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【ベンチャー企業法務】スルガ銀行・日本IBMシステム開発紛争から学ぶ「プロジェクト・マネジメント義務」の意義

GVA法律事務所

弁護士

尾城亮輔

編集/武居直人(リブクル) | 2018.07.27

システム開発は納期遅れや瑕疵担保責任など、トラブルになりがちな契約類型です。ベンチャー企業にとってはトラブルが発生すると、時間的・精神的な負担も相まって非常に大きな負担となります。

今回は、システム開発契約に関する著名な裁判例として、スルガ銀行・日本IBM事件(東京高判平成25年9月26日判決時点)をご紹介します。訴額(訴訟で相手方に請求する金額)が合計で200億円を超え、一審で日本IBMに対して約74億円もの支払命令が下されたことから、報道でも大きく取り上げられましたので、ご存知の方も多いのではないかと思います。

GVA法律事務所 弁護士 尾城亮輔 (おじろ りょうすけ)

GVA法律事務所、弁護士。システム開発、AI・IoT、新規ビジネスの法律リスクの検討など、ベンチャー企業から中央省庁まで、さまざまな法務サービスを提供している。

※写真はイメージです ©Picsfive/Shutterstock

 

「スルガ銀行・日本IBM訴訟」事件の概要

※写真はイメージです ©Oyls/Shutterstock

問題となったプロジェクトは、スルガ銀行が日本IBMに対して、勘定系システムの構築を委託したというものでした。スルガ銀行は、平成12年頃から次期システムの検討を進め、日本IBMはその検討に加わっていました。平成16年に、日本IBMは米国企業のパッケージソフトである「Corebank」を活用したシステムを提案し、スルガ銀行と日本IBMとの間で基本合意書が締結されました。この基本合意書では、スルガ銀行が日本IBMに支払う総額は約95億円とされ、個別契約が締結されるまでは、この基本合意書に基づいて法的義務を負わないことなどが定められていました。

このようにしてプロジェクトが開始されましたが、「計画・要件定義」が進められる中で「最終合意書」という合意が交わされました。この「最終合意書」では、スルガ銀行が日本IBMに支払う金額は総額約90億円、サービスインの予定時期は平成20年1月4日などとされました。

しかし、プロジェクトの進め方やパッケージの位置づけをめぐり、プロジェクトは二転三転し、開発費用は大きく膨らむことになります。基本設計工程が開始されたあとの平成18年11月の日本IBMの説明によると、その時点における開発に要する費用は316億円になっており、日本IBMは開発スコープ(※1)の削減と追加費用負担を提案しています。

このように紛糾した状況の中、日本IBMが、Corebankに代えて、韓国の銀行で、韓国IBMが開発システムで稼働しているパッケージを採用する案を提案したところ、スルガ銀行はプロジェクトを白紙に戻すと告げ、プロジェクトは中止に追い込まれました。

(※1)スコープ…プロジェクトにおけるスコープは、プロジェクトの“成果”またはその過程で発生する“作業”の集合体を指す。「何(目標)をどこまで(作業範囲)やるか」の基準となるため、スコープの変更が頻繁な場合、予算超過やスケジュール遅延などにつながる。

 

判決の要旨

本件は様々な論点を含んでいますが、ここでは「プロジェクト・マネジメント義務」について東京高裁の判決内容をご紹介します。

プロジェクト・マネジメント義務というのは、プロジェクト開発においてベンダーに課せられた義務のことであり、①プロジェクトの進捗を管理し、開発を阻害する問題を解決して、適切に対処する義務をいいます。

このように、プロジェクトの進捗を管理することに加えて、ベンダーは、プロジェクト・マネジメント義務の一環として、②ユーザー側のシステム開発へのかかわりについても適切に管理し、システム開発について専門的知識を有しないユーザーによって開発作業を阻害する行為がされることのないようユーザーに働きかける必要があるとされています。

プロジェクトマネジメント義務の構図

※リブクル作成(クリックで拡大)

要するに、システム開発のプロであるベンダーは、プロジェクトにおいてユーザーをリードすべきであるというものです。

スルガ銀行・日本IBM事件では、プロジェクト・マネジメント義務において、「システム開発を担うベンダーには、開発計画の中止の要否とその影響(ユーザーにとってのメリットとリスク)等への配慮、またユーザーに対して適時適切な説明をする、という義務がある」という内容を述べています。以下は、詳細を含めた判決内容となります。

