刺激空間から革新が生まれる
WOW inc.
代表取締役社長
高橋裕士
写真/宮下 潤 文/山祥ショウコ(lefthands) | 2014.04.10
WOW inc. 代表取締役社長 高橋裕士(たかはしひろし)
1700年代から代々続く刀匠の家庭で伝統工芸や古美術に囲まれて育つ。刀匠の父の姿を見て、仕事とは独立起業することと感じ1997年仙台でインターネットの会社設立。映像分野に進出して2000年に東京に本社を移す。2007年にはロンドンオフィスもオープン。社内での自身の仕事としては、プロデューサーとして現場でソニーやUSENなどの企業のCMやVIなどに関わるほか、『WOW Visual Design』をリリース、アートブック『WOW10』同様、発行人を務める。日本の伝統と美の普及にも取り組み、2014年、マーク・ニューソンがデザインする刀『aikuchi』を発表。
渋谷といっても大人なエリア。ハイファッションのコンセプトストアやカフェが並ぶ急坂を上った先に、WOWのビルはある。
「オフィスは必ず“一棟借り”しています」
自らセキュリティロックを解除してドアを開けながら高橋裕士社長は説明した。渋谷の前は青山、その前は銀座。仙台で起業した会社の業績が順調に伸び手狭になるたびに引っ越し、その回数13回。ある程度の規模になってからは、いずれも一等地のビルをまるまる一棟借りてきた。
「仙台・ロンドンを合わせて総勢43名の小さな会社なんです」と高橋社長は言うが、実は多くの人が普段気づかぬうちにVIや車のCMなどで一日何度もWOWの映像を目にしている。クライアントは、TOYOTA、ソニーやブリヂストンなどの世界的企業がほとんど。企業イメージを決定づける映像を制作しているがゆえに、社長やオーナーまで社を訪問することが多々ある。
したがって、オフィスは“世界的に有名なクライアントの審美眼に応えるための空間”として重要な鍵となる。
「打ち合わせ等で訪問された際の印象はとても大事です。複合オフィスビルで他の会社も同じフロアに、となると、いろんな人がエレベーターに乗り合わせるでしょうし、ビル内も人の出入りが多くてわさわさするじゃないですか。一棟借りにこだわるのはそういった理由です」
ル・コルビジエやフィリップ・スタルクなど世界定番の洗練された家具と、日本の若手デザイナーの斬新な作品をミックスして置いたオフィスで、WOWらしさを表現している。いいものを見慣れたクライアントたちにも安心かつ斬新に映るだろう。
また、WOWはクリエイターの会社なので、クリエイティブに最適な環境を持ちたい、というのもオフィスづくりの根底にある、と高橋社長。
「クリエイティブのクオリティを上げていくのに大事なことは……我々にはクライアントがいるわけですが、相手をカイシャと考えず、『“その人”のためにちゃんといいものを創りたい』と思える関係性であり続けること。
嫌いなものを頑張っても、やはり好きなものに取り組んだ結果には及ばない。そして人の個性はひとりひとり違う。だから、基本的に化粧品が好きな人には化粧品を担当してもらうなど、好きなものにつながることをやってもらいます」
個性を大事にするというポリシーゆえ、社員のワークスペースが日本の通常の会社の4倍程度とかなり広くとってある。ゆったりとしたデスクスペースで個々の仕事に集中できるが、顔が見えるように個室化はしていない。役員室もガラス張りのパーティションで見渡せる。
「今、広告以外にも、ルーブル美術館でインスタレーションの展示をしたり、プロダクトデザインに取り組んだり、ビジュアルデザインの分野で多岐にわたった活動をしています。ポリシーは『年月を経ても価値の変わらないものを創る』ということです」
WOWの洗練されたオフィスには、社員の椅子ひとつとっても、廉価な使い捨てのものがない。オフィスは会社を表す。クライアントに向けてのイメージ戦略とクリエイティビティを最大限に引き出す環境づくり、という2つの柱がはっきりと見えた。
奥にあるバング&オルフセン85インチモニターが小さくすら見える、150m²の広々とした会議室。WOWを訪問した人は、1階にあるこの会議室にまず通される。
「お客様が1人でも2人でもここでお迎えします。こちらで某王族の方をお迎えしたこともあります」と高橋。CMや企業VIなどを多く手がける仕事ゆえ、クライアントのどんなクラスの人が来ても対応できるようにしつらえてある。奥にはバーカウンターもある。
「実家が1700年から続く日本刀の鍛冶屋で、古い日本家屋には30人以上入れる客間があったから、お客様を迎える場所として“広さ”と“いいもの”は必須だと思っているところはあるかもしれない」
心地よい空間だが、“なになに風”という決まりごとはない。中央のテーブルと椅子は大阪のプロダクトデザイン集団グラフのもの。壁にかけているグラフィカルなローラーボードは友人のグラフィックデザイナー・川上シュンのデザイン。以前ロゴをデザインしてもらった縁で制作されたオリジナル作品だ。ソファはBALS TOKYOで扱っているCOEVALで、カバーをクリーニングできる点を重視してセレクトした。
「『その人のためにちゃんとしたい』と思える相手と仕事をするのがポリシー。いい関係をもつためには個性を大事にすること、余裕を持つことが必要」
WOWのオフィスを訪問した人に「外国みたい」と言われることが多いと高橋は言う。「外国みたい」な印象の秘密は、一人あたりのスペースの広さにある。
この“小”会議室だけでも実に50m²の広さ。2F、3Fのフロアは各211m²。渋谷オフィスで働く人数はたった30人。以前このビルを借りていた会社は同じスペースに120人(!)が働いていたという。それが日本の普通の会社の標準とするならば、WOWのワークスペースは一人あたり4倍の広さがあることになる。
「クリエイティブな仕事なので余裕は特に大事にしています。広さの理由としては……うちにはそもそも営業部門がないし営業をしないから、その人員分のスペースがあるんでしょうね。営業部門がないことについてはよく驚かれます。年に一度だけ、年末に全社オープンにしてパーティを開催するんですが、そこでの出会いが営業的な機会につながっています」と高橋。
そのパーティの際にはチルアウトルームとして利用する小会議室はデザイナー フィリップ・スタルクがデザインするブランド、フロスのロメオシリーズの照明。中央の木のテーブルセットは大阪を拠点とするプロダクトデザイン集団グラフのもので、個人のリビングのような温かみのあるリラックス空間となっている。
ガラス張りの役員室を訪れると誰もが尋ねるのが「御社では自転車も手がけているのですか?」という質問。自転車のほとんどはビンテージと呼ばれる1960年代—1980年代のクロモリバイクだ。このWOWの共同経営者である、クリエイティブ・ディレクターの於保浩介と共通の趣味であり、実際にレースにも出場している。
「クロモリバイクは60年代に完成されてからほぼ形が変わってない。WOWでは先日発表したマーク・ニューソンデザインの日本刀『aikuchi』を始めとして、これらのバイクのように『時代を経ても価値が変わらないもの』を作りたい、という気持ちを持っています」
約50m²に2人の広さの部屋の家具は「鉄・ガラス・木」をテーマに副社長の於保が選んだ。ル・コルビュジエのLC2ソファに、イームズのラウンジチェアなどミッドセンチュリーモダンの家具。それにコンテンポラリーデザインで人気のエスタブリッシュ&サンズのランプ、それに稀少なクロモリバイク。時代やスタイルを自由に組み合わせていながら統一感のあるさまが、WOWのものづくりの姿勢と重なる。
vol.56
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日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社
代表取締役社長
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