経営者のための法知識
GVA法律事務所
弁護士
鈴木 景
編集/武居直人(リブクル) | 2018.06.30
GVA法律事務所 弁護士 鈴木 景(すずき けい)
2009年弁護士登録。都内法律事務所、企業法務部を経て、17年、GVA法律事務所に参画。ベンチャー企業のビジネス構築や、国外進出、企業間のアライアンス等を法務観点からサポートしている。
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新たなメンバーに参画してもらう場合の手法としては、大きく分けて、「業務委託」と「雇用」という2つの形態が考えられます。ではベンチャー企業がメンバーを増やすにあたり、「業務委託契約」か「雇用契約」、どちらの契約形態で招き入れるのがよいでしょうか?
これは、企業のステージによって、判断が変わってくるところといえます。ここでは「創業初期」と「成長期」の2つのステージにおける判断ポイントを解説していきます。
なお、「業務委託」「雇用」それぞれの概要、ならびに一般的なメリット・デメリットについては後述します。
創業初期にメンバーを引き入れる必要が生じる場合としては、まさに「その人のプロフェッショナリティが欲しい」というケースが多いでしょう。その場合には、業務委託契約がフィットすると思います。
なお、このような「逸材」は色々な企業から声がかかるため、業務委託のデメリットのひとつである「コミットメントを求めにくい」というデメリットがにわかに顕在化してきます。この点への対応のひとつとして、「株式を持ってもらう」ということが考えられます。
このような方については、さまざまな企業と関係を持つことにより、よりその方のプロフェッショナリティに磨きがかかるという側面もあることから、「コミットメントを求めにくい」というデメリットは、一方で「多様な知見を確保できる」というメリットとして評価することもできます。そこで、より多様な知見を企業に還元してもらうインセンティブとして株式を交付することで、積極的にノウハウ等を提供してもらうことが期待できます。
ただし、この場合でも、「うち一社だけにコミットして」と言いにくいことは変わりありません。最終的には、「うちの企業だけにがっつりコミットして欲しい」と思うのが企業側でしょうから、まず業務委託契約と株式の交付で、事実上のコミットメントを確保しつつ、ゆくゆくは雇用契約という形、または役員という形で強くコミットしてもらうために、継続的に「口説く」ことが必要となります。
次に、ある程度企業が成長した段階では、企業側でコントロールができる人材を確保するニーズも高まります。その場合には、雇用契約により人材を引き入れるのが適切です。
法律上、従業員を雇用するにあたっては、労働条件通知書や、雇用契約書の交付、従業員の人数によっては就業規則の整備が必要となりますが、ベンチャー企業においてさらに重要なのは、カルチャー・バリューへのフィットです。
ベンチャー企業の成長には、メンバーが一丸となって、実現したい世界観に向けてまい進することが重要であり、そのためには、その企業のカルチャーや、その企業の実現したい世界観であるビジョン、企業が大事にしているバリューに対して、メンバーが共感している状態がとても重要です。
法律上、解雇は、たとえ試用期間中であっても、野放図に行うことはできず、高いレベルでの合理性や相当性が必要とされていて、極めて厳格です。入社後に、バリューやカルチャーにフィットしていないことを理由に解雇することは極めて難しい(できないと思っていた方が良い)です。
そのため、入社時に、カルチャーやビジョン、バリューへの共感をしっかりと見極めたうえで雇い入れることが大事になります。
また、雇用契約で雇い入れた場合、受動的な働き方をする社員も出てくるでしょう。ベンチャー企業の場合、投資家からの資金供与を受けながら、指数関数的な超速度で成長することが求められていますので、たとえ「雇われの身」であっても、能動的に働いてもらうことを期待したいところです。
そこで、従業員の方に能動的に働いてもらえるような制度設計が必要となるでしょう。
例えば、従業員自身のありたい姿を実現でき、かつ企業の成長にもつながるようなミッションのアサイン、従業員が自分の置かれた状況に応じて柔軟に働けるような仕組みの採用(リモートワークや、働き方・給与の選択制など)といった対応を取る企業も増えてきています。
業務委託とは、一定の業務を相手方に「委託」し、それに対して報酬を支払う形態の契約関係をいいます。
例えば、営業が強い人には、営業活動を「委託」してそれに対して報酬を支払う、とか、システム開発が強い人には、システム開発を「委託」してそれに対して報酬を支払う、といった形で契約を締結することが多いです。
メリットとデメリットは以下のとおりです。
