スーパーCEO列伝

キャッシュレス戦国時代に無料送金アプリ「pring (プリン)」が考える独自路線の歩み方

株式会社pring

代表取締役社長CEO

荻原充彦

文/吉田祐基(ペロンパワークス・プロダクション) 写真/芹澤 裕介 | 2019.08.30

「〇〇ペイ」と呼ばれるスマホ決済サービスが盛り上がりをみせ、続々とキャッシュレス化を促進するサービスが急増するなかで、独自のコンセプトに沿って拡大を図るサービスがある。それが無料送金アプリ「pring(プリン)」だ。

「僕たちはあくまでも『お金コミュニケーション』という、新しい市場を創りにいっている感覚です。決済方法をキャッシュレス化するというよりも、お金の通り道にかかわるストレスを無くしたいというのが、大きなテーマです」

こう話す株式会社pringの荻原充彦氏に、大手競合がひしめくキャッシュレス市場における、独自路線の歩み方を聞いた。

株式会社pring  代表取締役社長CEO 荻原充彦(おぎはらみつひこ)

大学卒業後、銀座割烹で3年間の板前修行を経て、大和総研の情報技術研究所にて環境・通信分野に関する論文執筆・講演活動を行う。その後、銀行設立プロジェクトに参画し大和ネクスト銀行を立ち上げ。2012年からDeNAにてEC事業戦略室および決済代行事業にて新規事業の立案に従事。2014年にはメタップスに参画し、株式会社SPIKE代表として決済サービスSPIKEを3年で黒字化。2017年にみずほFG、みずほ銀行、WiLと共に株式会社pringを立ち上げ、同社代表取締役CEOに就任。

お金のやりとりにかかわるストレスを軽減したい

QRコード決済機能を備えるサービスがメディアで取り上げられるなかで、「プリン」もスマホ決済サービスの位置づけとして紹介される機会が多い。ただ、荻原氏によれば、QRコード決済機能はあくまでも、アプリ内にあるお金の出口のひとつとして設けているだけだという。

では、キャッシュレスサービスが乱立するなかで、「プリン」はどういった立ち位置にあるのか。

「僕らは『お金コミュニケーション』というこれまでに無かった市場を創りにいっているイメージで、強いていうならメッセージ感覚でお金をおくる・もらうが手軽にできる送金アプリといった位置づけです。特に『プリン』は、個人のお金のやりとり(コミュニケーション)を“ストレス”なく行えるようにすることが目的です」(株式会社pring代表取締役社長CEO  荻原充彦氏、以下同)

コミュニケーションアプリのようにお金をおくる・もらうが、アプリ内でできる。

荻原氏が話すストレスの中には、ATMで引き出す際の手数料などのほかに、貸したお金をなかなか返してもらえないなどのストレスも含まれる。

前者でいえば、「プリン」は個人間でお金を送ったり受け取ったりするときの手数料はもちろん、通常であれば108円・216円程度かかるATMでの「プリン」残高の引き出しも無料で行える。

後者であれば、例えば飲み会で他の人の飲み代を立て替えた場合など「プリン」アプリ内のリクエスト機能を使えば、声をかけることなく返金の催促ができる。「後で払うね」と言われて、頻繁に会う機会のない相手であっても、アプリ内でリクエストさえしてしまえば離れていても簡単にお金を受け取れるわけだ。

飲み会での割り勘や集金などでも活用できる。

またお金のやりとりは、アプリ内で履歴が残るようになっているため、貸し借りがうやむやになることもない。

「お金のやりとりにかかわるストレスを無くすということを、僕らは『お金の通り道に関わる摩擦をなくす』と表現しています。そのストレスを無くす仕掛けを、『プリン』に実装しているといったイメージです」

目を向けるべきは成功例ではなく「ユーザー」

他のスマホ決済サービスとは異なる特徴が見えてきた「プリン」だが、独自路線を歩むために心がけていることの一つが、成功例や他社のサービスを見ることではなく「ユーザー」に目を向けることだ。

