未来を創るニッポンの底力

日本製腕時計ベンチャー・Knotが挑む

「カスタム×リアルプライス」で腕時計市場に新たな価値を創出

株式会社Knot

代表取締役社長

遠藤弘満

写真/芹澤裕介 文/竹田 明(ユータック) | 2017.08.10

2014年、日本で80年ぶりとなる腕時計メーカーが誕生した。その名は「Maker’s Watch Knot」。衰退の一途をたどる日本の時計製造業にイノベーションを起こすべく立ち上がり、「リストウェア」という発想を武器に短期間で新市場を作り上げた、元カリスマバイヤーがこだわる日本品質とは?

株式会社Knot 代表取締役社長 遠藤弘満(えんどう ひろみつ)

1974年、東京都生まれ。通信販売会社のバイヤーとして活躍し、米軍特殊部隊用腕時計「Luminox」やデンマークのブランド時計「SKAGEN」など、世界各地の商品を仕入れて、日本で次々と大ヒットさせる。2011年にはファッション分野で日本人初となる「デンマーク輸出協会賞」「ヘンリック王配殿下名誉勲章」を受勲する。2014年、国産腕時計メーカー「Maker’s Watch Knot」を設立。現在は吉祥寺、表参道、横浜元町、心斎橋、神戸元町、台北で直営店を運営。今後は、アジア数都市とニューヨークへの出店も予定されている。

自由なコーディネートが魅力のメイドインジャパン腕時計

約80年ぶりに誕生した国産腕時計メーカー「Maker’s Watch Knot(以下Knot)」。時計本体とベルトを自由に組み合わせることができ、その数なんと8000種類以上。時計本体は、デザインが異なるだけなく、「クォーツ」「機械式」「ソーラー」と3種のムーブメント(※時計の動力機構部分)も選ぶことができる。そして、最大の特徴はなんといってもメイドインジャパンであること。国内の時計組み立て工場で製造される腕時計は、高品質ではあるが国内の高い人件費の影響で高級品が多い。しかし、Knotはメイドインジャパンの腕時計を1万円台から提供している。

スタート時はクラウドファンディングで資金調達し、店舗を持たないオンラインでの販売のみ。それでも、初回生産分の約4000本を約4か月で完売させた。設立1年後には、吉祥寺にギャラリーショップをオープンさせ、現在は直営店を日本全国に5店舗と台北に1店舗展開している。

メイドインジャパンの高品質と、自由にコーディネート可能なファッション性の高さが注目を集め、テレビや雑誌など各種メディアで華々しく取り上げられ、その人気は留まるところを知らない。

そんな大注目の腕時計メーカーには、3つのコンセプトがある。「メイドインジャパン」「カスタムオーダー」「プライスバリュー(リーズナブル)」だ。

 

一度はあきらめかけたほど困難なメイドインジャパンの夢

Knotの設立には、海外生産へシフトしてしまった日本の時計製造業を再定義しようという思いが込められている。かつて、日本の時計製造業は、世界でもトップクラスの技術力と生産力を誇っていた。1969年にセイコーが世界で初めてクォーツ時計を製品化したのをきっかけに、日本の時計メーカーは軒並み急成長を遂げ、1977年には世界トップメーカー9社のうち3社が日本企業(1位セイコー、4位シチズン、8位オリエント)だった。しかし、1980年代をピークに日本の時計製造業は衰退の道をたどり始めた。

「日本が誇る腕時計産業が1980年ぐらいからどんどん衰退し始め、3万円以下で買えるメイドインジャパンの腕時計がマーケットから消えました。メイドインジャパンの製品は、高品質&低価格で世界を席巻しました。ところが、旧態依然とした流通がいたずらな価格の高騰を招き入れ、メイドインジャパン=高額製品という図式を作り上げてしまったのです」

メイドインジャパンの腕時計を、もう一度世界中の人々が求める製品にするには、高い水準の品質を保ちながら価格を下げる必要がある。Knotを設立した遠藤氏には、バイヤー時代に時計と深く関わっていた経験から、日本の腕時計製造業を救う秘策が見えていた。眼鏡業界が低価格化とファッション化でイノベーションを起こしたように、時計もリーズナブルなファッションアイテムとなるべき。しかし、メイドインジャパンの3万円以下で買える時計は皆無だったのだ。

そこで遠藤氏は、自ら時計メーカーを立ち上げ、リーズナブルなメイドインジャパンの腕時計を作るチャレンジを開始した。しかし、実現は困難を極めた。生産の海外シフトで国内の時計組み立て工場は壊滅的な打撃を受けていた。残っている工場も老舗大手メーカーの息がかかっているため、どこも門前払い。国内の工場をすべて巡ったが断られてしまい、途方に暮れあきらめかけていた遠藤氏は、偶然、自衛隊が採用した腕時計の通販広告を目にした。

