スーパーCEO列伝

ビジネスSNSが見つめる、働く人と企業の関係 「選ぶ・選ばれる」ではない“出会い”をつくる

ウォンテッドリー株式会社

執行役員 ビジネスチームマネージャー

川口 かおり

文/栗本千尋 写真/伊藤圭 | 2019.02.12

人材不足や人材とのミスマッチに悩む企業は多い。企業と求職者はなぜうまく出会えないのか。「『Wantedly Visit』が目指すのは、本当の意味でのマッチング」。そう語るのは、HRの現場で活躍してきた「Wantedly Visit」ビジネスチームマネージャーの川口かおりさん。これまでの求人トレンドの変化と現状、そして今後の求人のあり方について聞いた。

ウォンテッドリー株式会社 執行役員 ビジネスチームマネージャー 川口 かおり(かわぐち かおり)

1979年生まれ、愛知県出身。早稲田大学卒業後、競泳選手のマネジメントに従事。2007年にリクルートエージェント(現リクルートキャリア)に入社。法人営業や新規事業の立ち上げ、事業開発部門のマネージャーを経験。2015年にはシンガポールのHRテック企業でのマネジメントを経て、2017年10月当社に入社、2018年9月より現職。

2000年代以降の急速なテクノロジー進化が、求人の場にも大きく影響

企業と求職者の出会いをサポートする“架け橋”となってきた「Wantedly Visit」のビジネスチームを率いる川口かおりさんは、採用や求人の行われる“労働市場”を、景気動向とリンクしているものだととらえる。

「例えば景気が悪くなったとき、企業が最初に削減するのは、求人にかける広告の支出。2000年以降の大きな変化としては、リーマンショックや震災の後には社員の採用を控える企業が増え、求人数が急降下しました。そして今は比較的右肩上がりで回復してきている、というのが市場の動向です。求職者にとってはいわゆる“売り手市場”といえます」

ウォンテッドリー株式会社 執行役員 ビジネスチームマネージャー 川口 かおりさん

企業にとっては厳しい状況が続いているが、それでは、企業側が求める人物像としては、どのような人材にニーズが集まっているのだろうか。「企業によって採用ニーズが違いますが……」と前置きした上で、“生産性の高い人材”が、ひとつのキーワードになっていると語る。

「2016年からいわゆる『働き方改革』が提唱されるようになり、一方で労働人口は減少している。そんななかで企業は、社員一人ひとりの生産性を上げていく必要があります。というのも、ひと昔前までは、『この仕事量をさばくためにこれだけの人数を配置しよう』『残業を増やそう』といった選択肢があったかもしれませんが、今は労働人口も労働時間も減少傾向にあるため、社員一人あたりのアウトプットが多くなくてはなりません。

また、労働人口が減る一方で、自動化技術やAI技術といったテクノロジーの進化によって、人間がやるべき仕事自体は減ってきています。今後はどうしても人の手が必要なところや、“人が生み出す価値”が重視されるようになると考えられるため、“テクノロジーを活用する仕組みを作れる人”や“組織でマネジメントのできる人”が重宝されるようになるでしょう」

また、募集の属性としてはソフトウェア系エンジニアのニーズが増えているという。

「老舗といわれるようなメーカーや商社でも、ECサイトの開設やアプリ開発など、テクノロジーを使った事業展開を考えていない企業は、ほぼないと言っていいでしょう。ところがこれまでエンジニアを必要としてこなかったので、知見のある人を新たに外から採用することになります。こうしてエンジニアの求人が増えているのです」

しかし、テクノロジー領域に強い人材が必要不可欠とはいっても、中小企業などでは人を抱えることがリスクになる場合もあるのではないだろうか。川口氏は「アウトソースの需要ももちろんある」と答える。

「副業OKの企業も増えつつあり、フリーランスという働き方が浸透してきているので、必ずしも正社員を雇用するのではなく、業務委託やパートナー企業と提携するなど、アウトソースする事例も増えています。『Wantedly Visit』では、正社員雇用の求人だけでなく、インターンや業務委託先を探すことができるので、そういった需要にも応えていますね」
 

2000年以降、求人情報サイトの登場を皮切りに、派遣や転職サイト、就職(転職)エージェントの増加など、採用の方法と求職の方法は実に多様化した。テクノロジーの進化に合わせて、労働市場でも“個人”とのコミュニケーションができるビジネスSNSやマッチングサービスに注目が集まっている。

