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フォーサイト総合法律事務所
パートナー弁護士
由木竜太
編集/武居直人(リブクル) | 2018.08.23
フォーサイト総合法律事務所 パートナー弁護士 由木竜太(ゆぎ りゅうた)
企業法務系国内事務所を経て、2011年1月より現職。主に上場企業や上場を目指すベンチャー企業向けに、労働法、会社法、M&A等に関する業務、紛争予防業務、紛争解決業務等に取り組む。
©️bluedog studio/Shutterstock
固定残業代制(定額残業代制)とは、法律において定義されたものはありませんが、一定時間分の法定時間外労働、法定休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を、基本給の一部として、または定額の手当にて支給する制度をいいます。
なお、「みなし残業」と呼ぶケースを見かけますが、残業時間をみなしの対象とするわけではなく、割増賃金を定額で支払う制度を指すのが一般的ですので、本稿では、以下、固定残業代という呼称に統一することにします。
固定残業代は一定額の割増賃金を支払うことですが、そもそも割増賃金とは、1日8時間、1週40時間を超える時間外労働や、法定休日労働(週1日の休日に労働すること)、午後10時から翌日午前5時までの間の深夜労働をした場合に支払わなければならないものです。
この割増賃金について、労働基準法では、平たく言えば、下記の計算方法から算出することを求めています。
企業は、従業員の労働時間を管理し、時間外労働等が行われた場合には、その時間に応じた割増賃金を支払う必要があります。そして、割増賃金(残業代)は、上記のとおり、時間外労働をした時間に応じて算定されますので、その時間が長くなればなるほど、金額が増えていきます。
そのため、だらだらと効率の悪い働き方をした場合でも、時間外労働をした時間が増えるため、その分の割増賃金を支払わなければなりません。一方で、効率よく仕事をして定時で帰る人には割増賃金が支給されません。
このような状況は当然不公平ですので、これを回避するために、固定残業代制度を導入する場合があります。これにより、時間外労働等があってもなくても一定時間数に応じた割増賃金を毎月支払うことになるため、不公平感は解消されます。
一方で、割増賃金や固定残業代の仕組みを正しく理解していないためか、文字通り残業代を固定化してしまい、実際に多くの時間外労働等をしていても、固定残業代以上の額を支払わないとするケースも残念ながら多いように感じます。
ここでは、月給25万円を支給するケースを例に挙げ、固定残業代の支給方法を解説していきます。
月給25万円(20時間分の残業手当5万円を含む)とする場合が「基本給に組み込んで支給」するケースに該当します。
注意したいのは、例えば求人広告で月給25万円(残業手当を含む)としたり、月給25万円(20時間分の残業手当を含む)としたりするなど、月給のうちのいくらが残業代なのかが明示されていないケースです。これらは当然、適切な表記とは言えません。
営業手当などの名称で、時間外労働の有無に関わらず、20時間分の時間外手当として5万円を支給する場合が、「手当として支給」するケースに該当します。
この場合、就業規則や賃金規程など賃金に関する規程の中で、その手当が固定残業代としての性質を持つことを明記しておく必要があるので注意しましょう。
固定残業代の支給額について、基本給に組み込んで支給する場合でも、手当として支給する場合でも、正しく計算されていれば問題は生じません。
先ほど労働基準法の計算式を示しましたが、必ずこの式を使って計算しなければならないわけではありません。判例上も、どのような形で、どのような計算で支払われようと、法律(労働基準法)に定める計算方法で計算した額以上のものが支払われている場合には問題とはならないとされています。
もっとも、給与改定があった場合には、固定残業代の額も変わるはずですので、注意が必要です。
①固定残業代を採用することが、労働契約の内容となっていること
→就業規則や賃金規程において、固定残業代であることを明記したうえで、その就業規則等を従業員に周知する必要があります。
②通常の労働時間に対する賃金部分と、固定残業代部分とが明確に区別されていること(基本給に含める場合)、あるいはその手当が割増賃金の支払に代えて支払われるものであることが明記されていること(手当として支払う場合)
→月給のうちのいくらが残業代なのかが明示されていないケースが適切でないとされるのは、この要件を満たさないためです。
③労基法所定の計算方法による額が、固定残業代を上回るときは、その差額をその賃金支払期に支払うことが合意されているか、支払うとの取扱いが確立していること
→これを要件として明示していない裁判例も見られます。あくまで一定の割増賃金を事前に支払っているだけですので、実際の時間外労働等の時間数から計算される割増賃金が固定残業代を上回っていたりする場合には、当然その差額を支払う必要があります。
企業が正しく固定残業代制を導入していれば、固定残業代として支払った部分を1時間当たりの単価を計算するときの基礎賃金から除外できますし、事前に割増賃金として支払っているため、計算された割増賃金の額から固定残業代の額を控除することができます。
ところが、正しく導入していない場合には、割増賃金の支払とは評価されないため、1時間当たりの単価を計算するときの基礎賃金に組み込んで計算しなればなりませんし、計算された金額からも控除できないことになります。
つまり、割増賃金計算の際の単価が引き上げられる上、改めて計算後の割増賃金の全額を支払わなければならなくなるというダブルパンチを受けることになります。
固定残業代は、あらかじめ一定時間分の割増賃金を支払うというものですので、固定残業代として明示した時間を上回る時間外労働等が発生したような場合や計算上固定残業代を上回る額の割増賃金が発生しているような場合には、当然その差額分を支払わなければなりません。
もし、割増賃金の支払いを怠った場合には、最大で過去2年分に遡って支払う必要がありますし、遅延損害金(年6%。退職者については年14.6%)も併せて支払う必要があります。また、裁判になった場合には未払い額と同額の付加金の支払いを命じられる可能性もあります。
固定残業代を導入しているケースはよく目にしますが、その多くは適切に導入されているとはいいがたい状況です。そうすると、その企業には潜在的な割増賃金の未払いが存在するといえ、これがひとたび顕在化すれば、企業の屋台骨を揺らがす事態にもつながりかねません。
特に固定残業代は上述のようなダブルパンチとなるため、想像もしないような金額の支払いを命じられることになってしまいます。
そのため、企業としては、適切に従業員の労働時間を把握して、その労働時間に見合った適切な賃金を支払っているかを今一度確認し、不備があるようであれば早急に対処することが重要です。
スタートアップ時や成長中のベンチャー企業の場合、固定費である人件費を抑制したいというバイアスが特にかかりやすいといえますが、適切に導入していないときのリスクの大きさを鑑みると、やはり早期に解消すべき問題といえます。
一方、2017年に成立した改正職安法により、ハローワーク、職業紹介事業者は、労働基準法等の労働関係法令違反をした求人者(企業)による求人を受理しないことができるようになっています。この改正部分は2018年8月現在まだ施行されていませんが、固定残業代についての誤った取扱いは労働関係法令違反となりますので、将来的には、求人広告による募集を行うことができないことにもなりかねません。近時のような人手不足の状況が続く中で、この改正部分が施行された場合の影響は大きいと思います。
参照:労働者を募集する企業の皆様へ~労働者の募集や求人申込みの制度が変わります~
<職業安定法の改正>
固定残業代制については誤った理解や運用が広まっている部分もある一方、リスクが非常に大きいため、他社がやっているからと安易に導入するのではなく、専門家の助力を得て適切に対応することをお勧めします。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美