機にQuartz Media LLCのCFOも務める太田智之氏に、その戦略をたずねた。

「ローンチから1年弱。ユーザーからの反応は、日本で立ち上げたときよりもはるかに良いですね」

話の内容は、「NewsPicks」初の海外版として、2017年11月に立ち上げた、アメリカ版「NewsPicks」のことだ。

2017年に梅田優祐社長(共同経営者)がアメリカに渡り、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)を発行するダウ・ジョーンズ社との合弁会社NewsPicks USAを設立。アプリのつくり込みや現地採用などを急ピッチで進め、ローンチにこぎつけた。

世界一のメディア大国であるアメリカで、日本発の新興メディアをどのように売り込んでいったのか。

「アメリカだからといって、特に変わったことはしていません。日本で立ち上げたときと同様に“新しい経済メディア”という価値を素直に訴求していきました」

2013年にリリースした日本版は、まず、多様なメディアのニュースが無料、かつワンストップで得られ、有識者のコメントも読める“プラットフォーム”として広がった。

ユーザーが増えることで、互いがフォローやコメント、「いいね」などでかかわり合える“コミュニティ”としての魅力も高まり、さらにユーザーが増加。その上で、オリジナルコンテンツなどが読める有料会員を集めることで、マネタイズに成功している。

これに倣い、アメリカ版も、WSJやCNN、ブルームバーグといった30以上のメディアのニュースが読め、コミュニティ機能もある、日本版とほぼ同様のアプリを提供。無料で使えるプラットフォームやコミュニティの魅力を全面に打ち出していった。

「その結果、開始8か月で、毎日訪れるデイリー・アクティブユーザーの数は日本版の同時期の約2倍、7日間継続率も日本版の初年度を上回りました。これなら英語圏でも成功できるという大きな確信を得られました」

課金ビジネスを成功させる鍵は「人」

ユーザー数を着実に伸ばすなか、同社は次の課題であるマネタイズに向けて動き始めている。具体的には、日本と同様に、広告収入に頼らず、課金事業を立ち上げる算段だ。

「メディアにとって、広告は“麻薬”のようなもの。すぐに収入が得られるので急成長につながりますが、外部環境に左右されるので、自分たちでコントロールしにくく、持続的なビジネスモデルになり得ません。

われわれが目指しているのは、持続的に成長できるメディア像。それには課金事業を育てることが不可欠です。長い期間の投資が必要で、辛抱強さがいるのですが、日本版は5年かけて安定域にまで持ってきた。アメリカ版でも、投資をする強い意思を持って、地道に取り組んでいくことが必要だと考えています」

アメリカをはじめとした英語圏で課金事業を成功させるには、何がポイントなのか。経営陣が最も重要だと考えたのは、優れたコンテンツを生み出す“人”だ。

「ユーザーは、プラットフォームだけでなく、良いコンテンツを提供しないと、お金を払ってくれません。良いコンテンツを生み出すには、自分たちで編集部を持つこと。もっといえば、編集部の核となる優秀な編集長、編集者が必要です。

日本版も、東洋経済オンラインの編集長だった佐々木(紀彦)を編集長に招いたことが急成長につながりましたが、アメリカ版でも同じことが必要だと考えました」

価値観を同じくするQuartzを買収

そこで梅田社長は、アメリカで優秀な編集者をリストアップし、次々と接触した。その結果、実現したのが、今年7月のQuartzの買収だ。買収金額は7500万ドル(約83億円+アーンアウト)。ユーザベースの企業規模から考えれば巨額の投資である。

「日本で作り上げた事業モデルがアメリカでも通用するという確信が得られたからこそ、大きな買収に踏み切れました」(太田氏)

Quartzは、20~40代前半のグローバルリーダーを対象とした、アメリカの新興ビジネスメディアだ。2012年のスタートから急成長し、現在は、100人ほどのジャーナリストによる、19言語・115カ国のレポート記事を配信。読者数は月平均2000万人に達している。

実は、「スマートフォンをベースにジャーナリズムを届ける」という「NewsPicks」の思想を先に体現していたのがQuartzで、当初から少なからず参考にしていたという。

「Quartzに着目した最大の理由は、共同創業者であるケビン・ディレニー(Kevin J. Delaney)とジェイ・ローフ(Jay Lauf)の存在です。彼らはメディア業界でも有名なのですが、『スマホの世界で本物のジャーリズムをつくろう』とそれぞれWSJやWIREDを飛び出して、Quartzというメディアに情熱を持って真摯に取り組んでいる。そうした価値観がわれわれと一致していたのです」

共同CEO兼パブリッシャー Jay Lauf

共同CEO兼編集長 Kevin J. Delaney

ただ、多忙な彼らは、知名度のない日本のメディア関係者に、簡単に会ってはくれなかった。そこでメールでアプローチするだけでなく、彼らが登壇するイベントに出向き、「ぜひ会ってほしい」と声をかけ、ようやくアポを取りつけたという。

「話してみると、ケビンもジェイも、課金事業に関心を持っていた上、考え方の違いをぶつけ合いながらも、非常にオープンにコミュニケーションができた。そうして、すぐに信頼関係がつくれたことも、買収の決め手になりました」

アメリカ版「NewsPicks」では、プラットフォームとして他のメディア同様、Quartzのニュースを読むことはできるが、さらに、今後どのような形で連携していくのかは、年内に発表される見通しだ。

「課金事業を育てていき、3年後に黒字化。そして、5年後の2023年までには、『NewsPicks』全体で有料会員数100万人を有する、世界で最も影響力のある経済メディアになる。そんな共通のビジョンに向けて、Quartzとともに走り出しています。

もちろん、100万人というのは誰でもいいというわけではありません。世界を変える影響力を持った次世代のリーダーを100万人集め、その人たちにエッジの立った記事を届ける。それがわれわれの描いている未来です」

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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