スーパーCEO列伝
株式会社メルカリ
取締役社長 兼 COO
小泉文明
写真/宮下 潤 文/大矢幸世 | 2018.02.13
株式会社メルカリ 取締役社長 兼 COO 小泉文明(こいずみふみあき)
1980年生まれ、山梨県出身。早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBC(現・大和証券)でmixiやDeNAなどIT企業のIPO(新規株式公開)を担当。2007年にmixiに転職し、執行役員CFOとしてコーポレート部門を統括する。12年に退任後、いくつかのスタートアップを支援し、13年12月メルカリに入社。14年3月取締役就任。17年4月、創業者の山田進太郎氏から引き継いで現職に就く。
全世界でアプリ総ダウンロード数1億を突破し、破竹の勢いで快進撃を続けるメルカリ。アプリのリリースは2013年7月と、フリマアプリとしては後発組ながら、現在では圧倒的な認知度とユーザー数を誇る。月間流通額は100億円を超え、1日の出品数は100万品以上と、名実ともに“日本最大”のフリマアプリだ。
非上場で時価総額10億ドル(約1000億円)を超えると予想される、いわゆる“ユニコーン企業”は、米国発のUber(ウーバー)、Airbnb(エアビーアンドビー)、WeWork(ウィーワーク)など世界に約220社あると言われているが、メルカリは日本国内ではほぼ唯一と言えるユニコーン企業。まさに今、もっとも世界から注目を集める日本企業のひとつと言えるだろう。また、2014年9月にリリースされた米国版メルカリも堅調にダウンロード数を伸ばし、2017年11月時点で3000万件を超えるなど、グローバルな成長も見せている。
「僕らが手がけているマーケットプレイスビジネスは、企業が販売者として介在するのではなく、一般の消費者同士が売り買いを行う場の提供です。こうしたマーケットプレイスビジネスは、いわゆる“winner-takes-all”(勝者総取り)。お客様が集まれば集まるほど商品も情報も集まる。そのマーケット特性を分かった上で、僕らは創業当初からCM放送や採用活動など積極的に投資してきた。
2016年6月期に初めて黒字化するまでは、ずっと赤字状態で攻め続けてきたわけです。お客様から手数料をいただくようになったのもリリースから1年以上経った2014年10月からですし、それまで大きな収益はなかったと言えます。なかなかそこまでのリスクを取れる会社は他にないでしょう(笑)。けれども、僕らはこの市場では1社しか生き残れないと知っていた。だからこそしっかりそういった布石を打ってこられたのだと思います」と話す小泉氏。
2017年4月に山田氏が代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)に就任し、海外事業へ注力するのに伴い、小泉氏が取締役社長兼COO(最高執行責任者)に昇格し、日本国内事業の責任者となった。
小泉氏は大和証券SMBC(現・大和証券)でmixiやDeNAなどIT企業のIPO(新規株式公開)を担当。2007年にmixiへ転職し、取締役CFOとしてコーポレート部門を統括。その後、いくつかのスタートアップを支援し、2013年12月にメルカリへ入社した。社員規模が10数名の頃から会社の中心人物として、その成長の大きな原動力となってきた立役者だ。社長に就任して約10か月と間もないが、「(社長になっても)特に考え方や働き方は変わっていない」と気負いがない。
「ベンチャー企業では『全員が社長』というくらいに考えて、行動しなければ、絶対に成功しませんから。僕に限らず、役員やマネージャーも含め、『ポジションで仕事をしない』というのが会社のカルチャーとしてある。それぞれが自分の持ち場で戦っているからこそ、しっかりやるべきことがやれているのだと思います。
ただ、やはり周りからの僕に対する見方が変わったので、良い意味で影響力は上がりました。ですから、この取材のようにメルカリについてきちんと説明させていただくことが、僕の重要な仕事にもなっています」
創業からわずか5年。2017年12月時点で社員数は約600名を数え、今もなお増え続けているというメルカリだが、その成長を支えてきたものとして重要なのは、「ミッション(企業理念)」と「バリュー(行動指針)」だと小泉氏は語る。
「創業当初は『とにかく良いプロダクトを』と開発に注力していたフェーズもありましたが、僕が入社する頃には社員も10名を超え、積極的に採用活動を行っていた。会社としての成長を加速させようとするフェーズに差し掛かり、どういう人材を採用し、どんな仕事を評価し、それぞれがどう進んでいくべきか、あらゆるものに紐づけられる指針が必要だと感じたのです」
小泉氏が入社して最初に取りかかったのが、ミッションとバリューの制定だった。
