スーパーCEO列伝

次世代ファストフード:どんな時代にも商機を見いだす“外食の神様”の視点

株式会社Dining Innovation Investment

Founder

西山知義

文/内山さつき 写真/宮下 潤  | 2021.04.12

「炭火焼肉酒家 牛角」を成功させた経営者として、業界では“外食の神様”と呼ばれる西山知義氏。2013年に創業したダイニングイノベーションでは、「やきとり家 すみれ」「しゃぶしゃぶ れたす」などを手がけ、2018年には、一人でも気軽に焼肉が楽しめる「焼肉ライク」で新しいスタイルを提案。また、2020年には高品質・低価格の“プチグルメバーガー”を提供する「ブルースターバーガー」をオープンし、こちらも話題となっている。いずれも競争が激しい飲食カテゴリにおいて、新しいマーケットを見出した“次世代ファストフード”といえるものだ。価値観の多様化やデジタル化でニーズが急速に変化する昨今、先んじて商機を見いだす西山氏の視点に迫った。

株式会社Dining Innovation Investment Founder 西山知義(にしやま ともよし)

1966年3月19日生まれ。1996年、外食産業に参入し「炭火焼肉酒家 牛角」などを展開するレインズインターナショナルを創業。2012年、レインズインターナショナルを売却。2013年1月、ダイニングイノベーションを設立。国内外の飲食店を280店舗以上生み出し、創業者として「焼肉ライク」「BLUE STAR BURGER」「やきとり家すみれ」「VANSAN」等をはじめとする様々な業態のプロデュースを行う。国内のみならず、欧米からアジアまで幅広く海外展開も行っている。

“一人焼肉”に見いだした新しいマーケット

「焼肉ライク」は、第1号店を東京・新橋にオープンして以降、都心部を中心に店舗を拡大している。一人1台無煙ロースターを設け、一人客が気軽に来店できるようなつくりで、メニューは焼肉とご飯、わかめスープ、キムチのセットメニューに、好きな肉の部位を組み合わせるシンプルなもの。注文を受けてから3分以内に提供が可能と非常にスピーディなのも特徴だ。一人でも、食べたいときに好きなものを手早く安く食べられる、といった焼肉の常識を覆すような新発想はどこから生まれたのだろうか。

「お寿司と焼肉は、外食の2大人気といわれています。ところが、お寿司には回転寿司のような客単価が1000円代の手軽なものがあるのに、焼肉にはこれまでそういったものがなかった。また、焼肉は、一人で食べに行きにくい外食の第2位にもランクイン(※)していて、一人で気軽に行ける店がありませんでした。そこで、もし低価格で、一人でも入りやすい店があったら、確実に需要があるのではないかと思ったのです」(西山知義氏、以下同)
※大手飲料調査

株式会社ダイニングイノベーション 創業者 西山知義氏

潜在的な需要があったにもかかわらず、これまでこういった形態の店がなかったのは、一席につき1台のロースターを設置することが設備投資としてハードルが高かったのではないかと西山氏は指摘する。しかし、西山氏はこうした設備投資をかけても、徹底した効率化を進めることで安くおいしいものを提供することができ、集客と収益につなげられると見込んだ。

「効率よく単価を下げる秘訣は、お客様がどれくらいお店にいるのかという『滞留時間』をいかに短くするかなんです。お客様が食べるスピードはコントロールできないので、店側の余計な作業をできるだけ増やさないようにして、お待たせする時間を短くする。早く食べて早く出たい、というニーズはお客様の方にももちろんあるので、これは双方の利点になっているわけです」

作業効率や人件費の削減のために、タッチパネルでのオーダーや、卓上のウォーターサーバーなども導入し、より一人で早く食べやすい環境を整えた。西山氏によると、既存の焼肉チェーン店では、客一組の滞留時間が約1時間半なのに対し、「焼肉ライク」は一人客で約25分、家族連れでも35分ほどなのだという。時間をかけて食べるものだった焼肉だが、回転率を上げることで、安価で質の良いメニューを実現させたのだ。

集中して食べられる環境が整えられている。

今ではスーパーなどにも導入が進むセルフレジ。

「カウンターで一人でも気楽に食べられるので“一人焼肉”を謳っていますが、『焼肉ライク』は本来、焼肉定食屋。お2人でもご家族でも、もちろん来店可能です。テーブル席の衝立を外せば向かいに座ることもできますし、横に並んで座ることもできます。

