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誰も造ったことがない日本酒を 本物求める「仙禽」の酒造り

株式会社せんきん

十一代目蔵元/専務取締役

薄井一樹

写真/芹澤裕介 文/松本 理惠子 | 2018.05.07

酒造メーカーせんきんの蔵元で専務取締役の薄井一樹氏は、今から約10年前、実家が製造販売していた日本酒『仙禽』に危機感を覚える。「今の味では、生き残っていけない」――。『仙禽』を生まれ変わらせるため、ソムリエ講師の職を辞して実家の酒蔵に戻った彼は、日本酒ではタブーとされてきた“甘酸っぱい酒”を造り始める。

今や「仙禽」の代名詞でもある、あの味はどのようにして生まれたのか。これから薄井氏が造りたい日本酒とは、どんな酒なのか。「仙禽」の酒造りを通して、これからの日本酒の可能性が見えてくる。

株式会社せんきん 十一代目蔵元/専務取締役 薄井一樹(うすい かずき)

1980年生まれ。大学を中退し、日本ソムリエスクールに入学。卒業後は同校で講師を務める。04年、経営再建のために実家の「仙禽酒造」に入社。甘酸っぱい味の日本酒を開発し、人気を博す。08年、新会社の株式会社せんきんの専務取締役に就任。

現代の日本の食卓に一番合う日本酒を

「新しい『仙禽』を造ろうと考えたとき、直感的に“甘酸っぱい味”が頭に浮かびました」(薄井氏、以下「」内は薄井氏の発言)

実家に戻って新たな酒の開発に着手した2007年当時を振り返って、薄井氏はそう語る。

ワインは料理とのマリアージュ(相性)が前提だ。「この一皿には、この一杯」というように、運ばれてくる料理ごとにワインを変えていくのは普通のこと。ソムリエスクールで講師を務めていた薄井氏は、料理とのマリアージュで特に重要な要素が“酸味”であることを熟知していた。

「肉料理や油分の多い料理には、酸味や甘味がよく合います。特に酸味は、料理と酒との接着剤の役割をします。現代の日本の食卓を考えたとき、純和食というのはほとんどありません。洋食があるかと思えば、中華があったり、時にはエスニックが並んだり。そういう食卓の場面に日本酒をペアリングさせるには、酸味が絶対に必要です」

そもそも薄井氏が日本酒造りをしようと思ったきっかけは、福島の銘酒「飛露喜」(廣木酒造本店)を飲んだことだ。大量生産・薄利多売の「仙禽」とは明らかに違うその味わいや風格に、薄井氏は衝撃を受けた。そして、「自分もこういう真剣勝負の酒を造らなくてはならない」と思ったという。

さて、酒造りの素人が初めて酒を造ろうとするとき、普通なら、手本となる酒を真似ることを考えそうなものだ。だが、薄井氏はそうしなかった。

「誰も造ったことのない日本酒を造ってみたかったのです。それに、ワインに親しんでいる若い世代には、甘酸っぱい日本酒がハマるという確信のようなものがありました。安直に『飛露喜』を模倣していたら、今頃、淘汰されていたかもしれません。独自路線を進んだことが、結果的に『仙禽』の生きる道を開きました」

“機械工業品”から“伝統工芸品”としての酒へ

新しい酒の理念や設計図は薄井氏が描いた。そして、先代からの従業員数名が、設計図に従って再現をした。薄井氏によれば、最初は従業員たちも懐疑的だったという。それもそのはず、日本酒で「酸味」は嫌われ者だ。酸っぱさは発酵の失敗を意味するからだ。日本酒のテキストにも「酸味はタブー」と書かれてあるという。

「私の酒造りを見て、先代である父も呆れていました。父は淡麗辛口の日本酒を飲んできた世代です。〈そんな酒を造って、売れるはずがない〉と思ったのでしょう」

だが、そんな冷ややかな周囲の反応も、日本酒の常識を知らない薄井氏はどこ吹く風。淡々と甘酸っぱい酒の開発に勤しんだ。

「私が造る『仙禽』は、大量生産された“機械工業品”ではなく、手間暇かけて丁寧に造った“伝統工芸品“でありたいとの思いでスタートしました。そのため、製造方法も昔ながらの伝統的製法へと転換しました」

自然に存在する微生物の力で造る日本酒は、濃醇で複雑な味わいになるといわれている。

薄井氏が言う“伝統的製法”とは、日本酒の大量生産が始まる以前の、江戸から明治時代半ばにかけての製法を指す。

日本酒の製造は、明治期に発展した。中でも、人工的に作り出した乳酸を使って発酵を促す「速醸酒母造り」が普及してから、安定的に酒造りができるようになった。さらに、戦後の高度成長期には大量生産をするため、日本酒に醸造アルコールを加えて、水で薄める方法が主流になった。

それに対して、「仙禽」の代表的シリーズのひとつである「仙禽ナチュール」(2016年~)は、とことん原点回帰した酒造りが特長だ。まず、日本酒には通常、山田錦や五百万石など、酒造りに適した酒造好適米が使われるが、「ナチュール」には、亀ノ尾が使われる。

「明治時代の初期には酒造好適米はありませんでした。なので、当時からある亀ノ尾を採用しました」

それを90%の低精米にとどめ、ホーローのタンクではなく木桶に仕込む。人工乳酸は使わず、さらに酵母も添加せず、蔵と木桶に棲みつく酵母の力だけで、自然に発酵するのを待つ(生酛づくり)。もろみを絞るのも機械ではなく、伝統的な袋搾りだ。それを、1本1本手作業で瓶に詰めていく。