ウォンテッドリー社の主軸サービス「Wantedly Visit」は、企業と求職者をカジュアルにマッチングする“会社訪問サービス”だ。企業の思い、ビジョン、ストーリーなどにフォーカスし、それらに共感した求職者は、ただちに応募するのではなく、まずは「社員に話を聞きに行く」「企業を訪問する」ことによって企業への理解と関心を深めていく。

なぜ、実際の応募までに「話を聞く」「社員に会う」といったクッションが設けられているのだろうか? その理由としては、優秀な人材ほど、カジュアルな出会いの方が転職へのハードルを低くするという点が挙げられると川口氏は言う。

「私たちは“顕在層”と“潜在層”という言い方をしますが、採用では、今すぐ転職したいという意思のある“顕在層”だけでなく、すぐに転職しようとは考えていないがいずれ新しいチャレンジをしたい“潜在層”に、いかにリーチできるかがキーになります。優秀な人であればあるほど各企業は手放そうとしないので、旧来型の求人サイトには潜在層は集まりにくい。

一方で『Wantedly Visit』のような、企業のビジョンへのマッチングを重視したサービスは、よりカジュアルに企業と出会うことができるため、潜在層にもアプローチしやすくなるのです。当社のサービスを含むビジネスSNSは出会いのハードルを下げ、まずは求職者と企業が出会うためのファーストステップを提供しています」

ミレニアル世代の働き方の志向は、自分らしく生きるための“自己実現”へ

では、どのようにリーチすれば求職者が関心を抱くのだろうか。「給与よりもやりがいや自分の価値観を重視する」などの声が聞かれるミレニアル世代が、どのような志向のもとに仕事を探しているのかについても聞いてみた。

「もちろん、ネームバリューや給与を重視する人もまだまだ多いですが、働くことを通して自己実現したい、と考える動向はあると思っています。ミレニアル世代の親世代は、高度経済成長期を終えて不景気に入る時代を過ごしてきました。ですから、不安定な景況の中で遅くまで残業をしている姿や、あるいは仕事で失敗した姿を子どもに見せているかもしれません。

必然的に、ミレニアル世代は“仕事とは、働くとは何なのか”“自分は、働くことを通して何を得たいのか”という問いを、早いうちから持っている人が多いように思います。働くことへのモチベーションを言語化できていたり、『こういうことを成し遂げたい』『こういう仕事が好き』という思いを感覚的に持ち合わせている人が多いのではないでしょうか」

インターネットが普及する以前は、“世の中の価値観=自分の価値観”で、そこに疑問すら持たなかった。今はインターネットを使えば色々な情報を得られる環境にあり、考えるきっかけが多い社会になっているため、多様化が進み、“個の価値観”を醸成しやすい社会になっているといえる。

「そうした“個の価値観”を大切にすると、“みんなが入りたい企業”ではなく“自分にとってベストな企業”を選ぶようになるのではないでしょうか」

また、川口氏によると、「求人広告に予算を割けば応募が集まる時代は終わりつつある」という。労働人口が減少していく現実のなかで、広告費と応募数は必ずしも比例しなくなってきているのだ。

「旧来型の求人メディアは、広告費をたくさんかける企業が大きな枠を買い取り、検索上位に表示される仕組みでした。ですから、大企業のように多額の広告費をかけられない中小企業は、“採用弱者”として苦戦してきた背景があります。

しかし今後は、予算を使って数を打てば当たるという考え方よりも、優秀な一人と出会うために注力した方が、メリットは大きくなっていく。日本の労働人口は今後も減っていく、というのは変えることのできない事実で、社会的な課題です。企業側がマインドを変えていく必要があるのではないでしょうか。

ひと昔前までは、応募数をどれだけ確保するかが大事でしたが、応募ボタンを用意して待っていれば人が集まる時代は終わりました。もっと上流の部分、つまり“出会い”の部分で、興味を持ってもらわなくてはいけません」

「様々な情報に触れながら、“個の価値観”を重視して仕事選びをする人が増えた」と川口さん

中小企業に求められるのは、情報をオープンにして積極的に発信し続けること

大企業やメガベンチャーにはネームバリューがあり、それだけでも優位に立つことができていた。しかし、広告費を多く使うことができず、知名度も無い、これまで“採用弱者”といわれてきた企業にもチャンスがめぐってきやすい環境は着々と整いつつある。

「『Wantedly Visit』は中小企業の抱える“コスト”と“知名度”の2つの課題を解決できると思っています。まず“コスト”の問題は、求人広告に費用をあまりかけられない企業でも利用しやすいよう、利用料は月3.5万円から成果報酬などは発生しないモデルにしています。続いて“知名度”。『Wantedly Visit』は構造として広告費=掲載枠という仕組みではないため、より充実した情報を継続的に発信していただくことが重要になってきます」

