甘酸っぱい日本酒「仙禽」で世界水準を目指す 老舗蔵元せんきんのサスティナブル経営|株式会社せんきん 薄井一樹|Made in Japan 未来を創るニッポンの底力 |SUPER CEO

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甘酸っぱい日本酒「仙禽」で世界水準を目指す 老舗蔵元せんきんのサスティナブル経営

株式会社せんきん

十一代目蔵元/専務取締役

薄井一樹

写真/芹澤裕介 文/松本 理惠子 | 2018.05.01

日本酒の概念を覆す“甘酸っぱい味”の「仙禽」で、業界を活性化させてきた酒造メーカーせんきんの蔵元で専務取締役の薄井一樹氏。蔵元を率いる彼の異端児ぶりは酒造りにとどまらず、「広告費ゼロ」「成長率130%」など、その経営手腕も他社とは一線を画している。斜陽産業と言われて久しい日本酒業界で、せんきんが世界を相手に勝負を挑める訳とは?

株式会社せんきん 十一代目蔵元/専務取締役 薄井一樹(うすい かずき)

1980年生まれ。大学を中退し、日本ソムリエスクールに入学。卒業後は同校で講師を務める。04年、経営再建のために実家の「仙禽酒造」に入社。甘酸っぱい味の日本酒を開発し、人気を博す。08年、新会社の株式会社せんきんの専務取締役に就任。

■株式会社せんきん

1806年(文化3年)創業の蔵元。所在地は栃木県さくら市馬場。かつては仙禽酒造という社名で、大量生産の普通酒「仙禽」を販売していた。2008年、株式会社せんきんへ事業移管。現在は、11代目蔵元の薄井一樹氏を中心に、伝統的製法やドメーヌ米などのこわだりの日本酒を販売している。主力銘柄は「モダン仙禽」「クラシック仙禽」「仙禽ナチュール」「プレミアム仙禽」などのシリーズ。

右肩下がりの日本酒業界で再生を目指す

日本酒の消費量は昭和54年をピークに下がり続けている。国内出荷量はピーク時には170万リットルを超えていたが、今は60万リットルを割り込む水準だ。現せんきんの前身である仙禽酒造もご多分にもれず、薄井氏が経営を引き継ぐ2008年まで右肩下がりの経営を続けてきた。

日本酒衰退の背景には、“日本酒はおやじの酒”“悪酔いする”などのイメージが少なからずある。それは高度経済成長の時代、品質より量を優先した酒造りが主流になった影響も大きい。生産酒量を増やすために、日本酒に醸造アルコールを加え、それを水で薄めるといったつくり方が一般的になったのだ。先代である父親の酒について、薄井氏はこう語る。

「先代の『仙禽』もまさにそういう酒でした。ディスカウントストアやスーパーに並ぶ安い酒で、品質は誇れるものではありませんでした」(薄井氏、以下「」内は薄井氏の発言)

だが、当時もこだわりの酒造りをしている蔵元はいくつかあった。そういう蔵元の味に出合って衝撃を受けた薄井氏は、「今の『仙禽』では話にならない。時代にあった“本物の日本酒”で勝負しなければ」と悟る。

“安酒の仙禽”からの脱却 優先したのはブランド構築

ソムリエとして働いていた薄井氏は実家の蔵元に戻り、経営立て直しに着手。まずは、自分たちだけのインパクトのある味づくりだ。

薄井氏は迷わず、日本酒としてはタブーとされてきた“甘酸っぱい味”の開発を決める。決め手になったのは、それまでソムリエとしては当たり前に考えてきた料理との相性を念頭に置いたことだった。あわせて、“安酒の仙禽”のイメージを塗り替えるためのブランド戦略も始める。選んだのは“手間暇かけた昔ながらの酒造り”。

「商品開発とともに私が優先して取り組んだのは、せんきんのイメージづくりです。<機会工業品としての酒造りをやめて、伝統工芸品としての酒造りを追求します>という宣言を、ウェブサイトやTwitterを通じて、ぶち上げました」

酒質は何度でも改良して納得したものを出せばよい。だが、ブランドイメージの構築を最初に間違えると取り返しがつかない。薄井氏が企業イメージにこだわった理由はそこにある。

「仙禽の酒を伝統工芸品にしようと思ったのは、ブランディングにはストーリー性が不可欠だからです。金属製のタンクをやめて木桶を使い、機械搾りをやめて袋搾りにし、人工乳酸を添加するのをやめて生酛仕込みにするなどの伝統的製法を取り入れました。昔ながらの酒造りをすることで、そこにドラマが生まれます。さらに、2014年からはドメーヌ化も行っています」

