経営者のための法知識
GVA法律事務所
弁護士
鈴木 景
編集/武居直人(リブクル) | 2018.07.03
GVA法律事務所 弁護士 鈴木 景(すずき けい)
2009年弁護士登録。都内法律事務所、企業法務部を経て、17年、GVA法律事務所に参画。ベンチャー企業のビジネス構築や、国外進出、企業間のアライアンス等を法務観点からサポートしている。
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最初は「身内」同士、つまり創業者(ここでは個人たる株主であることを前提とします)同士のトラブルです。
ベンチャー企業の場合、数名の創業者がチームを組んで立ち上げることが多いでしょう。各創業者は当然のことながら、会社や自社サービス(自社製品)に対してそれぞれ強い思い入れをもって、会社や事業を立ち上げます。
その思い入れは、ビジネス成長の原動力となる一方、ひとつ歯車がかみ合わなくなると深刻な路線対立を引き起こしかねません。また、会社が成長するにしたがって、一部の創業メンバーの実力不足が顕在化するような事態が生じることもままあります。
このように、創業者間でビジネス展開に向けた意思の疎通が難しくなるような局面が発生したときに、一部の創業者が会社を去るというようなケースは決して珍しくありません。そしてこのときに問題となるのが、会社を去る創業者(退任創業者)が保有する株式の取扱です。
ここで、もし、退任創業者が株式を持ったまま会社を去った場合、どのようなことが起こるでしょうか?
会社を去ったといえど、退任創業者は株主のままですから、会社は、退任創業者を株主として取り扱わなければなりません。退任創業者は株主として、株主総会で、決議に参加して自分の意見を表明することができます。退任創業者がそれなりの株式割合を保有している場合には、実は非常に大きな発言権を持ったまま、会社を退任しているという状況となっているわけです。
このような状況において起こりうる最悪な事態として、「円滑な経営ができなくなる」という事態が理論上考えられます。
すなわち、会社を去る理由が、退任創業者の方針と会社の経営方針との相違にあることが一般的ですから、退任創業者は、株主総会で、あえて会社の意に反する意見表明をすることが考えられます。このような事態となれば、経営者による円滑な経営の足かせになる可能性は大いに想定され、企業の成長を大きく阻害するおそれが考えられます。
退任創業者は、会社と仲違いをしているので、自ら積極的に株主総会に参加して発言をするということは現実的には発生しにくいといえますが、発生した場合のインパクトは極めて高く、リスクとしては高いものとして把握しておくべきと考えます。
次に考えられるリスクとして、「外部投資家からの資金調達が受けられない」というリスクが考えられます。
すなわち、外部投資家としては、会社側できちんと株主を把握し、管理しているか、というところにも関心を有しています。
仮に退任創業者が会社との仲違いを理由として退任した場合、会社側と退任創業者とが没交渉となり、退任創業者の居場所を把握することができなくなることが考えられます。このような状況となれば、外部投資家としては、会社による株主の把握管理をネガティブに評価せざるを得ず、資金調達を躊躇する可能性も否定できません。
このような事象は、会社の成長を阻害するものであり、リスクとして高いものと認識しておく必要があるでしょう。
このようなリスクを回避するため、経営創業者としては、交渉によって退任創業者から株式を買取ることで事態を収拾することになります。
この場合の問題として、会社成長に伴い株価の価値は創業時に比べ高くなっている場合が多く、そのような場合に退任株主から株式を買取る際の株価が高額になってしまい、買取資金が用意できず、結果として買取ができないという問題があります。
そこで、このような紛争にそなえ、創業者間で株式の取扱について定める「創業者株主間契約」を締結することが望ましいといえます。
この創業者株主間契約の中で、「退任創業者が会社を去る場合には、あらかじめ契約書内で定めた金額で、経営創業者に対して株式を譲渡する」ことを契約上の義務として規定し、かつ、その際の譲渡価額についても経営創業者に過度な負担とならない範囲内の金額としておくことが考えられます。
これに対して、退任創業者(契約時はまだ仲良しの共同創業者)から、「長い間働いたのに、株式をすべて巻き上げられるのは不当だ」として、一定期間の勤務を条件に、株式を手元に残しておきたいという意向が示されることがあり得ます。このような意向も、一方で合理性のあるものですから、交渉の結果、そのような条項を設けるということもあり得ます。
