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中川政七商店が挑む日本の工芸業界と共栄するための「コンサルティング」ビジネス

株式会社中川政七商店

代表取締役社長/十三代

中川政七

写真/吉野洋三(TAKIBI) 文/竹内三保子(カデナクリエイト) | 2017.12.15

自社のブランドを確立することで、売上をこの15年で約4倍にまで急拡大させている中川政七商店。同社はそのノウハウを活かして、経営難に苦しんでいる工芸品関連業者の復活をサポートする、コンサルティング事業を2009年からスタートした。復活したのちは、日本の工芸を元気にするためにともに協力し合っていくという、共存共栄を念頭に入れたビジネモデルだ。サポートの対象は地域の産業観光振興、土産もの市場の振興など多方面に広がっている。

株式会社中川政七商店 代表取締役社長/十三代 中川政七(なかがわ まさしち)

1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008 年に十三代社長に就任。日本初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を開始。初クライアントである長崎県波佐見町の陶磁器メーカー、有限会社マルヒロでは新ブランド「HASAMI」を立ち上げ空前の大ヒットとなる。2015 年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持している企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。著書に『小さな会社の生きる道。』(CCC メディアハウス)、『経営とデザインの幸せな関係』(日経 BP社)、『日本の工芸を元気にする!』(東洋経済新報社)。

“産地の一番星”の成功は地域全体を巻き込んで輝かせること

中川政七商店の十三代 社長の中川政七氏は、“日本の工芸を元気にする!”というビジョンを掲げ、工芸品関連業者のコンサルティングを手掛けることを決意した。しかし、実績もない企業にコンサルティングを頼む企業などあるはずはない。

そこで中川社長は、まず書籍を出版することを目指した。知人の編集者に相談して、中川政七商店の成長プロセスを執筆した連載を、月刊誌「日経デザイン」でスタート。評判がよければ書籍化するという約束をとりつけた。記事の評判は上々で、表参道ヒルズへの出店で注目度が高まっていたことも後押しし、2008年に書籍化が実現した。

「それを読んで依頼してくれたのが、長崎県の波佐見焼の産地問屋「マルヒロ」でした。社員数は10人弱の企業で売上はピーク時の半分以下。借金も多く状況は悪かった。コンサルティングはだいたいひと月に一回。実際に現場に入って課題を見つけて、次に来るまでに解決することを宿題にします。解決できていたら、次の課題を提案。この繰り返しです。マルヒロは社員全員が危機感を共有していたこともあり必死でした。立ち直りは早かったですね」

▲上がコンサル前のマルヒロの波佐見焼マグカップ、下がコンサル後にブランド名を「HASAMI」とし、スタッキングができることを打ち出したデザインに。感度の高いセレクトショップを筆頭に新規取引が大きく増えた。

当初は、地域に1番星を作れば、それがひとつの起爆剤になって、地域全体が活気づいていくと考えていた。しかし、地域によってはすでに一社の力ではどうにもならない段階に来ているケースが多い。たとえば、「マルヒロ」はピーク時の1.5倍に売上が拡大したが、波佐見焼をつくるために欠かせない、原型をつくる型屋には後継者がいないという状況だった。このままでは10数年後には確実にひとつの工芸が無くなってしまう。

分業制にしている限り、このように工程から抜ける業者が出る度に存亡の危機に立たされる。そうならないためには、分業制ではなく、ひとつの場所、あるいはひとつの会社で垂直統合していくことが必要だという。もちろん、そのためにはある程度の投資が必要になる。だからお金を集める仕組みも考えなくてはならない。製作風景を見学できる産業観光施設にして観光客を呼び込むことを提案する、といった具合だ。観光客を呼び込むためには宿泊施設やおいしい料理、また魅力的な土産ものも必要だろう。

新潟県の燕市・三条市では、中川社長が包丁メーカーの「タダフサ」のコンサルをしたことをきっかけに、「工場の祭典」というものづくりを体験できるイベントが始まった。初年度の参加者は10,708人、2年目は12,661人、3年目は19,312人と順調に伸びていった。より集客の拡大に向け、中川政七商店でもイベントの企画や告知で協力し続け、現在では参加者は53,294人にまで膨らんだ。

「燕・三条では、コンサルやプロデュースができる人間を育てるための人材育成事業も始めました。現在では技術伝承のための大学をつくろうという話も出ています。これだけ成果が出ているのは、市長がトップにたって精力的に活動されているからでしょう。こうした地域が増えていけば、日本の工芸は元気になっていくと思います」

コンサル事業から新しいビジネスチャンスを発見

中川社長のコンサルタント・フィーはたったの月に25万円~。はためから見れば、何のためのコンサルかと映るだろう。しかし、いろいろな企業と付き合うことで、新たな発想も沸いてくるし、新たなビジネスチャンスも発見できるという。