ご家族でいらっしゃる場合、一人ひとり定食を頼んで、そこにみんなで分け合うお肉を追加されているケースが多いですね。定食は一番安いものが580円。平均1200円くらいの定食を頼まれるのですが、そこに追加のお肉を加えて割っても、だいたい一人1500円くらいに収まる価格帯です。他の焼肉チェーン店では一人3000円はするでしょう。食べ放題だと、3500円くらいからです。どちらが良い悪いではなく、そうやってゆっくりしながら食べたいというニーズもあるし、短い時間で安く食べたいというニーズもあるということです」

2019年からは幸楽苑ホールディングスと提携してロードサイドにも出店を拡大している。第1号店として2019年3月、千葉・松戸に郊外型店舗「焼肉ライク松戸南花島店」をオープン。同店では、フライドポテトや唐揚げ、キッズメニューなどサイドメニューも充実させ、家族で楽しめるようにした。一人客、家族連れなど客層は幅広いが、やはりここでも滞留時間は短いという。

「ロードサイド店では、都心の店よりはゆっくり滞在されますが、“食べること”を主としていて、お客様同士でコミュニケーションをとることを主にしていないので、やっぱり早いですよ」

一人1台のロースター。女性の一人客も入りやすい。

“プチグルメバーガー”で高品質、低価格を実現する

一方、ハンバーガー業界での新しい業態を切り拓いた「BLUE STAR BURGER(ブルースターバーガー)」では、高品質・低価格を打ち出した。2020年にオープンした第1号店の中目黒店では、独自のモバイルオーダーシステムで注文、決済、受け取りを行う。既存の高価格で高品質、かつボリューミーなグルメバーガーに対し、小さいサイズでの“プチグルメバーガー”を提供する。スマホで注文する完全キャッシュレス、かつテイクアウトを主とすることで、結果的にコロナ禍では強みとなる非接触での販売形態となった。しかしこの業態の構想は、コロナ禍以前からあったものだという。

「昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX)の波は、いずれ外食産業、特にファストフードにも間違いなく到来するだろうと思っていました。キャッシュレスになったときに、削れるコストが結構あるなと以前から考えていました。具体的には、2019年に中国の深センに行ったとき、キャッシュレスの珈琲店『瑞幸珈琲(珈琲の王は口偏、ラッキンコーヒー)』を見て、10年後、キャッシュで支払っている人はもういなくなるだろうと感じました。それを先取りすることで、マーケットが大きく、競争が激しいハンバーガー業態にも参入できるのではないかと考えました」

キャッシュレス化が進んでいるとはいえ諸外国ほど浸透していない日本では、現金と電子決済を併用するのではなく、最初からキャッシュレスであることが重要だと西山氏は強調する。

「こういうことで大切なのは、最初から『うちはこういう店です』という姿勢です。途中で完全キャッシュレスに変えてしまうとクレームの元になりかねません。急に『現金は使えません』と言われたら、お客様は『ええ?』となりますよね。最初から、うちは現金が使えない分、お客様に安くておいしい商品を提供しています、と打ち出したほうが納得していただけるのではないか。それは同時に、すでにこのマーケットで成功している競争相手がすぐにはできないことでもあり、一番のライバルがライバルになりにくいというメリットもあるのです」

「ブルースターバーガー」の注文は主にスマホから。

商品はアプリに記載された番号・ロッカーで受け取る形式。

店舗で注文する際は決済までセルフで完結。現金非対応。

「ブルースターバーガー」では、レジを無くすことで狭い店舗でも営業することが可能になり、その分家賃も抑えることに成功している。そうしてキャッシュレス化で経費を削った分、原価に反映して質の高いものを提供できるようにした。オープン当初はテイクアウト専門店として店舗面積を減らす狙いがあった。ただ、実際営業してみて、ある理由からイートインスペースを設けたという。

「素直にお客様に出来立ての一番おいしい状態で食べていただきたいという思いからですね。テイクアウトだと、ある程度時間が経過したものを食べていただくので、実は僕らが表現したい本当の味を伝えられていない。経費を抑えた分、質の良いものを提供しているので、ホントにおいしいです。そのおいしさを知っていただくためにも、出来立てのものを食べてもらえるスペースをつくったほうがいいんじゃないかという声がスタッフから上がりました。ただし、コミュニケーションを目的にしたイートインスペースではなくて、あくまで出来立ての商品を食べる場所としてです」

イートインスタンド

当然、諸経費や初期費用を抑えることで、フランチャイズ(FC)の参入障壁も低くなる。西山は多店舗展開を得意とするが、「ブルースターバーガー」の国内、または海外でのFC展開の構想はあるのだろうか。規模感を含め、西山氏に問いかけると力強い答えが返ってきた。

「今はまだ1店舗しかないので序章中の序章ですが、全国展開や海外展開はもちろん考えていますよ。それ前提でつくっていますから。規模感はどうなんですかね……日本のハンバーガー業態のマーケットは約7300億円といわれています。大手チェーンに近づけると、2000億円くらいはとれるんじゃないでしょうか。

