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【ベンチャー企業法務】「優先株式」発行による資金調達~注意点と正しい活用法~

GVA法律事務所

弁護士

金子知史

編集/武居直人(リブクル) | 2018.07.26

株式取引のイメージ
近年、ベンチャー企業においては、「優先株式」を発行して資金を調達する事例が数多く見受けられます。シード期におけるエンジェルファイナンスを経て、アーリー期にさしかかる段階でのシリーズAファイナンス以降は優先株による資金調達が一般的となってきています。金額でいうと、数千万円後半~1億円くらいの資金調達の場面から、優先株式による資金調達が多くなるように思います。

優先株式は、普通株式よりも権利の面で優遇された株式なのですが、特にベンチャー企業を設立して間もない起業家にとっては、制度が複雑で、手続も非常に煩雑でわかりづらい部分が多いため、注意が必要です。本記事では、優先株による資金調達の「はじめの一歩」として、その概要や注意点をご説明します。

GVA法律事務所 弁護士 金子知史(かねこ ちかし)

GVA法律事務所、弁護士。大阪市立大学卒業後、同大学法科大学院修了。テクノロジー・ITベンチャー企業のファイナンスやビジネス構築を取扱い、東南アジア進出案件等法務全般において企業を積極的にサポートしている。

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優先株式(種類株式)は普通株式と何が違うのか

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優先株式とは、普通株式よりある特定の事項について優先する権利をもつ株式のことを指します。具体的には、剰余金の配当や、残余財産の分配の場面で、普通株式に優先して配当や分配を得られる株式のことと考えてよいでしょう。

このように、配当金などに関して権利内容が異なる2種類以上の株式を発行する場合、実務上は「種類株式」と呼称されており、優先株式もこのひとつです。

ベンチャー投資の場面で利用される優先株には、優先株式が交付される時期に応じて「A種優先株」「B種優先株」といった名称が付されることが多くあります。一般的には、後から発行する優先株の方が、前に発行した優先株に優先するケースが多い(例えば、B種優先株の方がA種優先株よりも、権利が優先する、など)といえますが、投資家の属性等を考慮して、優先関係を前後させたり、同順位とするなど、柔軟な設計も可能です。

 

優先株式を発行する目的とは

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では、企業はなぜ、このような優先株式を利用して資金調達を行うのでしょうか?

前述のとおり、一般的にベンチャー投資の場面で交付される優先株式には、残余財産分配での優先権が付されることが多いといえます。すなわち、会社を清算する場面において、優先株主がまず、自分が投資した分の金額を回収し、そのあとにまだ余りがあった場合に、創業者ら普通株主と一緒に分配を受ける、といった優先権が付されることが一般的です。

これによって、投資家は、仮に会社がうまくいかなかった場合でも、自分が投資した金額だけは最低限回収できるような優先株式で投資をすることになり、投資回収の機会が確保されることになります。

特にベンチャー投資の場合、イグジットとしての株式譲渡等があった場合に、その譲渡対価をもって残余財産とみなす旨の合意がされることが一般的であり(いわゆる「みなし清算」)、これによって、企業がバイアウトによってイグジットした場合でも、優先株主である投資家が優先的に資金を回収できるよう設計されています。

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このように、優先株式は、投資による回収リスクを低減することができるものであり、投資を受けようとする会社としても、投資を受けやすくなります。

また、普通株式よりも回収リスクが低減された株式ですので、その分普通株式よりも価値が高いと考えることができますので、投資を受けようとする会社としても、投資金額や、1株あたりの株価の点で、普通株式による投資に比べて有利に交渉を進めることができる面もあるといえます。

以上のとおり、投資家に対して優先株式を交付することは、一見すると企業側、ひいては創業者側に不利とも思えますが、その実、リスクマネーを呼び込みやすくなる点で、企業側にもメリットがある手法といえます。

一方で、これにより創業者の権利は優先株主である投資家に劣後することにもなりますので、そのことは当初から念頭に置いたうえで、資本政策等を考えていくことが必要でしょう。

 

優先株式を発行する場合の注意点

企業が優先株式を活用する場合の注意点としては以下の2つの点が重要です。

(1)優先株式の内容決定・設計

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ベンチャー投資において多く用いられる優先株式の概要は上記にて紹介したとおりですが、実際の内容を決定するとなると、極めて複雑な条件を設定する必要があります。一方で資金調達はスピードが求められる場面でありますから、優先株式の設計やレビューに多大な時間を割くことは望ましくありません。

そこで、優先株式を自ら設計し、または、投資家から提案された場合には、極力、弁護士等のベンチャーファイナンスに詳しい専門家を巻き込みながら進めていく必要があるでしょう。資本政策はベンチャー企業のイグジットのために非常に重要な部分であり、専門的な判断が必要なものも多いですので慎重に検討する必要があります。

(2)次回以降の資金調達への影響

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近年では、ベンチャー企業が、比較的早いフェーズの段階で、投資家から優先株式による投資を受ける例も見受けられるようになりました。

しかし、原則として、一度優先株式を発行した場合には、それよりも劣後する普通株式での投資を受けることができる可能性は低くなります。なぜなら、一般的には前回の投資から次回の投資までの間に企業価値が高まるため、一株あたりの価額は前回の投資の場合よりも高くなっているにもかかわらず、回収リスクが相対的に高い普通株式で投資をすることは投資家にとっては著しく不利であるからです。

したがって、一度優先株を発行した場合、以後の大型資金調達も優先株式によって行うことになる、ということを前提条件として念頭に置いておいた方がよいでしょう。

また、一度優先株式で投資を受けた場合には、次回以降の資金調達において、前回ラウンドの株式内容と同様か、より投資家に有利な条件での資金調達となる場合が多くなるため、優先株式による資金調達を受ける場合には、イグジットを踏まえた慎重な資本計画をたててから行う必要があると考えます。

場合によっては、会社法上の種類株式としてではなく、特定の事項について他の株主よりも有利な条件とする旨、投資契約の内容として合意することも可能です。

法的には、会社法上の種類株式の内容として定める場合と、投資契約の内容として合意する場合とで効力が変わり得るところではありますが、きちんと義務を履行する分には特に問題となりませんので、投資を受ける企業としては、優先株式の提案を投資家から受けた場合には、交渉をしてみる価値はあるでしょう。

 

まとめ

契約締結のイメージ

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以上、本記事では、優先株による資金調達の概要についてご案内しました。

優先株による資金調達については、本記事で触れた以外にも、その優先株の内容や、優先株による投資契約の内容、株主が複数いる場合の株主間契約など、留意点が多岐にわたります。そのため、実際に優先株による資金調達を行う場合には、専門家の協力の下で進めていくことを強くお勧めします。

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DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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