スーパーCEO列伝

2つの「熱狂宣言」 作家と映画監督が見た松村厚久

“濁りのなさ”は別格。この人自身の幸せを見ていたい

映画監督

奥山和由

文/都田ミツコ 写真/鶴田真実 | 2018.08.10

DDホールディングス代表取締役社長・松村厚久氏の一年間に密着したドキュメンタリー映画「熱狂宣言」が、2018年11月に公開される。作家の小松成美さんが書いたノンフィクション『熱狂宣言』(2015年)を読んだことがきっかけで松村氏に出会ったという奥山監督は、「松村厚久」の何をカメラに収めたのだろうか?

 映画監督 奥山和由(おくやま かずよし)

1954年、東京都生まれ。20代の後半から映画のプロデューサーを務め、多くのヒット作を生み出す。一方で新人監督の発掘にも取り組み、北野武や竹中直人、坂東玉三郎といった人材をデビューさせてきた。1997年には今村昌平監督で製作した『うなぎ』が第50回カンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを受賞。1998年には『地雷を踏んだらサヨウナラ』(出演:浅野忠信)がロングラン記録を樹立。近年も中村文則原作『銃』などをプロデュースしている。

「こんな立派な人間いるの?」

2016年の暮れ、自分の仕事に対して何だか嫌になってしまっていたんです。「映画を人の心に届ける方法は分かっているはずなのに、思い通りにならない」、そんなことが半永久的に続きそうな気がしていました。

年末は海の方にでも行って「今後の仕事について考えようかな」と思い、その道中で読む本を探しに本屋に入ったんです。そこで松村さんが表紙の『熱狂宣言』が目に飛び込んできて、「いい顔をしてるな」と思って手に取りました。

読んでみて、僕の経験上こんな立派な人が実在するとは思えなかった。悪い言い方をすると「いいことしか書いてないのでは」と思いました。もちろん著者の小松成美さんはいいことしか書かない人ではないから「こんな人が本当にいるのかな、会ってみたいな」というのが最初の動機でした。

幻冬舎の担当者に「松村さんを紹介してほしい」と連絡しましたが、このときはまだ「映画をつくろう」という具体的な考えがあったわけではないんです。だけど映画関連の人間が連絡してきたんだから、松村さん側としては当然「映画化の話」だと受け取ったでしょう。

初めて対面した日、僕がDDホールディングスの社長室に行くと、小松成美さんもいらっしゃるし、10人くらいの関係者の方に囲まれて(笑)。「さあどういうふうに映画をつくるんだ」という空気感があって、映画のつくり方を説明しなければ済まない状況になってしまった。松村さんは珍しい生き物を観察するみたいに目をくりくりさせて、僕を見ていました。

彼に会って「撮りたい」という本能はすぐに反応しました。松村さんは一体どういう人かというと、“奥の奥の奥”は分からないんです。「だからこそ面白いな」と思いました。

北野武氏に初めて会ったときもそうでしたけど、「この人の一番奥にある本質って何だろう? 人間としての生々しい部分を見てみたい」と思わせてくれる“不思議感”があったんです。言葉で表現しがたい魅力だからこそ「撮らないと分からない」と思いました。

松村さんを見ていると、一切の理屈を超えて元気になれる

松村さんについて、僕が特に好きなのは「嘘つきのにおい」がまったくしないところ。「実業家のにおい」や「お金のにおい」がしない上に、卑怯なところが見えないんです。彼がどうやって成功してきたのか想像がつかない。だから「松村さんの成功は、どこまでが彼の発するエネルギーで実現していったのか知りたい」という強い欲求が自分の中にありました。

撮りはじめて見えてきた結論のひとつは、「人を引き寄せる人間」というイメージです。「彼には人を惹き付けるものがあり、その結果として成功やお金も引き寄せている」だけのことなんです。人の気持ちが松村さんに向かい、彼を応援したくなる。そして「応援」という感情エネルギーが、結果として成功の流れをつくっているんですね。

また、彼はネガティブな方向へ押されると、それに負けじとアグレッシブな方向へリバウンドをするタイプの人物。若年性パーキンソン病になったことも、過去にご実家が貧しかったときのこともそうです。

僕はどちらかといえば被害者意識を持って生きてきたほうですけど、世の中の大半の人は「自分は運が悪い、もしかしたら不幸かもしれないな」と思うことがあるんじゃないでしょうか。そういう人たちが松村さんのリバウンドの仕方を見れば本能的に感じて「勇気をもらえるだろうな」という気がしました。

カメラをのぞいて彼を見ていると、僕自身が一切の理屈を超えて元気になれる。これは僕だけではなくて、松村さんに近しい人から少し会っただけの人まで、共通する感想なんですよ。