「初めての挑戦では、きっと野暮ったい味になるだろうと思っていました。ところが、出来上がった酒は洗練されたクリアな味。いきなり成功するとは思っておらず、私自身が一番びっくりしました(笑)」

何度造っても同じ酒がひとつと無いのが魅力

ただし、天然の酵母によって育まれる酒は気まぐれで、人知の及ばぬ発酵をする。そのため、毎回同じレシピで造っても、出来上がってみると必ず味が違っているという。

「出来の良い桶もあれば、不安定な桶もあって、“生きた酒”であることを感じさせます。『ナチュール』のラベルに製造年と桶番号がナンバリングしてあるのは、そのためです」

ナンバーの異なる「ナチュール」を並べて飲み比べしたら、生きた酒の深遠さを垣間見られそうだ。そんな繊細な酒造りについて、薄井氏は魅力をこう語る。

「毎回テイスティングをするまで、まったく味が分からないところが面白いんです。想像以上の味になることも多いですが、想像通りの味になったことは一度もありません(笑)。『ナチュール』は4本の桶で年3回仕込むので、1年に12本分できるのですが、そのうち1本は今でも失敗します」

ちなみに、失敗した酒は瓶詰めして倉庫に置いてあるそうだ。「何年後かに飲んでみたら、瓶の中で発酵や熟成が進んで、味が化けているかもしれません」と薄井氏。その瞳は、少年のように明るい。失敗まで楽しめるとは、彼の日本酒造りへの没頭ぶりは本物だ。

地元の水で育ったドメーヌ米で究極の日本酒造り

こうして酒造りを追求するうちに、薄井氏がたどり着いたのがドメーヌ化。ドメーヌとは、ワイン用語で、栽培・醸造・瓶詰を一貫して行う生産者のことをいう。日本酒に置き換えれば、同じ土壌、気候、風土(テロワール)の水と米を使っての酒造りということになる。

せんきんのテロワールは栃木県さくら市(旧氏家町)だが、単に県内産・町内産というだけでは、薄井氏は満足しない。とことん本物にこだわるのが、薄井流だ。

「日本酒は80%が水でできています。よその水で育った良い米を使うよりも、この土地特有の性格をもつ酒米がベストなマリアージュを生みます。せんきんのドメーヌ米は、仕込み水に使う地下水と同じ、鬼怒川水系の水脈の田んぼで育った米です」

2007年時点では20石だった「仙禽」の生産量は、2018年は2200石(見込み)と100倍以上に。

2011年に始めたドメーヌ化は2014年に完成をみた。今は「仙禽」の酒米は100%ドメーヌ米だ。契約農家からは、亀ノ尾をはじめ山田錦や雄町など、年間総計8000俵を納めてもらっている。このドメーヌ化のシステムは、せんきん・契約農家の双方にとって理想的。

まず、農家にとっては、経営が安定する。ドメーヌ米をつくれば、相場よりも高い値段で、100%せんきんが買い取ってくれる。さらに、自分たちがつくった米が一目置かれるブランド日本酒になることは、仕事へのプライドやモチベーションにつながる。

若者の米離れや農家の高齢化、後継者不足、TPP問題など米農家を取り巻く環境は年々厳しく、廃業していく者も多いなかで、せんきんの地元の米農家は大いに活気づいている。

一方、「仙禽」にとっても、品質の良いドメーヌ米を確保できるのはありがたいことだ。遠方から何トンもの米を取り寄せれば輸送コストがかかるが、地元ならそれも必要無い。何より、薄井氏が望む理想の酒米を農家とともに改良できることが大きい。

「今後はドメーヌ米をオーガニックに切り替えていきます。江戸や明治の頃はオーガニックが当たり前でした。そのうち、オーガニックの日本酒が当たり前に飲めるようになるといいですね」

他の日本酒とは比べられないオンリーワンの「仙禽」

ところで、日本酒の基準では、精米歩合60%以下なら「純米吟醸酒」、50%以下なら「純米大吟醸酒」のように特定名称を名乗ることができる。しかし、「仙禽」はそれらの特定名称を大きく謳うことはしていない。分かりやすくラベルに記載すれば、ランクの高い酒であることを消費者にアピールできるはずだが、あえて記載しないのには理由がある。

「それは、精米歩合だけでは測れない付加価値が、うちの酒にはあるからです。現状の基準では精米歩合が高いものほど、高級な酒として扱われます。その点でいえば、『ナチュール』は精米歩合90%と低精米なので、格下の酒になってしまいます。ですが、酒母造りには通常の3倍の日数がかかっています。精米歩合だけで日本酒の良し悪しを決めてしまうのは、もったいないことです」

味、製法、ブランディングのすべてにおいて、「仙禽」は一般的な日本酒とはベクトルが違う。だからこそ自由で、刺激的で、チャーミングな“オンリーワン”の存在であり続けることができる。

「原点回帰をしつつ、日本酒の新しい味や価値観を生み出していくのが、『仙禽』の酒造りです。これからも温故知新の道を突き進んでいきます」

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vol.37

「感動」が事業をつくる

株式会社アカツキ

共同創業者 代表取締役 CEO

塩田 元規

「ハートドリブンな世界へ」というビジョンの下、モバイルゲームとライブエンターテインメントの2軸で事業を展開するアカツキ。ゲーム「ハチナイ」の初アニメ化や、横浜のエンタメビル「アソビル」、東京ヴェルディの事業・運営サポート、海外のeスポーツリーグの設立など、猛スピードで活動の幅を拡大する同社の原動力とは。
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