江戸時代から明治初期までの技法を用いて新しい酒造りを行う。

ドメーヌとは、同じ環境で育った原材料のみを使ってする酒造りのこと。「仙禽」のドメーヌ化は、酒の仕込み水と同じ鬼怒川水系の水脈で育った米を使うこだわり様だ。伝統的製法はとにかく手間がかかる。自然が相手なので管理が難しく、その時々で仕上がりが違うためだ。

手間暇がかかる製法というのは、言い換えればコストがかかる製法でもある。こだわりの酒造りをすること自体は、技術があればできるかもしれない。だが、それをビジネスとして成立させられるかどうかは別だ。

原点回帰にこだわればこだわるほど、コストはかさみ、利益を出すのは難しくなる。だからといってコストを単純に価格に上乗せしてしまうと、ただの高値の商品になってしまい、消費者からは敬遠されてしまうだろう。消費者が食指を動かすには、そこに値段以上の付加価値が必要となる。

「他には無い味、他とは違う製法。そういうストーリー性が付加価値になります。今、うちでは私が会社全体を見て、弟が杜氏として製造責任者を務めています。“200年続く蔵元で、兄弟がする酒造り”というストーリーもまた、仙禽の付加価値のひとつです」

実は、弟の真人氏はもともと別の仕事をしていたという。それを、「仙禽のブランディングに不可欠だから」と薄井氏が口説いて、杜氏になってもらった。弟の人生さえ変えるほど、妥協なしに薄井氏はブランディングをしてきたのだ。

毎年130%成長率を達成 秘訣はマーケットの読み

2008年に仙禽酒造から事業移管をし、株式会社せんきんとなってから、業績は毎年右肩上がりの成長を続けている。生産量は10年前の20石(3600リットル/1石=1.8リットル入り一升瓶100本)から、現在の2000石(36万リットル)へ100倍に。年商はここ数年、130%の伸び率だという。その秘訣を聞くと、薄井氏は「市場の程よい飢餓感」と答えた。

「ブランディングによって需要が伸びたら、それに合わせて供給を増やすやり方で、常に75~80%を供給するようにしています。飽和状態になれば、途端に飽きられてしまうからです。フェラーリの創始者エンツォ・フェラーリの言葉にも『少しだけ足りないほうがよい』とあります」

ただ、言葉で「需要の75~80%」というのは簡単だが、実際に市場の伸びを察知するのは至難の技だ。どんな複雑な分析をしているのかと思いきや、市場の見極めは薄井氏自身の体感によるところが大きいという。

「仙禽の酒は一般流通していません。販売理念や保存の仕方、料理とのペアリングなどを熟知してくれている、信頼関係の置けるパートナー(特約酒販店)のみに卸しています。彼らと意見交換をしたり、イベントで消費者の反応を見たりすることで、マーケットの動きや自社のブランド価値が分かります」

ブランディングするほど経営は楽になる

薄井氏の経営でもうひとつ特徴的なのは、広報活動や営業活動をほとんどしていないことだ。にわかには信じられないことだが、広告費も営業費もゼロ、酒販店との取引や飲食店向けの講演などをする薄井氏以外には営業担当もいないという。

「うちの良さを分かってくれているパートナーが、自ら『仙禽』を広めてくれるのです。一度『仙禽』のファンになった消費者の方々も長く買い続けてくれ、口コミで名前を広めてくれます。ブランディングすればするほど、企業にとって営業活動は楽になるんですよ」

また、蔵元の労働環境の整備にも力を入れる。一般的に日本酒は仕込みから完成まで丸3カ月かかるといわれ、その間、遠方から訪れる杜氏は24時間体制で蔵に詰め、温度・湿度の管理などをしながら発酵を見守ることになる。3カ月間は休み無しが当たり前。文句なくスーパーブラックだ。

そんななか、せんきんでは従業員の完全週休2日制を実現している。薄井氏の代になってからは、出稼ぎ型の杜氏制度は廃止し、せんきんに所属する弟の真人氏が杜氏を務めることで、社内で生産体制のコントロールができるようになった。また、冬季限定だった製造も10月~翌7月までの3季に増やし、生産性を高めている。蔵元の労働環境について薄井氏は言う。