「あくまで僕や山田(会長)の価値観などではなく、まずこの会社でやるべきミッションはなんだろう。そしてミッションを達成するために必要なバリューはなんだろう、と十分に議論を重ねて、定義づけました」
そうして生まれたミッションが「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」。そして「Go Bold 大胆にやろう」「All for One 全ては成功のために」「Be Professional プロフェッショナルであれ」という3つのバリューだ。
「僕らの会社は、よく言えば多様性がありますけど、悪く言えば『動物園』。それぞれ違う性格や特徴があるから、みんなバラバラに好き勝手やるようになってしまう。ですから、そこにミッションとバリューという確固たる軸というか、根幹となる決まりごとを置くことで、一人ひとりが自発的に動いて、組織として機能していくことを重視しました。このバリューこそが僕らの根底にある強みなんです」
多くのベンチャー企業が抱える課題として、組織規模が大きくなるにつれ、ベンチャーマインドが薄れ、事業の成長スピードが鈍ったり、意思伝達や情報共有が難しくなったり、あるいは「カリスマ経営者」の強力なトップダウン組織となって、社員の自発性・自律性が失われてしまうことなどが挙げられるだろう。けれどもメルカリはミッションとバリューを明確にし、社員への方向づけを徹底することで、その組織運営を盤石なものとしている。
「例えば、何か判断するときに『こっちの方が“Go Bold”だよね』というように、それぞれの意思決定の指針になるんですよ。これだけ同時進行で様々なことをスピーディに進めていると、良くも悪くも難しい局面はたびたび起きる。けれどもそんなときに『“All for One”なんだから、みんなで頑張ろうぜ』と一致団結して乗り越えられる。“台風の目”のように、強くて大きな軸があると、勢力を失わず、しっかりとした軌道で進んでいけるんです」
2017年末には小泉氏と、子会社であるソウゾウの松本龍祐社長がそれぞれ約2か月間の育休を取得。図らずも“自律的な組織としての強さ”を証明する出来事となった。「(育休取得を)みんな積極的にやった方が良いと思いますよ」と話す小泉氏は、育休取得による仕事面へのメリットも大きかったと振り返る。
「経営者の多くは、権限委譲をしなければ組織がスケール(規模拡大)しないという認識から、『自分がいなくても組織が回るようにしなきゃ』と考えながらも、なかなか踏み切れないでいると思うんです。今回、育休取得をきっかけに、現場のマネージャークラスでもどんどん意思決定できるように任せていって、僕ら経営陣はより未来への種まきにフォーカスすることができました。
よく、『自律的な人材育成』というけれど、僕らの会社は20、30代の社員が中心で、自分と同世代も多いことから、僕自身もまだまだ学ぶべきことがたくさんあります。ですから、『育成する』なんておこがましい。会社から何かを教えていくというより、失敗しても良いから機会をどんどん与えることで、そこから何か学びとれるような環境作りが重要なんです」
会社として、「失敗しても良いから、大胆に挑戦できる(Go Boldな)環境」を設定していることは、採用方針にも表れている。自身で起業した経営経験者やFacebook、グリー、サイバーエージェントなど様々なベンチャー企業の役員経験者が続々とメルカリへ入社しているのだ。
「起業したら、だいたい失敗するんですよ(笑)。けれどもその“リスクを取ってチャレンジしてきた”という経験は何事にも代えがたい。僕らの3つのバリューはどれも重要ですが、特に“Go Bold(大胆にやろう)”というのは、文字通り“やろう”ということなんです。
多くの場合、それは“計画”で終わってしまう。計画はできても、実際やる段階になって、実行力が乏しくなったり、足元のリソースを見て小さくまとまったり、“現実を見すぎて”失敗に終わることが多い。本当に“大胆にやり切る”ためには、過去の失敗も含めて、起業経験がある人の馬力というか、生存能力みたいなものが必要な局面があるんです。
もちろん、起業経験のある人を組織に招くという高いハードルはあります。ですが、起業家には自分のオーナーシップにこだわる人と、自分の仕事で社会により大きなインパクトを与えたいという人がいるとも思っています。
よく“ピザ”に例えて話すんですが、小さいピザを全部食べたいか、大きいピザの一部分を食べたいかと問われたときに、僕たちは“大きいピザの一部分でもそっちの方が大きいよね”って。
だから、自分の立場やオーナーシップに拘泥せず、まずは社会があって、自分たちのサービスでその中のほんの一部分にでも影響を与えたい。その“ピザ”が大きいほどインパクトも大きい! という人が共鳴してくれることが多いですね。僕たちのサービスはまさに、社会に大きなインパクトを与えるものですから」