その場合には、少なくとも没交渉とならないよう、円満に退社いただくよう対応を進めることが必要でしょう。
(ちなみに、ベンチャー企業が自らその株式を買取る(自社株取得)手法は、会社法上の財源規制のもとではあまり現実的ではなく、経営創業者が個人で買い取ることとするのが一般的です)
昨今、既存ビジネスとテクノロジーを融合させた、新しいタイプのビジネスが多く誕生してきています。そのようなビジネスに参入しようとする場合、システム開発は必要不可欠といえます。ベンチャー企業の場合、当初は自社で開発を進めつつ、リソースが足りない部分についてシステム開発を委託するということもあるでしょう。
また、一方で、新規ビジネス立ち上げの資金を賄うため、ベンチャー企業自身が受託者として、システム開発を受注するケースも多いでしょう。
このように、ベンチャー企業にとって接する場面の多いシステム開発ですが、これは、極めて紛争化しやすい取引のひとつであり、ベンチャー企業は特に注意する必要があります。
具体的には、「完成」の定義を巡って紛争化するケースがとても多いといえます。「完成」の定義は、報酬の支払義務発生の指標となるものであり、当事者にとって極めて重要な意味を持つものですが、実際には、この点を十分明確にしないまま案件を進行させるケースもあります。
しかしその結果、委託者が受託者に対し、「完成していない」として幾度となく仕事の完成を求め開発のやり直しを求めたり、受託者が委託者に対し、「完成した」として中途半端な成果物を納品したにもかかわらず開発業務の完成を理由に報酬の支払いを求めたりして紛争化するケースが少なくありません。
そのような紛争化の一因として、システム開発(特にウォーターフォール方式)が多くの工程を要するため、契約締結交渉の妥結を待たずに並行して開発業務に順次着手してしまう、ということが考えられます。つまり、契約内容が煮詰まらないまま業務が走り始めてしまう結果、当初の認識の不一致がそのまま後の紛争につながる、というケースです。
なお、そのような弊害を回避する観点から、プロジェクトのスタート当初は要件定義などを厳密に決めないアジャイル方式によるシステム開発が注目されています。しかしこのアジャイル方式を採用した場合であっても問題の本質は変わりません。開発とチェックとを短期的なスパンで繰り返すことを特徴のひとつとするアジャイル方式ですが、結局のところそこで行われる開発の内容を確定させなければ、十分なチェックはできないからです(アジャイル方式における仕事の完成について、ウォーターフォール方式による場合と考え方に大きな違いはない、と判断した裁判例として、東京地方裁判所平成26年9月10日判決などがあります)。
仮にシステム開発について紛争化した場合、裁判での解決によらざるを得ず、少なくとも1年以上、長ければ2年以上もの間、システム開発紛争に付き合わなければなりません。このような事態は、ベンチャー企業にとっては致命的です。
そこで、このようなシステム開発を巡る紛争の芽を事前に摘んでおくためには、まずもって、きちんと仕様を確定させる、ということが極めて重要です。
そのためには、お互いのイエスを明確にしておくことです。確定させた仕様で進めることについて、進めることになった経緯も含めて議事録に、誰が読んでも理解できる言葉で記載することがとても重要です。
このようなやりとりには、非常に大きな工数がかかりますが、これを怠った場合のインパクトを考えれば、企業としてはかけるべき工数といえます。
また、可能な限り、日々のやり取りを残しておくことも重要です。例えばプロジェクト管理ツールでの発言内容なども残しておくべきでしょう。
紛争は、一度発生すると、ある程度の期間そこにリソースを割かなければなりません。弁護士費用などの金銭的なリソースだけでなく、紛争対応窓口となる人のリソースや、紛争を懸念していなければならない精神的なリソースなども割くこととなります。このような事態は、短期間で急成長することを使命とするベンチャー企業としては、極めて大きなリスクといえます。
紛争に対応している時間もお金もないベンチャー企業としては、まずは紛争を起こさないこと、そして紛争が発生したら速やかに沈静化することが極めて重要です。そのためには、日頃から紛争を予防するための施策を講じておくこと、紛争が発生したらすぐに対応を弁護士にアウトソースし、弁護士と協力しながら早期に紛争解決を目指していくことが、極めて重要といえるでしょう。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美