ヒラメキから突破への方程式
株式会社あしたのチーム
代表取締役会長
高橋恭介
写真/片桐 圭 文/竹田 明(ユータック) | 2018.06.28
株式会社あしたのチーム 代表取締役会長 高橋恭介(たかはし きょうすけ)
1974年生まれ、千葉県松戸市出身。東洋大学経営学部卒。大学卒業後、興銀リース株式会社に入社、リース営業と財務を経験する。2002年、プリモ・ジャパン株式会社に入社。副社長として人事業務に携わり、当時数十名だった同社を500人規模にまで成長させる。2008年、株式会社あしたのチームを設立。1200社を超える中小・ベンチャー企業に人事評価制度の構築・クラウド型運用支援サービスを提供。2018年6月現在、国内47全都道府県に営業拠点、台湾・シンガポール・上海・香港に現地法人を設立している。2018年6月28日、同社の代表取締役会長に就任。
経営者の悩みは、なかなか業績が上がらないこと。従業員の悩みは、なかなか給与が上がらないこと――。企業の経済活動とはすなわちこれらを向上させることだが、その実現のためには、目先の売上を追うばかりでなく、企業内の人事評価に目を向けることが大事だと説く企業がある。
株式会社あしたのチームが提供する人事評価サービス「ゼッタイ!評価®」は、積極的に社員の給与を上げる“攻めの人事”を可能にする。給与決定のメカニズムを“見える化”することで、従業員は自らの評価に納得して働くことができるのだ。
加えて、人事評価に従業員による目標の自己設定や効果的な面談の実施により、給与査定だけでなく、人材育成のツールとしても活用できる。代表取締役会長の髙橋恭介氏に、従来の評価制度との違いを聞いた。
「従来の人事制度である“きのうの人事評価”では、業績が上がったら社員の給与も上げる仕組みでした。一方、当社が提唱する“あしたの人事評価”は、業績を上げるためにまず社員の給与を上げるのです。
会社の経営目標をスタッフ全員の日常の業務とリンクさせて、細やかな行動目標を設定。従業員は目標をクリアすれば給与アップという果実を得ることができます。目標達成に向けて自律型人材へと成長し、給与アップする従業員が増えたということは、会社全体の生産性が上がっているということ。その結果として業績が向上するというわけです」
給与アップと業績アップをリンクさせるのは当たり前の話で、どこの企業も実践している……と考えがちだが、社員に対して給与決定メカニズムの明確な指針さえ示されず、社長の顔色をうかがいながら不安定な気持ちで働いている社員たちは少なくないと、髙橋氏は指摘する。
「経営目標と個人の目標をリンクさせる制度を丁寧に設計すれば、人件費アップを補って余りある業績の向上を実現できます。会社と社員が同じ方向を目指して成長することができるのです」
企業の経営目標を部門目標、チーム目標とブレイクダウンさせていき、個々の目標もロジカルに設定するのがポイント。仮に売上100億円、営業利益10億円を目標とするなら、そのために個々人が取り組まなければならない仕事を明確にし、達成すれば「これだけ給与が上がる」と確約する。
個人の目標設定も漠然としたものではなく、できる限り細やかに設定する。例えば、営業部門の社員なら「成約率を2割上げる」「取引単価を5%上げる」、マーケティング部門なら「リード(見込み客)獲得を20%アップ」など。そして数値目標だけでなく、それを達成するための行動目標を立てる。細やかな目標設定ができれば、社員も目指すべき方向が定まり集中して働くことができる。
戦後70年以上にわたり、企業における人事評価は、「給与を下げるため」「人件費を抑制するため」に使われてきた歴史がある。戦後の復興期は、「大学の偏差値」で初任給を変えて、上限を決めることでそれ以上人件費がかさまないようにした。
高度経済成長期に入ると、学歴と実際のパフォーマンスがリンクしないことに気づき、導入されたのが「職能資格制度」。能力を“見える化”してスキルを身につけた人材に手当てを与え、勤務年数だけでいたずらに給与が上がるのを抑制した。
バブル崩壊後、企業の人事はスキルの“下方硬直性”に気がつく。企業の業績が下がっても、スキルを持った人材の給与を下げられない……。そこで、「成果主義」が導入される。企業の業績と個人の評価をリンクさせ、先述した業績が上がらないと個人の給与も上がらない仕組みで人件費を抑制した。
「今でも、街頭で『会社の人事評価制度が変わる場合、自分の給料は上がると思うか下がると思うか?』と聞いたら、大半の人が『下がる』と答えるでしょう。役職定年制や早期退職制など、人事制度が変更されるたび、社員には不利益ばかりが降りかかっていました。