「その瞬間を楽しもうとしている彼」から一番エネルギーをもらえる

実は最初、僕はこの映画の監督をするつもりはありませんでした。監督の候補はほかにいたんですが、その人が松村さんと会ううちに「撮れない」と言い出したんです。

病気も小康状態を保っている、会社もうまくいっている、「いいところだらけで撮るとこない」って言われて。映画づくりに「困難にぶつかる」「壁を乗り越える」などの大きなドラマ性が必要だと考えれば、それは仕方のないことでした。

そのとき、「撮影をやめる」という選択肢もありました。だけどやっぱり撮りたかった。僕自身が、まだ松村さんを見ていたかったんです。

映画『熱狂宣言』は、分かりやすいナレーションやテロップを使っていません。僕は、松村さんには「難病と闘いながらも、部下や会社を思い頑張っている」というステレオタイプの“ガンバリズム”は似合わないと感じていました。

「こういうすごい人なんです」と表現すると、彼の魅力が感じられなくなってしまう。とにかく瞬間瞬間を楽しもうとして、冗談を言ったりしている松村さんを見ているときに一番エネルギーをもらえるんです。

立派なことを言ってるときは「本心かなあ~?」と思うし(笑)、全社員総会でも、ちょっとくだらないことを言ってみたりする。そこに松村さんの魅力のすべてがあるような気がします。

だから“松村さんの日常の羅列を見せること”が一番説得力を持つと思いました。「松村さんという人を一人でも多くの人に紹介したい」というのがこの映画のテーマでしょうね。長く映画制作をしているけど、こういう気持ちで映画をつくったのは初めてのことです。

自分よりも相手を大切にする「男から見たいい男」

松村さんの魅力を言葉で表現すると「器が大きい」でも、「苦労人」という言葉でもない。すごく珍しい天然記念物みたいな人なんです。

撮影をはじめた頃、一度だけスタッフの方を外して2人だけで話をさせてもらったことがあります。彼は礼儀正しい人だから、キチッと座って一生懸命に僕の顔をまっすぐ見て話をしていました。時々すごく照れくさそうにくすっと笑うところがまたかわいかったりして、こっちまで幸せになってきたのが印象的でした。

やがて時間が来て、僕が帰ろうとしたら、彼の前に置いてあるスマホを「部下を呼ぶから押してください」と言うんです。僕が気づかないうちに、目の前にあるスマホも触れないくらい体が動かなくなってしまっていた。

「ああ、自分の体が固まってしまうことも言わずに、ずっと楽しそうに話をしてくれていたんだ」と感じました。自分よりも相手との関係を優先する、それは僕たち男から見ても“いい男”なんです。

映画プロデューサーという職業柄、企業のトップの方に会うことが多いですが、リーダーと呼ばれる人たちが近頃、明らかに劣化していると感じます。まるで「卑怯なことも世の中を渡るテクニックだ」と思っているような人が多い。

松村さんはそれが皆無で“濁りのなさ”が別格だと思います。彼は自分に対して、いい意味での強烈なプライドがあり「松村厚久という人間を全うしよう」という気持ちがあるんじゃないでしょうか。

僕は松村さんに「これから先こうなってもらいたい」ということは何も感じてなくて、ただ彼と「何かを共有していきたい」と思っています。映画のプロジェクトが終わっても何らかの関係を持っていきたいなと思っているし、たぶん松村さんもそう思ってくれていると信じています。

もし仮に松村さんが突然「もう会社は人に譲って辞めるんだ」と言ったとしても付き合いは続くと思います。「この人自身の幸せを見ていることが幸せだな」と思わせてくれる、稀有な人ですね。

映画「熱狂宣言」

・劇場公開:2018年11月 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
・出演:松村厚久
・製作・監督:奥山和由
・音楽:木下航志
(主題歌:LET YOUR LIGHT SHINE ON ME)
・プロデューサー:江角早由里

►「熱狂宣言」公式サイト

若年性パーキンソン病を抱えながらも「熱狂宣言」を掲げ、圧倒的な才気でDDホールディングス(旧:ダイヤモンドダイニング)を東証1部上場に押し上げたカリスマ経営者「松村厚久」。彼を描いたノンフィクション『熱狂宣言』(幻冬舎)は会社経営者を描いた作品としては異例の10万部を突破した。

彼はなぜこんなにも多くの人を惹き付けるのか? 一年間密着したこの作品は、“成功者のサクセスストーリー”でも“難病と闘う感動巨編”でもない。一人の男の姿を多角的に写し撮り、その集合によってリアルな姿を観客に観察させようとする一種のダイレクトシネマ(≒観察映画)。人間観察に秀でた奥山和由によるまったく新しいドキュメンタリー映画だ。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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