経営者のための法知識
フォーサイト総合法律事務所
パートナー弁護士
由木竜太
編集/武居直人(リブクル) | 2018.10.31
フォーサイト総合法律事務所 パートナー弁護士 由木竜太(ゆぎ りゅうた)
企業法務系国内事務所を経て、2011年1月より現職。主に上場企業や上場を目指すベンチャー企業向けに、労働法、会社法、M&A等に関する業務、紛争予防業務、紛争解決業務等に取り組む。
「最近退職した従業員から、未払いの残業代を請求されている。この従業員は当社の管理職だったので、残業代は払っていないが、当社として支払わなければならないものなのか」という質問を受けることがよくあります。
確かに、労働基準法における「管理監督者」に該当すれば、いわゆる時間外労働や休日労働に対する割増賃金(残業代)を支払う必要はありません。
ですが、よくよく話を聞いてみると、深夜労働に対する割増賃金すら支払っていなかったり、そもそも、「管理監督者」に該当していないにもかかわらず、割増賃金を支払っていなかったりすることも多いです。
そのため、この質問をされたとき、支払う必要があるかといわれれば、「ある」と言わざるを得ないことも多く、請求されている金額が正しいかどうかを検証し、早期に解決を図るべきだとアドバイスすることが多いです。
労働基準法第41条では、次のように規定されています。
第41条 この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 (略)
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者(略)
三 (略)
この「監督若しくは管理の地位にある者」を実務上、管理監督者と呼んでいます。
上記の「監督若しくは管理の地位にある者」とは、通達(※)上、労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的立場にある者をいうとされ、名称にとらわれず、実態に即して判断することとされています(昭和22年9月13日発基17号、昭和63年3月14日基発150号)。
(※)通達とは、行政機関(この場合は、厚生労働省または旧労働省)内部の文書で、上級機関が下級機関に対して、法令の解釈や見解などを示すものをいいます。
そして、上記の各通達や裁判例などより、具体的には、下記の基準によって、管理監督者該当性が判断されています。
①事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること
②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
③一般の従業員に比してその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること
上記の判断基準に該当する場合、その従業員については、労働時間・休憩・休日に関する規制の適用が除外されることになります。つまり、その従業員が時間外労働や休日労働をしてもその分に対する割増賃金を支払わなくてもよいことになります。
そもそも管理監督者は、「労働時間の管理・監督権限の帰結として、自らの労働時間は自らの裁量で律することができ、かつ管理監督者の地位に応じた高い処遇を受ける」ことから(菅野和夫・労働法第11版補正版・474ページ)、適用除外という効果を受けられますので、上記の判断基準に該当するか否かも、肩書や役職などの外形的事実だけでなく、その従業員に付与されている権限の内容や賃金の内容などの実態に即して判断することとされているのです。
ここで注意すべきは、適用が除外されるのは、労働時間・休憩・休日に関する規制であって、深夜に関する規制の適用までは除外されないことです。
そのため、管理監督者に該当する者であっても、深夜労働をした場合にはそれに対する割増賃金を支払わなければなりません。管理監督者であれば一切の割増賃金を支払わなくてよいと誤解している方も多いので、要注意です。
上記のとおり、法律上の管理監督者は経営者と一体的立場にある者とされていますので、これに該当する従業員はごく限られた存在になるはずですが、経営者の中には、管理監督者=管理職との誤解のもと、管理職というポジションにある従業員に対して時間外割増賃金などを支払わないケースが散見されます。
このような者は、単なる管理職であって管理監督者ではありませんし、権限や待遇などの実態を伴っていないことが多いことから、「名ばかり管理職」と呼ばれています。
10年ほど前になりますが、大手ファストフードのチェーン店の現職店長が、自身には人事管理の権限はなく、労働時間に関する裁量もない、残業代が支払われる部下より待遇が悪いなどとして、管理監督者には該当せず、残業代などの支払を会社に求めたところ、裁判所は店長側の主張を認めたという事例がありました。
その後も同様に、管理職から残業代などの請求をする事案が比較的多く報道されていますので、「名ばかり管理職」との用語を目にしたことのある方も多いと思います。なお、店長や支店長は、実態は任されていないものの店舗を任せるという名目がつけやすいことから、名ばかり管理職となりやすい肩書であるように思います。
管理監督者を適用除外とする趣旨からすれば、それに該当する従業員はごく限られた存在になります。特に規模の小さいベンチャー企業においては、経営者のトップダウンで業務が進んでいくことが多いといえますので、管理監督者に該当する従業員は皆無といっても過言ではありません。
他方、相応の規模になってくれば、経営者と一体的立場にあるといえる従業員も出てくると思いますが、その従業員に与えられている権限、裁量などを実質的に評価する必要があります。
例えば、面接などの採用手続に関与はするものの採否の決定にはかかわっていない、自分の権限では備品購入などの会社経費を数万円レベルの少額の範囲でしか使えず、それ以上の金額となる場合は上司や経営者の決裁が必要である、役職手当など地位に関連する手当をもらっているとしても1万円などの少額にとどまる、といった状況は、いずれも管理監督者該当性を否定する要素となり得ます。
現状、残業代などの割増賃金は過去2年分にわたって支払わなければなりませんので、名ばかり管理職が複数名いるような場合には、それらの者に対する未払割増賃金が相当積み上がっていることになります。
これが一度に顕在化すると経営への相当大きなダメージとなってしまいますので、早期に対応を改め、新たな未払割増賃金を発生させないようにするとともに、過去の未払割増賃金債務も解消する方向で対処すべきといえます。
法律上の定義から、管理監督者=管理職と捉えがちですが、上記のとおり、管理監督者は管理職のことではありません。この点を誤解した結果、残業代の不払いといった誤った実務が横行しているところです。
実務上、管理監督者に該当する例は極めて少ないので、管理職に残業代を支払っていない企業は、未払残業代という債務が隠れた状態にあるといっても過言ではありません。人件費は固定費であるためそれを抑制したいという思いも理解できなくはないですが、法律上は誤った取り扱いですので、今一度自社の状況を見直し、適切な対応に切り替えるべきです。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美