スーパーCEO列伝
株式会社Voicy
代表取締役CEO
緒方 憲太郎
文/笠木渉太(ペロンパワークス) | 2021.05.11
株式会社Voicy 代表取締役CEO 緒方 憲太郎(おがた けんたろう)
1980年、兵庫県生まれ。大阪大学基礎工学部、経済学部卒業後、2006年に公認会計士として新日本有限責任監査法人入社。29歳のとき、地球2周の旅に出る。2012年にニューヨークでErnst&Youngに公認会計士として入社。帰国後は東京のトーマツベンチャーサポート株式会社に2年間在籍し、年に300件のスタートアップ支援を行う。2016年に株式会社Voicyを設立。起業家、ビジネスデザイナー。
「Voicy」はポッドキャストやラジオ、ボイスドラマなど、さまざまな音声コンテンツが集まる音声プラットフォームだ。中でも人気の火付け役となったのは、「声のブログ」と呼ばれる独自の音声コンテンツである。
「これまで声を届けるという行為は、プロ以外の人にとってハードルが高いことでした。例えば音声メディアの代表格であるラジオも、台本が用意されていたり、企画を考えるプロデューサーがいたりと、限られた人しか放送できないイメージが強かったはずです。
一方、ボイスメディアは普段の会話をそのままコンテンツにしたものと考えています。自分の思ったことを素直に声で届けられる。ブログは自分の考えを手軽に、自由に書くことができるメディアですよね。その声バージョンともいえるので、『声のブログ』なんです」
Voicyの特徴は収録から配信までの手軽さにある。録音はスマートフォンからアプリを立ち上げるだけ。ノイズのカットやBGMの追加といった高度な処理も自動で行われる。発信者はいつでもどこでも簡単に、自分の声を残すことが可能だ。
「Voicyでは誰もが声の発信者になれる可能性があります。リスナーも気軽にたくさんの音声コンテンツにアクセスができる。YouTubeによって動画が身近な存在になったように、Voicyは人の声を大衆化した新しいフォーマットなんです」
ちなみに、Voicyで発信を行っているのは個人だけではない。PR TIMESやテレビ東京など、企業がVoicy上にオウンドメディアを持つ例もある。また日経新聞や毎日新聞は、自社の記事を読み上げるチャンネルを運営中だ。
「社内報など、限られたコミュニティに向けた放送でも利用されています。社員にとって好きなときに聞けるのはもちろん、創業者の熱意をずっと残しておくことができるのもVoicyの利点です。Voicyはメディアであり、アーカイブ倉庫でもあるといえます」
緒方氏がVoicyの開発に取り組んだ背景には「声の魅力を最大限届けられるメディアがない」という気づきがあったという。そもそも音声のみの配信は、動画やテキストとどう違うのだろうか。
「テキスト、動画、音声それぞれの違いは、情報を3次元構造でとらえると見えてきます。X軸は伝えたい主目的、Y軸は周辺情報、そしてZ軸は主体の情報です」
例えば「今日は雨です」と伝えるとき、主目的は「雨が降っている」という情報だ。周辺情報には雨の勢いや周囲を歩く人の様子など、届けたいこと以外の情報があたる。
「では主体の情報は何かというと、『今日は雨です』を嬉しそうに言っているのか、それとも慌てて話しているのかといった発信者の情報なんです。テキストは主目的が基本。動画は主目的と周辺情報をリッチに含んでいます。一方、音声は主目的に加え、主体の状況が豊富に届くんです。
声は喜怒哀楽やその人ならではの感想、性格や今の健康状態といった話者の内面がしっかり伝わります。
また、感情が乗る音声は、嘘を吐きにくいという特徴もあるので、聞いている人にとっては信頼しやすい。例えば『お綺麗ですね』というセリフも、本当にそう思っているのか、声だけだと判別しやすいんです。
音声は動画よりも情報量が少ないといわれることもあるかもしれませんが、実は動画よりも本人らしさが伝わりやすく、かつ信憑性が高いところに魅力があるんですね」
緒方氏の語る声の魅力は、これまで埋もれていた価値のようにも思える。しかし、声だけを聞きたいという需要はずっとあったそうだ。
「例えば、イチローのインタビューで一番気になるのは、日々の練習量とか具体的な数字ではないと思うんです。彼がどんな声色で質問に答えているのか。イチローがどんな人なのかを知りたくて、インタビューを聞いているはずなんです」
ブログやYouTubeなど、テキストと動画はすでに大衆化されている。しかし、音声のみの形式は大衆化されていなかった。
「多くの人にとって知る価値のある情報が、身近なかたちで存在しない。ここにこそ新しいニーズを創るチャンスと可能性がある、と思いました」
今でこそ月間利用者数250万人を超えるVoicyだが、リリース当初はユーザー数が増えず、伸び悩んでいたという。それでも徐々にユーザーを獲得していった背景には、発信者に寄り添ったアプリの設計がある。