1000軒、2000軒は間違いなくいくだろうとは思っていますが、ただ、その最終店舗数はあまり考えていません。出店戦略としては繁華街の良い立地から始めて、その次にロードサイドのドライブスルー、それから私鉄沿線の駅や商店街、その後に宅配にもっていく。繁華街の店舗でもテイクアウト専門店や、デリバリー専門店があってもいい。

最終目標を今から綿密に考えるよりは、今やれることを最大限やって、順々にですね。FC展開は、近々リリースします」
 

肉厚パティとレモネードで、ワンランク上のファストフードを。

成功のケーススタディは“事実”を見ている

「焼肉ライク」も「ブルースターバーガー」も、西山氏自身の経験や国内外での成功例、原価率や滞留時間などの徹底分析が成功の鍵となっているが、新規参入のチャンスを見極める上で、最も重きを置くものは何なのか。

「一番大切なのは“事実”をよく見るということです。事実を基に自分で仮説を立て、それから細かいデータを取ります。事実というのは人の心理も含めた動きや、成功事例の結果を見ることですね。繁盛店を見て、その要素を細かく分解するとさまざまな事実が見えてくるんです。

単価、立地、座席数、顧客の滞留時間、それから原価率、人件費、家賃など。それらをすべて考慮して、どれくらいのお客さん来ているから確実に収益は上がっている、という見方をするんです。やはり人件費は大きいので、何人でやっているのかも考慮します」

大雑把に「あそこうまくいっている」では見えるものも見えないと西山氏。

そうして見えてきた事実のピースが、すべて揃ったときこそが商機なのだと西山氏は言う。

「『ブルースターバーガー』の場合、アメリカのカルフォルニア州を中心に数百店舗を展開するハンバーガーチェーン店『In-N-Out Burger(イン・アンド・アウト・バーガー)』の例も参考になりました。大手チェーン店がそばにあってもまったく影響を受けない。それが“プチグルメバーガー”だったんです。生のパティを店で焼いて出すのに、値段が大手チェーン店と変わらない。でも味は数段違うので、大変な人気だったんです。

昨今のDXの流れと中国のラッキンコーヒーの仕組み、それからイン・アンド・アウトのプチグルメバーガーの発想を合わせて、値段を低価格に抑えたら絶対に受け入れられるだろうと確信しました。すべてのピースがはまったという感じですね」

コロナ禍では、コミュニケーションの場を提供する外食産業は大きな痛手を受けたが、手早く空腹を満たすというニーズに応えるファストフードは、もともとテイクアウトと相性がよく、それほど大きな影響を受けていないという。また、これまでテイクアウトという考えがなかった層も、コロナ禍でテイクアウトの体験をしたことによって選択肢のひとつになるなど、今後もニーズは掘り起こされていくだろうと分析する。

「ただ、今ファストフード店を強化しようと思うのは、コロナ禍の影響というよりもDXの波の方が大きいですね。アプリ、キャッシュレス、そして人件費、家賃を絞った上で、大手と差別化してより安く良いものをお客様に提供できるようになる大転換期だと思います。確かにDX以前も安くておいしいものはありました。でも今は、DXによって新しくそれが実現できる環境があるということ。僕にとってそれはとても面白いチャンスなんです」

みんなに安くておいしいものを提供するために

DXを取り入れたサービス形態というと、今日では非接触ということに焦点が当たりがちだ。しかし、それはDXの本来のメリットではないと西山氏は言う。

「人件費を減らした結果、お客様と非接触になったというだけで、その側面を僕らはあまり意識していません。DXという意味では、調理側にロボットを入れるのだっていいんですよ。

今、飲食業界はロボット化が全く進んでいませんが、実はすでに研究を始めていまして。『ブルースターバーガー』でも、冷凍庫からポテト取り出して、揚げて、AIで色目を見て、塩を振って、袋詰めするところまではできるのではないか思っています。そうしたら一人分人件費がカットできる。あとパティも焼けますね。

ただ、ファストフードでもやっぱり手作業でしかできないことがありますし、全部ロボットにしようとは思っていません。入れられるところがあるのだったら、入れた方がいいというところじゃないかなと思います。お客様にとってその方が良い商品になるのなら」

一番大切にしているのは、顧客にとって良い商品を提供できるかどうか――。インタビュー中もたびたび口にしたが、すべての視点はそこにあるのだと西山氏は力を込める。

「僕はそこからはズレたことがないんです。お客様に安くておいしいものを提供するには、自分たちに何ができるのか。そこしか見ていません」

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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