まさに“大胆に”歩みつづけるメルカリは、地域コミュニティアプリ「メルカリ アッテ」や本・CD・DVD専用フリマアプリ「メルカリ カウル」など既存事業から派生した事業のみならず、シェアサイクルサービス「メルチャリ」や金融関連事業「メルペイ」など、新規事業を続々と打ち出している。その根底にあるのは、「個人のエンパワーメント(潜在能力を引き出す)」だと小泉氏は語る。
「それがインターネットの特性ですし、インターネットの登場によって、アイデアを形にすることが圧倒的に早くなった。僕自身、mixi在籍時に実感したのは、SNSによって“人と人とのコミュニケーションの形が変わった”ということ。そして、メルカリでもそれに匹敵するようなインパクトをもたらせると感じたんです。
ある人にとってはもう価値を失ったものが、メルカリというプラットフォームを介在させることによって、価値のあるものになる。これまで捨てるしかなかったものが売れるんだ、というように社会での“売り買い”の概念が大きく変わったと確信しています。一人ひとりのライフスタイルが変わるようなサービスを提供していきたいと思いますし、新規事業においてもそれを実現していきたい」
そういう意味では、メルカリはユーザーに「新たな体験」を提供していると言えるだろう。CtoC(個人間取引)を軸とし、誰もが販売者となり、消費者となり得るなか、創意工夫によって様々なものに値が付けられ、その価値を認めた人が購入する。それはある種、資本主義の成熟したひとつの形といえるかもしれない。
「かつては企業側が効率的に安価な製品を大量生産し、それが大量消費され、みんなが平均的に幸せになれた。物質的な豊かさが世の中の幸せの尺度となっていたけれど、今は価値観が多様化し、物質的なものではなく精神的なものに価値を見出す人も増えてきた。
そこでは金銭や時間の使い方が個人に委ねられ、その人がその人らしく生きられることが重要となってくる。まさに個人の時代へと立ち返ってきたなかで、メルカリが提供できるものは大きいと思います」
閉塞感の漂う日本社会に基盤を置きながら、アメリカやイギリスでもサービスを提供し、さらなるグローバル展開も見据えるメルカリは、わずか5年の間に“世界と戦える有力企業”となった。果たして“これからの5年”に向けて、どんな布石が打たれていくのだろうか。小泉氏はもはや、「5年というスパンでは考えていない」と語る。
「5年前を考えてみると、ここまでスマートフォンは浸透していなかったし、仮想通貨やブロックチェーンすらほとんどの人が認識していなかった。変化を予測することは大事なことだけれど、それに頼ってしまった途端に破綻してしまう可能性がある。短期的には、どんな変化にも対応できるような組織となり、変化に対応したサービスを提供していくことが重要だけれど、むしろ『変化を起こす側』にならなくてはならないんです。
AmazonやGoogle、Appleといった企業は、まさに『変化を起こしつづけている企業』で、確固たるコアプロダクトによって収益を築きながら、どんどん新規事業へ投資している。でも、めちゃくちゃ失敗例も多いんですよ。それが目立たないのは、圧倒的に成功しているから。
5年先……もしかしたらスマホはもう廃れているかもしれないし、それは誰にも分からない。だからこそ、今の延長線上ばかりを考えるのではなく、次々と新たなことを仕掛けていって、はたから見ても魅力的な会社として、『この会社で変化を起こしたい!』と思う人がどんどん集まってくるような場にしていきたいんです」
シリコンバレーの名だたるグローバル企業を例示しても、決して“遠い世界”の話とは思わない。この5年という短い期間で、確実に結果を出してきたメルカリだからこそ、“有言実行”への期待は高まる。
2017年の11月には、元グリー取締役の青柳直樹氏を代表取締役に迎え、金融関連事業を行う「株式会社メルペイ」を設立。元WebPayのCTOとしてLINE Pay事業に参加していた曾川景介氏など業界のエキスパートがコアメンバーとして揃い、新規事業を進めるということで、大きな注目を集めている。
「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」ことをミッションに掲げるメルカリが今後、世界にどんな価値をもたらしていくのか。そしてそれがどう私たちの行動を変えていくのか。次の一手に注目したい。
▼関連記事
メルカリ特集No.02:4つのキーワードで読み解くメルカリの強み
メルカリ特集No.03:データ&TOPICSで読み解くメルカリの成長
メルカリ特集No.04:ベンチャー支援の専門家がメルカリ急成長の3つの背景を分析
メルカリ特集No.05:メルカリのブレイクスルーポイントは、企業連携にあり
メルカリ特集No.06:メルカリの「組織づくり」から見える人材戦略のコアバリューとは
メルカリ特集No.07:小泉社長の素顔を知る盟友・ソウゾウ松本さんが小泉社長の魅力を語る
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美