「ガラケーは最後、みんな同じかたちになっていきましたが、iPhoneというまったく違うかたちのものが登場して流れがスマホに変わりました。

スマホ決済サービスが乱立する背景というのも一時期のガラケー市場に近くて、中国のアリペイ(中国でシェアナンバーワンのスマホ決済サービス)を成功例として、それに似た画面や操作のサービスを提供しているように思います。

一方で真に世の中に受け入れられるものは、すでに市場に出回っている成功例を真似るのではなく、iPhoneのようにユーザーの頭の中を想像した半歩先にあると思います。口でいうほど簡単なことではないですが、例えば70歳のおばあちゃんが店先で簡単に使えるためにはどうすればいいのかを常に考えています」

一例を挙げると、トップ画面に表示される言葉が面白い。どんなユーザーがみても何をすればいいのかが一目でわかるように「お金をおくる」「お金をもらう」「お店ではらう」といったわかりやすい言葉で表現。利用できる機能も5つのみに絞っている。

「プリン」のトップ画面。

さらにSNSを活用することで、社内で完結するサービスづくりではなくユーザーも巻き込んだサービスづくりを行っているという。

「SNS上で一度ユーザーさんから、枠線が無いことでボタンの区切りがわからないという意見をいただきました。そこでユーザーさんに直接メッセージして『これならどうですか?』という改善案を提案し、機能の区切りにグレーの枠線を入れたこともあります。

ほかにもセブン銀行ATMでの受取対応については、ユーザーに実施したアンケートでやってほしい取り組みとして一番多く票を得たために、優先的に実施しました。実際、2019年3月8日からセブン銀行のATMでも(『プリン』残高を)手数料無料で引き出せるようになり、その後、取引件数はかなり伸びてきています。

このように、ユーザーの方を向きながらサービスをつくることは常に意識していますね」

介在する価値は「円」のみにこだわる

ユーザーの方を向くという姿勢は、お金のやりとりに介在する価値を「円」のみにこだわったことにも顕著だ。

ここで改めて「プリン」の特徴には、アプリ内の残高を銀行口座へ出金できることが挙げられる。一方で他のスマホ決済サービスをみると、出金できないものも多い。出金できるかどうかは、扱う価値を「円」か「円相当」にするかで決まる。

ではすべて「円」にすればいいように思うが、アプリ内で日本円を取り扱うためには「資金移動事業者」という登録免許の取得が不可欠となる。この免許は審査に1年以上かかったり、ユーザーが登録する際に本人確認が必須になったりと、一定のハードルがある。

そこでスマホ決済サービスを提供する企業は、本人確認無しですぐにアプリを使える、自分たちのサービス内でお金を使ってもらいたいなどの理由から、資金移動事業者としての登録を避けることも多い。

しかし「プリン」は、ユーザーがお金を自由にやりとりできるように、時間がかかっても資金移動事業者の免許を取得することにこだわった。

「他社のサービスは『円相当』でしかお金のやりとりができないものも多く、出金できるお金とできないお金があったりします。でもユーザーからするとお金に相当する価値が複数あったり、銀行に自由に出金できなかったりというのは何かと不便ですよね。なので介在する価値は『円』一つで済むように、資金移動事業者の免許を取ることは最初から必須だと考えていました。

一方で『プリン』の登録には、他のスマホ決済サービスだと1分で済むところが、5分程度かかります。そこがユーザーにとっては最大のハードルですが、そこさえ乗り越えてくれれば、円だけでやりとりできるサービスを使えるようになるわけです。

ぼくらが提供しているのはスマホアプリではなく金融サービスという括りで考えると、クレジットカードの発行や銀行口座の開設と比較して、そもそも5分で登録が完了するだけでもものすごく早いわけです。つまり、乗り越えられない壁ではないなと、感じています」

独自路線を歩むとは、競合他社と比較したときに見えてくる自分たちの強みを理解することで、成り立つイメージがある。しかし「プリン」の場合は、徹底的にユーザーの求めるものを追い続けた結果、独自の道を歩むに至っているようだ。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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