※写真はイメージです © NaruFoto/Shutterstock

 


(日本IBMは)本件システム開発を担うベンダーとして、スルガ銀行に対し、本件システム開発過程において、適宜得られた情報を集約・分析して、ベンダーとして通常求められる専門的知見を用いてシステム構築を進め、ユーザーであるスルガ銀行に必要な説明を行い、その了解を得ながら、適宜必要とされる修正、調整等を行いつつ、本件システム完成に向けた作業を行うこと(プロジェクト・マネジメント)を適切に行うべき義務を負うものというべきである。

また、プロジェクト・マネジメント義務の具体的な内容は、契約文言等から一義的に定まるものではなく、システム開発の遂行過程における状況に応じて変化しつつ定まるものといえる。すなわち、システム開発は必ずしも当初の想定どおり進むとは限らず、当初の想定とは異なる要因が生じる等の状況の変化が明らかとなり、想定していた開発費用、開発スコープ、開発期間等について相当程度の修正を要すること、更にはその修正内容がユーザーの開発目的等に照らして許容限度を超える事態が生じることもあるから、ベンダーとしては、そのような局面に応じて、ユーザーのシステム開発に伴うメリット、リスク等を考慮し、適時適切に、開発状況の分析、開発計画の変更の要否とその内容、更には開発計画の中止の要否とその影響等についても説明することが求められ、そのような説明義務を負うものというべきである。


 

その上で、「計画・要件定義」のフェーズを進める中で、現行システムの分析を通じて次第に明らかになってきた現行システムのボリューム及び特質と、Corebankの持つ機能との間でギャップがあることが判明。

本件最終合意締結の頃には、当初予定していた開発費用、開発スコープ及び開発期間内に収めて本件システムを開発することが不可能であることが明らかとなっていました。

開発計画を続けてシステムを完成させるのであれば、開発費用、開発スコープ及び開発期間のいずれか、あるいはその全部を抜本的に見直すことにするか、それが困難であるならば、開発そのものを断念するかも含めて決定しなければならない局面に至ったものである、としました。

そして、これらに照らすと、日本IBMは、スルガ銀行と本件最終合意を締結し、本件システム開発を推進する方針を選択する以上、スルガ銀行に対し、ベンダーとしての知識・経験、本件システムに関する状況の分析等に基づき、開発費用、開発スコープ及び開発期間のいずれか、あるいはその全部を抜本的に見直す必要があることについて説明し、適切な見直しを行わなければ、本件システム開発を進めることができないこと、その結果、従来の投入費用、更には今後の費用が無駄になることがあることを具体的に説明し、ユーザーであるスルガ銀行の適切な判断を促す義務があったとしました。

また、「最終合意書」は、このような局面において締結されたものであるから、日本IBMは、ベンダーとして、この段階以降の本件システム開発の推進を図り、開発進行上の危機を回避するための適時適切な説明と提言をし、仮に回避し得ない場合には本件システム開発の中止をも提言する義務があったとしました。

 

判決からの教訓は「ベンダー側からの適時適切な説明と提言の必要性」

※写真はイメージです © Y Photo Studio/Shutterstock

プロジェクトは多くの場合、想定外の事態が発生するものですが、専門的知識やプロジェクトに関する経験に乏しいユーザーには、必ずしも適切な判断ができるとは限りません。

スルガ銀行・日本IBM事件の判決が述べているのは、そのような想定外の事態が発生し、プロジェクトの見直しが必要になったときに、ベンダー側から、適時適切な説明と提言をして、場合によってはプロジェクトの中止をも提言しなければならないというものです。

プロジェクトにおいて大きな見直しをするのは容易ではなく、自らの非を認めることにもつながりかねないため、心理的にも大きな抵抗があるといえます。そのようなことから、プロジェクトが危機的な状況に陥っていたとしても対症療法的な対応でしのぎたいという誘惑にかられることが多いでしょう。

しかし、プロジェクトの見直しという大きな意思決定が必要な場面において、必要な提案をしてプロジェクトを畳むように働きかける必要があるのです。この判決はそのようなベンダーの「プロジェクト・マネジメント義務」を認めた判決であるといえます。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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