スーパーCEO列伝
株式会社シクロ
代表
山崎昌宣
文/内田陽(ペロンパワークス) | 2021.06.30
株式会社シクロ 代表 山崎昌宣(やまざき あきのり)
1976年、大阪府生まれ。大学卒業後、介護・福祉業界の企業で介護・看護専門職のエリアマネジメントに携わる。2008年に勤務先が倒産したことをきっかけに合同会社シクロを設立。同社は全人的支援を目指して幅広い事業を展開している。
もともと介護医療事業を展開している株式会社シクロが、被支援者の自立を目的とした就労支援事業を開始したのは2016年のこと。介護対象者の経済的自立を目指して就労支援を行う企業は多くあるが、同社には別の狙いもあった。
山崎氏は支援する側、支援を受ける側のフラットな関係づくりが福祉事業では重要だと強調する。
「就労支援を受ける方々は何でもかんでも保護されるべき対象ではないと考えています。何事にも挑戦してもらって、それで失敗してもいい。挫折によって得るものだってあると思いますし、私たち就労支援従事者は彼らが失敗する権利を奪うべきではありません。でももし、彼らが失敗して右往左往しているのであれば手を差し伸べることも必要。
そのため、私たちと利用者の間には遠慮がないんです。ただ、それがいき過ぎてしまうこともあるんですね。例えば介護スタッフが被支援者から暴言を吐かれるケースが何度もありました。介護を受けている自分たちの方がもっと効率よく働ける、仕事が下手だと言われることもあったそうです」
そんな状態が続けば介護スタッフの就労意欲も下がり、離職にもつながってしまう。そこで山崎氏が思いついたのが、被支援者に対する就労支援事業だった。
「まず、被支援者の方たちが働くカフェを開業しました。働くことの大変さを知ってもらえれば、介護スタッフに優しくなるんじゃないかという狙いがあったんです。同時に被支援者の自立支援にもつながる。この2つの目的が達成できればよかったので、利益は度外視でした」
そんな山崎氏のスタンスとは反対にカフェの売上は好調。すぐに20人以上の店舗スタッフを抱えるまでに規模が拡大した。しかし、店が人気になるにつれ、「生活保護を受けている」と偏見をもつ一部の客から業務妨害を度々受けることがあった。売上は伸びつつも、立て続けに被害に遭ったことが原因でカフェは1年ほどで閉店することになる。
その後も山崎氏はあきらめずに就労支援を続けるも、用意できた仕事は単純作業ばかり。被支援者の中にはモチベーションを失い、欠勤する人が増えていったという。
「このままでは就労支援事業自体が成り立たなくなってしまうと感じました。そんな折、被支援者の方とコミュニケーションを取る目的で食事会を開催したのですが、その場で酔った被支援者たちから思いっきり不満をぶつけられたんです」
“酒飲みの町・西成”に長年暮らしてきた被支援者たちから「自分たちは酒の専門家だから酒の仕事ならやる気がでる。酒の仕事を用意しないのがいけない」そんな言葉を一斉に浴びせられた。
「本当にひどい体験でした。15人くらいから散々不満を言われたので、だんだん私の方もムキになってしまい『それならお酒の仕事を用意するけど本当にできるんですか?』と、売り言葉に買い言葉になってしまいました。でも結局、この出来事をきっかけにシクロの酒造業がスタートします」
しかし、素人がいきなりゼロから酒造りを行うのはハードルが高い。そこで、まずは酒類の卸売業からスタートした。当初はオリジナルで作成したラベルをビールに貼り付け、店に卸すという業態であった。
「結果として、仕入れた800本のビールすべてを売ることができたんです。被支援者の方々のお酒への愛情を実感させられました。真剣に働いてくれている姿が見られて本当にうれしかったですね。それで私も酒造りに取り組む決心をしました」
福祉事業からのクラフトビール事業。全く畑違いの業界への参入にもかかわらず、シクロが立ち上げたブランド、Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)は現在、売り切れが続出するほどの人気。その理由について山崎氏は、既存のメーカーがやってこなかったアプローチが効果的だったと語る。
「ビールってあまりオシャレなイメージがなかったお酒だと思うんです。既存メーカーのプロモーションは、クラフトビールの由緒ある歴史や伝統をアピールする方法が一般的で、カッコいい雰囲気とか、面白い感じとか、そういうアプローチは珍しかった。
そこで、ビールごとにオリジナルストーリーをつけたり、特徴的なラベルデザインをしたりして商品に付加価値をつけました。ストーリーの考案は私の道楽としてやっている部分もありますが、楽しみながらつくっている雰囲気や、分かる人には分かるメッセージを忍ばせる遊び心も大切だと考えています」
例えば、ディレイラブリューワークスの代表商品である「西成ライオットエール」のストーリーはこうだ。
『西成で暴動が多発していた時代に、アメリカからやってきた留学生の女の子と一緒に造っていた、笑って語り合いながら飲む、平和のためのビール』
これは、西成に住む人々の間で都市伝説のように語り継がれる、かつて町でビールの密造をしていた人たちがいたという話に基づいているという。他にも、「NIGHT RIDER ROUTE26」という商品についたROUTE26(国道26号線)も、地域の人にはなじみ深い道路だ。
