スーパーCEO列伝

M&Aを積極活用し10年で急成長 日本にベンチャー革命を!

株式会社Orchestra Holdings

代表取締役

佐藤亨樹

文/長谷川 敦 写真/宮下 潤 | 2019.12.10

佐藤亨樹のポートレート
オーケストラホールディングスは、M&Aを積極活用した戦略で急成長を遂げている企業。一つの事業にとどまらず、徹底した市場調査の上で成長分野を見極め、様々な事業への進出を図っている。同社がこうした経営姿勢をとっているのは、「創造の連鎖」という壮大なビジョンを実現するためだ。「創造の連鎖」とは何か。なぜ、どのように目指しているのか。代表取締役の佐藤亨樹氏に語っていただいた。

株式会社Orchestra Holdings  代表取締役 佐藤亨樹(さとうとしき)

大学卒業後、大手広告代理店に入社。アカウントディレクターとしてマーケティング戦略、ブランド戦略、新商品開発、コーポレートブランディング、PR戦略開発、事業戦略立案など幅広いコンサルティングを行う。2009年、株式会社デジタルアイデンティティ(現:株式会社Orchestra Holdings)を設立。2016年に東証マザーズ上場、2018年には、創業9年目、39歳で東証一部上場を果たす。

「創造の連鎖」のビジョンは日本の現状への危機感から生まれた

オーケストラホールディングスは、2009年に創業。そこからわずか10年間でIT業界を主戦場に事業を発展。2016年9月には東証マザーズ上場、2018年12月には東証一部上場を果たした。成長の階段を急スピードで駆け上がってきた同社では、そのビジョンに「創造の連鎖」を掲げている。

「『創造の連鎖』とは、新しい事業を次々と創出していこうということ。当社は僕と中村慶郎が共同で経営しているのですが、起業したばかりの頃は、食事をするたびに、いつも『これからどんな会社にしていきたい?』と話しあっていました。そんな中から自然と出てきたのが『創造の連鎖』という言葉だったんです」

佐藤亨樹のポートレート

こう語るのは、中村氏と共に代表取締役を務める佐藤亨樹氏だ。2人が「創造の連鎖」をビジョンとして打ち出したのには、日本の経済界に対する強い危機感があった。

日本の労働生産性は、データが取得可能な 1970 年以降、主要先進 7 カ国でみると連続して最下位の状況が続いている。名目GDPが90年代前半と比べて倍以上に達しているアメリカとは、あまりに対照的だ。

「ではその間、日本人は怠けていたのか? そんなことはないですよね。過酷な労働環境の中で、みんな必死になって働いてきました。それなのにアメリカとどうしてこんなに差がついたのかというと、ベンチャー企業の数だと思います。アメリカでは続々と新しい企業や事業が生まれ、雇用が創出され、それによって国が成長してきた。だったら日本でも、まず僕らが率先して可能性のある事業をどんどんとつくり出していくことで、日本の復活に貢献したい。『創造の連鎖』という言葉には、そういう思いが込められています」

同社が柱としているのは、一つは創業から現在に至るまで売上の中心を担ってきたデジタルマーケティング事業。インターネット広告の運用やSEOコンサルティング、クリエイティブやコンテンツマーケティングなどのサービスを提供するというものだ。

そしてもう一つは、2018年末に本格的に事業を立ち上げてから、わずか1年で急成長を遂げているデジタルトランスフォーメーション(旧ソリューション)事業である。この事業は、Webシステム開発やクラウドインテグレーション、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などを展開。特に成長著しいのが、各企業に最適化したクラウドサービスを導入提案するクラウドインテグレーションの分野だ。セールスフォース・ドットコム社とパートナーシップ契約を締結し、ぐんぐん数字を伸ばしている。

佐藤亨樹のポートレート

Orchestra Holdingsのロゴ デジタルアイデンティティのロゴ Sharing Innovationのロゴ

株式会社Orchestra Holdings が複数の事業を統括。舞台とタクトをイメージしたデザイン。

株式会社デジタルアイデンティティは創業から続くデジタルマーケティング事業を運営。

株式会社Sharing Innovationsがクラウドインテグレーションはじめ、新規開発事業を担う。

もちろん「創造の連鎖」を掲げている限りは、この2つの事業だけでとどまるつもりはない。「頭の中には、ほかにもいくつもの事業アイデアが浮かんでいます」と佐藤氏は語る。

