“超”私的エクストリームな瞬間

【野球】

“個”より“チーム”の強さ。 その思いが自分を輝かせる

株式会社ジェイグループホールディングス

代表取締役

新田治郎

写真/高倉弘幸 動画/アキプロ 文/小幡奈々 | 2016.02.10

全国に63業態、約133店舗の飲食店を展開するジェイグループホールディングス。社会人野球への参入が話題を集めた「居酒屋の硬式野球部」は、創部3年でプロ野球選手輩出、4年で都市対抗試合出場など、快進撃が止まらない。新田社長が野球にかける思いとは?

株式会社ジェイグループホールディングス 代表取締役 新田治郎(にったじろう)

1966年、京都市出身。高校卒業後に上京し、1985年、ディスコ「マハラジャ」などを経営する日本レヂャー開発株式会社に入社。店舗立て直しの手腕を買われ、名古屋レジャー開発株式会社の社長に24歳の若さで就任。1997年、ジェイプロジェクトを立ち上げ、飲食業に参入。2006年、東証マザーズで株式を上場する。仕事以外では野球に情熱を燃やし、2009年、ジェイプロジェクト硬式野球部を発足。2012年、第83回都市対抗野球大会予選で東海地区代表となり、全国大会初出場を果たす。

トヨタ自動車、JR東海といった有名企業が名を連ねる社会人野球。その舞台に、ジェイグループホールディングスが運営するジェイプロジェクト硬式野球部が彗星の如く登場したのは2009年のこと。設立した2008年当時の新聞記事には、「居酒屋が硬式野球部設立」の見出しが踊った。

「社会人野球90年の歴史で、外食産業が参入するのは前例のないことでした。反響は大きく、世論的にも『お前らに本当にできるのか』と思われているのは明らか。実際、創立の際の記者会見では結構、厳しい質問を受けましたね。それで記者の方に目標を問われたとき、思わず『5年以内に都市対抗野球大会に出場し、チームからプロ野球選手を輩出します』と言い切ったのを覚えています」

経営への情熱もさることながら、新田氏の野球に対する思いも人一倍。少年時代は「長嶋茂雄になりたい」と、高校を卒業するまで野球に打ち込んだ。経営者になってからも野球熱は冷めることなく、草野球にも励んだ。そんなとき初めて見た社会人野球に、新田氏は一気に引き込まれる。

「仲良くなった選手の引退試合を見に、都市対抗野球大会に出掛けたんです。彼の勇姿はもちろん、社員が一生懸命に応援して一致団結している雰囲気に、社会人野球って素晴らしいなと。愛社精神を元とした社員の輪に感動して、その日のうちに『俺も野球チームを作る。ジェイグループのチームを引き連れて、この東京ドームに戻ってくる!』と宣言しました」

新田氏の経営哲学に「できない」という文字はない。それでも、硬式野球部立ち上げは容易ではなかった。

「かねてから積極的に団体スポーツ経験者を社員採用してきましたが、その人材だけでは社会人野球というレベルに到底及びません。戦えるチームを作るため、いろいろな野球連盟の方々にお話を聞いて、良い指導者や選手を集めるまで3年を要しました」

チーム設立へのお膳立ては整ったが、年間の運営予算は数千万円。これはトップ企業の10分の1程度だ。自社所有の球場もなければ、野球部員への特別待遇もない。

「選手たちの練習時間は朝9時~午後3時まで。その後は、それぞれ配属先の店舗に出勤し、夕方5時~11時まで勤務です。店が繁忙期になる12月はシーズンオフ。一般的な社会人野球チームでは、野球をすることが仕事だったりしますが、弊社の場合は店舗勤務ありき。

決して恵まれた野球環境ではありませんが、彼らはそれも覚悟して入団してくれています。六大学出身の選手がうちの球団に入るわけでもないなか、目標は勝ち上がっていくこと。その点には彼らもすごく共感してくれています」

有志で立ちあがった応援団やチアリーダーも社員が担っている。ジェイプロジェクトの団結力は固い。

逆境はチームの結束を強くした。2011年、チーム初となるドラフト指名選手を輩出。翌2012年には、ジェイプロジェクト硬式野球部が都市対抗野球大会へ初出場を果たす。都市対抗野球大会出場を決定づけた選抜試合のことを、新田氏は今も鮮明に覚えている。

「金曜日のナイトゲームで、相手は強豪、三菱重工。ずっと押されてノーアウト1塁、3塁。相手側に、いつ点が入ってもおかしくない状況でした。しかしながら野球の神様がいたのか、1対0でうちのエースが完封。ジェイプロジェクトが勝利を収めました。

ヒーローインタビューの時、彼は大きく息を吸って『今、何時ですか?』と尋ねたんです。ちょうど8時を回った頃でした。すると彼は『今、この時間に野球ができるだけで僕たちは幸せです。金曜の8時は店の書き入れ時で、店の仲間が僕らの代わりに頑張ってくれている。気持ちよく送り出してくれた仲間たちに、まず感謝したいです』。それを聞いて、僕自身、胸が熱くなりました。野球部を作って良かったと、心から思った瞬間でしたね」

都市対抗野球大会への出場は、大企業のチームでさえ何十年もかけて上がる大舞台。それをわずか創部4年で成し遂げた。社員の間に野球部を応援する姿勢が広まり始めた。

「硬式野球部は我々ジェイグループの『心の社旗』だと思っています。違う地域、違う時間帯に働いていても、仲間意識を強く持てる。そんな一致団結の求心力を担ってくれる象徴として、確実に浸透してきたように思います。

僕が野球を通して常々感じているのは、『個よりチームが強い』ということです。自分自身の能力を生かすには、一人で何かやるよりチームの力が不可欠です。連帯感と達成感、公平感がチームを強くします」

2015年のドラフト会議で角屋龍太選手がプロ野球界入り。「息子が夢を叶えてくれたような、本当に誇らしい出来事です」(新田氏)

外食産業の社会人野球参入は、確かに革新的なことだった。しかし、新田氏の取り組みは、経営における人材育成や組織づくりと何ら変わらない。事実、部員たちはみな統率力に長け、配属先の店舗でその能力を大いに振るっている。

「野球って、1番から9番までをホームランバッターばかり揃えても勝てないですよね。もちろん一人ではできないし、いろんな選手がいて、それぞれが自分の能力、やるべきことを惜しみなく発揮して同じ目標に向かっていく。それが野球の魅力だと思います」

自身が少年時代から高校時代までをプレーヤーとして活躍し、培った野球観。熱い思いを共通言語に、2000余名の社員を率いるジェイグループホールディングスの“監督”に、若き起業家へのメッセージを聞いた。

「仲間がいて、はじめて自分が輝く。輝いている人も素敵だけど、輝かせている人はもっと素敵だと思います。仲間を大切にすることが、結果として良い組織を作り、素敵な仕事を実現できる。人、仲間、チームを大切に、良いチームを作ってほしいと思います」

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vol.56

DXに本気 カギは共創と人材育成

日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社

代表取締役社長

井上裕美

DXは日本の喫緊の課題だ。政府はデジタル庁を発足させデジタル化を推進、民間企業もIT投資の名のもとに業務のシステム化やウェブサービスへの移行に努めてきたが、依然として世界に遅れを取っている。IJDS初代社長・井上裕美氏に、日本が本質的なDXに取り組み、加速させるために何が必要か聞く。
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