しかし、“あしたの人事評価”は逆。社員の給与を上げるための人事評価制度です。そのため、社員の給与を上げたくない会社には、導入を勧めません。社員を使い捨てにせず、大切にする評価制度、それが“あしたの人事評価”です」
“きのうの人事”では、あらかじめ全体の人件費が設定され、それを社員の役職や業績、職能で分配する「相対評価」であった。それに対して、“あしたの人事評価”では「絶対評価」で社員を評価する。この絶対評価の導入が、“あしたの人事評価”が機能するポイントのひとつだ。
相対評価で給与査定をすると、社員は企業や自身の成長よりも社内の競争に意識を取られる。パイ(人件費)全体を大きくするのではなく、自分の取り分を最大化するのが各自の関心ごとになり、同僚はライバルに変化する。また、パイが小さくなるとな競争が発生せず、競争が企業の成長に貢献しない。
一方、絶対評価を導入すると、同僚から奪わなくても、自分の取り分を自分で大きくすることができる。そうすれば、健全な競争が社内に浸透し、各自がパイを大きくした結果、全体のパイが大きくなる。つまり会社の業績はアップする。
そして、絶対評価とともに重要なのが「マイナス査定」だ。日本の企業の給与査定には、マイナス査定を用いる考えがほとんどないという。マイナスがなければ安定収入は見込めるかもしれないが、「下がらない」ということは「上がる可能性がない」とイコールだといっていい。
「業績が悪いから、みんなで給与を上げないでがんばろう!という風潮で、日本の企業は不況を乗り切ろうとしてきました。しかし、若い人たちは将来性のない会社で働いてくれるでしょうか? 企業は給与アップの代わりに『やりがい』を与えて若者の労働力を搾取しています。“あしたの人事評価”は、そんな日本の悪癖を打ち破ります」
社員の給与アップを活用して企業の業績アップも達成する“あしたの人事評価”は、「人件費抑制」「やりがい搾取」を続けてきた日本の人事制度を根底から覆すものでもある。
しかし、管理職が絶対評価に慣れていなかったり、人件費を抑制する悪癖が付いてしまっていたりする企業では、絶対評価を導入することでむしろ評価軸が定まらず、恣意的な評価になってしまうのではと危惧する声もある。髙橋氏は、そんな企業から絶対評価を給与査定に反映させるリスクの高さを指摘されるという。
「絶対評価の導入にリスクが伴うとの指摘を受けますが、それに対する答えは100%イエスです。新しいことを取り入れるのは、ときに痛みを伴います。筋力トレーニングと同じです。
しかし、“あしたの人事評価”の導入実績は1200社を超え、業績がV字回復した会社もたくさんあります。変革を求めているならリスクを取るべきです。
悪癖を打破するためにトライ&エラーを一緒にやっていくのが、あしたのチームのコンサルティング。クライアントのことを考えると、お節介になることもありますが、社員の給与アップを目指して、経営者と二人三脚で前向きな人事評価制度をつくり上げます」
いつからか日本は“ゼロリスク”の病に侵されつつある。しかし、重箱の隅をつつくように制度の不備を指摘しても、企業は変わらない。まずは理想的な制度を構築して、社員たちが活用できるようにアジャストしていくのが筋道だ。
最初は戸惑いもあるかもしれないが、PDCAを繰り返すうちに運用する社員たちも慣れ、制度が熟成されていくだろう。「制度設計は性善説で。運用は性悪説で」と唱えているあしたのチームは、人事評価制度が浸透するまでアドバイスやサポートを行っていくという。
あしたのチームでは、社長を含めた全社員の給与を時給に換算して開示している。“オープン&フェア”がこれからの人事に必要な要素だと考えているからだ。
「99.9%の会社が全社員の給与を開示することなどできないでしょう。それは、不思議な給与決定をしているからです。フェアな評価で給与を決定し、やましいところがなければ、オープンにしても差し支えないはずです。給与を開示できるクリアな評価制度が出来上がれば、社員は自らのために一所懸命に働くようになります。全社員の給与開示が、攻めの人事の目指すべき到達点です」
仕事の成果に応じて絶対評価で査定し、フェアに差をつける。それを“見える化”することで、フェアな企業で働いている満足感も得られる。“あしたの人事制度”が目指す先は、日本のすべての企業が全社員の給与をオープンにできる社会なのかもしれない。そうなればきっと、日本の働き方は変わる。
vol.56
DXに本気 カギは共創と人材育成
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
井上裕美