・契約関係を解消しやすい
雇用の場合、解雇については法律上厳格な要件が定められていますが、業務委託契約の場合、契約書上、任意解約権(いつでも自由に契約を解消できる権利)を定めておくことにより、契約関係を解消することが可能です。
・各種保険に関する対応が不要
法律上、雇用保険、社会保険等について対応する義務がありませんので、この点は雇用と比較した場合の企業側のメリットといえるでしょう。但し、業務委託により業務を引き受けるパートナーとしては、各種保険がない分、報酬を高めに設定してほしいと思うでしょうから、企業側のキャッシュアウトの総額は変わらない可能性も考えられます。
・労務管理の必要がない
雇用の場合には、使用者の被用者に対する安全配慮義務等の観点や、残業代計算の観点から、被用者の方々の労務管理をする必要がありませんので、この点の時間的・金額的コストを削減することができます。
・1社に対してコミットを求めることが難しい
業務委託の場合、基本的には企業側と委託を受ける側とは、対等な関係になりますので、契約書で縛らない限り、兼業を禁止することはできません。また、契約書で縛ろうとすると、独占的に勤務する対価として報酬を高めに支払う必要が出てきます。
・契約関係を解消されやすい
メリットの裏返しでもありますが、任意解約権が相手方にも認められている場合、相手方からいつでも解約されてしまう可能性があります。対応として、企業側にのみ、任意解約権を設定するということもあり得ますが、上記のとおり、企業側と先方とは対等な関係になりますので、相互に任意解約権を持つ、というケースが多いでしょう。
このように、業務委託の大きな特徴として、「企業側と受託側は、対等な関係にある」という点が上げられます。ですので、どちらかというと「その人の能力やプロフェッショナリティに着目してメンバーに引き入れる」という場合に、このような形態はフィットします。
雇用とは、当事者の一方(従業員)が相手方(企業)に対して労働に従事することを約束し、企業が従業員に対して労働に対して報酬を与える形態の契約をいいます。
一般に企業が従業員を受け入れる場合に締結する契約がこの雇用契約です。
業務委託契約の場合と異なり、企業側は「使用者」として、従業員側は使用者に使用される「被用者」として、明確な力関係が存在します。その力関係から、使用者側には様々な制約が課せられています。
メリット・デメリットは、概ね業務委託契約の場合の裏返しとなりますが、一番大きなメリットは、「指揮命令ができる・労働者には職務専念義務がある」という点でしょう。
業務委託契約の場合、委託した業務を適切に対応してもらうために必要な程度の要望等は可能ですが、基本的な委託業務の遂行方法等については、受託者の裁量に委ねられています。これに対し、雇用の場合には、さらに一歩進んで、労働者に対して、業務遂行の方法や内容、場所などについて、指示や命令することができます。このように、労務に従事する従業員に対して強い指揮命令ができる、という点が、企業側が雇用という契約形態をとる、最も中核的なメリットといえるでしょう。
このように、雇用の大きな特徴として「企業側が労働者に、指示命令をする関係にあり、労働者は企業の指示に従わなければならない」という点が上げられます。ですので、どちらかというと、(言葉を選ばずに言うならば)「労働者として、企業が望むとおりに働いてくれるメンバーを引き入れる」という場合に、このような形態がフィットします(もちろん、従業員に成果を上げてもらうためには、従業員のモチベーションコントロールも不可欠で、そのためには、企業側から一方的に業務を押し付けるという対応だけでは、必ずしも十分でないケースもあります)。
最後に注意点として「みなし雇用」の問題を解説します。
これは、業務委託契約で契約を締結しておきながら、実態は雇用である場合に、「実質的に雇用契約である」として、残業代や保険関係など種々の雇用に関する規制が適用されてしまう、という問題です。
具体的にどのようなケースが「みなし雇用」に該当するかはケースバイケースと言わざるを得ませんが、一般的には、指揮命令関係、すなわち、時間的拘束、場所的拘束、命令に対する拒否権の有無や、指示の程度などによって総合的に判断されることになります。
雇用契約における種々の規制を「意図的に回避するために業務委託にした」と認定されないよう、働き方には注意する必要があります。
以上、ベンチャー企業におけるメンバーの招き入れ方について、概要をお話ししました。本稿で触れた事項のうち、特に従業員の雇用契約については、法律の規制も複雑ですので、適宜専門家と相談しながら、二人三脚で進めていくのがよいでしょう。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美