「アプリ内で完結するかたちで、声を届けるための手間や時間が削減できれば、使ってみたいと思うパーソナリティが増える。パーソナリティが増えれば、自然とリスナーも増えるはず。どうすればより発信者が使いやすくなるのか。改善のために、問題点を直接聞きに行ったこともあります」
常に発信者の目線に立ったサービスを心がけるVoicy。パーソナリティの数は現在500を超える。使いやすさはもちろんだが、自己表現の場としてユーザーがVoicyを選ぶのは、他メディアの影響も大きいそうだ。
「ラジオとVoicyの関係は、映画とYouTubeの関係と同じだと思っています。映画を見て動画づくりに憧れた人が、YouTubeを通じて気楽に動画を投稿する。音声市場も同様で、ラジオを好きな人が自分も番組を持ってみたいと思ってVoicyに来る。そうやって既存のメディアとうまく住み分けできているのも、Voicyの特徴です。
音声チャットサービスともしっかり役割分担できています。例えばClubhouseはユーザー同士が気軽に声を掛け合うサービス。そこで音声アプリに興味をもった人がしっかりとした自分の番組を持ちたいとVoicyに流れてきて、実はClubhouseのブームでユーザー数が増えました」
ブログではなく生きた声の方が伝えやすいと、Voicyにユーザーが流れ込んだ例もある。
「声って、伝えるための費用対効果が一番大きいんですよ。例えば、誰かの時間を5分間もらうために、文章なら1時間原稿を書いたり、映像なら撮影や編集に3、4時間かけたりする。でも音声は5分録音すれば、5分聞いてもらえる。低コストで情報を届けられるのが嬉しいという声も聞きますね。
あと、炎上の可能性が低いのも発信者にとってはメリットといえます。炎上の原因のひとつには受け手の誤解もあると思うんですが、テキストだと読解力の差などから発信者と読み手の間で文意の認識のズレが生じやすい。一方、声は発信者の感情も伴って届くので、聞き手に意図がちゃんと伝わる。だから誤解が生まれにくいんです」
再生数に比例してパーソナリティが稼げる仕組みも構想中という緒方氏。現在、Voicyを支えるのは企業からのスポンサー収益とリスナーからの課金の二つ。
企業はスポンサー料を支払うことで、パーソナリティに自社のPRを行ってもらうことができる。また、リスナーは特定のチャンネルに定額を支払うことで、そのパーソナリティの限定配信を聞くことができるという仕組みだ。
しかし、緒方氏は利益追求をそこまで重要視していないという。
「お金を稼ぐよりも、声を届ける文化を創りたいという思いの方が大きいんです。そのためには発信する人がもっと増えてもらわないといけない。だから気持ちよく発信できる環境を整えることが一番大切だと思っています」
放送中、リスナーがパーソナリティに直接お金を渡す、いわゆる投げ銭システムを導入しないのも文化を守りたいからだと語る。
「放送中に投げ銭があると、それに対してパーソナリティがお礼を言わなくてはいけなくなる。その反応自体がコンテンツとなってしまうと、本来の目的である『声で情報を届ける』ことを阻害してしまうと思っているんです」
今、情報の発信者と受け手にひとつの変化が訪れているという。
「Voicyはその人が何を思っているかという情報、人を届けるメディアなんです。そもそも情報は人と人とが交換するモノ。そしてメディアとは、情報を多くの人に届ける経路でしかない。
でも従来の社会はメディアを商品ととらえ、限られた人しか発信できないというイメージが強かった。その考えは正直、時代遅れだと思っています。実際、今ではブログやSNSを通じて、誰もが気軽に情報を届けられるメディアが勢いを増している。人と人が直接つながるための経路を、自由に選べる時代が訪れつつあります。
情報はこんなにも手軽に届けられるんだとみんなが知った。すると今度は、発信者の情報も知りたいと思うようになってきました」
メディアを選べるようになり、情報のやりとりがより身近で自由になる。するとこれまでテキストや動画に頼っていたコンテンツのかたちも変わるかもしれない、と緒方氏は話す。
「両親が若い頃の会話や、遺言も、それを録音した人の感情や声色に情報価値があるんだと思います。
今までは声を手軽に録音、保存、再生ができなかったから、テキストで残すしかなかった。情報を残すのに音声を選べなかった文化や社会を、今度は音声でリデザインしたいんです。
将来的には、メディアの中で音声の占める割合が、今よりも増えるはずです。『お母さんの時代ってニュースを知るのにわざわざ画面を見ていたの? ニュースは音声で良いじゃん』と未来の子どもたちが現代のメディアを不思議に思うような社会になるかもしれません」
vol.56
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日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
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