2人代表だったから、急スピードで事業を成長させられた

前述したように、同社の特徴は佐藤亨樹氏と中村慶郎氏の2人代表の会社であることだ。おそらくこの体制を採用したことが、同社が急スピードで事業を発展させられることができた大きな要因だと考えられる。

大学卒業後、広告代理店で働いていた佐藤氏はマーケティングを得意としてきた。しかし財務の知識はほとんどなかった。「経営においてカギを握るのはマーケティングと財務。この2つのスキルがあれば、どんな事業でもできるはずだ」と考えていた佐藤氏は、会社を立ち上げるにあたって財務のプロを探していた。

そんなとき知人を介して紹介されたのが、やはり起業を志向していた中村氏だった。中村氏には外資系金融機関で投資銀行業務に携わってきた経験があり、まさに佐藤氏が求める条件を備えていた。実は中村氏もまた「経営で重要なのはマーケティングと財務」だと考えていた。こうして磁石の両極が引き合うように、「マーケティングのプロ」と「財務のプロ」が一つになり、会社が動き出した。佐藤氏はこう語る。

「まだ創業したばかりの頃、『これからはデジタルマーケティングが伸びる』と判断し、抜群のタイミングで市場に参入できたのも、中村がいてくれたからです。ベンチャー企業の場合、どんなに優れた事業プランを持っていたとしても、資金調達のノウハウがないがために半年、時には1年ぐらい足踏みをすることは当たり前。結果として時機を逸してしまったという例はごまんとあります。

その点僕らの最大の強みは、マーケティングによって『このタイミングだ』と判断したときに、瞬時に資金調達に動けることです。2人で組んでなかったら、こんなに速いスピードで事業を大きくすることはできなかったでしょうね」

佐藤亨樹のポートレート

また佐藤氏は、「中村がいてくれることで、高慢にならずに経営に臨むことができる」とも語る。

「事業が成功すると、どうしても経営者は『自分は何でもできるんだ』という全能感を抱くようになり、態度が傲慢になりがちです。実際にそういう経営者をたくさん見てきました。でも中村がいることで、『彼の前では恥ずかしい振る舞いはできない』と、常に自分の居ずまいを正すことができます。これは大きいですね」

佐藤氏曰く、「僕も中村も、物事を意見と感情に分けて考えることができる人間」。世の中には、自分の意見が反対されると、あたかも人格まで否定されたかのように思い感情的になる人が多い。しかし2人の場合は、たとえ意見が異なったとしても相手の発言をロジカルに受け止め、思考することができるという。

広告業界出身らしいラフな雰囲気を漂わせる佐藤氏と、金融業界出身らしい堅実そうな雰囲気の中村氏とでは、見た目の印象は正反対。2人のことを知っている経営者仲間から「それでよく揉めずにうまくやっていけるね。うらやましい」と言われることもある。

「でも根っこはすごく似ています。こんな関係はなかなか希有かもしれませんね」

徹底した市場調査とM&Aで事業を拡大

同社が短期間で事業を発展させることができたもう一つの理由。それは徹底したマーケットインの姿勢を貫き、M&Aによってスピード感を持って事業化を推し進めてきたことだ。

2人がデジタルマーケティング事業に参入することを決めたのは、2009年の創業直後のこと。当時のインターネット広告市場は、リスティング広告がようやく注目を集め始めた時期にあたり、運用ノウハウを持った事業者は稀だった。2人は様々なマーケットを調査する中で、この市場のポテンシャルの高さを確信。参入を決意したのだった。佐藤氏自身が広告代理店出身であり、業界事情に精通していることも強みとなった。

佐藤氏の読みは当たった。まだスタートアップしたばかりの同社に、大手広告代理店からの依頼が押し寄せてきたのだ。そこで同社は2010年、M&Aによって組織を大きくすることを決断。リスティング広告に関するスキルフルな人材が揃っている企業の買収に成功した。さらに2013年には、新卒社員の採用も開始した。

「『創造の連鎖』をビジョンに掲げたのも、ちょうど2013年のことです。つまりこの時期から既にデジタルマーケティング事業だけを専業にする会社にするつもりはなかったのです」

