ヒラメキから突破への方程式
堤 真聖
文/竹田 明 写真/芹澤 裕介 | 2020.10.21
堤 真聖(つつみ まさと)
1999年7月26日生まれ。神奈川県出身。ソフトウェアエンジニア。2018年4月、早稲田大学創造理工学部経営システム工学科入学。社会を学ぶために大学を休学し、ベンチャーへのインターン参加やアメリカ留学など精力的に行う。2020年7月、邦楽ロック好きな人のためのアプリ「Rocket for bands」を開発しリリース。
https://twitter.com/masatojames
日本は本当に起業の割合が低いのだろうか? 「中小企業白書」(2019年、中小企業庁)の起業活動の国際比較では、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、中国の7カ国を比較している。
独立・社内を問わず、新しいビジネスを始めるための準備を進めている人や、起業して3年半以内の人の割合をみると、日本は4.8%で、アメリカ12.3%、中国10.7%に比べれば低い数字だが、ドイツやイギリスの6.2%と比較すると、一概に低いともいえない。フランスなどは3.1%で日本よりも低水準にある。
ただ、起業に無関心な日本人の割合は、75.8%と群を抜いて高い。アメリカ21.6%やオランダ23.9%、ドイツ32.1%どころか、日本の次に高いフランス43.5%にも大きく水をあけられている。
国際的な起業活動の比較を行うGEM調査(2018年)によるアンケートでも、職業選択にあたり「新しいビジネスを始めることが望ましい」と答えた日本人の成人人口は22.8%にとどまり、先進各国で軒並み50%を超えているのを鑑みると、日本人の起業意識は低いといわざるを得ない。
起業が身近な存在ではないとはいえ、日本にも起業家はたくさんいる。古くはリクルート、近年では楽天やDeNAなどメガベンチャー出身の起業家も多い。ソフトバンク孫正義氏や堀江貴文氏、リクルート創業者の江副浩正氏など、成功者といわれる経営者の中には大学在学中に起業した人も少なくなく、最近ではメタップス佐藤航陽氏やGunosy福島良典氏ら気鋭の面々も在学中に起業し、わずか数年でIPOにこぎつけている。
若くして起業する人は、どんな感覚を持ち、起業をどのように考えているのか? 今まさに起業しようとしている現役大学生に話を聞いてみた。
早稲田大学に在学中の堤 真聖さんは、2020年7月26日、邦楽ロックを好きな人同士が気軽につながれるアプリ「Rocket for bands」をリリース。現在は2020年中に会社を立ち上げ登記するべく動いている。
「邦ロック好きのためのアプリで、ファンがお気に入りにアーティストを探したり、好きなアーティストをより深く知ったり、同じアーティストを好きなファン同士がつながったりするのに使います。現在約250組のアーティストが登録してあり、その数を日々増やしています」(堤さん、以下同)
小さいときから邦ロック好きだった堤さんは、高校生になったころからお目当てのアーティストのライブへ行くように。邦ロックを趣味にするうち、ファンがアーティストの情報を集めたり、ほかのファンと出会ったりするのが大変だと感じた。
「SNSで邦ロックファンにアンケートを取ったところ、みんな同じような悩みを持っていることを知りました。ニーズがあると判断して、『Rocket for bands』を開発しました。大学に入ったころ、いち早くプログラミングを取得したので、お金をかけず一人で開発してリリースまでこぎつけました」
邦ロック好きのためのプラットフォーム『Rocket for bands』
「邦ロックを愛する全ての人へ」
200以上のアーティストの情報を一つにまとめたプラットフォーム! お気に入りアーティスト、参戦予定をまとめて自分だけのプロフィールをつくろう! 同じアーティストが好きな仲間を見つけてライブを100倍楽しもう!