「もちろん、限られた人にターゲットを絞るつもりはありません。多くの人に知ってもらえるよう、メディア出演なども積極的に行っています」
シクロのクラフトビールは品評会で受賞するなど優秀な成績を残すが、一方で業界の一部では歓迎されず、ビール事業を始めてしばらくの間は地元大阪の業者になかなか取り扱ってもらえなかった。
「クラフトビールは機材と衛生管理がしっかりしていれば、誰でもある程度までは、
しかし、業界の新規参入者だからこそ可能な戦略もあるという。
「私たちは新規参入ですから業界のセオリーのようなものは分かりません。だからこそ、実はタブーとなっているかもしれないことも、気にせず実行できます。むしろタブーをあえて踏み抜いていかないと、新規参入企業はトップを狙えないかもしれません。
もちろん、むやみにタブーを破っていくわけではありません。業界内でやられていないことについて『本当にやってはいけないことなのか?』と考えてみて、筋の通った理由が見つからなかったら、そのときはチャンスだとみなして他社とは異なるアプローチに挑戦するのです」
業界内の常識を一度立ち止まって見つめ直してみる。それは、山崎氏が新規事業に乗り出す際に大切にしている考え方だ。
「例えば、私が介護事業に参入したときは、西成地区における在宅介護の供給の少なさをとらえ直すところから始めました。在宅介護が介護スタッフに敬遠される理由は、バリアフリー設備などが整っている介護施設で働く方が業務負担が少ないから、というのが一般的です。
そこからさらにもう一歩踏み込んで、本当に在宅介護ができないのかを考えました。でも結局、結論は出なかったんです。じゃあ、やってみようと。
脊髄反射レベルで明確な解答が導き出せてしまう場合も、本当に最適解なのか疑ってみるべきだと考えています。もしかしたらまだまだ分析の余地があるのに、解答が出ているからと多くの人が考察を辞めてしまっている可能性がある。だからこそ、その分野にはきっとまだ誰にも見つけられていないチャンスがあるのではないかと思っています」
シクロはリサイクルショップやゲストハウスの経営など、クラフトビール製造以外にも多岐に渡る事業を展開している。属性の異なる複数の事業を担う人材をどう確保しているのか。その秘訣は、社員のモチベーションを向上させることだという。
行っていることは主に2つある。ひとつは、介護スタッフや被支援者、双方の多様なワークスタイルを実現できる環境を目指し、多様な働き方を認めること。そしてもうひとつは、社員がやりたいことに、積極的に取り組むことだ。
「特に新規事業では、その事業の中心となる人材のモチベーションが重要な鍵を握ると思っています。経験上、社員がやりたいと提案したことに経営側が賛同して始める方が成功確率は高い。逆に経営側がやりたいことを押しつけた場合には成功確率は低くなり、成功する場合でも事業が順調に回り出すまでに時間が長くかかります」
ディレイラブリューワークスでも、従業員のモチベーションをつくり出すための工夫を欠かさない。
「ビールのレシピをつくるスタッフが挑戦意欲をもてるよう、毎月新商品をつくることをお願いしています。アイデアさえ生み出してくれれば、販路をつくるのは経営者である自分の仕事。『マネタイズのことは安心して自分に任せていいからクオリティの高いビールをつくってください』と、スタッフにそう言ってあげることが経営者としてのかっこつけどころだと思っています」
新規事業への参入はリスクがつきものだ。しかし、山崎氏は失敗よりもトライしなかったときの機会損失の方が問題だと考える。
「チャンスだと思ったらとりあえずやってみることにしています。やってみて失敗したのなら、改善策を考えながら修正していくことができますけど、やらなかったという結果は取り返しがつきません。どの道、成功をつかむためにはトライアンドエラーを繰り返さないといけないのですから、失敗も早いほうがいいと思います。サイクルを数多く、素早く回していくためにも、思い立ったらすぐチャレンジすることが重要です」
山崎氏の挑戦の哲学は、実業団として自転車レースの選手だった経験から来ているそうだ。シクロ(回転)という社名やディレイラ(変速機)というブランド名も、すべて自転車用語に由来している。
「自転車レースは選手全員が一斉にスタートして、ほとんど一本道のコースをひたすら走ってゴールを目指します。もし選手のうちのひとりがスピードを上げたとして、どんどん引き離されてしまったら、そこから巻き返すのは容易ではない競技です。
野球やサッカーなら劣勢になっても逆転の可能性がありますが、自転車競技にはそれがない。逆転の可能性がない分、判断の躊躇や先送りが取り返しがつかない事態につながります。判断の岐路に立ったら、『やるかやらないか』ではなくて『まずやる』。やってから考えるのが大切なんです」
自転車競技で一回の見逃しが命取りになることは、事業でも同じだという山崎氏。今後も新しいことにどんどんチャレンジし、進化していくであろうシクロに注目だ。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美