そして2016年9月には東証マザーズに上場。それまでデジタルアイデンティティだった社名を、現在のオーケストラホールディングスに変更、ホールディングス化したのはこのときだ。

指揮棒のイメージ ベートーベン「英雄」の楽譜が描かれたオフィスの壁

オーケストラホールディングスという社名にちなんでプレゼントされたタクト(指揮棒)。

オフィスの壁にはベートーベン『英雄』の楽譜が描かれている

出身企業の文化の違いを乗り越えて、どう融合を図るか

経済産業省はIT人材について、2030年には約59万人が不足すると試算。業界の伸びに対して人材の供給が追いつかない状態にある。逆に言えば企業にとっては人材さえ確保できれば、業界の成長の波に乗ってこの先10年以上は伸びていくことが可能ということだ。

「今後とりわけITエンジニアの不足が予想される分野はどこかをリサーチしていったときに、浮かび上がってきたのがクラウドインテグレーションだったんです。この分野で今のうちからエンジニアを拡充し、教育にも力を注げば、圧倒的な優位性を築くことが可能です」

佐藤亨樹のポートレート

人材確保の手段として同社が用いたのは、やはりM&Aだった。全部で計6社を買収。一方でソリューション事業を担うグループ会社としてシェアリングイノベーションを立ち上げ、M&Aによって新たに迎え入れた200人以上のエンジニアはここで働くことになった。

M&Aについては、企業文化の違いから融合がうまくいかず、組織の拡大を事業の成長に結びつけられないケースも少なくない。

「M&Aの対象になるのは、優秀なエンジニアが在籍していて高い技術力を有しているのに、その割には利益が出ていないなど、企業価値を創出できていない会社です。そんな中でうちの会社に移ってきたときに、『この会社であれば未来が開いていきそうだな』と感じてもらえれば、彼らを一つにまとめるのは難しいことではありません。

行動規範の一つに『常にポジティブであれ』というのがありますが、この言葉は完全に社員に根づいています。何か困難な問題に直面したときには、若い連中を中心に『常ポジ、常ポジ』と声を掛け合っている光景が見られます。すると職場全体からネガティブな空気が消え、積極的に物事に取り組む姿勢が生まれていきます。こちらから無理に働きかけなくても、社員自身が勝手に成長していくようになります」

「創造の志士たち」を育て、「創造の連鎖」を大きなうねりに

現在、佐藤氏が最も注力しているのは、今後急成長が見込まれるデジタルトランスフォーメーショ事業である。デジタルマーケティング事業については現・経営陣に任せている。

「一方でデジタルトランスフォーメーション事業の経営陣も、この1年数か月間でかなり育ってきました。彼らが自走できるようになったら、僕は僕自身の空いたリソースを今度はまた別の事業に注ぎ込もうと思っています。僕らのビジョンである『創造の連鎖』を加速させるために」

佐藤亨樹のポートレート

新たな事業の種は、既に蒔いている。2019年4月にはタレントマネジメント事業を手がける株式会社ワン・オー・ワンの全株式を取得して、これを子会社化。佐藤氏はこのタレントマネジメント事業を、第3の柱にしたいと考えている。さらにはM&Aマッチング事業にも参入している。

また同社では、ベンチャーキャピタル会社を設立。有望企業への投資も実施している。

「投資の対象にしているのは、マーケットは成長しているが、僕らが今からその業界に参入しても、もう間に合わない事業を手がけている会社や、僕らのスキルではできない事業を行っている会社。これも『創造の連鎖』実現のためです。

今は僕と中村が直接事業を作り、その事業に携われる人材を育てています。でもいずれはそうやって育った人材が僕や中村の志を受け継ぎ、今度は彼ら自身の手によって新たな事業をつくり、さらには人材を育てていけるようになる。すると『創造の連鎖』がもっと大きなうなりへとなっていきます」

「創造の連鎖」とは、事業の創造の連鎖であり、人材の育成の連鎖でもあるのだ。こうして多くの「創造の志士たち」が日本の中で生まれていけば、佐藤氏が抱く「日本をアメリカのような有力ベンチャー企業が次々と登場する国にすることで、日本の復活に貢献する」という目標を叶えることも可能になる。

佐藤氏はその壮大な目標の実現に向けて、着実かつスピード感を持って歩み続けている。

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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