ヒラメキから突破への方程式

夜の水族館×プロジェクションマッピング

「新江ノ島水族館」V字回復の要因は「ナイトワンダーアクアリウム」と“研究心”

株式会社江ノ島マリンコーポレーション

代表取締役社長

堀一久

写真/芹澤裕介 文/竹田 明(ユータック) 動画/ロックハーツ | 2017.06.12

“えのすい”の愛称で親しまれている湘南・藤沢・江の島の人気スポット「新江ノ島水族館」。地元である“相模湾”をキーワードに“エデュテインメント型水族館”というアイデア路線で、全国4位の入場者数(綜合ユニコム 2016)を誇る。2004年にリニューアルオープンした後、徐々に入場者数が減少していたが、同水族館を運営する江ノ島マリンコーポレーションの堀一久社長は、10周年を迎えた2014年に、これまでの水族館にはないアイデアを打ち出し、見事にV字回復を果たしている。

株式会社江ノ島マリンコーポレーション 代表取締役社長 堀一久(ほり かずひさ)

1966年、東京生まれ。1989年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、住友信託銀行株式会社に入社。2002年に家業を継承するため退職し、株式会社江ノ島水族館に入社、専務取締役に就任。2004年2月、「新江ノ島水族館」のリニューアルに合わせ代表取締役社長に就任。商号を株式会社江ノ島マリンコーポレーションに変更。「新江ノ島水族館」のほか、「世界淡水魚園 アクア・トトぎふ」「相模川ふれあい科学館 アクアリウムさがみはら」も運営。江の島水族館の創業者である祖父の堀久作氏は日活の元社長でもある。

「相模湾」をテーマにした巨大水槽が話題に

「新江ノ島水族館」は、夜の水族館とプロジェクションマッピングを組み合わせた「ナイトワンダーアクアリウム」と、世界一古いクラゲの常設展示で知られる関東随一の水族館だ。

2004年、「江の島水族館」から「新江ノ島水族館」(以後、「えのすい」)へリニューアルオープンする際、同館はジンベエザメやマンタといった人気の生き物に依存せず、海洋生物の宝庫と謳われる相模湾に面した江の島の地の利を最大限に活用することを決める。メインに据えたのは、相模湾に生息する生き物のみを展示する「相模湾大水槽」だった。

高さ9m、床面積144㎡の大きな水槽に、大小合わせて90種20000匹を超える魚たちが泳ぐ。最大の見どころは、8000匹のマイワシだ。

2つの造波装置で波を発生させるなど相模湾の自然環境を再現した水槽の中をマイワシが優雅に群泳する様は、老若男女を問わず見とれてしまう圧巻の光景。「えのすい」は、すぐさま人気のスポットとなった。

「昭和29年に旧・江の島水族館がスタートしてから50年の間で、入場者数のピークは昭和40年代でした。その頃は『1号館・水族館』『2号館・マリンランド』『3号館・海の動物園』の3館合計で、年間200万人超のお客様にご利用いただきましたが、施設の老朽化などで次第に客足は遠のき、リニューアルする前年は25万人まで減少しています」

2号館・江の島マリンランド

3号館・江の島海獣動物公園

そんななかで2004年に実施したリニューアル。初年度は、年間180万人が来館。当時、堀社長が3代目リーダーとなったばかりの江ノ島マリンコーポレーションは、順調なスタートを切ったといえる。

下がり続ける入場者数に歯止めをかけた“研究心”

それから「えのすい」は、来場者にとって何度でも楽しめる“また来たくなる水族館”を旗印に、次々と新しい・珍しい生物を展示したり、参加型・体験型のイベントを開いたりと、様々な工夫を続けた。

しかし、水族館に限らず、一般的にレジャー施設は、リニューアル初年度に最高の入場者数を記録し、その後、右肩下がりになる傾向にある。「えのすい」も努力を続けたが、その例に漏れることはなかった。