(App Storeより)
堤さんに限らず若手エンジニアは、ユーザーのニーズや社会の課題を見つけると、こぞってアプリやITサービスを開発する。そこにビジネスの感覚は薄く、サービスを開発した後にマネタイズの方法を考えるケースも少なくない。堤さんもマネタイズは今後の課題だという。
「アプリをリリースしたところ、良い反応があったこともあり、会社を立ち上げて本格的に起業することに決めました。実は大学に入るときにいつか起業しようと心に決めていて、プログラミングもそのために学びました」
マネタイズを考える前に自分が欲しいサービスを作った堤さんだが、大学に入学する際、将来の進路としてすでに「起業」を選んでいた背景がある。チャンスがあれば起業できるように、プログラミングだけでなく、起業のノウハウや人脈を作るために東京大学の起業サークルTNKにも所属した。
「高校までサッカー一筋でした。大学に入学する際に、将来のことを考えて生涯年収を計算したところ、親に金銭的な恩返しをするには会社勤めでは収入が足りないと感じ、起業しかないと決めました。その時点では何をもって起業するか、アイデアはまったくありませんでしたが、ITの知識と人脈だけは必要だと考えていました」
自らサービスを立ち上げ、会社設立に向けて動いている堤さんに、今後どのようなことをやっていくのかを聞いたところ、「就活」という意外な言葉が返ってきた。
「設立した会社を大きくするためには、まだまだ学ぶべきことがたくさんあります。そのためには、一度どこかの会社に就職して経験を積むことも視野に入れています。企業で働きながら副業でサービスをブラシュアップして会社を運営、その後、改めて独立して自分の会社の仕事を本業にするイメージです」
起業すると聞けば、会社を辞めて独立し、起こした事業で飯を食う……というイメージを持つ人も多いかもしれないが、いまどきは会社員として働きながら自分の会社を経営し、しかるべきタイミングで専業に踏み切る、というやり方もあるのだ。
昨今は企業側も副業を認めるところが増えている。あるベンチャー企業では、新卒入社時からすでに起業している社員もおり、副業が“経営者”という人も複数いるという。今後こういった環境が大手、中小問わず整っていくのであれば、堤さんのような経営者兼社員、という働き方も増えていくだろう。
冒頭で取り上げた中小企業庁の資料に興味深いデータがある。新しいビジネスを始める準備を進めている人や、起業して3年半以内の人のうち、自分に「起業するために必要な知識、能力、経験がある」と考えている人の割合は、ヨーロッパの国々より日本のほうが高いのだ。つまり、日本人は十分な準備をしてから起業に踏み切る人が多いということがいえる。
「起業には倒産や借金などのリスクがあり、仲間集めや資金調達なども簡単ではないことは理解しています。けど、実際にビジネスに足を踏み入れて感じたのは、リスクは回避できる、予知して対処できるものだということです。僕は起業にメリットしか感じません。たとえ事業が軌道に乗らなくても、事業を起こした経験はどこかで生かすことができるはずですし」(堤さん、以下同)
堤さんのように、20代前半で起業し、企業で働きながら自らの事業を大きくしようという考え方は、欧米の起業家に近い精神を持っているのかもしれない。今後、彼のような若い起業家が増えてくれば、日本も他の先進諸国並みに起業家を輩出する国になれるかもしれない。そのためには何が必要だろうか?
「法人登記の手続きが煩雑で資金調達も敷居が高く、既存の業界には規制や商習慣があり、新規参入が難しい。イノベーティブなサービスが生まれても業界に参入できないようでは、起業しようという気が起こりません。
そもそも、向上心や好奇心を育てない日本の教育では、起業家は育ちにくいでしょう。僕の場合、自ら起業サークルTNKに所属しましたが、周囲に起業家や起業を目指す人がいる環境に身を置いたことで、起業に向かえたと感じています」
日本に起業家が少ない背景には、日本のビジネス界の構造的な問題があり、さらに、日本の教育制度も起業家を生み出しにくい要因だと、堤さんは感じているようだ。アイデアや情熱を持つ人が積極的に起業にチャレンジできる構造を整えることは、日本に若い世代の起業家を増やすために早急に取り組まなければならないだろう。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美