「酒造りの製法は伝統的でも、働き方は今の時代に合わせて改革すべきです」

父親から受け継いだ時は数人しかいなかった従業員は現在30人で、そのうち製造部門は11人。酒蔵としては大所帯と言っていい。先述のドメーヌ化と合わせて、労働環境の改善は貴重な人材を確保するためには当然必要な手段だ。そこには、サスティナブルな経営を目指す薄井氏の哲学が見えてくる。

今後は生産量を減らし、経営の効率化を図る段階へ

薄井氏が初年度に生み出した甘酸っぱい酒は、「仙禽 純米吟醸」として売り出された。その味は少しずつマイナーチェンジを繰り返しながら、現在は「モダン仙禽 無垢」に受け継がれている。その後も、高精米の酒やワイン酵母の日本酒など、“甘酸っぱさ”をキーワードに多種多様な日本酒をつくってきた。

「これまでの取り組みで酒造りの技術を磨き、ノウハウの蓄積もできました。うちの蔵と相性の良い米や酵母も分かりました。今後はラインアップを絞ります。洋食に合う『モダン』、和食に合う『クラッシック』、高価格帯の『プレミアム』、伝統的製法にこだわった『ナチュール』の4本柱で展開していきます」

ラインアップを絞る決断をした背景には、「『仙禽』ブランドを一発屋にはしたくない」という薄井氏の強い思いがある。

「最初は尖った飛び道具的な味で、たくさんの人に振り向いてもらいました。しかし、それだけではマイナーの域を出ず、やがて飽きられてしまいます。小規模市場で勝負するのは200~300石までが限界と私は考えています。今は『仙禽』らしさを残しながら、より多くの人に飲んでもらえる味にシフトしていく段階にきています」

今後は全体の生産量も絞っていく予定だ。その分、単価を上げて、経営効率化を図っていく。

「『仙禽』を気軽な酒として市場にばら撒けば、昔の大量生産・薄利多売の時代に戻ってしまいます。たとえ単価を上げたとしても、ブランド力があれば消費者はついてきてくれると信じています」

ただし、万人向けにする一方で、薄井氏は「“『仙禽』って楽しませてくれるよね”という、尖ったブランドイメージは失ってはいけない」とも考えている。ブランドイメージこそが、企業を支える根幹だからだ。そのための仕掛けのひとつがドメーヌ化であったり、伝統的製法への回帰であったりするわけだ。

ブランド定着の先に見据えるのは“世界の「仙禽」”

国内での「仙禽」人気が目覚ましい今、周囲のやっかみなどは無いかと、少々無粋な質問を投げかけてみた。薄井氏から返って来た答えは「もはや栃木のことは見ていない」という力強いものだった。

「国内では、秋田の新政酒造や福島の廣木酒造本店など、百戦錬磨の猛者たちと渡り合っていかなくてはなりません。さらに、これからは世界とも戦いです。

近年、世界で日本酒の人気が高まってきました。うちも11カ国に輸出しています。海外で勝負するためには、富裕層が酒を選ぶ場面で、高級ワインのグランヴァンの隣に並んでも引けを取らない日本酒がなくてはなりません。そのために、原料米を7%まで精米した日本酒を開発したのです」

現在は香港のみに出荷。国内でそのものを味わうことはできないが、プレミアムシリーズの「醸(かもす)」に一部ブレンドされている。ちなみに、複数の酒をブレンドするのは、フランス・ボルドーの「アッサンブラージュ」の技法だ。

薄井氏は「『仙禽』の理念や味は、世界に通用する」と自信をのぞかせる。だが、日本酒には課題もある。それは、プレゼンテーションの弱さだ。日本酒は2つの点でワインより劣っているという。

「ひとつは、料理とのペアリングのプレゼンです。どういう料理やシチュエーションと『仙禽』が合うかを、もっと発信していかなくてはなりません。もうひとつは、原料のプレゼンです。ワインと違い、日本酒は技術で原料の弱点をカバーできてしまうので、原料は二の次になりがち。しかし、『仙禽』では収穫した年のドメーヌの新米しか使いません。そういう原料のこだわりを、欧米のワイン文化では重要視します」

ワインの“酸”に慣れている欧米人にとって、「仙禽」の味は親しみやすいはずだ。プレゼンさえ間違わなければ、世界中で「仙禽」が飲まれる日も近いかもしれない。

「日本を代表する日本酒メーカーとなるために、欧米の味覚に合わせた商品を開発するのではなく、あえて日本の味で勝負していきます」

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vol.35

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