たとえば、現在、中川政七商店では「大日本市」という工芸メーカーの販路拡大を目的とした展示会を主宰している。中川社長自身が、かつて思惑外れの展示会に出展して何度も苦い思いをした経験から生まれたものだ。コンサル卒業組にとっては、貴重な販路開拓の場のひとつになる。展示会の出展料は無料。そのかわり、商談がまとまれば、販売額の一部を同社が受けとるという仕組みだ。短期的には持ち出しだが、長期的な利益を期待しているという。

▲2017年10月に福井県鯖江市で開催された「大日本市鯖江博覧会」より。写真:Tsutomu Ogino(TOMART:PhotoWorks)

また、コンサルによって蘇った企業の商品は、お互いの合意によって、多くの場合、中川政七商店の店頭に並んだり、問屋として仕入れたりする。育つ企業が増えれば、同社の品ぞろえもバラエティに富んでいく。前述の「マルヒロ」が生んだブランド「HASAMI」の食器は、同店の定番アイテムとしての地位を獲得している。

▲中川政七商店・表参道店でも「HASAMI」のブランドコーナーが設けられている。

さらに、最近は「日本市」というブランドで、“土産もの市場”も手掛けるようになった。日本の土産もの市場は3兆6000億円。現状では大半が食品だが、土産ものとしての工芸品の魅力を高めれば、市場は一気に拡大することが期待できる。そこで中川社長は、その土地ならではの魅力的な土産ものづくりの手伝いをする「日本市プロジェクト」を立ち上げた。同プロジェクトでは、現地の土産もの屋などを対象に商品開発・供給から土産もの小売ノウハウ指導まで手掛けている。

ほかにも、地域に根ざした工芸のひとつである、郷土玩具に触れるきっかけをつくるために、フィギュアの造形企画製作を手掛ける海洋堂の協力を得て、郷土玩具のガチャガチャをつくった。郷土玩具を知らなかった人が、ガチャガチャをきっかけに産地に足を運び、郷土玩具に触れたり、購入するといった流れができることを期待している。

「今後の課題は食品。実は現在300か所ある産地の7割は食品。焼き物や調理道具をはじめ工芸品の多くは食と深く関わっているので、支援する必要があります。しかし、私は年間4~5件工芸品のコンサルを手掛けることで手一杯。とても食品まで手が回らないと頭を悩ませていたら、博報堂が協力してくれることになりました。同社から、コンサルタント候補を20人ほど選抜してもらい、現在は養成している最中です」

▲ブランド「日本市」では、郷土玩具に縁起ものを掛け合わせた「めでた玩具」シリーズをはじめ、その出自も一緒に語りたくなるような土産ものが多数揃っている。

伝統として終わらせないために大切なのはコミュニケーション

「この商売をする上で、もっとも使いたくない言葉は『伝統工芸』です。自動車産業は、誕生してから100年以上経っているけど、誰も伝統産業とは言わない。必要に応じて進化しているからです。工芸品も、本来はそういうものだと思います。それに対して『伝統工芸』という言葉は、“伝統は素晴らしいものだから、ずっとそのままの形で残そう”と言っているようなもの。ある意味、進化を止めてしまいます」

たとえば、同社で扱う“拭き漆(ふきうるし)”のお椀。天然木をくりぬいた椀に色漆と拭き漆を塗り重ねることで、従来の漆器にはない透明感ある色鮮やかなデザインが特長だ。漆器の作業工程を、日常の使用に耐えうる必要最低限の回数に絞ることで、手に取りやすい価格設定を実現している。

▲「お椀や うちだ」の拭き漆の技法を使った、色鮮やかなお椀。

「工芸品としてはどちらも優れているのに、“伝統工芸”という観点で見れば、木目が見えないほど何重にも塗った何十万もするような漆塗りがいいことになる。拭き漆は塗り回数が少ないぶん、安物とされてしまいます」

しかし、本来の漆の役割は、お椀の強度を高めるためと、断熱効果を得るためだ。断熱効果によって、手で持ったり、飲むために口をつけても熱くない。中川社長は、その機能性に着眼した。

「漆の美しさばかりが注目されると、結果として、漆の機能についての知識は忘れ去られ、衰退していってしまうのです。そうならないためにも、伝統として留めるのではなく、工芸品としての機能美もしっかり伝えなくてはいけません」

中川政七商店の店頭では、各商品の前に工芸品の特徴を書いたポップがズラリと並んでいる。どれも工芸品の優れた機能を正しく理解して欲しいという思いにあふれている。販売スタッフに尋ねれば、溢れんばかりの説明がこぼれてくる。

直営店の展開はブランドづくりに大いに役立ったが、これからは工芸品の基礎知識を伝える教育の場としても力を発揮しそうだ。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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