それが突破口となった。

「自衛隊が採用するなら国産のはずですが、国内メーカーの刻印は入っていませんでした。そこで調べたところ、10年前に潰れたと噂されていた組み立て工場が実は生き延びており、細々と製造を続けていたんです。早速飛んでいって製造を依頼しました」

国産腕時計メーカーが80年ぶりに誕生した瞬間だった。

 

目指すビジネスは「リストウェア」と「エントリーモデル」

Knotには「カスタムオーダー」というコンセプトもある。時計本体とベルトを自由に組み合わせて購入できる販売スタイルだ。その土台になっているのが「リストウェア」という新しい発想。ユニクロの「ライフウェア」のように、日常生活の延長で気軽に楽しめるファッション性の追求である。

「リストウェアであるために必要なことは、コーディネートができるという点です。3万円以下の時計は“ファッションウォッチ”と呼ばれることもあるのに、なぜか時計本体とベルトのコーディネートの自由が与えられていません。ネクタイとワイシャツは自由に組み合わせられるから、コーディネートの楽しさ、つまりファッション性があります。なぜか時計にはそれがなかったのです」

リストウェアを実現するためにカスタムオーダーというスタイルを取り入れた遠藤氏。リストウェアを広めるためにもう一つ欠かせないことがあるという。それは、「プライスバリュー」、つまりリーズナブルな価格設定である。

「Knotを立ち上げた当初、価格破壊だ、業界破壊だと騒がれましたが、メイドインジャパンの腕時計をリストウェアとして魅力的な製品にするためには、低価格化は避けて通れない道でした。1本10万円以上する時計を、気分によって付け替えることはできません。3万円以下の時計だから、5千円前後のリストバンドだからこそ気軽にコーディネートを楽しめるんです。それに、当社は価格破壊などしていません。日本が元気だった頃はみんなこの価格だったんです。あの頃できたことを、現代の日本人にできないわけがない。私たちは、昔のメイドインジャパンの製造背景に戻そうとしているだけです」

Knotの製品と同じ品質のメイドインジャパンの腕時計販売価格が、今の市場では何十万円もする事実を、遠藤氏はもちろん知っている。ただ、遠藤氏には、イノベーションを起こす気持ちはあるものの、それは日本の腕時計製造業を破壊するためではなく、メイドインジャパンの腕時計の魅力を多くの人に知ってもらい、業界全体にもう一度活気を取り戻してほしいと願う気持ちからだ。

「Knotはメイドインジャパンの腕時計のエントリーモデルを目指しています。メルセデスがフラッグシップモデルであるSクラスを売るために、エントリーモデルのAクラスを製造販売しているように、国産高級腕時計のエントリーモデルをKnotが作っているんです」

目先の利益に走ると市場は枯渇する。日本の時計業界は、まさにその危機にあると遠藤氏はとらえている。世界中で高い評価を得ていた日本の時計製造技術を消滅させないためには、いま一度メイドインジャパンの腕時計の良さを啓蒙する必要がある。そのためには、Knotのような日本製腕時計のエントリーモデルの存在が不可欠という考えからだ。

 

海外進出&他業態展開がKnotの次なるミッション

メイドインジャパンの腕時計の魅力を世に知らしめることに成功した遠藤氏とKnot。次に狙うのは、グローバルマーケットへの本格参入だ。メイドインジャパンの高品質腕時計を欲しているユーザーは、世界中にいる。しかし、高額だから手が出せない人も少なくない。そんな人たちに一日も早くKnotの腕時計を届けるのが、Knotの次なるミッションだと遠藤氏は語る。

「Knotの海外進出には、パートナー企業だけでなく、日本中のモノづくりベンチャーが期待を寄せています。メイドインジャパンの製品が再び世界を席巻する姿は、日本の若者に勇気と誇りを与えます」

海外進出とともにKnotが目指しているのが腕時計以外の製品への参入だ。

同社のコンセプトは「メイドインジャパン」「カスタムオーダー」「プライスバリュー」。実はそのなかに「腕時計」という文字は入っていない。これは、同社が「腕時計」にこだわらないということを意味する。現に、腕時計以外で、「メイドインジャパン」「カスタムオーダー」「プライスバリュー」を追及した製品のプロジェクトが進行しているという。

「旧態依然とした流通が原因で廃れていく業界があれば、Knotと同じ手法でイノベーションを起こします!」

メイドインジャパンの腕時計で大ブレイクしたKnotだが、同社の挑戦はまだ序章を終えたところに過ぎない。Knotがどこまでメイドインジャパンの製品にイノベーションを起こし、海外に広めてくれるのか、今後も目を離せない展開が続きそうだ。

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DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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