「リニューアル時に想定したよりも緩やかではありましたが、入場者数は右肩下がりを続け、2011年には121万人までダウンしていました。そこで、121万人を底にすべく、125万~130万人へ戻して平準化する計画を立案しました」

世界初のクラゲショーの開催や、相模湾で深海調査をしたJAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)の有人潜水調査船「しんかい2000」の常設展示、世界で初めて「シラス」の生体の常設展示に成功するなど、持ち前の“研究心”を生かし、これまで以上に積極的に来場者が楽しめる施策を次々と打ち出していく。

夜の水族館×デジタルアート

そして2014年、日本で初めて水族館に本格的なプロジェクションマッピングを導入した「ナイトワンダーアクアリウム」が誕生する。リアルな生き物とデジタルアートの融和を実現し、閉館も17時→20時まで延長、まったく新しい水族館の楽しみ方を提案した。

「10周年を機に、夜間営業を強化することを思いつきました。ただ、単純に営業時間を延長するのでは面白みに欠ける。そこで、当時話題になっていたプロジェクションマッピングで、これまでにない水族館の楽しみ方を表現しました。

2011年夏季より開始した『クラゲファンタジーホール』で光を効果的に使うイベントを成功させた経験から、新しい展示演出がお客様の興味を刺激するのを学びました。それをさらに進化させた形がプロジェクションマッピングです」

2014年から催されている「ナイトワンダーアクアリウム」は、毎年趣向を凝らした演出を見せてくれる。イベントは17時に開始されるから、開催期間中は昼と夜2つの「えのすい」が楽しめる。/有人潜水調査船「しんかい2000」(C)JAMSTEC

約60年間をかけて培ったクラゲの飼育研究と展示手法を生かした「クラゲファンタジーホール」では、世界最大級のクラゲといわれるパシフィックシーネットルをはじめ、常時14種類のクラゲが観賞できる。

「ナイトワンダーアクアリウム」は空前のヒットを記録し、夜間営業だけで40万人が同館を訪れた。年間入場者数も2015年に183万人を突破、リニューアルオープン初年度の記録を上回り、まさしくV字回復を成し遂げた。

魚に直接光を当てる演出プランは断った

「ナイトワンダーアクアリウム」は大成功を収めたが、実はその陰には多くの苦労があった。中でも堀社長が最も気を使ったのが、生き物たちへの負担軽減だ。

プロジェクションマッピングは、プロジェクターで建物などの立体面に映像を映し出す技術。当然、強い光が発生する。

「『ナイトワンダーアクアリウム』の主役はお魚さんたちです。演出を考えて制作してくれたプロダクションは、観る人を楽しませるためにいろんなイメージを描いてくれました。

ただ、フォーカスしたいあまり、お魚さんたちに直接光を当てる演出プランもありました。しかし、その点に関してだけは当館のポリシーとして変更をお願いしました」

「ウミガメの浜辺」産卵を見守る神秘の物語を幻想的な照明で描き出す。

光を当てて魚自体をプロジェクションマッピングの対象にすれば、よりエンターテインメント性が高まるのは堀社長もわかっていたが、水族館としては魚を守る必要があった。とはいえ、観客が見て驚くような演出も必要。そのギリギリのラインを探って、何度も議論を繰り返し、ショーをつくり込んでいったという。

「旧・江の島水族館のコンセプトは『驚きと発見の一日』。当館もそれを土台として引き継いでいます。

私は、水族館の使命は生き物の生態を知ってもらうことにあると考えています。でも、それだけではどうしても堅苦しくなってしまう。エンターテインメント性を加味するからこそ、水族館はお客様も参加できる楽しく学べる場所になるのです」

1954年の旧・江の島水族館開館以来、同館では学術研究にも力を入れてきた。エンターテインメント性を後退させてでも魚を守る姿勢こそ、“エデュテインメント型水族館”の真骨頂。“学び”と“楽しみ”の両輪がうまく機能するからこそ、“えのすいらしさ”が表現できているといえる。

※エデュテインメント=education(教育)とentertainment(娯楽)を合わせた造語。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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