「Wantedly Visit」は、旧来型の求人メディアのような広告枠をお金で買う仕組みではなく、個人の興味関心、SNSのつながりなどを元に、最適な情報を表示する仕組み。同じ条件で検索しても、人によって違う結果が表示されるため、企業に与えられたチャンスは平等だ。それを踏まえた上で、中小企業はこれからの時代をどう闘っていけばいいのか。

「できる限り情報をオープンにすること、情報を発信することです。求人サイトや求人広告で、キレイなことばかり書いている企業もありますが、若い人たちは虚栄をきちんと見抜いています。企業側は良いところも悪いところも、ありのままを発信していくことが大事。見栄を張るよりも、『ここはまだまだ改善の余地があるので取り組んでいます』という方が、誠実さが伝わるはずです。『Wantedly Visit』をご覧いただくとわかると思いますが、いいことばかりを書いてもらっているわけではないんです」

また、等身大の姿を見せるために、「Wantedly Visit」では、企業自身がコンテンツを書くことを推奨している。

「よく、企業の方に『自慢できるようなことはない』と言われるのですが、そんなに良いことばかり意識する必要はないんです。会社が提供する価値に誰かがお金を払っていて、従業員が一人でもいるなら、存在する意義があるはず。

社員一人ひとりの『これまでどんな仕事をしてきて、なぜここで働いているのか』というストーリーは、きっと一人として同じものにはなりませんよね。企業の個性を突き詰めていくと、“働いている人”と言えるかもしれません。実際に、人にフォーカスした記事はシェアされやすく、閲覧されやすい印象があります」

社員一人ひとりがどのような思いの下に集まり、働いているのか。そこには全く違うストーリーがあるはず

ベストな“出会い”のために必要なのは条件ではなく、企業のビジョンへの共感

情報をできる限りオープンにすることが重要とする一方で、旧来型のメディアであれば必ずといってよいほど記載されている給与や福利厚生などの条件が「Wantedly Visit」の各企業ページには書かれていない。これには「Wantedly Visit」の目指す“ベストなマッチング”への強い思いが反映されていた。

「私たちは、『給与などの条件面はマッチングに必要ない』と主張しているわけではありません。とても大事なファクターだと思います。ただ、ベストなマッチングにそれが欠かせないかというと、そうではない。日本も資本主義社会なので、募集要項にすべてが書いてあると、給与に目がいってしまう。どれだけミッションやビジョンに共感しても、年収500万円と1000万円が並んでいたら、1000万円の方に目がいってしまうでしょう。ですから、給与や福利厚生はあえて記載する欄を設けていません」

旧来型の求人メディアでは給与や条件で絞った場合には条件が合わず、表示されない求人もある。しかしそうした企業の中に、強く共感できるビジョンや理想を実現できる企業が埋もれている可能性もある。

「もちろん、『夢や理想だけで入るのがいい』というわけではなく、出会いの順番の問題です。弊社が提供しているのは、企業と人の出会いの瞬間。『この企業に話を聞いてみたい』というファーストステップは、給与や福利厚生ではなく、まずは『何をやっているか、なぜやっているか』に興味を持つ方が、ベストなマッチングを生めると考えています。また、『Wantedly Visit』には『応募する』というボタンはありません。ビジット体験、つまり会社に遊びに行きたい、話を聞いてみたい、というきっかけのマッチングを提供しているのです」

「Wantedly Visit」ウォンテッドリー社の募集ページ

採用におけるマッチングは、どちらかがどちらかを一方的に選ぶのではなく、いかに両者の価値観や条件がマッチするかが肝だ。さらに、情報化社会の現状を鑑み、より精度の高いマッチングのためには、情報を公開していくことが主流になるはずだ、と川口氏は続ける。

「現状では主に、東京のスタートアップ企業にサービスを使っていただいていていますが、それ以外の地域・業種では、ほぼ無名の新しいサービスです。今後は、新規の企業数を増やすだけでなく、業界や地域を拡大していくのが目標。また、大手企業へのアプローチも視野に入れています。

大手企業の発する影響力やメッセージ性には大きな価値があります。『あの企業が使っているのか』と新しいサービスに関心を持つ人もいるでしょう。そうした取り組みを通じて、新たな採用の形をつくっていきたい。カジュアルな出会いからのマッチング採用がもっと当たり前になるように、世の中の価値観に影響を与えていけたらと思っています」

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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